レポート
セミナー・フォーラム
メディア環境研究所ウェビナー MEDIA NEW NORMAL コロナ禍は生活をどう変えたか メディアはどう変わるか キーノート Report
REPORT

2020年春よりメディア環境研究所が研究を続けている、メディアにおける「新常態」。コロナ禍が始まり1年が経ち、私たちの生活には大きな変化がおきています。メディア環境研究所は、最新のオリジナル調査「メディアニューノーマル調査」のご報告と共に、今後メディアはどう変わっていくのか、これからの2つの潮流を提示するウェビナーをDay1、Day2の二日間開催しました。本稿ではDay2のキーノートの内容をご紹介します。

Day2キーノート
「地域アクション」でメディアと生活者の絆をつくる
新美妙子(メディア環境研究所 上席研究員)
曽根 裕(メディア環境研究所 上席研究員)

■いかに地域を自分ごと化できるかが「地域アクション」の鍵

新美
私たちは、メディアと生活者がつながる「地域アクション」に地域の未来を切り拓いていく可能性があると考えています。本日はそのつながりを、生活者のニーズや期待にいち早く応え始めている4つの地域アクションから紐解いていきます。1つ目は西日本新聞社の「あなたの特命取材班」、2つ目は中海テレビ放送「中海再生プロジェクト」、3つ目は京阪神エルマガジン社の「Meets Regional」、4つ目は静岡新聞社・静岡放送の「しずおかMIRUIプロジェクト」です。これら4つの地域アクションから生まれている生活者とのつながり、メディアの役割とは何でしょうか。

「あなたの特命取材班」からは、困りごとを世の中ごと化するという役割、「中海再生プロジェクト」からは、少し先の地域の未来の姿を見せ続ける姿、「Meets Regional」からは、地域を盛り立てる仲間を増やす役割、「しずおかMIRUIプロジェクト」からは、ほかの地域の企業と共に地域経済の旗振り役になる様子が見えてきました。これらの事例は比較的メディアと生活者の距離が近い地域アクションではありますが、物理的距離に関係なく、「地域アクション」とは普遍的であり再現性のあるものだと考えます。その際、大切になるのは、都市でもなく地方でもなく「地域」という視点。その地域をいかに自分ごと化できるかが鍵となるのです。「地域アクション」に重要なポイントは、「生活者と同じ目線に立つ」、地域の未来や目標に向かって「旗を掲げる」、人を感じさせるコンテンツや仕組みなど「人感をつくる」、メディア「自らが行動する」の4つです。

それでは早速「あなたの特命取材班」(以降「あな特」)からご紹介します。2019年11月のメディア環境研究所フォーラムでもご報告したのでご存じの方も多いと思いますが、LINEによって生活者と新聞社がつながり、双方向のやり取りを通して、生活者の困りごとを世の中ごと化し、社会課題として解決していく取り組みです。悩みや困りごとが西日本新聞社に届くと、「あなたの特命取材班」はLINEでつながった生活者と理解を深めるため、調査や取材を実施。社会課題に昇華させ、紙面や公式サイトで発信します。ネットニュースにも積極的に記事を配信することで、世の中ごと化させていくのです。ここでは生活者が単なる相談者ではなく、新聞社と共に社会課題を解決していく仲間になります。2018年に始まったこの企画は高い支持を得て、メディアの枠を超え全国に拡大、ジャーナリズムオンデマンド(JOD)というネットワークになっています。このノウハウは各社で共有され、各地域に最適な形で展開されているというのが、2019年のご報告内容でした。では生活者はこの取り組みをどう受け止め、メディアとの間にどのようなつながりが生まれているのでしょうか。

「あな特」参加者にインタビューすると、困りごとを送り、取材され、記事になり、読者に届く…そのプロセスに参加し、その仕組みを実感することで絆を感じるようになったということでした。単にデジタルでつながっていてもつながりとは感じないが、西日本新聞社の情報だから信じよう、行動しようというところに結びつくそうです。「あな特」により西日本新聞社への意識がどう変わったか定量調査も行っていて、約8割が「期待感が高まった」「親近感を感じるようになった」と答えています。新聞社が「困りごとを解決します」という旗を掲げ、そこに共感した生活者とLINEを通じて同じ目線で対等につながった。生活者の新聞社に対しての心理的ハードルも非常に下がり、困りごとを相談しやすい環境がつくれたことが、成功のポイントだと思います。新聞社はこれまでも、生活者からの依頼で記者が取材をして記事にし、世の中ごと化するということはやっていたのですが、「あな特」では、情報をつくる過程を見せることで人感がつくられ、生活者がそこに参加することで絆が生まれ、地域アクションにつながったという例です。

