コラム
インターネット史は学びの宝庫。見えない未来を語るために、歴史から“本質”を探る
インターネット広告が誕生してからおよそ30年。マーケティングにデジタル活用は当たり前になったいま、「デジタルマーケティング」はどのように進化していくのでしょう。そのヒントは歴史を振り返ることにある、と考える博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の森永真弓は、90年代後半以降のデジタル広告史を『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』にまとめました。
今回はその発売を記念し、NHKチーフ・プロデューサーの神原一光さんを招いて対談した模様をご紹介します。
神原さんは、2019年の正月にEテレで放送された特番『平成ネット史(仮)』や、その進化版にあたる特番『令和ネット論』のチーフ・プロデューサー。平成元年からのインターネット史を振り返る番組企画には、森永も参加しました。カルチャーとビジネス、それぞれの視点からインターネット史と向き合ったふたりが、その意義について語ります。
インターネット史は、古文書よりも“消えちゃう”歴史
神原:『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』読ませていただきました。欲望が進化するからデジタルマーケティングが進化するのかと思いきや、デジタルマーケティングが進化するから欲望が進化するのかと思わされたりして、互いに影響を与えていきながら進化してきた歴史なんだなと、改めて実感しました。
森永:ありがとうございます。この本を書こうと思ったのは、『平成ネット史(仮)』の番組企画に携わった経験が大きくて。あのとき、昔のことを証言してくれる人とか、番組に使える素材を探そうと思ったら、保存されているデータを見つけるのがすごくむずかしかったんですよね。みんななんとなくの記憶はあるんだけど、記憶を明確に証明するものが消えてしまっている。古文書とか筆と紙で書いてあるもののほうがよっぽど現存していて、インターネットって勝手に残存しないから“消えていっちゃう歴史”なんだということにはじめて気がつきました。
神原:デジタルってそもそも、システムとかソフトを“アップデートする文化”だから、記録として残りようがないという側面がありますよね。
森永:今回の本ではビジネス視点でインターネット史を振り返っているのですが、どこかに少しは残っていると思ってたんです。でも、2000年代前半の資料を探したら、ほぼなかった。当時からパソコンも4,5台入れ替わっているし、容量の問題もあって最低限のファイルしか残してないんですよね。 データの“先祖返り”を防ぐために古いデータは消す、という事もしてきたので、パソコンが全社導入されてからの資料はほぼ残っていないんじゃないか…と思ったらぞっとして。これは、さらに5年10年経ったらもっと消えていってしまうぞ、という危機感をおぼえました。
神原:僕も『平成ネット史(仮)』を作っているときに感じたのが「あの日、あの時のYahoo!JAPANのトップページ」がないってことなんですよね。新聞なら何年何月何日の一面って残っていますけど、インターネットだとせいぜいスクリーンショット。
NHKでは「NHKオンラインヒストリー」という歴史ページがあって、NHKが「nhk.or.jp」というドメインを取得してから現在までを振り返ったり、当時のトップページを残したりしているんですが、資料性はあるんですけど、やっぱり“クリック”できないから「インターネット的」ではないなという気もするんです。クリックってインターネットで生まれた劇的な体験じゃないですか。だからその体験も含めたコンテンツ表現を保存できないというのは、実は構造的な課題かもしれないですね。
森永:例えば自動車メーカーさんだと“動態保存”といって、むかしの車体にガソリン入れたら動く状態で保存していたりしますよね。でもインターネットの場合は古いソフトを残しておくと攻撃の対象になってしまったり、古いサーバーも残しておかなきゃいけなかったりして実際はとてもハードルが高い。
神原:表現と体験をセットで保存したいと思っても、なかなかむずかしいのがインターネット史なんですよね。だからこそ、書籍としてまとめていくということは、すごく貴重な資料になると思っていますよ。
実体験のある歴史を振り返るとき、どこに“補助線”を引くか
森永:動態保存の話もそうですが、“時代の証言”というのは残しておかないといけないと思って。インターネット黎明期って、ネットをやっている人はすごく特殊な人という扱いだったんですよね。博報堂では「博報堂電脳体*」と呼ばれる部署ができて。いまでこそデジタルが主流になりつつありますが、ネットがマイナーだった時代の空気感みたいなのは証言でしか残せないと思うんです。
*博報堂電脳体・・・1996年に創設されたデジタル広告の専門部署。インターネット上でのマーケティングノウハウの蓄積、プロデューサーの育成、マーケティングサービスの実施を目的に組織された。
