コラム
Media Innovation Lab
【Media Innovation Labレポート.8】 様々なビジネスにインパクトをもたらすゲームエンジン ~ゲームからエンタテインメント、そして産業利用へ~
エンタテインメントを中心に活躍の場が広がるコンピュータ・グラフィックス(CG)。近年、CGを生成する“ゲームエンジン”に熱い注目が集まっています。ゲームエンジンを取り巻く実情や今後の可能性などについて、米国におけるコンピュータ学会の分科会でCGの祭典とも言われるSIGGRAPH(シーグラフ)2020での事例にも触れながら、博報堂DYメディアパートナーズイノベーションセンター 兼Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ※)の吉田弘(シリコンバレー在住)に、メディア環境研究所の加藤薫が聞いていきます。
■ CGを自動生成してくれるゲームエンジン
加藤
いまなぜ改めてゲームエンジンが注目されているのでしょうか。まずはCGの祭典と言われる米国のSIGGRAPHについて、またゲームエンジンとはどういうものかを簡単に教えていただけますか。
吉田
SIGGRAPHはCGの学術展示会のような場で、CGそのもの以外にも映画のVFX(Visual Effects)などCGを使ったコンテンツ制作に携わる人たちも大勢集まるのですが、そこで、特殊効果撮影などに使われるCGをコントロールする“ゲームエンジン”が、この5~6年、にわかに注目を集めているのです。
そもそもゲーム会社は各社自前のゲームエンジンを使っていたのですが、7~8年ほど前から、スマホゲームの台頭と共にコンソールやPCなどマルチデバイスで様々なゲームタイトルがプレイできるような状況になり、縦割りのプラットフォームが次第に不便になってきました。そこでゲーム開発環境で使用され始めたのがUnityやUnrealといった汎用ゲームエンジンです。これがCG映像を作成する上でも応用できるとなって、いまやVFX、特殊撮影などのCG生成、あるいはコンサートやテーマパークなどで使われる映像制作などにも活用されているのです。
少し詳しく説明すると、Unrealは、フォートナイトなどゲームソフトを制作しているEpic Games社の創業者が20年程前に手掛けたゲームエンジンで、その汎用性の高さから様々なゲーム、またマルチプラットフォームにも使われるようになったという経緯があります。多くのハリウッドの大手映画スタジオのVFX制作でも現在利用されています。後発のUnityは、スマホゲームを中心に比較的軽いゲームで利用され、ユーザーが拡大していきましたが、使いやすさに定評があり、日本でも人気のゲームアプリなどに使われているほか、コンサートや展示会などで活用されています。Unityは今年9月に上場して、現在時価総額が4兆円にも達しています。Unrealは、2021年にUnreal5にバージョンアップする予定なのですが、実写よりもきれいなのでは?というクオリティで、早くも話題になっています。
加藤
ゲームでも映画でも、CGというのはある程度事前につくり込むことが前提だったと思うのですが、ゲームエンジンを使うとCGを自律的に生成できるということですか。
吉田
そうです。たとえばライブでゲームエンジンを使えば、ステージ上のアーティストの動きに合わせてLEDの映像を変えたり、照明やレーザー光線を同期させたりといった演出が容易になりますから、エンタテインメント業界での活用が一気に広がったのも理解できます。
加藤
映画のVFXでは具体的にどう活用されているのでしょうか。かつては編集で一枚一枚描き起こしていた印象のCGですが、そこもリアルタイム性が上がってきているということですか。
吉田
はい。かつてのCG制作用のコンピュータは、数千万円とか億単位で立派なサーバー設備を整えても、1時間に1回はダウンしたり、立ち上がるのに15分かかったりするようなものでした。それがいまは30~50万円くらいのPCで4Kの高精細な映像もハンドリングでき、ほぼリアルタイムでCG処理できるようになっていて、圧倒的に使い勝手はよくなっています。映画でも、かつては何日もかけてレンダリングをやってフィニッシュワークしていましたが、いまは現場にマシンを持ち込んで、ブルーバックとかグリーンバックで役者の動きをスタジオ撮影すると、その場でCG合成した完成形の映像を確認できる。後日撮り直しなどの必要がなくなり、業界でも革命的だと言われています。
加藤
なるほど。マシン自体も高速化、低価格化、コンパクト化していて、撮影現場ですぐに確認、処理ができるようになっているのですね。
■ 「リアルタイム性」を鍵に、多様な産業で応用が進む
加藤
SIGGRAPH2020で紹介されたゲームエンジンの活用事例について教えていただけますか。
吉田
