生活者のデジタルシフトによって視聴デバイスが多様化し、コネクテッドTVなど新しいデバイスの利用者も増えています。そのような環境下で、TV広告の効果を上げていくにはどうすればいいのでしょうか。
2023年6月6日(火)~8日(木)、東京ミッドタウンにて「アドバタイジングウィーク・アジア2023」が開催され、さまざまなコンテンツトラックやインタラクティブなディスカッション、基調講演、ネットワーキングが展開されました。
「広告主×放送局×広告会社 3者で考えるTVのこれから」と銘打ったセッションでは広告主である日産自動車の増田氏、放送局であるTBSテレビの伊藤氏、そして広告会社である博報堂DYメディアパートナーズのAaaSビジネス戦略局メンバーの3者が、「TVのこれから」について語り合いました。
増田 泰久氏
日産自動車 日本マーケティング本部
ディビジョンゼネラルマネージャー
伊藤 健二氏
TBSテレビ 営業推進センター長 兼 営業推進部長
飯塚 隆博
博報堂DYメディアパートナーズ
AaaSビジネス戦略局 局長
内藤 匠哉
博報堂DYメディアパートナーズ
AaaSビジネス戦略局 戦略二部 部長
TV AaaS Lab 編集長
TV広告とデジタル広告を統合して運用する時代に
TV広告とデジタル広告を
統合して運用する時代に
飯塚:
このセッションでは、広告主、放送局、広告会社の3者で、TV広告の現在地と、未来に向けたTV広告活用方法のあり方を探っていきます。まず、TV広告を取り巻く環境について、博報堂DYメディアパートナーズの内藤から話してもらいます。
内藤:
博報堂DYメディアパートナーズは、TVの価値を共創する「
TV AaaS Lab」の取り組みを昨年9月に始め、これまでさまざまな事例を生み出してきました。それをご紹介する前に、現在のTVをめぐる状況を生活者と広告主の両方の視点から見ていきたいと思います。
昨今、生活者のデジタルシフトが加速度的に進んでいて、TVのリアルタイム視聴は減少傾向にあると指摘されてきました。しかし、TV画面での映像メディア接触時間自体はそれほど減っているわけではありません。VODなどの配信コンテンツをTV画面で楽しむ人が増えているからです。地上波番組に限定するのではなく、「TVというデバイスを通じた動画コミュニケーション」という視点で、CMやコンテンツ展開を考えていく必要があると私たちは考えています。
伊藤:
リアルタイム視聴率の低下は放送局にとって大きな課題ではありますが、TVerのユーザー数や再生数が非常に伸びている点を見れば、TVコンテンツに対する関心や期待はまだまだ高いと言えると思います。実際に、「人生最高レストラン」のスピンアウト番組は、Web配信のみだったにもかかわらず、50万回以上視聴されました。
飯塚:
最近では、TVerでしか見られないコンテンツも増えていますよね。その中からビッグコンテンツがいくつも出てきていて、視聴者数の伸びに貢献しています。
内藤:
次に広告主の側ですが、従来のようなリーチや認知だけではなく、指名検索やインストール、来店、オンラインでの購買などの行動指標をKPIに設定する広告主も増えています。それに伴って、TV広告もそれらの指標で測定・評価することが求められてきています。
飯塚:
マーケティングファネルで見ると、以前は「認知・理解」から「検討・比較」までがTV広告の役割で、「検討・比較」から「コンバージョン」までがデジタル広告の役割と考えられていました。しかし近年になって、TV広告の役割がコンバージョンの領域まで拡大し、一方のデジタル広告も認知・理解の領域まで広がっています。最近では、TVとデジタルを統合して運用したいというクライアントのニーズが非常に高まっていますね。
生活者の共感を最大化していくための2つの方法
生活者の共感を最大化
していくための2つの方法
飯塚:
さて、以上のような背景を踏まえて、日産自動車のマーケティング戦略について増田さんからご紹介いただきたいと思います。
増田:
日産自動車は、今年で創立90周年を迎えます。90年にわたって引き継いできた日産自動車のDNAが「他のやらぬことを、やる」です。創立以来の「やっちゃえ」精神によって、私たちは革新的な技術・商品開発に情熱を注いでいるだけでなく、広告マーケティング活動でもさまざまなチャレンジを行っています。
私たちが大切にしているのは、技術によってお客さまへ「ワクワク」を届けることです。それを実現するための重要なテーマが「エモ消費」です。70年代の「モノ消費」から、90年代の「コト消費」を経て、2010年以降は「エモ消費」、つまり、自分の気持ちを大切にする消費行動、企業の理念や姿勢への共感にもとづく消費行動が主流になってきています。私たちもかつては個別の車種の魅力を発信することに注力していましたが、現在は日産自動車の技術や思いを知ってもらうことを重視するようになっています。
