コラム
『脳内干渉』の仕掛け人が語る、音声コンテンツの未来
COLUMNS

2020年9月から、オンデマンド音声ビジネス領域における協業がスタートした株式会社エフエム東京と株式会社博報堂DYメディアパートナーズ。その一環として、TOKYO FMと博報堂・博報堂DYメディアパートナーズが共同企画・制作したサウンドボイスドラマ『脳内干渉02.26 アイツとこいつがそうなってたの』がリリースされました。
今回は本作の脚本を手掛けた作家のカツセマサヒコさんと、企画・監修の松本祐典(博報堂 第一BXクリエイティブ局)、制作進行を務めた池浦良太(博報堂DYメディアパートナーズ テレビタイムビジネス&ラジオ局)の3名が対談。『脳内干渉』の制作秘話や、音声コンテンツの今後について語ります。

環境音7割:セリフ3割。これまでにない“没入体験”をつくるために

池浦:今年の2月にTOKYO FMとの協業で『脳内干渉』という音声コンテンツをリリースしたのですが、まず『脳内干渉』がどんなコンテンツなのか紹介してもらえますか?

松本:人の脳内を“耳で覗く”という、新しい没入体験ができるボイスドラマです。タイムスケジュール形式になっていて、自分で音声を選んで聴いていくスタイル。3人の登場人物の1日を覗き聴くことで、ひとつのストーリーが完成するようにできています。

https://audee.jp/nounaikanshow/

池浦:新しい没入体験ということですが、従来の音声コンテンツとはどう違うのでしょう?

松本:通常のラジオドラマだとセリフがメインだと思うんですが、『脳内干渉』では環境音だけの時間があったり、セリフはなくて息づかいだけで表現したり。企画の当初から、環境音7割:セリフ3割くらいの考え方でいたんですよね。その辺の比重が従来のラジオドラマとは違うところだと思います。

池浦:カツセさんも、これはかなり特殊なオファーだと思われたのでは?

カツセ:本格的なラジオドラマも初めてでしたし、そこに環境音やASMR的な要素も入れたいというお話をきいて、「いや、無理じゃないですかね?」と最初に言ったのを覚えています(笑)。

池浦:我々もかなり無理を言っているなとは思いました(笑)。書くうえで心がけたことなどありますか?

カツセ:通常の脚本であれば、会話劇だけに注力していけるんですけど、環境音や咀嚼音みたいなものを大事にしたいということだったので、会話がそれらを邪魔しないように、もたつかず、テンポよく聴ける話にしたいとは思いましたね。

音の職人のこだわりが詰まった、臨場感あふれる環境音

池浦:環境音にフィーチャーするとなったとき、収録で工夫したことなどありますか?

松本:環境音の収録では、一部ダミーヘッド型マイクを使用しています。たとえば電気シェーバーで髭を剃る音ひとつとっても、右頬と左頬を剃っている臨場感を伝えるために左右に音を振ったり、朝ベッドから起きあがるときの衣擦れの音を生々しく再現したり、いたるところに音の職人のこだわりが詰まってます。
コロナ禍ということで非常に制限のあるスタジオでの収録でしたが、昨今のVR技術の発展に伴い進化してきた音声の空間処理のエンジンも併用することで、それぞれのシーンをリアルに構築しています。

池浦:アニメのアテレコというよりは、実際のシチュエーションを構築するための音をいただくというか・・・

カツセ:あれは斬新でしたし、実際にイヤホンで聴いてみたときの臨場感がすごくて。脚本を書いた自分でもびっくりしました。でも普通、あれほど長く環境音だけ流していたら、放送事故だと思われますよね(笑)。

池浦:コンテンツひとつだけ聴いた方が途中でやめてしまうんじゃないかという不安もありました。シャワーの音だけで一向に声優さんしゃべらないとかありますから(笑)。

松本:そう、そこはだいぶ議論しましたね(笑)。
でも、リスナーに能動的に聴いてほしいという狙いがあって、そのためにタイムスケジュール形式にしたんです。「1日の始まりは四十度のお湯」とか、キャッチーなタイトルが付いていることで、ちょっと聴いてみようって思うじゃないですか。その辺の言葉選びやストーリー設計は、やっぱりカツセさんだからできたことだと思います。