ゲームエンジンを活用したCGアニメによる、NIKEの広告ショートムービーの事例が紹介されていました。もともとアメリカのアニメーションは、セル画を描いていた日本のアニメと異なり完全にフルCGで作られるのですが、この事例の場合、オリエンからフィニッシュワークまで5週間しかないというめちゃくちゃなスケジュールだったようです(笑)。そこでゲームエンジンを使ったところ、レンダリングはもちろん、修正やチェックも非常にスピーディーに行えたとのこと。広告キャンペーン終了後にゲームへの展開があった場合でも素材が使いまわせるため、なおさらゲームエンジンの活用が必然的だったようです。
加藤
なるほど。
吉田
ほかには「マンダロリアン」というスターウォーズシリーズの実写ドラマ作品の事例。完成した作品の50%は巨大LEDスクリーンを設置したスタジオで撮影されていて、役者を追うカメラの動きに応じて背景の風景や街並みが自動的に制御されます。このゲームエンジンを利用した巨大LEDスクリーン(バーチャルスタジオ)の導入で、屋外ロケや屋内セットでの撮影は大幅に削減が可能となり、クロマキー合成のリタッチ作業も不要となりました。役者の演技がNGかどうかだけを見ればよくなるわけで、仕上がりにも違和感はまったくないですし、圧倒的にコストが削減できたようです。長時間の拘束もなくなりますから、役者の負担も減りますね。
加藤
非常に興味深いですね。バーチャルスタジオの技術が発達していくと、長いシリーズのドラマなどは、制作方法も変わっていく可能性がありますね。今年のCES2020でも、ソニーのバーチャルスタジオのデモ展示が話題になっていました。
続いて、コンサートや展示会などでの活用事例についてもお話いただけますか?
吉田
たとえば、体感型ミュージアムの制御をゲームエンジンで行っていたり、人気アーティストのコンサートで多用されている様々なCG演出にもゲームエンジンが活用されています。ちなみにSIGGRAPH2020のキーノートではイリュージョニストのマルコ・テンペスト氏が講演し、ゲームエンジンをフル活用して、新しいハイテクイリュージョンを作っているという話でした。
加藤
ほかにはどんな事例がありますか。
吉田
最近は建築設計でも3Dの図面(CAD)を使ったりしていますが、建築途中のシーンや、内装の仕上げなどをお客さんに見せる際に、ゲームエンジンが非常に有効だということです。たとえばマンションのショールームで見せていたような映像を、ゲームエンジンを使えば、お客さんが見たいところをいつでも、どこにいても見られるようにもできます。自動車でも、車体の色をシミュレーションするなど、その人なりの利用シーンを体験してから購入を考えるなど、ゲームエンジンの利用シーンは増えていますね。医療においても、たとえば外科手術などの際、自分に見えている部分の反対側がどうなっているのかをゲームエンジンを使ったCGで見られるといった技術を、東大の先生が開発し、利用が始まったそうです。また、自動車メーカーが、リアルタイムのクルマの状態などをダッシュボードに表示させるといった技術にゲームエンジンの活用を検討しているようです。
加藤
やはりリアルタイム性の高い領域ほど、ゲームエンジンとは相性が良さそうですね。
吉田
まさに「リアルタイム」がキーになっています。将来的にはおそらく飛行機のコックピットや、交通網、工場のプラント制御などにも応用が進んでいくような気がしています。
■ 過渡期の今だからこそ広がるビジネスチャンス
加藤
現在はゲームエンジンの活用も過渡期にありますが、その背景にあるという、CGプロダクションのクラウド化について教えてください。
吉田
クラウドについては、2~3年前からSIGGRAPHでも、どう使えばコストを抑えられるのか、使い勝手はどうなのかといった様々な議論がされてきましたが、コロナの影響を受けて、また急にスポットライトが当たることになりました。というのも、従来だと自社でCG設備をフルで整えるのはコスト的にも大変なので、普段は20~30台の常備で、繁忙期にはクラウドを利用するといった方法を取っていたところ、コロナでリモートワークが主流になり、社員全員が何らかの形で外からCG設備を使わなくてはならない状況になった。そこでクラウドが再注目されたわけです。クラウドの環境はすごくよくなっていますし、常に最新のバージョンにアップグレードしてくれます。また、これまで自前で必要だった機材メンテンナンス等のITスタッフやセキュリティ整備も不要になるというメリットもあるわけです。ただ大きなスタジオになると、パブリッククラウドですべての開発環境を構築するか、プライベートクラウドとして自社で持つ方がいいのかは、まだ議論されているところですね。一方で、自分たちで一切設備を持たないというスタジオも出てきています。イギリスのUntold Studiosというスタジオはオールクラウドでドラマ制作を行っていて、ロックダウンの最中もスタッフが家からCG作業を行っていたということです。
