2024.07.03

日産と博報堂DYが考える、CTV時代の統合マーケティングの可能性
ー魅力的なコンテンツでモーメントを捉える

『技術の日産が、人生を面白くする。』を掲げ、個々の車種ブランドのマーケティングだけでなく、企業としての姿勢を示すコミュニケーションも重視している日産自動車。中長期的なヴィジョンで先進的な取り組みを行いながら、短期的なKPI測定でその土台を強固にする。同社のマーケティング戦略とテレビ広告の活用について、日産自動車の松村眞依子氏と、統合マーケティング全体で支えるTBWA\HAKUHODOの関谷俊博氏に話を聞いた。
松村眞依子氏(日産自動車)、関谷俊博氏(TBWA\HAKUHODO)

「他のやらぬことを、やる」ROIだけに捉われず先進的に挑戦

「他のやらぬことを、やる」
ROIだけに捉われず先進的に挑戦

──日産自動車としてのマーケティング戦略の方針をお聞かせください。
松村:
私たち日産自動車は「他のやらぬことを、やる」という精神のもと、現在は電動化技術と自動運転化技術に注力し、「技術の日産」としてのブランド発信に力を入れています。「やっちゃえNISSAN」というキャッチコピーに企業としての姿勢が表れていると考えています。
私たちが意識しているのは、マーケティングにおいて、お客さまの心情に寄り添い、インサイト戦略に落とし込むこと。この時、広告コミュニケーションにおいて重視しているのが、企業姿勢や活動に対する「共感最大化」を図ることで、それを実現する2本柱として「インサイトドリブン(共創)」と、お客さまデータをタイムリーにモニタリングして分析する「サイエンティフィックアプローチ(科学)」を掲げています【図1】。
図1 日産自動車のマーケティング戦略
加えて「やっちゃえNISSAN」の精神を体現すべく、私たちのチームが日ごろから心がけているのが「ROIが事前に測れないこと」にもチャレンジをし続けることです。例えば、2024年2月には位置情報連動スマホゲーム『Pokémon GO』で、日産自動車のコンパクトカー「ノート e-POWER」のAR広告を展開しました。引き続き、新たな広告・コミュニケーションにはチャレンジしていきたいと考えています。
関谷:
日産さんはコミュニケーションやクリエイティブにおいて「人々の生活をわくわくさせる」という視点を常に持たれているところが、本当に素敵だと思います。また、世の中で受け入れられるために大切なのは、「市場」を分析して戦略や表現を考えるだけでなく、カルチャーへの眼差しを持つことです。TBWA\HAKUHODOにおいてグローバルおよび国内における時代の価値観を注意深く観察・分析するカルチャーインテリジェンスチームBackslash(バックスラッシュ)が選定したトレンド「エッジ(EDGE)」も参考に、生活者の目線に立ち、メディア接触やトレンドはどう変わっていくのかを常に情報感度高く研究されている。そして新しいコンテンツやトレンドが生まれそうになったら、ROIが事前にわからないものであっても早い時期から目星をつけてきちんとそこに投資しようとされる。その姿勢がなければ、先ほどのゲームをメディアとして活用する事例などは生まれてこないと思います。
一方でこうしたチャレンジができるのは、日ごろのマーケティング活動において、データを用いて効果を把握し、投資配分の可視化・最適化を実現する取り組みがあってのこと。いかにサイトに来てもらい、その後来店して試乗してもらうといったKPIは、博報堂DYグループが提供する「AaaS」※1も活用しながらしっかり追って成果を出されています。だからこそ、中長期的な視点で先進的なチャレンジにも踏み出していけるのだと感じています。
※1 博報堂DYグループが2020年12月より提供を開始した「AaaS (Advertising as a Service)」は、統合的なメディアプラニングから、広告枠のバイイング、広告効果のモニタリングをワンストップで支援することでマーケティング戦略上、最適な広告メディアの活用を可能にするサービス。