神原:「Windows95」の登場でインターネットが一般家庭に爆発的に普及するまでは、パソコン通信でしたもんね。当時いわゆる「パソコンオタク」といわれる人たちだけの世界だったのが、一気にメジャーになった。その広がり方が劇的なのが、インターネット史のすごいところですし、いま生きている人が「現在進行形」で体験している歴史でもあると思うんですね。ですから、それを振り返るとき、どこに注目するか、どこに“補助線”を引くかというのがすごく重要になってくると思います。
森永:この本をまとめるときも一番困ったのがそれです。時系列でまとめようとすると、「パソコンで動画媒体が生まれた頃、iモードでは…」という感じで、すごく複雑になっちゃう。なんか、世界史みたいなんですよね。「ローマがこうだった時トルコでは…」みたいな(笑)。
あとは、たとえばmixiが流行ったのはいつと定義すればいいんだ?というのにも苦労しました。登場したのは2000年代前半だけど、ユーザーに普及したのは2000年代後半で…とか。当時体験した人にとって実感を伴うまとめ方にするためにどうすればいいか、すごく悩んだ末にたどり着いたのが「人の欲望を中心に語っていこう」という切り口だったんです。
神原:この本のなかには「BMW Films」や「UNIQLOCK」の事例が挙げられていますが、歴史的なエポックをどこに設定するかもすごく重要ですよね。僕も当時、自分のブログに「UNIQLOCK」をブログパーツとしてつけていたので「あぁ、そうだったよね〜」という実感がある。インターネットってメディア視聴と体験がセットだから、「J-POP」の歴史を振り返っているのに近いと思っています。つまり消費だけをしているんじゃなくて体験も伴っていますから、その時の記憶もセットで蘇ってくるんですよね。僕だったら、小室哲哉さんの音楽が流れた瞬間に、自分の青春時代がグワーっとよみがえってくるのと同じで。それが普通のマスメディアとか一方向のメディアとは違う体験だなと思って。
『平成ネット史(仮)』を放送したときも、俺も語りたいとか、俺はこう思うとか“集合知”が生まれるんですよ。この本もそうだと思いますが「俺にも言わせろ!私だって語りたい!」っていう状態が生まれるのが健全だし、それが巻き起こってくれたら本望ですよね。だから書籍版には、『平成ネット史 永遠のベータ版』っていう名前を付けているんです。「永遠のベータ版」つまり、やろうと思えば、重版の時に原稿を変えていける。アップデートできるわけですね。インターネット史はそうやって、記録しながら拡張していくものなんだと思っています。
“一周まわって”起きはじめている、デジタルネイティブとの齟齬
森永:さきほど「クリック」という体験が大きかったとおっしゃっていましたが、はじめからデジタルマーケティングをやっている人にとっては「クリックできる広告」が当たり前なんですよね。だから、YouTubeとかTVerで動画の前に挿入されるプレロール広告というのが登場して、「クリックできない広告が生まれてしまった!」と大騒ぎがありまして。彼らにとっては、常識を逸脱する広告の登場なんです。
神原:いやいや、僕らの側からすると、テレビの広告って昔からそうなんですけど、っていう(笑)。きっと、一周まわっちゃってるんですよね。
森永:そうなんですよ。テレビの人たちは「自分たちと同じ悩みにやっといま到達したんだな」と感じるし、ネットの人たちは「いま自分はすごい発見をしている!」となっているし、それはコミュニケーション齟齬が起きますよ…という(笑)。
神原:「これからは動画の時代ですよ!」とか言われると、いや昔から作ってるんですけど…と思いますもんね(笑)。ただ、注意しないといけないのは、一周まわって元に戻っているわけでは決してなくて、一周回っているんですけど、一段上がっているという。例えて言うなら「螺旋状にまわりながら上がっている」イメージですよね。森永さんもよくおっしゃっていることですよね。本質は変わらないけれど、ちゃんと「進化」している。そこを「元に戻った」と解釈しちゃいけない、というか。
森永:6秒スキップされない動画を作れという話がありますが、昔から映画でもなんでも最初の掴みが大事っていうのは変わらないんですよ。ただ、それが何秒なのか何分なのかあやふやだった。それが6秒と算出されたのは、やはりデータ解析のおかげですよね。
神原:最近「続きはWEBで」っていうのも2周目がきた感じがしますよね。
森永:おもしろいなと思うのが、昔の「続きはWEBで」はCMの15秒に収まらない“情報”がいっぱいあるからWEBで見てね、という話だったんですけど、いまは15秒間で語りきれない“思想”があるからもっと知りに来てねというふうに、実はちょっと変わっているんです。昔は情報提供で、今はパーパスみたいな時代の雰囲気が反映されていて、そこはやっぱり螺旋でまわってるんだなと思います。
神原:なるほど。我々世代は「続きはWEBで」って久しぶりだな〜!となるけど、若い世代は新しい!と感じるし、その中身はちょっとずつ進化しているということなんですよね。
どんな未来にも順応できるのは、歴史を知っている人
