コラム
広告会社・メディアビジネスのDXとは?
博報堂DYグループが取り組むAaaSと講談社の広告配信プラットフォームにみる、広告会社とメディア企業の新しい役割
デジタル広告の大きな利点は、ターゲットを粒度細かくセグメンテーションできること。今、広告はその先にあるパーソナライゼーションへと向かいつつあります。企業と生活者との間をつないでいる広告会社とメディア企業は、こうした変化に着々と対応しています。
本稿では11月4日~12日にオンラインで行われた宣伝会議サミット2021から、博報堂DYホールディングスの安藤元博と、講談社の長崎亘宏氏が登壇したセッション「広告会社・メディアビジネスのDXとは? -変化する時代における、それぞれの新しい役割を考える」の模様をお届けします。モデレーターは、『宣伝会議』編集長の谷口優氏が務めました。
一貫したカスタマーエクスペリエンスが求められる現在
谷口
今回は、それぞれの立場で新しいビジネスモデルの構築にチャレンジしているお二人をお招きしました。タイトルを「メディアビジネスのDX」としていますが、特に広告の運用に欠かせない「データ活用」の観点でお話をうかがえればと思います。まず、お二人が長く広告業界にかかわる中で、どのような変化を強く感じているかをうかがえますか?
安藤
変化といえば、デジタル広告が登場した際に、これまでの広告とは違う新たな方法論が生まれたのはインパクトがあったと思います。ただ、これらと従来の広告はそもそも対立概念とか根本的な変化としてとらえるべきではないというのが私の考えです。本来「広告とはこうあるべきだ」という話があって、その上で従来の広告がありデジタル広告の手法がある。デジタル広告が登場したおかげでそもそもの「あるべき姿」をあらためて考えられるようになったという点では、デジタル広告の出現は広告の本質のある一面を追求するためのきっかけになったと言えるかもしれません。
長崎
私も、アップトレンドやダウントレンドがありながらも、本質は変わっていないと考えています。ただ、手法が非常に増えている。それによって、広告の中身や届け方は大きく変化しました。たとえば当社だと、現在デジタル広告収入の比率が70%を占めます。
いちばん変わったと思うのは「人とのつながり方」だと思います。これも、人を楽しませるとか人の温かさという本質は変わりませんが、手法が変わったというのは強く認識しています。それはBtoCだけでなく、広告主への営業というBtoBの側面でも同様ですね。
谷口
おっしゃるように、つながり方は大きく変わりましたね。つながり方の変化は、ビジネスモデルにも影響します。それは、今日のテーマに掲げている「広告会社とメディア企業に求められるDX」にもつながってくるかと思います。
広告主と、広告会社やメディア企業、そして生活者の関係性がどのように変わってきたか、次のような図で表しました。従来(左側)、広告主では宣伝部や事業部が個別に広告会社とやり取りし、別途宣伝部が直接メディア出稿する場合もありました。
一方で現在(右側)は、広告主側で部門を横断した「CX(カスタマーエクスペリエンス)」の提供が求められるようになっています。各種の顧客接点とデータを統合し、その分析に基づいたブランド体験を創出しようとしています。この流れのなかに、ファーストパーティデータの蓄積のニーズもあるかと思います。
ではそうなったとき、新たな顧客に出会うためにマーケティングに投資する広告主に対して、広告会社とメディア企業はどのような価値を提供していけばいいのでしょうか。その策のひとつとして、まず安藤さんから博報堂DYグループの取り組みをご紹介いただければと思います。
広告枠ではなく効果を提供する「Advertising as a Service」
安藤
当社では、広告メディアビジネスのDXとして「AaaS(Advertising as a Service)」の提供に取り組んでいます。
先ほどの図の右と左でいちばん違うのは、広告主自身が顧客に接し、データを蓄積するなどしてその像を捉えようとする取り組みが始まっていることだと思います。その前提でそれらの活動と連携しながら生活者とのコミュニケーションを進化させないといけない。そういう前提のなかで広告会社の活動をどう進化させられるか、という観点がまずあります。
また、冒頭で申し上げたように、デジタルが出てきたからこそ「広告の本質」を考えられるようになりました。広告の目的とはマーケティング戦略に基づいてターゲットを規定し、そのターゲット層がある状態からある状態へと意識・態度または行動変容を起こすことです。ただ、そうした目的の下にメディアを直接買い付けられるのかというと、難しい面がある。そこで、それが可能になる基盤と仕組みを整えたい、と考えました。
「AaaS」ではたとえば、買い付けの仕組みがまったく別々になっているテレビとデジタルを可能な限り統合し、広告商品を一元的に扱ってひとつのダッシュボードで管理できるようにしています。
博報堂DYグループのシステム基盤と独自のアルゴリズムによって、ある広告を出稿すると誰がどのように動くのか、どのような人にどういった態度変容が起こるのかを可視化する、言い換えれば効果を理解できるようにしようという試みです。
システム基盤には各メディアのデータと生活者データを統合して活用できるようにしています。また、メディアビジネスとは、プラニング・バイイング・モニタリングという3つの要素が回ることだと考えていますが、それをひとつのダッシュボード上で管理できるようにしていることが特徴です。
谷口
広告主に「広告枠」ではなく広告によって得られる価値、「効果」を提供するサービスだということですね。
安藤
まさにそうですね。広告業はそもそもサービス業じゃないか、という意見もいただきますが、広告枠の売り買いで手数料をいただくという行為は、「サービスというビジネス」だとは必ずしもいえないと私は思っています。効果を提供し続けてこそサービスだと考え、as a Seviceという言葉を使っています。
講談社のBtoC、BtoBにおける3つの取り組み
谷口
では、長崎さんから講談社の最新の取り組みをうかがえますか?