メディア別ではなく統合運用で顧客のモーメントを捉える

メディア別ではなく統合運用で
顧客のモーメントを捉える

──テレビ広告についてはどのような戦略を描いていますか。
松村:
かつてのようなテレビ一極集中という状況ではなく、メディアやデバイスが多様化し「いろいろな場所でいろいろなものを見ている」時代になっています。一方で、それでもまだデバイスとしてのテレビの力は強く、コネクテッドTV(CTV)やOTTでご覧になっている方は依然として多くいらっしゃるとも感じています。日産としては、お客さまは生活シーンのどのような場面でテレビのコンテンツを見ているかに着目。「テレビ」「スマホ」という分け方ではなく、その先にあるコンテンツを基点に、お客さまのモーメントやジャーニーをイメージしながら戦略を立てていくことが重要であると考えています。
例えば、2023年9月の「FIVB パリ五輪予選/ワールドカップバレー2023」女子大会では、応援練習パフォーマンスとともに、日産の先進運転支援技術の「ProPILOT2.0」に着想を得た自動運転清掃モップ「ProPILOT MOP」のショーをバージョンアップさせて披露しました。【図2】。これも、試合会場はもちろん、テレビでバレーボール中継を見ている人の「応援する」という感情に寄り添うことを意識し、いつか自動車を買う際に「日産、いいじゃん!」というイメージを伴うブランド想起につながるよう、“一緒に盛り上げていく”という姿勢だけは崩さないようにしました。このような魅力的なコンテンツを軸に、お客さまのモーメントを捉えることが、コミュニケーション戦略の鍵になると考えています。
図2 選手への応援と「ProPILOT MOP」が融合した「FIVB パリ五輪予選/ワールドカップバレー2023」女子大会での応援練習パフォーマンス。
日産の先進運転支援技術「ProPILOT 2.0」の価値を伝えるために開発された「ProPILOT MOP」。自走するモップとダンスチーム「Nissan Performers」がシンクロしたショーを繰り広げた。企画・制作はTBWA\HAKUHODO。
また地上波だけでなく、TVerなどでの配信、さらに配信を視聴するデバイスもCTVの比率が増えるなど、環境は変わっていますので、より視聴されている環境に合った広告を届けることが可能になっています。
例えば、TVerでのドラマの配信に合わせて、ドラマの出演者の方に登場いただく、番組連動CMの放映に挑戦したりもしています。ドラマの世界観が好きな方に広告を配信できるという、価値観でのターゲティングもコンテンツに着眼すると可能になると思います。また、ドラマの世界観に合わせた広告だったので、違和感なく、お客さまのテレビ視聴を邪魔せず、ブランドとの接点をつくっていただくことができました。
またテレビとデジタルをそれぞれ別にプランニングするのではなく、お客さまのジャーニーに基づき、コンテンツを基軸に、どのように態度変容、行動喚起を起こせるかを統合的に考えるようにしています。日産では、早い段階からメディア別の担当をやめ、個々の担当がマスもデジタルも両方をプランニングできる体制を整えてきたのですが、こうした組織の体制が今の状況の基盤になったと思います。
例えば、自動運転についての理解促進や認知を取るというゴールを設定した場合のジャーニーを考えてみます。まず、テレビ広告ではアウェアネスを取ることが重要なポイントです。象徴的な手放し運転のシーンをフックに「何だろう?」と思っていただき、日産が自動運転を強化していることを認知してもらう。こうした新しいテーマに対する想起を獲得する上で、テレビの果たす役割は非常に大きいです。
さらに深く知りたくなったときに、デジタルの要素が入ってきます。ブランドサイトを訪問したら、「ProPILOT2.0」という技術で既に「セレナ」や「アリア」に搭載されていることを知ってもらえる。そして「じゃあ店舗で試乗してみようか」と実車体験へ興味喚起される。このように、お客さまのジャーニーに合わせたプランニングをテレビとデジタルで切り分けず、統合型でPDCAを回すことが重要だと考えています。
──TBWA\HAKUHODOでは、テレビ広告のプランニングについてのどのようにお考えですか。
関谷:
「テレビ」と一口に言っても、地上波を見る場合もあれば、CTVを見る場合もあり、またテレビのデバイスでYouTubeを見る場合も含まれるように、メディア形態の多様化が起きています。こうした中でテレビ広告のプランニングも複雑化しています。この複雑化した環境においても、効果をきちんと捉えるためには、まずは各プラットフォームに散在しがちな生活者の行動データをひとつに集約し、蓄積していくことが非常に重要なポイントになっていると考えています。こうしたデータの基盤があって、適切なメディアプランニングが実現するからです。
博報堂DYグループでは、媒体社データ、生活者データ、マーケティングデータをひとつの統合データ基盤に蓄積し、メディア接触から、購買に至るまで、多様なデータ群を横断的に分析。各クライアント企業が広告に求める効果を最大化する支援を前述の「AaaS」を活用して行っています。
昨今は、購買時点のデータを内包するリテールメディアが注目されますが、「AaaS」ではコマース領域の大手プラットフォーマーが保有するデータも、データクリーンルームの仕組みを通じて、連携させています。
お客さまが自動車を購入するのは7年から10年に1回です。いつ購買タイミングが来るかわからず、カスタマージャーニーが複雑という特殊性もあります。そこで大切なことは、「車をそろそろ買おうかな」と思ったときに「日産」が想起されることです。
お客さまの行動パターンは「サイトに訪問する」「見積もりや試乗車検索をする」などのオンライン上の行動もありますが、最終的には店舗で購入される商材であり、オンラインとオフラインにまたがっています。多種多様な行動パターンを個別に分析していくだけでなく、マーケティング・ミックス・モデリング(以下MMM)を起点に我々の「AaaS」を用いたシステムと専門のコンサルタントの両輪で回していくことで、正確に捉えていこうとしています。また、先ほど話に挙がったバレーボール中継での「ProPILOT MOP」ショーの例のように、生活者の体験がその場だけではなく、広告コミュニケーションの領域を越えてテクノロジーと融合し、暮らしのニュースとしてテレビメディアとソーシャルメディアのアルゴリズムを通じて日本全国に広げる戦略PRとして体験全体をプラニングすることで大きなインパクトが生まれることが、日産さんとのMMMの分析などからも分かっています。
このようにテレビの形態が変わっていく中で、従来のメディアプラニングの領域をはみ出したDisruption®channel engagement ※2とも呼ぶべき考え方で、MMMを起点に我々の「AaaS」も用いていかにデータを捉えて生活者や社会へのインパクトを生み出すアイデアにつなげていけるかが非常に大事な要素になってくると実感しています。
※2 DISRUPTION®…既成概念に縛られず、常識を壊し、新しいヴィジョンを見いだすTBWA\HAKUHODOの哲学。マーケティングに限らず、ビジネスにおけるすべての局面でディスラプションという新しい視点を武器にブランドを進化させるアイデアを生み出していく。

