2021.07.06
今年で6度目の開催となったアドバタイジングウィーク・アジア。
新型コロナ感染予防の観点から、An Immersive Digital Experienceと題して、5月27日にオンラインで開催(※)されました。社会の情勢に伴い、変化を求められるマーケティング・コミュニケーション業界において、示唆に富んだ多彩なセッションが繰り広げられました。
本稿では、日本アドバタイザーズ協会の小出 誠氏、イグナイトの笠松良彦氏、博報堂DYメディアパートナーズの安藤元博常務執行役員の3名が「メディアビジネスの革新とデジタルトランスフォーメーション」について熱い議論を交わしたアドバイザリーカウンシルによる推奨セッションの模様をご紹介します。
※9月にリアルイベントとオンラインイベントのハイブリッド形式開催も予定しています
パネリスト
小出 誠
日本アドバタイザーズ協会
常務理事
笠松 良彦
株式会社 イグナイト
代表取締役社長 Executive Producer
安藤 元博
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
株式会社博報堂
株式会社博報堂DYホールディングス
常務執行役員
笠松:
今日は「メディアビジネスのデジタルトランスフォーメーション」というテーマで、お二人のゲストをお呼びしています。最初のゲストスピーカーは、小出誠さんです。小出さんは、日本アドバタイザーズ協会の理事でいらっしゃると同時に、資生堂ジャパンのメディア戦略部エグゼクティブマネージャーを務めていらっしゃいます。もう一名は、安藤元博さん。安藤さんは、博報堂DYホールディングスならびに博報堂、博報堂DYメディアパートナーズの常務執行役員でいらっしゃいます。早速ですが、安藤さんから最初にプレゼンテーションをお願いします。
安藤:
最初に私から「広告メディアビジネスの革新はどのように進めていくのか」、具体的な提起をお話しします。
昨今あらゆる産業で「イノベーション」「デジタルトランスフォーメーション」が言われるようになり、我々広告業界自体でも次々に新しいサービスが各媒体社やプラットフォーマーから提供されています。個別には進化してきていると言えます。しかし、広告主側からみると、それらがあくまで「個別」になっており、結果、カオスのような状況になっているともいえます。広告業界にこそ、抜本的な改革が必要なのではないかと考えました。
そこで、私たちは広告メディアビジネスが向かうべき方向、自分たち自身のデジタルトランスフォーメーションを果たすモデルである『AaaS』“Advertising as a Service”を提唱しています。
デジタル化は、あらゆる産業に変革をもたらすと言われています。例えば、自動車業界で言えば、車という「モノ」を売っていた産業から、「モビリティサービス」を提供する業界に転換すると言われている。
では、広告業はどうかというと、そもそも現状でも「サービス」業として捉えられていますが、果たして本当にサービス業といえるのでしょうか。「広告枠」を扱うだけでなく、広告にまつわる「効果」を売り物にすることが、本当の意味での「サービス」業ではないでしょうか。
そもそも、広告主の皆様からしますと、例えば、ある特定の人にこのブランドを知ってほしい、好きになってほしい。潜在的なユーザーにお店やサイトに来てほしい。買って欲しい、すでに買っている人に買い続けてほしい、というようななんらかの目的を達成するために広告枠を買いたい。しかし実際には、デジタル広告とテレビ広告では指標が異なりますし、媒体間でも異なり、目的をストレートに達成していくことが難しいというのが現状です。
それを変えるために博報堂DYグループが取り組むのが「AaaS」です。
例えば、検索やサイト来訪、認知やブランド好意を上げる等、その目的に応じてテレビとデジタルを横断的に提供して、目的にダイレクトに応えていきます。それを果たすために我々は、膨大なメディア取引データを一元的に扱えるメディアデータウェアハウス(=システム基盤)と、メディアデータと博報堂DYグループの知見を掛け合わせたアルゴリズムを作り、ツールとダッシュボードの形で提供できるようにしています。これがAaaSの構想の実現です。
その骨子を簡単に申しますと、まず事業効果を最大化するために広告を出稿するにはメディアの投資配分はどうあるべきなのか、あるいは中間的なKPIをどう設定すれば管理できるのかを検討する「Analytics AaaS」。テレビとデジタルを統合的に運用するための「Tele-Digi AaaS」。また、テレビだけ、デジタルだけで運用を最適化していきたいというニーズもあると思いますので、そのような形でも「TV AaaS」「Digital AaaS」によってお応えできるようにしています。また、統合的なサービスが前提となっていますが、モニタリングだけ、プラニングだけ、といった形でも使うことができるようになっています。
『AaaS』は独自のメディアデータウェアハウス(システム基盤)をベースにして、プラニング、モニタリング、バイイングの3つの要素を統合ダッシュボードの上で動かしていくことによって、統合メディア運用をし、広告目的を果たしていくモデルです。これまで分断され、かつ目に見えない要素が多かったため、広告メディア活動全体からみると生じていたかもしれない無駄を排除してメディア効果を最大化し、事業成果に、ひいては広告主の事業成長に貢献していくのが「AaaS』モデルなのです。
笠松:
ありがとうございました。では、最初の質問を小出さんからお願いしたいと思います。
小出:
今の安藤さんのお話は、挑戦的で面白い取り組みだと思います。古くは、マーケティング学者のセオドア・レビットが「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」、お客はドリルを買いに来たのではなくて、穴を開けるという結果を求めている(なので方法論は色々ある)、と述べましたが、先ほどのお話では、広告主は枠を買いたいのではなく、結果的に、なんらか「人を動かす」、その「成果」を求めている、とおっしゃっていました。その成果の部分を広告主と握りましょうという考え方はすごく進化しているなと捉えているのですが、一つ疑問として湧いてきたのは、効果を最大化するために何らかの成果を握った時、もしエージェンシーが複数社の競合クライアントとも同じような成果を握っていた場合、本当にベストなプランを提案してくれるのかどうかということです。例えば、本来、Aという形で枠を買うのがベストだとされていても、結局、他社と競合してしまってその枠を買えなかったりした際に、何らかの優先順位がついたりするのではないか。もし、そのようなことがあるとすれば、競合のクライアントを同時に持つということが難しいのではないかと思ったのですが、そのあたりについてどうお考えでしょうか?