森永:一周まわって…という話だと、変化の早いネットの世界でもうすでに2周目、3周目に入っていると感じるのがインフルエンサーマーケティングです。はじめはカリスマブロガーと言われる人たちが影響力を持つようになって、次に現れたのがインスタグラマーとユーチューバー。いま3周目に入っているというのは、インフルエンサー本人というよりインフルエンサーでビジネスをする人が変わってきているという意味合いです。
初期はデジタル系の会社が中心だったのが、芸能事務所とか雑誌社も参入しているんですね。要するに、彼らが「あれ?これっていままで自分たちがやってきた芸能ビジネスと同じじゃない?」と気づきはじめた。テクノロジーに強くなくても、これまで培ってきた強みが活かせるんです。一方デジタル系の会社は、テクノロジーには強いけど歴史に弱いから、これまで先人がおかしてしまった失敗を繰り返してしまう…みたいなことが起きはじめていて。あ、巡っているな…と感じます。
神原:さきほどの話にもあった「クリックできる広告がすべてだ!」みたいに思っていると大きなコミュニケーション齟齬が起きてしまう可能性もあるし、やっぱり昔からの歴史は知っておいた方が得だよね、というのは改めて感じますね。落ち着いて考えれば分かることも、ど真ん中にいると見えなくなるときがある。だから「俯瞰して見ましょうよ」っていう意味でもこの本はすごく役に立ちますね。
森永:デジタル広告の業界だと、どうしても常に最先端を押さえていて、エバンジェリストのように未来を語れる人が“イケてる”ということになっていたので、みんな未来を向いていたんです。でもインターネットも2,30年経つとそれなりに歴史が積み重なってきていて「あ、この道はいつか来た道…」と気付けなくなるんですね。未来にたくさんの選択肢が広がっているとき、どちらにも臨機応変に対応できるのは、やはり歴史を知っている人だと思います。
本質を捉えながら進化すれば、過去の知見は必ず活かせる
神原:どんなに新しいテクノロジーが生まれても「人の欲望をどう捉えるか」という話だから、根源的にはそんな変わらないんですよね。僕も『令和ネット論』で、メタバースを取り上げさせて頂いたのですが、3DCGの技術とか、サクサク動くとかもちろんテクノロジーも大事なんだけど、一番重要なのは「世界観」で、この世界に行ったら、このメタバースに行ったら、どういう体験ができるか、ということ。そういう意味で、テーマパークとか美術館がもっている知見も生きるのではないかと思いますし。
森永:そうなんですよね。人間がどこまでリッチな情報を処理できるかというのも限界が見えてきた気がして。5Gの時代になって、スポーツも360度カメラで好きな角度から見られます!と言われても、やっぱりどこから見たらいいのかわからないから、プロが編集したものを見せてほしいと思ってしまったり(笑)。
そういうときにやっぱりマスマーケティングを狙ってきた人たちの視点はすごく役に立つんです。
神原:その反面、われわれテレビの制作者も一周まわって戻ってくるのを、ただ待ってるだけじゃダメ。さっきの「螺旋でまわっている」という話で、進化しないで待っているだけだと、気づいた時は一段上がっていて、ついていけないし、もう追いつけないんです。そのためには、まず時代を機敏に感じて、いろんなものに飛びついてみて、「この動きはいつの時代にあった」とか「あのときと同じかもしれない」と俯瞰してみる、それを両方やらないといけないってことですよね。
森永:そうなんです。歴史は本当に何周も何周もするので、ネットが得意じゃないからと距離を置いていた人たちも、自分たちの知見がすごく役に立つタイミングがきっとやってくる。インフルエンサービジネスに参入した芸能事務所の人たちのように、使える知見がたくさんありますよ!ということをお伝えしたいし、デジタル広告からキャリアをスタートした世代には、先人たちの失敗を繰り返さないためにも歴史を知ってほしい。
この本が、“消えていっちゃう歴史”を残すだけでなく、マスマーケティングとデジタルマーケティングそれぞれの強みを知って、理解を深める一助になれたらうれしいですね。
神原一光
NHKメディア総局 第1制作センター 教育・次世代
チーフ・プロデューサー
2002年NHK入局。現在の担当は『天才てれびくんhello,』『令和ネット論』。これまで『平成ネット史(仮)』のほか『NHKスペシャル』『おやすみ日本 眠いいね!』『東京2020オリンピック・パラリンピック』など数々の番組制作・プロジェクトに関わってきた。
森永真弓
博報堂DYメディアパートナーズ
メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。 コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。 テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。 WOMマーケティング協議会理事。共著に「グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか」(マガジンハウス)がある。