コラム
Media Innovation Lab
【Media Innovation Labレポート7】 量子技術が未来を変える(後編)
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現在私たちの生活を取り巻く、PCやスマホなどのスマート家電に代表されるデジタル技術。もとを辿れば80年ほど前に論理演算の概念が確立し、半導体が発明されたことから始まりました。そして今、これまでのデジタルを跳躍する新しい「量子技術」の時代が始まろうとしています。この量子技術は、コンピューターや通信・暗号、センシングと言った技術領域に革新をもたらすとされ、家電、自動車、医療などからAIに至るまで、あらゆる分野での活用が始まっています。広告領域においても最適化や分析に活用の可能性がある量子技術について、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム イノベーション統括本部 研究開発局兼Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ※)の永松範之に、博報堂DYメディアパートナーズナレッジイノベーション局兼Media Innovation Labの大野光貴が聞いていきます。

■産業別に見る、量子技術の応用ケース

大野
前編では、量子技術の概要や注目領域、各国の動きなどをお聞きしましたが、量子技術が実際にすでに応用されているケースについてもう少し詳しく教えてください。

永松
まず医療や創薬では、量子センシング技術を活用することで、これまで観測できなかった微細な細胞内の生命現象を検知できるようになり、がんの早期発見や、よりピンポイントな治療が可能になるので患者への負担も少なくなると言われています。
また、創薬というのは、たくさんの物質の化合物――10の60億乗個のようなレベルの個数――から、ある細菌やウイルスに効くものを組み合わせることで薬をつくっているのですが、量子コンピューターを使えばこれまでとは比べ物にならないくらいの速さでその最適な組み合わせを発見できるようになり、より効率的な創薬が可能になるでしょう。

大野
まさに今各国が新型コロナウイルスのワクチン開発にしのぎを削っていますが、そういった分野の計算にも量子コンピューティングを応用すれば、かなりのスピードアップが期待できるということですね。自動車や交通の分野ではどうでしょう?

永松
世の中には無数の自動車とルートの組み合わせがありますが、それが無限大に広がってきても、量子コンピューターによって最適なルートを瞬時に見つけることができるようになります。

大野
今までのコンピューターだと、手あたり次第にルートを潰していきどれが最適かを調べていたと思うのですが、量子コンピューターなら“同時に問題を解く”というイメージでしょうか。

永松
そうですね。実際に複数の自動車メーカーが量子コンピューターで交通を最適化する方法を研究中です。自動運転においても、すでにセンサー技術を活用し安全走行する研究がなされていますが、どうしても雨や霧などの気象条件の影響を受けやすく、精度が落ちてしまう場合もあります。その点量子センシングを活用すれば、どんな状況下でも正確に周囲の環境を把握することができるでしょう。

大野
なるほど。エネルギー分野についてはどうでしょう。

永松
量子ドットという特殊な構造体――多数の原子で電子を閉じ込めた、いわば人工的な分子――を使って太陽電池をつくれば、これまでより2倍以上もエネルギーへの変換効率が高い電池をつくれるのです。実際に、環境対策の一環としての太陽電池開発に量子技術を使う企業が登場してきています。

大野
それならば家電やスマホなどにも量子技術が使われてくるのでしょうか?

永松
先ほどの量子ドットを活用することで、これまでより多くの色が再現できるディスプレイの開発や、より光の吸収力が高い、高性能化、薄型化したカメラをつくることも可能です。

大野
QLED(量子ドットLED)のパネルを使ったテレビは既に発売されていますね。いずれにしても今後5年、10年の間には、家電にも量子技術を応用した製品開発が広がっていきそうですね。ではセキュリティ分野についてはどのような活用が進んでいるのでしょうか。

永松
量子コンピューターによって現在の暗号システムが破綻するだろうという話も出てはいますが、それに対し、同じく量子技術を活用し、より安全な暗号技術や通信環境を構築するといった話もあります。たとえば量子を使えばより完全でランダムな乱数を作ることができるため、暗号に応用できますし、“観測することで状態が決まる”という量子の特性を活用すれば、誰かが通信を傍受しようとしたことも検知可能になる。コピーや盗み見をしようとしてもすぐわかってしまうというわけです。

大野
ではAIは量子技術によってどう変化するでしょうか。さまざまな業界に直結する最大の領域と言えそうですが。

永松
量子コンピューターを使えばより人間の脳に近いニューラルネットワークを構築できるため、“人の思考の再現性”に期待が集まっています。海外でも脳の振る舞いと量子の関係性についての研究が進んでいて、今後数十年のうちに、より人間に近いAIが誕生するでしょう。