Cookieレス時代を逆手に取り新しい手法を試す機会へ

Cookieレス時代を逆手に取り
新しい手法を試す機会へ

──CTVが浸透してテレビの見られ方も変わってくる中で、そこで流す広告のクリエイティブについてはどのような工夫をしていますか。
松村:
私たちメディアチームはつい可視化された数字を追いかけてしまいがちですが、「じゃあ今これを見ている人はどういうシチュエーションなのか」「スマホなら横で見ているのか縦で見ているのか」「ながら見をしているのか」など、お客さまを想像しながら最適なクリエイティブを考えることが大事であると考えています。
テレビデバイスで地上波を視聴する人は減っているかもしれませんが、一方でテレビ由来のコンテンツはスマホでも見られるようになるなど、視聴される場は広がっています。また、テレビデバイスでYouTubeを見るという逆の行動も起きています。CTVに最適化したCMコンテンツを配信することで「おっ?」と思ってもらい、飛ばされないように見てもらうべく今後も力を入れていきたいです。
──Cookieレス時代が到来すると、顧客理解のためのデータ取得が困難になってしまいます。メディアプランニングや効果測定などにおいて、どのような対応をお考えですか。
松村:
Cookieレスへの対応については、もちろん物理的な対策も必要だと思っています。ただ、これまでに蓄積されてきたデータから、お客さまの行動パターンや興味の傾向を分析し、「特定の興味を持つお客様は関連する他の分野にも関心を持つ」などの予測をすることは可能だと思っています。このように今までの財産を活用して対応していけるところも十分あるのではないかと考えています。例えば、SUVのお客さまにリーチしたい場合、アウトドアやキャンプ、釣り道具に興味を持っている方が多いことから、個人に関するデータが取得出来なくなってしまっても、それらの興味を持つ層をターゲットにすれば大きく外れることはないはずです。また、「AaaS」を活用して各プラットフォーマーと連携し、検索行動を含めた対応も可能だと思います。
Eコマースの会社であれば、オンラインで購買までが完結するので、Cookieレスへの対策はより課題があると思いますが、私たちは「想起」「理解促進」「購入」というフェーズごとに必要なマーケティング施策を実施しており、各フェーズでTBWA\HAKUHODOさんと「AaaS」を活用してプラットフォーマーと一緒に取り組んでいければCookieレス環境においても大きな課題はないと思っています。
また、2024年3月に開催された、「フォーミュラE」の東京大会では、OOHの掲出に加えて、位置情報を活用したフォーミュラEや日産ブランドのデジタル広告を配信するという先進的な取り組みを実施しました。Cookieレス時代を逆手に取り、新しい手法を試す機会へと転換していければと思っています。
──多様な顧客接点でデータが取得できるようにもなった今、取捨選択も必要だと思います。
松村:
前述のようにお客さまが自動車を購入するサイクルは、およそ7年から10年と言われています。「想起」「理解促進」「購入」とフェーズが流れていく中に、テレビとデジタルが入ってきます。その中でジャーニーをしっかり捉えられているならば、データは十分に足りているということ。「購買行動を理解するために何が足りないか」という視点でいれば、自ずとデータの取捨選択もできるはずだと思っています。
私たちに常に求められているのは、まずはお客さまを理解することです。すべては、お客さま理解から始まります。この目的を理解できていれば、多種多様なデータが取得できる環境でも、適切な活用ができると考えています。
※本記事は宣伝会議 2024年8月号に掲載されたコンテンツを転載したものです。
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