エモ消費の時代において重要なのは、「共感最大化」を目指していくことです。ポイントは2つあると私たちは考えています。
1つ目のポイントがブランド体験の共創です。
私たちには大事にしている言葉があります。
それが「Dance Over There」です。以前は、広告主と生活者の間には距離がありました。エモ消費の時代には、広告主が生活者の側(Over There)に立って一緒に「踊る」、インサイトドリブンなアプローチが必要になる。それによってブランドの価値をともにつくっていくことができる。そう私たちは考えています。
2つ目のポイントが科学的アプローチです。
私たちは以前からあったマーケティングミックスモデリングの方法論を発展させ、現在の生活者にとって興味・関心の高いタッチポイントを見極め、それにブランドコンテンツを組み合わせた統合的なメディア運用に取り組んでいます。その1つが、電気自動車になった軽「日産サクラ」の事例です。
サクラのコミュニケーションでは、認知拡大のフェーズからTVとデジタルを活用しました。コロナ禍によってお客さまがディーラーに足を運びにくい状況の中、デジタルコンテンツによって認知を獲得するだけでなく、試乗した気分になっていただいて理解を促進することを目指しました。ターゲット層との親和性の高い俳優の松たか子さんや、同じくターゲット層から支持されているマカロニえんぴつさんの曲を起用したのも、「Dance Over There」のスタンスを明確にして、生活者の共感を獲得したいと考えたからです。
この取り組みの結果、サクラは軽自動車としては初めて日本の3大カーオブザイヤーをすべて受賞し、自動車業界のCM好感度調査1位、ウェブサイトアクセス率120%向上、さらに日産として12年連続国内電気自動車販売台数1位を継続している中でも日本記録を塗り替えるほどの販売を達成と、認知、理解、販売のすべてにおいて好成績を収めることができました。
TV広告の「直せる化」と「世界観ターゲティング」
TV広告の「直せる化」と
「世界観ターゲティング」
飯塚:
今ご説明のあった事例のキーワードは「運用」と「共感」であると私たちは考えています。増田さんがおっしゃった科学的アプローチが可能にするのが、広告効果を改善していく「運用」であり、生活者の心を捉えるコンテンツの力によって生まれるのが「共感」です。この2つのキーワードについて、内藤から詳しく説明してもらいます。
内藤:
昨今話題の運用型TV広告は、広告視聴後の視聴者の行動をモニタリングして可視化し、CM素材や出稿の最適化を実現するサービスとして定義されることが一般的です。AaaSでも、テレビ・テレデジのPDCAサービスは500件、TVスポット取扱額で見ると1000億円分以上のキャンペーンを扱う規模に達しています。
最近では、運用型TV広告に求められるものがどんどん高度になってきています。例えば、扱うメディアの拡張という点で、TVだけではなくテレデジ一気通貫でPDCAを回したいというニーズが顕著になってきています。実際にAaaSにおいてもTV広告とデジタル動画広告を統合運用するソリューションの導入社数は、TV広告を単体で運用するソリューションの4倍以上となっています。
また、視聴後の検索数やサイト来訪、ブランドリフトなど、対応可能なKPIの拡張も求められています。そして、それらのKPIを向上させるために、効果を測定するだけではなく、分析結果を実際のアクションに繋げることも必要です。AaaSでは、異なるKPIを持つ広告主間でCMポジションを最適化するために枠入れ替えを行うなど、TV広告の運用を進化させるさまざまな検証を行っています。
飯塚:
以前は、TV番組の視聴率が明らかになるまで3週間くらいかかっていましたが、今はCM効果をデイリーで確認することができるようになっています。また、効果の「見える化」だけでなく、枠の入れ替えなど「直せる化」まで実現できるようになりつつあります。これはとても大きな進化と言っていいと思います。
伊藤:
これまで、TVの武器はリーチであると考えられていました。それは現在もTVの大きな強みですが、それだけではなく、例えば運用型のスポット枠を用意するなど、放送局としてさまざまなKPIにコミットできる仕組みをつくっていきたいと考えています。広告主や広告会社とのPOC(実証実験)にも積極的にかかわっていきたいですね。
飯塚:
2つ目のキーワードである「共感」について、まずは日産自動車の「世界観ターゲティング」の事例を伺っていきたいと思います。
増田:
2022年にフジテレビで放映された「silent」は、多くの視聴者から支持を得たドラマでした。とりわけ最終話に向けて視聴者の熱量がどんどん高まっていく中で、広告主である私たちも何かワクワクする要素をそこに加えていけないかと考えました。そこで、ドラマの制作チームの皆さんと一緒につくっていた番組連動型CMを活用した施策を行うことにしました。ドラマに出演している俳優が登場するサクラのCMです。これをTVerで最終話が見られる一週間の間、番組の途中に差し込まれるミッドロール広告をジャックする形で配信したところ、たいへん大きな反響を得ることができました。
