コラム
成長し続けるTVerは動画広告市場をどう変えていくのか ──「テレビ」と「動画」の領域を拡大するTVerの挑戦【後編】
テレビ番組という質の高いコンテンツを配信しながら、正確な視聴ログなどのデータを取得できるのがTVerの大きな強みです。そのようなデータの価値をいかしながら、競争が激化している動画コンテンツ市場において着実な成長を続け、広告効果を最大化するためには──。同社取締役の須賀久彌氏と、博報堂DYメディアパートナーズ・メディア環境研究所の上席研究員、森永真弓の対談の後編をお届けします。
「枠」と「人」の両方を見据えた広告展開
森永
地上波テレビとTVerを「特徴が違う広告メディア」としてとらえ、組み合わせ方によって広告効果を最大化していくことができそう、という点には広告主視点から関心を持ってもらえそうだなと思います。
須賀
その点については、これまで以上にしっかり考えていく必要がありますね。ネット広告が広まってから、「枠から人へ」が一つのキーワードになりました。単に広告枠を買うのではなく、誰にメッセージを届けるかを明確にするということです。その考え方はもちろん正しいと思うのですが、TVerが目指すべきは「枠も人も」だと私は考えています。
森永
「枠も人も」は面白いですね。今、「ターゲティング」という言葉を聞かない日がないぐらい、デジタル広告では「人へ」にシフトしつつある中で、更にその次の考え方ということでしょうか。
須賀
ええ。TVerは媒体社のプラットフォームですから、どのようなCMをどのような枠に入れるのが最適かという判断がしっかりできます。また、その判断にTVerならではのデータを使うこともできます。TVerには「マイリスト」という機能があって、お気に入りの番組、タレント、ミュージシャンなどを登録することができます。そのデータを活用すれば、ある女性タレントが好きな視聴者に対して、そのタレントと親和性の高いCMを配信するということができます。また、どの局のどの番組でどのようなことが話題になったかといった、いわゆるメタデータを活用してCMを最適な枠で最適なタイミングで配信することも可能です。
森永
スポーツ番組などで、視聴者の「気分」に合ったCMを配信するという方法もありそうですね。試合状況によって、手元にある杯の傾け方も違ったりするでしょうし(笑)。
須賀
あると思います。「枠」と「人」の両方をしっかり見据えた広告展開ができる。それが媒体社のプラットフォームであるTVerが広告主に提供できる大きな価値の一つだと思います。
テレビ局のデジタルマーケティングの場としてのTVer
森永
2020年7月に運営社の社名を株式会社プレゼントキャストから株式会社TVerに変更し、会社の体制も刷新しましたね。これによってどのような変化がありましたか。
須賀
一番大きかったのは、各テレビ局の人たちの意識が変わったことですね。「TVerは自分たちのプラットフォームである」という意識が、以前よりも強くなったと感じています。例えば、「テレビ番組と連動してTVerで何かやりたい」という相談が寄せられるようになったのは、昨年からの大きな変化です。とくに若手の制作者の意欲が高いですね。
森永
テレビを見ていても、「もう一度ご覧になりたい方はTVerで」というアナウンスが非常に増えた印象があります。TVerの存在とテレビ局との関係性が視聴者にしっかり伝わるようになったと感じます。
須賀
今後は、スポーツ中継で放送時間中に試合が終わらなかったときなどは、「続きはTVerで」というケースも増えると思います。
森永
広告セールスの在り方に変化はありましたか。
須賀
TVer社として広告営業をする体制が整ったのも大きな変化でした。局がセールスするいわゆる予約型広告と、それを広告会社が買い取って運用する運用型広告。その2つに加えて、TVerが運用型広告をセールスする3つめの形態が生まれました。今後は、その3つの形の有機的な融合が進んでいくはずです。局としては、「デジタルマーケティングの場としてのTVer」という活用の仕方も増えていくと思います。
データを活用して番組のCRMを実現する
森永
TVerとして、今後どのように広告ソリューションを展開していくのか。新しいアイデアがありましたらお聞かせください。
須賀
先ほどもデータの話が出ましたが、TVer社内にはデータサイエンティストがいて、その数は年々増えています。マイリストを見ると、そのユーザーが好んでいる番組やタレントの相関関係がわかるし、そこからほかのユーザーの好みを推論する協調フィルタリングの技術もあります。データと技術と人材の力を組み合わせて、より確度の高い広告配信の方法を広告主に提案していきたいと考えています。
森永
TVerの独自データを活用するという方向性もあるのでしょうか。
須賀
