コラム
Media Innovation Lab
【Media Innovation Labレポート.10】 DXによってメディアと広告ビジネスはどう変わるのか ──メディアイノベーションラボ新春企画
デジタル化の大きな波はメディアに革新をもたらし、生活者のメディアに対する意識や行動も大きく変化しています。博報堂DYメディアパートナーズと、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアムは、2020年、その変化に対応するための新しい組織Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ※)をスタートさせました。今回は、メディアイノベーションラボのキーパーソンたちが、昨年のメディア環境の変化と、今年進展が予想されるメディアイノベーションについて語り合いました。
矢嶋弘毅
博報堂DYメディアパートナーズ 代表取締役社長
安本純毅
博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター センター長
吉田 弘
博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター 兼 メディアイノベーションラボ 海外拠点リーダー
聞き手:島野 真(博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局 局長 兼 メディア環境研究所 所長 兼 メディアイノベーションラボ)
メディアと広告ビジネスのDX、その4つのポイント
──メディアイノベーションラボは、2020年8月から日本、米・シリコンバレー、中国・深圳を結んで、メディアビジネスのイノベーションに関する情報の収集と発信を行ってきました。まず、2020年のメディアや広告ビジネスの変化を振り返っていただき、それぞれの視点でトピックを挙げていただけますか。
矢嶋
テレビの領域では、2月に「スマート・アド・セールス」という新しい広告販売のサービスがスタートしたのが大きなニュースでした。これは、テレビの15秒CMをインターネット経由で1本単位から購入できるサービスです。数年前から日本テレビが「アドバンス・スポット・セールス」という名前で提供していたサービスにTBS、フジテレビ、テレビ東京が参加し、新しい名称となったわけです。これをきっかけに、テレビCM取引のデジタルトランスフォーメーション(DX)が大きく進んでいく可能性があります。
メディアや広告ビジネスのDXには4つのポイントがあると私は考えています。1つめは広告効果のビジュアライゼーション、つまり「可視化」。2つめは視聴率などの指標のインテグレーション、つまり「統合」です。もう1つ、重要な視点として「ダイナミックデータの活用」があります。これまで、マス広告のプラニングは、基本的に過去のデータ、つまり静的データに基づいていました。しかしメディアがデジタル化していくと、メディアに接触している生活者のリアルタイムの動き、つまり動的データを把握することが可能になります。その手法がマスの領域にも浸透してきている。これが3つめのポイントです。
──デジタル広告の手法がマスの領域でも活用されるようになってきているということですね。
矢嶋
そうです。そしてその3つの動きの結果として、PDCAを高速で回していくことが可能になる。この「高速PDCA」が4つめのポイントに当たります。以前から徐々に進行していたこの4つの動きが、2020年に一気に進みました。今年はそれがさらに加速していくことになるでしょう。
DXはあらゆるプレーヤーにメリットをもたらします。メディアは統一的な広告指標を示すことによって広告を売りやすくなり、取引の透明性を高めることができます。それはもちろん得意先のメリットにもなります。さらに、メディアや得意先を顧客とする広告業界もビジネスがやりやすくなる。そう考えれば、メディアと広告ビジネスのDXは、まさに「三方よし」であると言っていいと思います。
──その結果、生活者にも有用な情報が届くことになれば「四方よし」ということになりそうですね。デジタル領域のトピックについてもお聞かせください。
安本
世界的に注目を集めたのは、プラットフォーマーのデータ規制の問題でした。個人情報の取得の仕方をどうするか。蓄積している個人情報をどう保護していくか──。そういった課題への取り組みは、現在のところ国や地域ごとに異なっています。産業やメディアの視点で見れば、グローバルで統一されたルールがあるのが望ましいのですが、ルールが厳しすぎるとデータ活用の恩恵が経済や生活者に及ばなくなってしまいます。今後、コンセンサスがどう形成され、法制度がどう整備されていくか。注視していく必要があります。