長崎
我々には、読者というBtoCの顧客と、広告主というBtoBの顧客がいます。現在、読者向けには「OTAKAD」での広告配信を通じて、また広告主には「C-station」や「講談社メディアカンファレンス」などを通してデータを蓄積しています。共通しているのは、コンテンツやサービスを提供し、そのフィードバックとして得たデータを蓄積して、またよりよい体験提供につなげるという循環の仕組みです。
長崎
「OTAKAD」は、文脈を踏まえたターゲティングができる広告配信プラットフォームです。当社の11メディアを対象に、コンテンツを体験した方のさまざまな履歴やそのアクションデータを蓄積し、いくつかのグループに分けて広告配信をするほか、潜在的なニーズや顧客の発掘にも生かしています。
長崎
当然、広告クリエイティブの要素も入ってくるので、それも加味してよりよい広告配信ができるようにPDCAを回していく。広告主には、これからその改善サイクルを含めて提案していくところです。
BtoB向けの「C-station」は、コンテンツマーケティングの専門メディアです。当社のクライアント向けサービスやリソースを集約しており、マンガ作品を検索できる機能もあります。一方、当社へのオンラインの商談窓口にもなっており、リード獲得の意図もあります。
長崎
もうひとつの「講談社メディアカンファレンス」は、2020年から完全オンラインイベントとしており、以前リアルで提供していた体験をデジタル上で展開することにこだわっています。
オンラインになったことで、集客は以前の3倍になりましたが、BtoBの顧客のデータをいただいて次の提案に生かす取り組みも並行して走らせています。IDを付与し、アクセス履歴や資料ダウンロードなどの情報をもとに、個々のニーズやリクエストを把握しています。
谷口
取引先企業とも「つながり方が変わった」というお話がありましたが、今のようなBtoBの取り組みを通して、営業活動をDXしているということですね。
長崎
その通りです。我々も安藤さんのおっしゃるように、枠売りだけではなく「効果」を価値として売っていこうとしています。
AaaSと各メディア企業との連携で開く可能性
谷口
講談社の複数メディアに広告を配信できるOTAKADは、AaaSとの親和性が高そうです。今、企業もオウンドメディアを通して、購買データとはまた別に「どんなコンテンツで人の心が動くか」のデータを蓄積していますが、なかなか1社では嗜好性を理解できるほどコンテンツの量もバラエティも担保できないですよね。その点で、複数のメディアを通して取得できるデータは、かなり有益だと思いました。
長崎
そう考えて模索している最中です。今、さまざまな企業がファーストパーティデータを収集したり、メディア化したりしているなか「メディアとは何か」という問いを突き付けられています。そうすると、我々の役割をもっとフレキシブルに考えないといけない。我々のコンテンツ型広告は広告会社を介して広告主に使っていただくこともありますが、外部のどこに置いても、ブランドの信用やコンテンツの質が企業の求める「効果」につながらないと次のチャンスはないとさえ思っています。
安藤
オウンドメディアもたしかにメディアで、顧客データを取得できる重要な接点ですが、やはり出版社や放送局が手掛ける「メディア」とはまったく質が異なるものだと思います。同様に「データ」という言葉も、かなりおおまかに使われています。たとえば属性や購買データは重要ですがいわば通り一遍のデータで、人の心、生活者の気持ちを揺り動かそうとしたときにはその情報だけでは足りない。
博報堂では常に「生活者発想」を掲げ、単なる属性ではなくその人の生活全体や関心領域を捉えることを重視しています。我々は、生活を「まるごと」捉えなければマーケティングはできないと考えているんです。そして、そんな生活そのものに深く触れていく質の高いメディア・コンテンツの創造と運営は、出版社や放送局などのメディア企業ならではの役割だと思います。
長崎
今のご指摘は、まさに我々が信じていることです。メディア企業で得られるデータの価値をなるべく数値化しながら、分断された状態ではなく拡張性やコネクティビティのあるなかでデータを増やしていくことがカギになると思います。また、そのためにも、他媒体での「効果」と横並びで相対評価できる環境も必要だと考えています。
ただ、我々も“統合指標”を理想としながらも、なかなか難しいところがあります。AaaSは「効果」の下にさまざまな指標を一元化して見られることが大事になるでしょうから、その地ならしはかなり大変だろうと思っていました。それだけに、とても期待しています。
同時に、この先どうなっていくんだろうと。具体的には、我々が得意とするコンテキスチュアルなアプローチや、エンゲージメントやナラティブを生かした広告出稿をAaaS上で運用することは可能なのか、と今日聞きたかったんです。
安藤
結論から言うと、ぜひつながっていきたいと思っています。
冒頭で紹介されたように、広告主が直接データを取得していくことは、マーケティング上の最重要テーマになっています。ただ、マーケティングはこれだけでは決して完結しない。生活者の生活全体を捉えようとする生活者発想が必ずなければならないだと私は思っています。生活者を理解するためには、多様なコミュニケーションとそれに伴うデータが必要です。なかでも、人の心を深く揺さぶるようなコンテンツクリエイティビティを介して得られるデータは、とても貴重です。
それがどう生まれ、価値化されるのか。もちろんメディア企業単体でも考えていくでしょうが、一方で多種多様なメディア・コンテンツの持つ価値を統合的に活用して、その付加価値を高めることを広告会社としては考えないといけない。AaaSはそういう意味でメディアのもつコンテクスト、ナラティブとしっかりとつながっていかないといけないんです。
「データ化」とは、価値を可視化して扱えるようにすること
長崎
それ、初めて話されましたよね?
