コラム
データサイエンティスト対談 広告会社におけるデータサイエンスの活用~若きKaggleMaster小山田圭佑のキャリアトークVOL.1
博報堂DYグループには多くのデータサイエンティストがいます。ウェブサイトの解析やアンケートの集計といったことだけではなく、視聴ログや位置情報データ、画像、音声など幅広いビッグデータを高度な機械学習で集計し、業務に役立てています。広告会社におけるデータサイエンス活用の可能性とは?そしてデータサイエンティストの役割とは?――世界的なデータサイエンスコンペKaggleで上位1%程度が該当するKaggle Masterの称号を持つ博報堂DYメディアパートナーズデータビジネス開発局の小山田圭佑が、博報堂DYグループ内でデータサイエンスに関わるさまざまな人と語り合い、データサイエンスの可能性を探る対談連載。第1回に登場するのは、新人時代のトレーナーであり現在同じデータビジネス開発局に所属する篠田裕之です。
■テレビ番組コンテンツ開発から観光マーケティングまで幅広いデータサイエンス活用
小山田
僕は入社2年目で、現在の業務では、機械学習や数理最適化を活用したソリューション、コンテンツ開発などに関わっています。今回の連載がスタートするに当たり、ぜひ初回のゲストには、1年目のトレーナーでデータサイエンティストとして大先輩の篠田さんにお願いしたいと思っていました。
篠田
小山田君とは、トレーナー・トレーニーの関係になって以来仕事はさておき、プライベートで頻繁に遊んでるんですよね。会社で仕事の話はほとんどしていないんじゃないかというくらい(笑)今回のような機会は新鮮で楽しみです。
小山田
よろしくお願いします。篠田さんはデータやテクノロジーを使った企業マーケティング支援や、メディアのソリューション開発などはもちろん、観光マーケティングやテレビの番組開発などにも関わってらっしゃいます。まずはこれまでの仕事について、教えていただけますか。
篠田
神戸市の観光マーケティングでは、GPSの位置情報データとDMPデータを使い、いつ誰がどんな天気のときにどこに行き、過去にどこに行っていたのかという情報に基づき、その時点での最適な情報を出しわける「リアルタイム観光ナビゲーションシステム」を作成。その結果の、人が動いた軌跡をデータビジュアライズして観光施策に活かすという仕事をしました。
テレビの仕事では、地方放送局の番組開発があります。高知放送の「人工知能でつくりだせ!未知なるご当地カレー かまいたちのAIカレー研究所」では、レシピサイトのビッグデータを分析して作った “県民好み”のカレーと、プロの料理研究家の作ったカレーで対決し、地元の人はどちらを美味しいと思うのか?という番組を制作しました。企画の中心にビッグデータがあり、新たなレシピをビッグデータを用いて導き出すとともに、テレビとレシピサイトの相互送客により視聴率とレシピサイトアクセスを同時に上げていくことにトライした施策でした。ちなみに番組で使用されたビジュアライズも自分で制作しました。
また、僕が定期的に特別講義を行っている会津大学で、会津若松市の人の動きをGPS位置情報データを用いて分析するワークショップを学生と行ったのですが、その結果を福島テレビの情報バラエティー番組に活用しました。コロナ禍で例年と比較して人の動きがどのように変化したか、そこから導き出したオススメの散歩ルートやテイクアウト可能なお店をデータから導き出すことに産学連携でトライしました。
■運用型広告で培われたメディア業務の土台
小山田
僕はまだまだデータ分析による示唆出しや機械学習モデルの構築が業務の中心ですが、篠田さんはビジュアライズや企画立案、大学での教育活動に至るまで幅広く活躍されていますよね。そんな篠田さんが博報堂DYメディアパートナーズに入社しようと思った経緯、データ×コンテンツの仕事に関わるようになったきっかけは何ですか?
