2021.08.18
日経BPのデジタルメディア「日経クロストレンド」が主催する「日経クロストレンドFORUM」が、7月13日、14日の2日間にわたってオンラインで開催されました。博報堂DYグループのメンバーがスピーカーを務めたセッション「広告産業のDXを進めるモデル“AaaS”とその活用事例」では、新しい広告ビジネスモデル「AaaS(アース)」の概要と事例が発表されました。その模様をお伝えします。
昨今、あらゆる産業においてDX(デジタルトランスフォーメーション)が課題となっています。私たちも広告会社の立場からクライアントのDXのお手伝いをする場面が非常に増えています。では、広告業界自体のDXはどの程度進んでいるのでしょうか。
多くのクライアントが求めているのは、広告の「効果」を高めることですが、その仕組みは必ずしも整備されているとは言えません。「メディアごとにプラニングと運用がばらばらに行われるため、全体最適での広告運用ができない」「テレビとデジタルで広告効果の評価指標が異なる」「マーケティング効果が可視化できていない」──。そういったクライアントからの声をしばしば耳にします。
広告効果を向上させるためのツールはたくさんあります。しかし、どのようなツールがあって、それぞれの長所と短所は何で、それらをどのように選択すれば自社の課題に合った広告運用ができるのかを把握するのは簡単ではありません。ツールを導入したものの、効果的な活用がほとんどできていないといったケースもあります。
放送局やデジタルプラットフォーマーからも、広告効果を向上させるための極めて有益で進化した提案がなされていますが、あえて言うならば、それらが「個別の提案」であるために、クライアントからすれば「点」として活用するほかない。そのような現状もあると思います。
私たちが提唱する新しいモデル「AaaS(Advertising as a Service)」は、それらの課題を踏まえて開発されたものです。広告メディアビジネスが向かうべき方向を明確にし、広告ビジネスを手掛ける自分たち自身のDXを実現するモデル。それがAaaSであると私たちは考えています。
DXはあらゆる産業に変革をもたらします。例えば自動車業界は、DXによって自動車という「モノ」を売る産業から、モビリティの「サービス」を提供する業界へ転換しようとしています。では、広告業界はどうでしょうか。
広告ビジネスは一般に「サービス業」と考えられています。広告業界の市場規模は6兆円におよびますが、そのうちかなりの割合をメディアの広告枠の売買による収益が占めています。広告枠は物理的な「モノ」ではありませんが、一般的な「モノ」と売買の構造は同じです。それを「サービス」にするということは、すなわち「モノ」ではなく広告の「効果」を価値として提供することです。そうなって初めて、広告ビジネスはサービス業だと言えるでしょう。
クライアントにとって広告の「効果」とは、すなわち「どんな人に、どんな状態になってほしいのか」というニーズが達成されることを意味します。ある特定の人にブランドを好きになってほしい。潜在顧客にお店やサイトに来てほしい。すでにブランドを買っている人にこれからも買い続けてほしい──。そのような効果を達成することを目的にクライアントは広告枠を買うわけです。しかし実際には、「広告効果」という一律の基準でメディアバイイングをすることは必ずしも容易ではありません。バイイングの仕方はデジタルとテレビで、あるいはそれぞれのメディアによって異なるからです。
そのような構造を変えて、さまざまなメディアの広告枠を横断的に提供し、クライアントのニーズにダイレクトに応えたい。それが広告会社としての私たちの思いです。そして、その思いを実現するサービスこそがAaaSです。
私たちはまず、膨大なメディア取引データを一元的に扱えるシステム基盤をつくりました。次いで、メディアデータと博報堂DYグループの知見を組み合わせて独自のアルゴリズムをつくり、ツールとダッシュボードの形で提供できるようにしました。
AaaSとは、そのシステム基盤をベースに、「プラニング」「モニタリング」「バイイング」の3つの要素を統合ダッシュボードの上で管理することを可能にするサービスです。それによって、統合的なメディア運用が実現することになります。
AaaSのサービスは大きく4つに分かれます。メディアの投資配分やKPIを設定して、事業成果を最大化する「アナリティクスAaaS」。テレビとデジタルを統合的に運用できる「テレデジAaaS」。テレビ、デジタルのそれぞれの運用を最適化できる「TV AaaS」「デジタルAaaS」の4つです。
では、このAaaSを使うことで、どのような成果を出すことが可能なのか。その具体的な事例を次にご紹介します。
砂流勇志(博報堂DYメディアパートナーズ)
渡辺謙太氏(Gunosy)
片岡美緒氏(日本経済新聞社)
砂流:
AaaSの4つのサービス群の一つが「TV AaaS」です。TV AaaSの機能には「運用型テレビ広告サイクルの実現」「課題に応じたKPI設定」「テレビ広告の新しい取引の実現」などがあります。対象となるKPIには「アクチュアル」「リーチ」「検索・コンバージョン」「申し込み・売上」があります。前二者はブランド系広告、後二者は獲得系広告のKPIとして用いられる指標です。ここでは、「Guhack」というシステムを活用した獲得系広告の事例をご紹介します。