安藤
そうですね。AaaSについては発表以来1年くらい各所で解説していますが、メディア企業の方々と「深くつながりたいんです」という意図を理解いただくのは、一朝一夕には難しいかもしれない、じっくりとやっていかなければと思っていたんです。広告効果をデータにより可視化し、広告主に届けていくAaaSのような広告運用のシステムと、昔からずっとコンテンツを磨き続けてきたメディア企業は、決して競合しません。むしろ、可視化できるから広告主のマーケティングに貢献できると思うのですが、高い品質にこだわってコンテンツを制作されてきたメディア企業の方々にしてみたら、データドリブンな体制や配信の仕組みは一見は受け入れにくいかしれない、とは感じていました。なので、最初からは言わなかったんです。
統合的な指標はこれからますます求められますが、その中身は必ずしも一元的・機械的なものではありません。たとえば「リーチの最大化」は重要なテーマではあるけれど、リーチが最大化さえすればいいわけではない。今日のセッションを機に、今あるかもしれない誤解や対立を解消できるといいなと思います。
長崎
そうですね。我々も、今はまず個社でどのようなデータを収集できるか、どう顧客とつながれるかを模索していますが、統合的なプラットフォームにもぜひ参加したいと思います。
安藤
長崎さんが今取り組まれているように、良質なコンテンツに集まる顧客をデータで捉えていくことは、とても大事なことですよね。「データ化」とはそもそも事象を扱えるようにすることを意味する。コンテンツもそうなって初めて広告主のマーケティングに生かしたり、外部とつながったりすることができるようになる。
デジタル技術は、何もすべてを一面的、平面的につなげて効率のみを最大化するような社会を目指すためにあるものではないと私は思っています。それはあくまで偏見であって、本来はむしろ手触りのあるコンテンツ、クリエイティビティの持つ力が社会全体に活かされるためにデジタル技術はあるのではないかと。その一例がOTAKADであり、AaaSもその一助になりたいと思います。
長崎
同感です。我々としては、大前提として相手が読者でも取引先でも、データをつなげる以上は価値をお返しすることにこだわらないといけないと思っています。その価値とはコンテンツやサービスになるので、それらを磨きつつ、データ取得との好循環を推し進めていきたいです。それと並行して、外部との協業も積極的に取り組みたいと思います。またこうした場で、アウトプットや経過を報告できるとうれしいです。
谷口
新しいプロジェクトにつながりそうなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。今後の展開が楽しみです。
長崎 亘宏 氏
株式会社 講談社
ライツ・メディアビジネス局 局次長 兼 メディア開発部 部長
広告会社でのメディアプランニング職を経て、2006年 講談社に入社。広告営業と企画開発を担当。2010年より、雑誌広告効果測定調査「M-VALUE」設立・運営に従事。2014年より、JIAAネイティブ広告部会座長として、ガイドラインや広告効果指標を整備。2017年より、日本ABC協会雑誌ブランド指標ワーキンググループのリーダーとしてメディアデータの再編に従事。
谷口 優 氏
株式会社 宣伝会議
出版・編集 取締役 月刊『宣伝会議』編集長
大学卒業後、宣伝会議入社。2007年10月より月刊『宣伝会議』編集長。2019年4月より出版・編集 取締役兼務し、出版事業を統括する。社会情報大学院大学准教授、東京大学大学院情報学環教育部、青山学院大学総合文化政策学部非常勤講師。
安藤 元博
株式会社 博報堂DYホールディングス/株式会社博報堂/株式会社博報堂DYメディアパ ートナーズ
常務執行役員
1988年博報堂入社。以来、主にマーケティングセレクションに在籍し、数多くの企業の事業/商品開発、統合コミュニケーション開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの広告メディアビジネスの次世代型モデル AaaS(Advertising as a Service) の推進責任者をつとめる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effctivenss(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギは CMO 機能』(共著)等。