篠田
僕は高校生までは漫画家になりたくて漫画を描いては少年誌に投稿しているような人間でした。中学・高校のクラブは美術部で油絵を描いていました。だから美大・芸大に行きたいと思っていたのですが、高校生の頃にメディアアートが盛り上がり、またaction scriptという言語でインタラクティブなコンテンツを制作できるflashも全盛期で、プログラミングにとても興味を持ち、結局大学・大学院ではコンピュータサイエンスを専攻しました。
そのような経緯もあり、当時インタラクティブなサイトやウェブ広告が出始めていたインターネットのプロモーションに惹かれて、博報堂DYメディアパートナーズのデジタル広告を扱う部署を希望しました。
初任で配属されたのはリスティングをはじめとした運用型広告の部署でした。広告のパフォーマンスを見ながら出稿クリエイティブや設定を最適化していく仕事です。僕は、元来適当な人間なので新人の頃は数値管理が本当に苦手でした。率直に行って全く活躍できなかったし、多くの人にご迷惑をおかけしたと思います。しかし当時のトレーナーや先輩方、担当させていただいた得意先のおかけで、メディアの方々への向き合いの基礎や、目標に向かってPDCAを回して成果を出すということ、仕事を必ず着地させるプロデュース力、プレゼンテーション力など、数値管理はもちろん、メディアの仕事をする上での重要な土台を身につけさせていただきました。
そのあと、メディア環境研究所に複属となり、そこでもともと興味のあったデータビジュアライズに携わるようになりました。その後、DMPの部署で、徐々に統計、機械学習を実務で使うようになり、テレビ局や観光の仕事でコンテンツ開発にデータを活用するようになりました。そう考えるともともとやりたかったことを、より大きなスケールでやれているような気もします。
小山田
正直もっとコンピューターサイエンスのようなことを専門的に勉強してきたイメージを持っていたんですが、実際には漫画などのクリエイティブな領域に対する興味から発展する形でプログラミングの勉強にも進んでいったんですね。データ分析等に強い上で、なぜ広告業界で働いているのか納得しました。そういった興味があったことに対して初任のキャリアが印象的ですね。
篠田
入社当初は「DSP」も「DMP」もなかったところから、どんどんアドテクノロジーが発展していく環境にいられたのはラッキーでした。またあくまで僕の場合はですが、おそらく初任のキャリアがないと、メディアやクライアント課題を踏まえてビジネスとして着地させる、ということができなかったと思います。頼まれたデータ分析をやるだけの人になっていたかもしれません。
小山田
なるほど。一方、近年テクノロジーやデバイスの発展もあり、マーケティングで取り扱えるデータの幅も広がり量も多くなっています。また特に2020年からはコロナ禍でメディアDXが急速に進んでいますね。今の時代も変革の時期と言えるかもしれません。
篠田
そうだと思います。大きく時代が変革するときに、また新しいデータ活用、メディア活用のあり方が求められると思いますし、その時代に対応するためには最新のテクノロジー、データサイエンスに精通していることはもちろん、運用型広告のようなアジャイルに広告やコンテンツを進化させていく発想が必要かもしれません。
■時代性をとらえるミーハーさと、時代に流されないリテラシーと視座
小山田
現時点での僕の業務は分析や企画が中心ですが、各案件のデータ分析、ビジュアライズにおいて、もっと“映える”ものはできなかったかな、ということをよく思います。営業や得意先をもっとやる気にさせられるようなアウトプットが出せるといいなと。分析結果として面白いことや技術面で面白いことを、わからない人にも面白いと感じてもらえるような見せ方ができるといいのですが。
篠田
成果改善のためのデータ分析ではなくコンテンツ開発のためのデータ分析でのことだと思いますが、その場合、受け手の印象が非常に重要だと思います。昔からあるテクノロジーだとしてもこれまでとはまったく異なる見せ方ができれば、インパクトは大きくなりますよね。一方、新しいテクノロジーを使うからこそ新しい表現ができることも多いはずです。なぜ、この手法・テクノロジーを使うのか、それによってどのようなアウトプットの違いが生じるのかを考えることはとても重要だと思います。レコメンドエンジンの開発ではもちろん0コンマ以下の精度の改善がそのまま成果につながるので非常に重要だと思いますが、コンテンツ開発においても、「もし0コンマの精度が改善された手法を用いることで新しくできるようになる表現はなんだろう」という視点をもっておくことで、実案件で応用できる準備ができる気がします。