それはすでにやっていますし、今後もやっていきたいと思っています。それによって例えば、番組のCRMが実現すると考えています。特定のユーザーに特定の商品をリコメンドする様に、テレビ番組でも連続ドラマの3話目を見た人に、4話の放送前にリマインドメールを送るといったやり方も考えられます。
あるいは、視聴履歴データをもとにターゲット広告を配信するといった方法も可能だと思います。実は以前に一度、その方法で番組宣伝のテスト配信をしたことがあります。視聴履歴、履歴をもとにした拡大推計、属性ターゲティングの三つの方法で配信してみたのですが、視聴履歴をもとにした配信への反応が圧倒的にいいことがわかりました。
森永
例えば、ある局の番組のタレントのマイリストデータをほかの局が活用するということはありうるのでしょうか。
須賀
そこには一線を引いておくべきだと考えていて、ルールもつくっています。ルールやガイドラインを順守しながら、蓄積したデータを共通の資産として使っていこう。そんな意識を広めていきたいと考えています。
森永
今後は、TVerのデータと広告主のニーズを結びつけて新しい広告商品を開発していくこともできそうですね。
須賀
そう思います。積極的にチャレンジしていきたいですね。
「映像コンテンツ市場」で成長していくために
森永
今後の課題や目標をお聞かせください。
須賀
まずは、ゴールデンタイム、プライムタイムの番組を揃えて、「見逃した番組はすべてTVerにある」という状態をつくりたいと考えています。
それから、TVer独自の広告展開を増やしていくこと。それも大きな目標です。ネットで動画が見られるようになってから、広告の多くの部分がテレビからネットに移りました。それを再び広い意味でのテレビの世界に戻していくことにチャレンジしたいと思っています。そのためには、ほかの動画配信サービスとは異なるユーザーの特性やコンテンツの強みなどをしっかり伝えていくことが必要です。
森永
これまでテレビCMに出稿していなかった広告主へのアプローチもできそうですね。
須賀
それもしていくべきだと思います。いわゆる獲得系の広告だけでなく、先にも話が出たように、CMの視聴完了率の高さをいかした長めの尺の認知広告やブランド広告も十分にありうると思います。
森永
ユーザー層の拡大という点ではいかがですか。
須賀
年齢層の高い男性にアプローチしていきたいというのはすでにお話ししたとおりですが、一方で、ほかの動画配信サービスと比べるとティーンのユーザーがまだまだ少ないので、そこにも力を入れていきたいと考えています。
森永
最後に、コロナ禍が去ったあとの見通しをお聞かせいただけますか。
須賀
単にテレビ、あるいはネット映像配信という領域だけを見るのではなく、「映像コンテンツ市場」という広い領域の中でサービスを成長させていくことが必要だと思います。
地上波民放テレビは、例えば東京なら、6つのチャンネルから見たい番組をリアルタイムに選ぶサービスです。一方、TVerには深夜番組まで含めて数百のコンテンツが揃っています。さらに、サブスクリプションの映像サービスや動画配信サービスとなると、コンテンツ数は数万から数十万という膨大な数に及びます。
ユーザーの可処分時間には限界がありますから、今後はその時間の取り合いになるでしょう。そこでいかに良質なテレビ番組を届け、いかにそれぞれの番組に適した良質なCMを流していくか──。コロナ禍によって、私たち自身がそのような課題を強く感じるようになりました。アフターコロナの時代になって、人々の活動が以前のように活発になっても、変わらず愛されるサービスにしていくための努力をこれからも続けていきたいと思います。
須賀久彌
株式会社TVer 取締役
1996年4月 株式会社電通入社。システム開発室配属。 総合デジタル・センター、メディア・コンテンツ計画局、テレビ局ネットワーク1部(日本テレビ担当)などを経て、株式会社プレゼントキャストの設立に関わり、2006年7月より出向。
2008年6月代表取締役社長に就任、gorin.jpやTVerの立ち上げに関わる。
2018年1月、11年半ぶりに電通ラジオテレビ局に帰任。
民放キャッチアップ、ABEMAなどの動画広告のセールスやデータ関連など放送領域の次世代ビジネス担当に。
2019年1月、ラジオテレビ局から業推と次世代部門を切り出したラジオテレビビジネスプロデュース局(ラテBP局)設立に伴い、ラテBP局長。
2020年7月から(株)TVerに出向して現職。
森永 真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。 コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。 テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。