Guhackは、博報堂DYメディアパートナーズとGunosyが共同開発した「運用型テレビCM」を実現するサービスです。その概要について、Gunosyの渡辺さんから解説していただきます。
渡辺:
Gunosyは「グノシー」を中心に、複数のニュースキュレーションアプリを展開しています。これまでテレビCMを活用することで、トータル6000万強の累計ダウンロード数を獲得してきました。もっとも、はじめからテレビCM展開に成功したわけではありません。2014年に行った最初のテレビCMキャンペーンは、数億円ほどの予算をつぎ込んだものの、結果はCPI(アプリ1インストールあたりのコスト)が目標の数十倍と大失敗に終わりました。
私たちはその失敗の経験をもとに、施策の改善を続けました。改善の方向性は大きく2つ、クリエイティブの検証とメディアプランの検証です。科学的PDCAを回しながらその検証を繰り返した結果、CPIを初期の20分の1まで下げることに成功しました。
そういったGunosyの経験から得られた知見、エンジニアリング力、博報堂DYメディアパートナーズの生活者インサイトを発見する力、クリエイティビティ、媒体社との関係性の蓄積などを組み合わせることでつくられたのがGuhackです。Guhackにはさまざまな機能がありますが、サービスの中心となるのが「Guhack Analytics」というダッシュボードです。これを活用することによって、テレビCMオンエアの翌日には広告効果を可視化することできます。分析の手法は時系列分析と呼ばれるもので、CM放映後の商品サイトへの流入やアプリのインストールなどの伸びを計測する方法です。
砂流:
このGuhackを活用したTV AaaSの取り組みが、日本経済新聞のキャンペーンです。その概要について日経の片岡さんからご説明いただきます。
片岡:
私たちは今年2回、テレビCMを活用して日経電子版の購読キャンペーンを行いました。この3月に実施したのが「21春割キャンペーン」です。これは関東エリアでの2カ月間のキャンペーンで、約800GRP、メインのKPIを「CMオンエア後10分間の日経電子版への流入数」、サブKPIを「日経電子版アプリのダウンロード数」としました。また、CM素材はビジネスパーソン向け4種類、新社会人向け2種類の計6種類を用意しました。
砂流:
テレビCMの場合、通常はキャンペーン期間中にCM出稿の方法などを変えることはできません。しかしこのキャンペーンでは、Guhack Analyticsを活用することによって、期間中にCMの最適化を実現しました。キャンペーン期間の前半でデータを収集し、中盤でそれを分析し、その後にCMを出稿する放送局、CM素材、オンエアの時間帯を最適化し、広告枠を追加発注する、といった方法です。
分析には、1GRPあたりの獲得効率を日ごとにモニタリングするという方法をとりました。その方法で最も投資対効果が高い放送局を特定し、さらにCM素材も効果の高い3つに絞り込みました。
CM素材ごとに最適な時間帯と曜日の配分を検討した結果、ビジネスマン向け素材は土日の朝・夕方、新社会人向けの素材は平日の朝・昼にオンエアするのが効果的であることがわかりました。そこで、そのゾーンの広告枠を追加発注しました。放送局に追加発注する際は、さまざまな要素を考慮する必要があります。博報堂DYメディアパートナーズのこれまでの知見をもとに、全追加発注金額を25対45対30に分割して、3つの放送局の枠を購入しました。
片岡:
これらの施策の結果、最適化後にテレビCMからのサイトへの流入効率が1.15倍となり、当初メインのKPIとして掲げた「CMオンエア後10分間の日経電子版への流入数」も大きく向上しました。
また、CM素材の獲得効率に「劣化」がなかったのも大きな成果でした。一般に、テレビCMは同じ素材を繰り返し使うと効果が落ちると言われています。しかし、中間分析で広告効果の高い素材を選び、オンエアする局と時間帯を最適化した結果、むしろキャンペーンの後半に獲得効率が上昇しました。
CPV(1アクセス当たりのコスト)を前年度比92.4%に抑えることができたこと、1GRP当たりの獲得効率が前年度比約140%向上したことも大きな成果でした。データが可視化されたことによって社内へのレポーティングがしやすくなった点も含め、大成功した取り組みだったと言っていいと思います。
砂流:
この取り組みからあらためてわかるのは、テレビCMも「運用」が可能であるということ、そして、そのためには「メディア分析力」「メディアバイイング力」「ツール活用力」の3つが重要であるということです。
今回ご紹介したのはTV AaaSの事例ですが、ほかにも冒頭お話ししたように、KPIを設定して投資配分を最適化する「アナリティクスAaaS」、テレビとデジタルを統合的に運用し効果を最大化する「テレデジAaaS」、デジタルメディアに特化した「デジタルAaaS」といったサービスラインナップを私たちは揃えています。
これからも博報堂DYグループは、クライアント、メディアの皆さんとのパートナーシップのもとでAaaSを推進し、広告ビジネスのDXを実現していきます。