内藤:
この取り組みの成果についてお話しさせていただきます。最終回の地上波リアルタイム視聴とTVerでの見逃し配信の結果を見ると、トータルリーチが7.7%、総リーチ人数が約850万人、総インプレッション数は約900万回に及んでいます。世代別のリーチをみると、TVer配信によって、全世代のリーチが拡大できており、とくにF2では、約4割がTVer配信で獲得したインクリメンタルリーチでした。
また、ブランドイメージ調査の結果、番組連動型CMと純広告はそれぞれ視聴者に異なる印象を与えていたことがわかりました。番組連動型CMでは「かわいい」「親しみを感じる」という意見が多かった一方、純広告は「環境に配慮」「先進的な技術」といった印象を持った人が多いという結果になりました。
飯塚:
番組連動型広告には以前から効果があると言われていましたが、それが具体的なデータとして確認できるようになったことで、再現性のある取り組みとなったと言えると思います。
増田:
番組連動型CMをつくるにあたっては、ドラマの制作スタッフの皆さんが大事にされていること、視聴者から支持されているポイント、広告主が伝えたいこと。その3つの要素をうまく組み合わせていくことが大事です。なかなか難しいことではありますが、それに成功すれば確実に成果に結びつくと思います。
「番組一社提供」によって視聴者の心を動かす
「番組一社提供」によって
視聴者の心を動かす
飯塚:
「共感」をキーワードに、もう一つ事例をご紹介します。タイム枠の中で非常に大きな可能性を持つ番組の一社提供について、私たちはTBSテレビの皆さんとともに調査を実施しました。
伊藤:
番組提供の広告効果を示してほしいという声は以前からありました。この調査は、それを可視化するチャレンジでした。
内藤:
調査の対象としたのは、2022年10月にスタートしたTBSテレビの一社提供番組「ベスコングルメ」です。調査にあたっては、提供会社であるアサヒビールのご協力をいただきました。「ベスコングルメ」の世界観である「最高に気持ち高まる瞬間の乾杯に向けた体験バラエティ」と、「気持ち高まる瞬間に寄り添うスーパードライ」というブランドの世界観のシナジーを、脳情報にもとづき視聴者の反応を予測する「NeuroAI®D-Planner®」(※1)等を活用した視聴者反応予測サービスによって数値化しました。
番組本編とCMを合わせた分析結果を見ると、ビールを飲みたいと思う「トライアル意向スコア」はモーメントごとに向上し、番組最後に最高値を記録したことがわかります。「ベスコングルメ」はビールと非常に親和性の高い番組でした。親和性のない番組と比べると、視聴者のトライアル意向は1.5倍になることもこの調査から明らかになりました。広告が流れるタイミングや場所、その番組で放送される素材との相性を選ぶことができる番組提供は広告効果が高くなることがわかります。
また、TV画面での視聴とスマートデバイスでの視聴の効果を比較すると、TV画面の方が認知促進効率で2.7倍、購買促進効果で3.3倍という結果になりました。コンテンツとブランドのマッチングを実現し、それをTVの大画面で視聴してもらうことによって、視聴者のエンゲージメントは高まる。そのようなことがこの調査からわかりました。
伊藤:
おっしゃる通り、生活者に向けて、放送局が届ける「テレビコンテンツ」と広告主が伝えたい「ブランドの世界観」の理想的マッチングの形が作れるのが、一社提供番組の大きな価値だと思います。これまでTV広告には視聴率、GRP、視聴質といった指標がありました。今回の調査では、さらにその先で、CMを視聴した人の心がどう動いたかを示すことができました。その点でたいへん画期的な試みだったと私たちは考えています。こういった調査にこれからも取り組んでいきたいですね。
飯塚:
この調査結果は、CMを流す枠やタイミングの選定だけでなく、コンテンツのつくり方のヒントにもなりそうです。
増田:
私たちの言葉を使わせていただけば、タイミング、コンテンツ、メディア運用などを「Dance Over There」の視点で統合していくことによって、生活者の心を動かす展開が可能になる。そんなふうにも言えると思います。
伊藤:
放送局がつくるコンテンツには、生活者の心を動かす力が間違いなくあると自負しています。番組提供をしていただくことによって、その価値をさらに高めていくことができるはずです。
飯塚:
TVはまだまだ大きな可能性があるメディアです。広告主、放送局、広告会社の3者によって、TVの可能性をこれからも追求していきましょう。
(※1)NeuroAI® D-Planner®は日本国内における株式会社NTTデータの登録商標です。