安藤:
小出さんから頂いたご質問はとても本質的なテーマであると思っています。
「AaaS」は広告を従来通りの「枠」として考えるのではなく、広告主にとってどんな「価値」を提供できるものであるかを考えることがポイントだと思っています。従来通り「枠」として考えると、誰にとっても同じ価値のものとして扱われてしまう可能性がある。これまで広告会社自体も、そういった扱い方で広告枠を売り買いしていたと思うのですが、「AaaS」では広告メディアの扱い方を変えないといけないと思っています。広告というのはマーケティング戦略の一環であり、事業成長に貢献しないといけない。そうなると、同ジャンルの商品でもマーケティング戦略が全く一緒ということはないんじゃないかと。ドリルというのは誰にとっても同じドリルですよね。でも、穴というのは千差万別で、どんなところにどんな穴を開けたいのかということは必ず違う。もっといえば、一見同じようなニーズのユーザーがいたとしても、今開けたいとか、どれくらいの数をどういう風にあけたいのかは違うと思います。「どんな穴を開けますか?」と言った時に、「それに必要なのはドリルかもしれないですし、違うこんなものかもしれない」とお話するのが、「AaaS」で一番やらなければいけないことです。そう簡単だとは思っていないのですが、従来の枠取引のトラディショナルな考え方から脱却して、マーケティング戦略を一緒に考えさせていただき、どのような目的をどう達成するかをニュートラルに考えてお話をさせていただきたいと思っています。
笠松:
ありがとうございました。最初の質問は、複数社のクライアントの場合でも有効なのかという問いについて、安藤さんからは、同じ商材と言えど、それぞれマーケティング課題は違うだろう、というお話だったかと思います。全く同じだった場合はどうするの?という問題も依然残るわけですが、そこは緻密に考えれば違う、ということですよね?
安藤:
そうですね、全く同じだと考えてご提案するのは広告会社の努力不足ではないかと思います。マーケティング戦略が全く同じなんてことは絶対ないと思います。
笠松:
厳密に言えばそうですよね。そこをメディアの買い付けにおいては、ある程度端折っていたところがあったかもしれない。
では、問いの2つ目にいきたいと思います。
小出:
「AaaS」は、テレビとデジタルというのが大きな二つの領域だと思うんですが、テレビ広告において、プラニングした時のある種の前提となっている視聴率(GRP)で広告枠を購入した場合、結果的にはアクチュアルが相当ずれてしまうことも昨今特に顕著だったりするのですが、その差をどのように考えていけばいいのか。その差はどのように保証されるのか。このビジネスモデルではどう考えていらっしゃるのでしょうか?
安藤:
このご質問も、「AaaS」の中心的な部分に関わるところです。おっしゃるように、特にテレビにおいては、それが課題としてあると考えます。効果をどう最大化するのかを考えて「運用していく」のが「AaaS」の基本的な考え方で、ご提供しなければならないのは、「本来こうしたかったんですよね。それに対して、実際の施策を講じたことでこのような結果になっています。では、この差分をどのように改善していきながら、効果・目標に近づけていきましょうか」という話を、広告会社と広告主が一緒にやっていくことだと思っています。
テレビ広告は買い方に際して制限もあります。そのため、テレビ広告の差分を比較的クイックに回せるデジタル広告でどうカバーしていくのかを考える手段もあると思います。また、テレビ広告でできることもあって、例えばキャンペーンの中で前半と後半でスポットの打ち方をリプランしていく、ということも実際にやっていますし、こういうPDCAをきちんと回していくことがとても大事です。
もう一つは「アクチュアル」をどうとらえるか、という問題ではないかと思います。「AaaS」で最も伝えたいことは、アクチュアルという概念は本来、いわゆるGRPの話だけではないのではないか、ということです。広告効果をベースにした時に、誰にどのような到達の仕方をしているのかということを管理しなければいけないので、これを最大化するためには、プランとアクチュアルのGRP差という従来の見方とはちょっと違う見方も求められてくるのかなと思います。より精緻に見ていく必要があり、これまでのテレビ広告のバイイングと違ってくるはずです。
小出:
それは広告主側から都合よく解釈すると、結果を握るのだから、一つの手段であるテレビ広告がもし仮に想定通りの数字ではなかったとしても、他の手段を通じて、最後の着地点までは連れていってくれるという風に考えればいいでしょうか?