加藤
すごいですね。広告業界でも、コロナの中で一度も人が集まらずに企画から映像納品まで終えたという話もありました。モノにもよるとは思いますが、今後そういう体制も選択肢の一つになってくるでしょうか。
吉田
映画の場合、CG制作とか映像編集についてはクラウドでも可能ですが、撮影となると難しいでしょうね。人が集まれないため制作が中断しているハリウッド作品は実際多いようですから。
加藤
確かにそうかもしれませんね。
では続いてVolumetricの話をお聞かせいただけますか。
吉田
Volumetricスタジオというのは、カメラを何10個、何100個と並べた大規模設備で、一気に撮影し360度映像にできるというスタジオのことです。世界各地にこうした設備を作っていて、AR、VR、XR用のコンテンツ制作環境を整備している企業もあります。インテルがロサンゼルスに開設したインテルスタジオは、1万平方メートルの面積があり、そこに100台以上の8K カメラ、154台の巨大なLEDパネルが設置されていて、大人数でのダンスシーンやスポーツシーンなどのAR素材がつくれるようになっています。それだけ大規模なグラフィックができると、ARの世界観も変わるような気がしています。
加藤
以前インテルスタジオのデモを見た時は、屋外広告のARで、見る画角によって表示の仕方が変わっていました。こういう見せ方もできるのかと新鮮でしたね。
吉田
たとえば野球でもサッカーでもアメフトでも、スタジアムの上に100台くらいのカメラを設置して撮影していけば、リアルタイムCG化できて、視聴者が見たい角度から見られるといったことも可能になるかもしれません。自分の好きな選手をこの辺の角度から見たい、というファンもいるでしょう。ものすごく面白い体験ができるんじゃないかなという気がします。
加藤
スタジアム全体が3Dスキャナになるような感じですね。面白いですね。
吉田
お金はかかるでしょうが、技術的にはそういうことができる環境は目の前に来ていると思います。
加藤
リアルタイム性の高いゲームエンジンが、エンタテインメント業界だけでなく、様々な産業領域に活用されるようになってきたことがよくわかりました。確かにゲームエンジンは、我々広告業界としても見逃せない技術ですね。
吉田
この2年ほどゲームエンジンを注視してきましたが、先述の医療や自動車など次々と新しい利用シーンが出てきています。
まさにこちらの図のように、真ん中にゲームエンジンがあって、様々な産業領域にその利用が広がっている過渡期だと言えると思います。我々広告会社も、このように活用領域が広がっていくことを前提に、どうつくるかではなく、何をつくっていくのかがますます問われてくるのではないでしょうか。
加藤
そうですね。いわゆる制作物だけでなく、生活者のエクスペリエンス部分での何か、あるいは新しいサービスのインターフェースといったことも考えられるかもしれません。いずれにしても、エンタテインメント、広告、マーケティングといった個別の領域を超えて広がりつつあるゲームエンジンは、今後も注目に値する領域だということですね。どの業種でも、自社の顧客やユーザーにリアルタイムに何を提供したら良いかという視点で考えると、これからのサービスについてのインスピレーションが広がるのではないでしょうか。
今日は貴重なお話をありがとうございました。
※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アドトランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。
吉田 弘
博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター兼Media Innovation Lab
1988年博報堂入社。事業局、研究開発局を経て、2004年より博報堂DYメディアパートナーズへ異動。メディア環境研究所長、メディアビジネス開発センター長を経たのち、2018年よりイノベーションセンター(シリコンバレーオフィス)エグゼクティブディレクター。20年より、Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)海外拠点リーダーを兼務。
加藤 薫
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 主席研究員
1999年博報堂入社。菓子メーカー・ゲームメーカーの担当営業を経て、2008年より現職。生活者調査、テクノロジー系カンファレンス取材、メディアビジネスプレイヤーへのヒアリングなどの活動をベースに、これから先のメディア環境についての洞察と発信を行っている。
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