小山田
データサイエンティストがそういう発想を持っておくために必要なことは何なのでしょう。
篠田
「イケてるか、イケてないか」の視点でしょうか(笑)。技術的に新しくても「イケてない」と言われたら嫌だし、技術的にはありきたりでも「イケてる」と言われるものはコミュニケーションワークとして成立している。
ベタな話ですが、時代性・空気感をとらえるという意味で基本的に僕らはミーハーでなくてはいけないと思うし、一方で、時代性に流されない普遍的なリテラシーや幅広い視座のようなものも必要。そこのバランス感覚が大切だと思います。
小山田
わかる気がします。数理工学などへの興味はもちろん重要ですが、そこにとどまらず社会の流行り廃りへの興味が必要となるシーンも多いですよね。篠田さんはこれまでもいろいろな他業種の方と対談したり、交流したりしていますが、そういうこともプラスになっていますか。
篠田
もちろんです。過去の“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信の企画でロボットクリエイターの高橋智隆さんにお会いさせていただいた際は、ニュースを見ていても、「こういうことはロボットコミュニケーションで解決できるかな」といった発想になったし、バイオアーティストの長谷川愛さんに会うと決まったときは、「まさにこのニュースはバイオアートとして問題提起されたことの延長だな」など、ささいな瞬間の思考において視点のスイッチが変わった。僕は基本的に自分の価値観を信じすぎないようにしています。データサイエンス業務に携わる際には、テクノロジー・手法のキャッチアップはもちろん重要なのですが、あまり興味の範囲に限界を作らず、意外なスイッチを入れてくれるような人と会って話をすることが大事だと思います。
■受け手の素直な反応を指標に
小山田
僕は、もともと経営工学的なことに興味があり、大学では機械学習とか数理最適化といった方向へ向かっていきました。ちなみに大学時代に研究で使用していたのが、画像や音響の生成ができるディープラーニングの技術だったので、そういう技術が広告業界でのクリエイティブにも活かせるかなと思ったのが入社理由の一つです。
篠田
これから目指したいのもそういう方向ですか?
小山田
画像や音、言語を生成する技術などを活かせる仕事がより増えると嬉しいかもしれません。また、Kaggleというデータサイエンスコンペに関わる中で、最新の手法を使ってデータ分析の精度を高めていくことにも面白さを感じています。いずれにしても、いろいろな論文を読んだりしてそれを転用させながら、難解なタスクに向き合っていきたいです。篠田さんと一緒に仕事をしていて感じるのは、目先の案件をちゃんと着地させるためのアウトプットを出す大切さです。
ところでKaggleでは精度がスコアとして確認できますが、テレビや観光などのコンテンツ開発などの場合は、そのようなわかりやすい指標がなく難しいと思います。どのようなことを指標にしていますか。
篠田
受け手の反応です。自分のアウトプットがイケているのかどうか、どういう人に刺さっているのかを知るために、SNSで丁寧にチェックしています。僕は自分自身の発信にはSNSはほぼ使っていませんが、こういった用途ではとてもよく使います。
社外でセミナーや講演、執筆などをさせていただく機会も多く、そのときの聴衆の方々の反応も確認します。特に、業界の方々にお話するときよりも、学生や新人に話す場は、業界知識や前提がなく、一般の方々に近い素直な反応を感じることができるのでとても参考になります。
小山田
お話をお聞きして、データを活用したビジュアライズや企画は、日々の情報収拾を積み重ねた結果だということがわかりました。また、データを分析する際にも、結果から逆算して手法を選択する試行プロセスは重要だなと思いました。今日はありがとうございました!
篠田裕之
博報堂DYメディアパートナーズ データビジネス開発局
データサイエンティスト。自動車、通信、教育、などさまざまな業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツなどに関するデータビジュアライズを行う。
小山田圭佑
博報堂DYメディアパートナーズ データビジネス開発局
新卒2年目の若手データサイエンティスト。主に機械学習や数理最適化を活用したソリューション開発に従事。その傍らKaggleにも参加しており、2020年にMasterとなった。機械学習モデルの精度向上だけでなく、生成系のアプローチに興味がある。