安藤:
そうですね。ほかの手段だけというよりテレビ広告自体の運用も含めてそのように努めたいと思い、「AaaS」というモデルを作っています。ビジネス上の取引をどのようにしていくのかに関しては個別の問題だと思いますので、これは広告主のみなさんがご納得いただける形で進めていけばいいと思うのですが、我々が目指したいところというのはそこになります。
笠松:
ありがとうございます。3つ目の問いは、今は比較的テレビにフォーカスされていると思いますが、他媒体とのメディアミックス効果というものについてはどのようにお考えでしょうか?
安藤:
ここまでご説明したように、テレビとデジタルということでスタートしているのですが、もちろん広告を考えていくうえで他媒体は重要です。現段階でも、プランそのものに対して他媒体のミックス効果を考慮するということは可能です。ただ、「AaaS」の一番の売りである「常時接続で広告を運用していく」という点に関しては、媒体社のみなさんとの協力関係を含めて様々な準備をし、データベースを構築することが必要になってきますので、段階的にやっていこうと考えています。まずは、テレビとデジタルの統合運用を可能にするところから始めました。あくまでこれは第一弾ということで、近い将来、他媒体を「AaaS」に搭載していくことは必要だと思っていますし、今年度中に違う動きも出したいと思っています。
笠松:
ありがとうございます。では、次の問いは少し違う種類のものになるのですが、「AaaS」はテレビの個人視聴の場合、効果を発揮すると予測されます。が、テレビは実際に家庭内で視聴する場合、「複数視聴効果」というものは必ずあって、例えば、スポーツコンテンツですと親子で観ているという状態が必ずありますよね。家庭内複数視聴に効果が期待できる事例があると思いますが、そのあたりについてはどのように考えていらっしゃいますか?
安藤:
それは「コンテンツ価値」ということだと思います。運用を考えるとスポット広告の相性が良いと考えられるかと思いますが、テレビ番組の提供効果などの「コンテンツ価値」という部分も計測したりプラニングしたりすることは可能です。実際に、番組とのコンテンツタイアップが圧倒的に高い認知や行動喚起につながったという事例もあります。また、家庭内での複数視聴効果についてですが、この「共視聴」はデータに入っているため、モニタリングやプラニングに活用することはできます。ただ忘れてはいけないことは、コンテンツ価値というのは全て一面的に計測できるわけではない。「スポンサード」には極めて多様なブランディング価値がある。あえてたとえるとすると、MaaS(Mobility as a Servise)はモビリティサービスとして車を考えようという話だと思うのですが、車には「ブランドを所有する価値」もある。サービスだけでなく、この車を持っているという価値。比喩ではありますが、そのような価値が、スポンサードにもあると思います。そういう部分も見なければいけないと思っています。これは「AaaS」で今の段階ではまだ充分カバーし切れていないところです。
笠松:
ありがとうございます。もっと議論したいですが、今後もこのテーマについては継続テーマとしていきたいと思っています。秋には関係者全員が集まり、リアルな場で、忌憚のない意見を言い合うということができればと思っております。
ここからは、このセッションのまとめとして目指すべき未来についてまとめていきたいと思います。
パーパス(サービスの存在理由)があって、一方に、顧客の深層心理というものがある。そこがぴったりと合わさったところに、顧客が共感するブランドからのメッセージというものを初めて作ることができる、という上からの流れと、最適なタッチポイントの設計という課題、この二つが合わさったところに、「顧客が共感する顧客体験のデザイン」というものが成立する。上下両方からの流れが大事だということです。タッチポイント設計において、デジタルトランスフォーメーションによる最適化を図っていく。もちろん全ての課題が解決するわけではなく、他メディアも必要ですし、上段にあるブランドからのメッセージングをどう設計していくかということも非常に重要だと考えています。小出さんから最後に何かございますでしょうか。
小出:
最終的に広告主が望む成果に到達できるようにサポートしていただく、導いていただくということが広告主の望みです。そこに一緒に向かっていけるのだとしたら是非成功してほしいなと思います。
笠松:
小出さん、安藤さん、本日はありがとうございました。