曽根
次にご紹介するのは「中海再生プロジェクト」です。鳥取県米子市のケーブルテレビ局である中海テレビ放送が、2001年、水質汚染が問題となっていた中海という湖の、水質改善のキャンペーン番組「中海物語」をスタートさせます。中海の課題や清掃活動を行う市民を取り上げていたのですが、そこから、番組に登場した市民の方々が中心となってNPO法人「中海再生プロジェクト」を発足。行政を巻き込んで、清掃美化活動、コンサートや環境フェアなど、中海に行きたくなるようなさまざまな仕掛けやイベントを実施。当初難しいとされていた、「10年で泳げる中海に」を実現させました。エリアが限定されたケーブルテレビ局ということもあり、生活者と同じ目線に立つという姿勢が最初から根底にあったのだと思います。現在も継続中の「中海物語」でリポーターを務める、中海テレビ放送事業本部副本部長、報道部次長の上田和泉氏にインタビューを行ったところ、放送することが目的ではなく、未来のための行動に移してもらうことが目的だとおっしゃっています。

「10年で泳げる中海に」という旗を掲げたとき、生活者と一緒に立ち上がったということが感じられます。そして中海テレビ放送自らが、清掃活動を行い、コンサートを実施し、水泳大会を仕掛けるなど、行動することで中海の少し先の姿を見せ続けています。中海テレビ放送は日々の報道でも市民に行動してもらうことを目的としていますが、生活者とともにうねりをつくり地域課題の解決につなげられているのは、メディア自身が生活者と同じ目線に立ち、旗を掲げ、行動することができているからです。すべては地域と市民のためという中海テレビ放送の揺るがぬ思いがベースにあって、その熱量が生活者にも伝播し、少し先の地域の姿、いわばスモールゴールを示し続けることで、地域アクションが継続していました。

続いては、京阪神エルマガジン社『Meets Regional』による、「地域を盛り立てる仲間をつくる」という地域アクションです。京阪神エルマガジン社は、京都・大阪・神戸エリアの生活者に向けて、地域やお店の情報を届ける情報誌を発行している大阪の出版社で、『Meets Regional』(通称「Meets」)という雑誌づくりそのものが地域アクションになっている事例です。たとえば、一般的なグルメサイトの場合、東京などの大都市であれば多くの人がその店をレビューすることで評価の精度が維持されますが、ローカルエリアでレビューの少ない店の場合、評価がぶれたり極端になったりしがちです。あるいは、あまり知られていないけれど面白い店というのも地域にはたくさん存在する。そこで、こういった検索ではわからないような情報を編集者が足で探して届けることで、情報の偏りを解決しています。どんな姿勢で街やお店、読者と向き合っているのか松尾修平編集長にインタビューしたところ挙がったのが、「街の生の動きをとらえるドキュメント誌」「街のスモールサークル」という2つのキーワードです。自分たちがトレンドをつくるという俯瞰した分析目線はなく、あくまでも生活者と同じ目線で真摯に地域に向き合い、愚直な取材でそれを体現しています。徹底的に自分の足でお店を訪ねて回り、地域のスモールサークルに入り、面白い人を巻き込んで記事をつくる。コミュニティの情報は中の人にとってはもちろん面白いし、外の人にとっても「なんか気になる」と思ってもらえるため、地域という軸で読者像がはっきり見えていることが大きな価値になっています。

「Meets」の地域アクションは、情報の偏りを埋めて、面白い店や人を中心にコミュニティと生活者をつなぎ、エリアの生活をもっと楽しく豊かにするというもの。それを可能にしているのは、「ドキュメント誌」という言葉に現れているように、同じ目線に立つということ。そして自ら気になるお店の扉を開けに行き、スモールサークルに潜り込むことで、血の通った、人感のあるコンテンツにできているのだと思います。「自腹感のある記事」こそが、人を動かすのでしょう。編集部の存在が地域のハブとしても機能し、生活者が参加したくなるコミュニティを見える化するという地域アクションです。

■つながりが絆に昇華し、「情報源から行動源へ」と変わっていく

曽根
最後にご紹介する静岡新聞社・静岡放送による「しずおかMIRUIプロジェクト」は、地域の旗振り役になるという地域アクションです。まず前提として、静岡新聞社・静岡放送はここ数年大きな企業変革を行っており、社員をシリコンバレーに送ってマインドセットの変革に挑戦したり、自社の課題を赤裸々に明かし、今後どう変わっていくかのイノベーションレポートを公開したり、とことんユーザーと向き合う、ユーザーコミュニティーファーストの企業に生まれ変わるという方向性を打ち出しています。社内ではどんな意識が芽生えているのか、地域ビジネス推進局長小阪秀彦氏へインタビューしたところ、地域の人と同じ目線に立って地域のニーズに徹底的に答えるということ、そしてユーザーと関わり、自ら行動し、地域を動かしていくという意識になったと語っています。