■解析からクリエイティブまで。広告、メディア、マーケティング分野においても可能性が広がる量子技術

大野
今後5年、10年、20年の間にどのような進化が考えられるか、各領域において現在想定できるロードマップを教えてください。

永松
量子コンピューターの領域では、今後5年ほどの間に、交通システム最適化への活用が進むだろうと思われます。10年後にはより規模の大きな都市レベルの交通、物流といった領域の効率化、また自動運転技術への活用が本格的に始まっていくのではないでしょうか。20年後くらいには、大きな交通渋滞や災害発生時など、混乱した状況下における大規模な情報の処理にも、量子コンピューターが活用されるでしょうね。またその頃には汎用的な量子コンピューターが開発されることで、AIの性能もぐっと向上するだろうと思われます。 量子暗号、量子通信技術については、10年後にはある程度量子暗号を使えるような製品が普及し、企業向けに活用され始めることが考えられます。そして20年後には、量子暗号を活用した一般向けのセキュリティサービスが開発されていくのではないでしょうか。 センシングの分野では、およそ10年後には、自動車ほど密ではないゆるやかな交通システムや船舶においてまずは技術が確立されていきそうです。そして20年後には、自動運転のセンサー技術に活用されていくのではないでしょうか。その頃には、医療やブレーンマシーンインターフェースへの活用も進んでいるでしょう。 量子マテリアルについては、およそ5年で半導体開発に、10年で太陽電池など高効率な電池の開発に、またIoTセンサーへの活用が考えられます。そして20年後には、より革新的なデバイスの開発にもつながるのではないかと期待されています。

大野
ようやく5Gが始まろうというところですが、10年後というとおそらく6G的なものも出ていますよね。これから10年単位で起きるそうしたさまざまな技術革新を根底で支え、世の中を変えていくのが量子技術ということになりそうですね。 最後に、我々に直結する広告、マーケティングの分野においてはどんな変化をもたらすと考えられますか。

永松
数年先には、広告配信や広告運用における最適化、無数のメディア出稿における最適な予算配分などの活用が考えられます。つまり短期的には、多数の変数が存在する中で、それを解析し最適化を図る方法として、量子コンピューターが活用されるのではないかというイメージです。

大野
なるほど。広告やメディアプラニングのように多くの変数をはらんでいる場合、量子コンピューターの得意とする最適化技術というのがまさに“はまる”可能性がありますね。

永松
さらにより中長期、10年以上先の話になると、量子センシングを活用することで現在のGPSよりも正確に位置情報を把握することができるでしょうし、人の細胞の変化、脳の働きといった生体情報を把握することで、より精緻な生活者の情報が取得できるようになるでしょう。アンケートなどをしなくてもより深い生活者の理解ができるようになることも考えられます。

大野
生活者にとっても、今よりもずっと最適化された情報が入ってくるようになり、より心地よい広告体験、コンテンツ体験ができるようになるかもしれない。コストも抑えられれば、多くの企業がそうした技術をマーケティングに取り入れていくことが考えられますね。

永松
より人間に近いAIができることにより、ゼロから新しいクリエイティブをつくるといった創造性の部分でも、活用を期待したいところです。 また、量子暗号技術をセキュリティに活用すれば、より精緻な計測、解析ができるだけでなく、情報もより強固に守ることができるようになります。よりよい広告体験ができ、かつ自分自身の大切な情報を守ることもできる、メリットの大きい技術と言えるのではないでしょうか。

大野
いまはそれぞれの技術が点在しているように見えますが、それほど遠くない未来に、これらがつながっていき、線になり面になって、大きなパラダイムシフトが起こるのかもしれませんね。

永松
そうですね。ご紹介した技術はそれぞれの産業に特化したものではなく、うまく組み合わせることでさまざまなイノベーションを起こしうる技術です。我々の将来のビジネスにも大きくかかわってくる技術でしょうね。

大野
近い将来を見据え、我々マーケティング、メディアの人間も大いに注目すべき技術ということがわかりました。 本日はありがとうございました。

 

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アドトランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

永松範之
デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム イノベーション統括本部 研究開発局長
2004年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム入社、ネット広告の効果指標調査・開発、オーディエンスターゲティングや動画広告等の広告事業開発を行う。2008年より広告技術研究室の立ち上げとともに、電子マネーを活用した広告事業開発、ソーシャルメディアやスマートデバイス等における最新テクノロジーを活用した研究開発を推進。現在はAIやIoT、AR/VR等のテクノロジーを活用したデジタルビジネスの研究開発に取り組む。専門学校「HAL」の講師、共著に『ネット広告ハンドブック』(日本能率協会マネジメントセンター刊)等。

大野光貴
博報堂DYメディアパートナーズナレッジイノベーション局 情報マネジメント部
ラジオ局のビジネス企画開発部、​メディアビジネス開発センター、データドリブンビジネス開発センターなど新規開発系部署を経て、2018年よりナレッジデザイン局(現ナレッジイノベーション局​)で主に海外のテクノロジーやメディアにおけるDXを調査。クリエイティブ&テクノロジー局テクノロジーソリューション開発グループ複属。

 

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