カツセ:Twitterを見ている人たちが、どういう気持ちでこれをタップするか、というところの設計には、僕もご協力できたと思います。

池浦:そういう意味でも、今回の取り組みではいい化学反応が起こったと思ってるんです。音声コンテンツづくりのプロとしてTOKYO FMさんがいて、人を動かすプロとして博報堂のクリエイターがいて、そこに言葉を紡ぐプロであるカツセさんが入ってくださったことで、思いもしない新しいコンテンツができた。
物語の続きが気になるという声も沢山いただいているようですが、今後どんな展開を考えていますか?

松本:そうですね。『脳内干渉』は2月26日という一日を描いた作品なので、僕としては次の日がどうなるのか気になりますね。

カツセ:「次が聴きたい」ってみなさんに言ってもらえたのはすごくうれしかったです。環境音にもここまでこだわったからこそ、この登場人物たちは本当に実在していて、明日も生きているんだって思ってくれたと思うんですよね。

環境音にこだわることで、“音の広告”の未来を探りたい

池浦:今後の展開という意味では、我々広告会社としても今回の『脳内干渉』でチャレンジしたい試みがありますよね。

松本:今回なぜここまで環境音を重視しているかといえば、たとえば自動車の音だったり、飲み物のゴクっていう喉ごしの音だったりを、新しい“音の広告”の形にしたいと考えているから。サウンドプレイスメントという言い方をしているのですが、そこがTOKYO FMと博報堂・博報堂DYメディアパートナーズが協業したしたポイントでもあるんです。1日のタイムスケジュールの中でストーリーを楽しみながら、いつの間にか商品も違和感なく、自然に、主観的に深く擬体験しているというような体験がつくれたらいいなと思っています。

池浦:結局、広告であると気づいた瞬間に、生活者の人たちは一歩引いてしまう部分があると思うんです。そこをいかに自然に聴いてもらい、企業の想いをどう伝えていくかが課題ですよね。

カツセ:そうですよね。コンテンツの中にちゃんと商品とかブランドが溶け込むことができたら、それはやっぱり画期的なことなんでしょうね。

Clubhouseの登場で、外見至上主義から自由になった

池浦:松本さんは通常の業務で音を生かしたコンテンツをつくることも多いと思いますが、いまの音声メディアの流れをどう感じていますか?

松本:2、3年ぐらい前からASMR系の広告がすごく増えてますね。食べるときの音だけ聴いてくださいとか。

池浦:放送局でも文化放送がASMRをテーマに特番をやったりしてますね。チャーハンの音だけで特番をやったり、かなり話題になりました。

松本:ちょうどコロナで外食を控えていた頃で、みんな音だけでも聴けて、よだれ出たと思うんですよ。

池浦:そうですよね。花火大会も開催できないということで、花火のASMR特集もありました。そういう時流を捉えたコンテンツでしたね。
いまClubhouseも含めて音声コンテンツが非常に盛り上がりを見せていますよね。カツセさんは、Artistspokenで配信もされていますが、音声コンテンツで今後やってみたいことなどありますか?

*Artistspoken・・・さまざまなアーティストが生の声で配信する博報堂DYグループの音声配信プラットフォーム
https://artistspoken.com/

カツセ:僕はどちらかというと古い考えなので、できればラジオにつなげていきたいと思ってはじめたのが正直なところでした。Clubhouseもそうですけど、一般の生活者が発信者になれてしまうので、プロとアマチュアの境界線がどんどん曖昧になっていると思います。でも、やっぱりまだコンテンツになりきらないものが圧倒的に多いと感じているので、これから、どれだけプロとして差をつけていけるか、ちゃんと企業と組んで質の高いものをつくっていけるか、クオリティ重視に戻っていくんだろうなという気はしてますね。

松本:Clubhouseを聴いていると、話し方ひとつとってもプロとアマチュアの差がすごい出るなと思って。一般の人でもうまい方はフォロワー数がすごく増えてるし。やっぱり普段からそういう仕事されている方は、聴いていても落ち着きます。