そんな中生まれた「しずおかMIRUIプロジェクト」は、静岡パルコ、静岡松坂屋、静岡新聞社・静岡放送という地場の企業がリソースを出し合い、静岡発の新事業を育てるクラウドファンディングの仕組みです。「MIRUI」というのは静岡の方言で「未熟、若い」という意味で、その「U」をひっくり返して「MIRAI」と表現し、これからチャレンジしていく事業者を応援することで、「静岡の未来をつくる」という志で運営されています。このプロジェクトには2つポイントがあり、1つは、静岡の事業者で地域を盛り上げたいという気概があり、一過性ではなく持続可能性の高い事業に対してクラウドファンディングを提供している点。あくまでも静岡の魅力を発信し、残すということを前提に、それを社会ごと化するためにこのプロジェクトを活用しているのです。2つ目のポイントはPRの充実。静岡パルコ、静岡松坂屋、静岡新聞社・静岡放送のリソースをふんだんに使い、成し遂げたいプロジェクトを宣伝していて、さまざまな形でPRをバックアップする仕組みができ上がっています。

静岡で頑張る人を取り上げる番組はこれまでもありましたが、「しずおかMIRUIプロジェクト」によって、その先のステップに進むサポートも行うことで、一過性ではないつながりが持てるようになったそうです。「地域社会を底上げする」という旗印を掲げ、徹底的に地域に向き合い、ユーザーと同じ目線でニーズを聞き取り、自ら行動してソリューションを提供する。地域でチャレンジする人の発見から応援まで一気通貫で、生活者とともに実行することで、地域経済を活性化させる仕組みになっている地域アクションです。

新美
それでは、4つの地域アクションから見えてきたものをまとめます。
いずれも、旗を掲げて、その過程から生活者を巻き込んでいることがわかりました。そしてすべてのアクションが地域の未来に向かっていると言えます。最初に挙げた、「生活者と同じ目線に立つ」「未来に向かって旗を掲げる」「人を感じさせるコンテンツや仕組みをつくる」「メディア自らが行動する」という4つのポイントは、改めて見ると当たり前のことですが、この当たり前を当たり前にやれているか、あるいは当たり前にやることがいかに難しいかを考え直してみる必要があるのではないでしょうか。そして、生活者がメディアに対して抱く期待がアップデートされているため、この当たり前もアップデートされています。いまの生活者にとっての当たり前に応えられてこそ、地域アクションを実践できるのではないかと思います。

生活者と同じ目線に立ち、生活者の気持ちを汲み取ってメディアが行動し続けることで、つながりが絆になっていき、地域アクションが生活者の行動源になっていくのではないでしょうか。「このメディアの掲げた旗だったら」という共感、あるいは一緒に何かをやっていきたいという親近感、メディアの熱量に触れてわいてくる、自分も何かやってみたいという気持ち…こうした気持ちが生まれることでメディアの役割は、情報源から行動源になっていく。

ネットで生活者と簡単につながれる時代だからこそ、そのつながりを絆に変える必要があります。いかに広く情報を届けるかよりも、いかに深く刺さる情報を発信するのかということが、求められていくと思います。そしてそれは、メディアビジネスを始めとしたすべてのビジネスに言えることではないでしょうか。「情報源から行動源へ」。それが本キーノートで私たちがお伝えしたいメッセージです。ご清聴ありがとうございました。

新美妙子
メディア環境研究所 上席研究員
1989年博報堂入社。メディアプラナー、メディアマーケターとしてメディアの価値研究、新聞広告効果測定の業界標準プラットフォーム構築などに従事。2013年4月より現職。メディア定点調査や各種定性調査など生活者のメディア行動を研究している。「広告ビジネスに関わる人のメディアガイド2015」(宣伝会議) 編集長。

曽根 裕
メディア環境研究所 上席研究員
2013年博報堂DYメディアパートナーズ入社。
出版社プロパティを活用したソリューション企画の提案、統合メディアプラニング、メディア・コンテンツ企画開発などの経験をベースに、クリエイティブプランニングに従事。

★関連情報
メディア環境研究所ウェビナー MEDIA NEW NORMAL コロナ禍は生活をどう変えたか メディアはどう変わるか キーノート Report

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
PAGE TOP