矢嶋
データの活用が進んでいけば、ルールやレギュレーションが必要になる。これは当然の流れですよね。おそらく、ルールは世界的に統一される方向に向かっていくでしょう。メディアイノベーションラボでも常にグローバルな視野で情報を収集して分析していく必要があります。
──アメリカにいる吉田さんは、昨年の動きをどう見ていましたか。
吉田
2020年はコロナに始まりコロナに終わった年でした。アメリカでは現在(2021年1月14日)もロックダウンが続いています。人々が自宅で過ごす時間が長くなったことによって、テレビの視聴率やウェブサイトの閲覧率は、昨年一年間で大きく伸びました。
とくに注目すべきが、コネクテッドTV(CTV)の伸長です。これは、テレビ端末でインターネットのストリーミングコンテンツを視聴するタイプのテレビですが、アメリカではテレビ視聴時間の4分の1がすでにCTVになっていると言われています。これまで、CTVの視聴スタイルは定額制動画配信、いわゆるSVOD(サブスクリプション・ビデオ・オンデマンド)がほとんどでした。しかし昨年以降、AVOD(アド・サポート・ビデオ・オンデマンド)が急激に伸びています。これはその名のとおり、広告を入れることによって視聴料を割安にしたサービスです。AVODの登場によって、CTVにおける広告ビジネスが今後一気に拡大していく可能性があります。
──インターネット経由でテレビを見るという視聴スタイルが定着していくと、テレビの領域でも運用型などデジタル広告の手法がさらに広まっていきそうですね。それによって、先ほど話のあった指標の統合も進んでいくのではないでしょうか。
吉田
そう思います。CTVはテクノロジーという点では完全にデジタルですが、視聴者から見れば、放送もデジタルも同じ「テレビ」です。それは広告主にとっても同じです。そう考えれば、指標が統一されていないことの方がむしろ不自然であると言えます。視聴データが統合されていけば、広告の売り方や商習慣も変わっていくでしょう。私たちから見れば、そこに大きなビジネスチャンスがあります。
安本
日本は、アメリカと比べてCTVの視聴数がまだまだ少ないのが現状です。日本のCTV市場には大きな伸びしろがあると言えそうですね。
矢嶋
一方、日本はアメリカと比べて従来のテレビのコンテンツに非常に力があるという事情もありますよね。日本のCTVユーザーの多くは、テレビ発のドラマやバラエティをネット経由で見ているのが現状です。CTVのような新しいメディアと従来のマスメディアがともに伸びていく道筋を描くことが理にかなっているかもしれません。
「社会貢献」がビジネスの大きなテーマとなる
──続いて、2021年のメディアや広告ビジネスの注目ポイントについても伺っていきたいと思います。
吉田
毎年1月にラスベガスで開催されているCES(世界最大のデジタル技術見本市)が、今年はオンラインでの開催となりました。たくさんのセッションを見て感じたのは、SDGsや脱炭素に関する話題が非常に多かったことです。今年は「社会貢献」がこれまで以上にビジネスのテーマとして浮上してくるのではないかと思います。
矢嶋
社会貢献はあらゆる産業分野において重要なテーマになっています。もちろん、メディアや広告ビジネスも例外ではありません。SDGsをテーマにしたコンテンツがおそらく今年はたくさん出てくると思います。また、メディアも自らの社会貢献の姿勢をより鮮明にしていくでしょう。広告ビジネスに携わる私たちも、メディアの社会貢献への取り組みを支援していくべきだし、マーケティングにSDGsを組み込んでいく発想を持たなければなりません。
安本
昨年12月のメディア環境研究所の発表でも「メディアの役割は、『情報源』から『行動源』へ」とありました。SDGsは人々に行動を促していかなければならないテーマです。その役割がメディアにはあるということです。私たちも、メディアに深くかかわる立場として、「生活者のより良い行動を喚起する」という視点を持つことが求められると思います。
──昨年から続いているメディアや広告のDXの動きは、今年さらに加速していきそうですね。
安本
とりわけ今年は、コンテンツのDXが進んでいく年になるだろうと私は考えています。デジタル技術を使った動画制作の効率化、あるいは3Dなどを用いた動画のリッチ化。そういった取り組みが盛んになるでしょう。大きな予算を投じて大作映画をつくるといった取り組みは今後ももちろん続くと思いますが、一方で、テクノロジーを駆使しながら低予算で優れた作品をつくるという動きも活発になると思います。