カツセ:うまいなって思いますよね。でも、あれだけClubhouseが話題になったのも、「音声だけでいいですよ」っていう気軽さにみんなが惹かれたということですよね。コロナでリアルに会えなくなって、リモート飲みが流行って、そのうちメイクするのも面倒だわってなって(笑)。ちょっとした外見至上主義みたいなものから自由になって、誰でも楽しむことができるようになったというのはいいことだと思います。

次なる構想は、リアルな場所とシンクロさせた『脳内干渉』!?

松本:カツセさんはコロナで何か変わりました?

カツセ:僕自身は普段からできるだけ人とつながらないように生きていますが(笑)、Clubhouseの勢いを見ても、オンライン飲み会の勢いを見ても、本当にみんな人とつながりたいんだなと思いましたね。たとえば映画を観ることにしても、観るという価値だけじゃなくて、その後他の人と一緒に話して盛りあがることに価値を感じているというか。その議論の余地をつくるということに意味があると思ったので、そういう点では『脳内干渉』もそれができたから反響がいただけたのかなと思っています。

松本:緊急事態宣言が明けたとしてもまだまだ密集したイベントはむずかしいと思うので、たとえば屋外で、この場所に行くと登場人物のこのときの気持ちが覗き聴きできますとか、そういうリアルな何気ない場所とシンクロさせた脳内干渉 聖地巡礼ver.ができるとおもしろいかもしれないですね。

池浦:いま33Tab*という位置情報を使った音声コンテンツがあるので、それを活用してできる可能性はありますね。どこどこの居酒屋に行くとオリジナルストーリーが聴けるみたいな。

*33Tab・・・位置情報と音声サービスを結びつけた博報堂DYメディアパートナーズが提供する音声ガイドアプリ。現在美術館や博物館などで利用されている。
https://33tab.jp/

松本:美術館で音声ガイドを聞けるアプリですよね?すごい便利で使ってみたいと思いますし、もし脳内干渉だったら普通に作品解説を聞くんじゃなくて、その作品を観た他のアーティストや一般人、例えば、メーカー職32歳男性のような脳内が、心の中でどう思ったかが気になりますね。

カツセ:そこも全部脳内覗きたいんですね(笑)。

松本:笑

池浦:一般的な解説を聞きたい人もいれば、他の人が見どころを語っているのを聞きたい人もいる。その両方を聞けるようにするのって、音声だとやりやすいんですよね。映像だとちょっとデータ量が重すぎたりするので。その辺の可能性も広げられるのが音声なんじゃないかなとは思っています。『脳内干渉』でも引き続き新しいなにかを仕掛けていきましょう。

カツセ:はい、またなにかできたらうれしいです。

松本:ぜひよろしくお願いします。今日はありがとうございました。

カツセマサヒコ 氏
Webライター/作家
1986年、東京都生まれ。2014年よりWebライターとして活動を開始。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)がベストセラーとなり、2022年に映画化を控える。ほかに女性ファッション誌CLASSY.でのエッセイ連載や、東京FM「NIGHT DIVER」ラジオパーソナリティ、脚本、作詞など、活躍の場を拡げている。

松本 祐典
博報堂 第一BXクリエイティブ局
デジタルを起点とした広告からコンテンツのプランニング業務を担当。WEBからリアル体験まで統合でコミュニケーションを設計。新しい音声体験の形を模索している。ヤングカンヌ2019シルバー受賞 / 第23回メディア芸術祭アート部門受賞

池浦 良太
博報堂DYメディアパートナーズ テレビタイムビジネス&ラジオ局
大学卒業後、ラジオ放送制作ネットワークの会社で11年間ラジオにまつわる制作・営業・事業など多岐にわたる業務に従事。2018年博報堂DYメディアパートナーズに入社、ラジオ局にて地上波広告を中心にプランニング。現在はラジオのみならずデジタルオーディオアドやPodcastなども含め幅広い「音声媒体・音声コンテンツ」を手掛ける。

 

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