──音楽などのライブエンタテインメントの分野でもデジタルテクノロジーを使った試みが進んでいます。
安本
コロナショック下でライブが制限されていますからね。3DのアバターやVR、ARを使ったバーチャルライブなど、オーディエンスの体験を刷新するような試みが今年も続いていくのではないでしょうか。
矢嶋
それによって、テクノロジーとクリエイティブを融合する力が試されることになるでしょうね。メディアや広告のDXのポイントは4つあるという話を先ほどしましたが、広告産業に関わる私たちは、そこにアイデアやクリエイティブを結びつけて新しい「表現」を生み出していく必要があります。
──「4つのポイント」が必要条件だとすると、「表現力」は十分条件である。そう言ってもいいかもしれませんね。
安本
博報堂DYグループでも、スポーツコンテンツのイノベーションに取り組む動きが進んでいますが、今後は、メディアやコンテンツホルダーとの協業によって新しいテクノロジーを駆使したコンテンツやソリューションを生み出していく方向性をより強めていく必要があると思います。メディアが変わり、コンテンツ制作のサプライチェーンが変わり、オーディエンスの体験も変わる。その中で新しいデータが生成され、メディアや広告の新しいモデルが生まれる──。そんな流れを私たちが先導していきたいですね。
デジタルもテレビもまだまだ成長していく
──今後のメディアビジネスの見通しをお聞かせください。
矢嶋
現在日本では、テレビ広告とデジタル広告の市場規模はほぼ同じです。一方、博報堂DYホールディングスの2020年度上期のメディア別売上高を見ると、テレビ広告の売上高に比べてデジタル広告の売上高は下回っています。つまり、市場の傾向との間にまだずれがあるということです。このバランスを市場のバランスに近づけていく必要があります。そのために必要なのが、AaaS(アドバタイジング・アズ・ア・サービス)と私たちが呼んでいる新しい広告モデルです。
──広告効果の最大化を目指すモデルですね。
矢嶋
そうです。いわゆる「予約型」の広告枠取引を「運用型」に転化し、広告の確かな効果を追求するモデルです。これによって、デジタル広告の取引額をテレビ広告の取引額とイコールの水準にまでもっていくことが一つの目標です。テレビのデジタル視聴の市場が今後拡大していけば、テレビ広告もまだまだ伸びることになるでしょう。結果、デジタルもテレビも成長していくということです。それを目指していくのが、これからの私たちのビジョンです。
吉田
デジタル広告を伸ばしていくには、先ほども話題に出たデータ規制の問題にしっかり対応してくことも必要です。ユーザーのウェブ視聴履歴を把握するCookieは2022年1月には利用できなくなります。それに代わる方法をどう見つけていくか。同様の課題が、今後いろいろ出てきそうです。やるべきことはたくさんあります。
安本
メディアイノベーションラボとしては、昨年に続きメディアビジネスのイノベーションに関わる情報の収集と発信に注力しながら、博報堂DYメディアパートナーズ自体のイノベーションにも取り組んでいきたいですね。
矢嶋
メディアの役割や広告の定義を見直す動きは、今後さらに加速していくでしょう。メディア・広告業界全体の転換を私たちが牽引し、新しいビジネスの形を確立していく。2021年は、その本格的なアクションの初動の年になりそうです。媒体社や得意先の皆さんとも力を合わせながら、新しい時代をつくっていきましょう。
※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。
矢嶋弘毅
博報堂DYメディアパートナーズ 代表取締役社長
安本純毅
博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター センター長
吉田 弘
博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター 兼 メディアイノベーションラボ 海外拠点リーダー
島野 真
博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局 局長 兼 メディア環境研究所 所長 兼 メディアイノベーションラボ
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