コラム
データ・クリエイティブ対談【第11弾】
アートと広告におけるテクノロジーの可能性とは(前編)
ゲスト:せきぐちあいみさん(VRアーティスト)
2016年からVRアーティストとして活動し、テクノロジーを活用したさまざまな表現に取り組んでいるのがせきぐちあいみさんです。好評連載「データ・クリエイティブ対談」の第11弾は、せきぐちさんをお招きして、表現におけるテクノロジー活用の可能性について、博報堂DYメディアパートナーズのデータサイエンティスト・篠田裕之と語り合っていただきました。熱い対話を前後編でお届けします。
後編はこちら
せきぐち あいみ氏
VRアーティスト
篠田 裕之
株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局
自分の表現でたくさんの人を楽しませたい
篠田
広告の世界では、データやテクノロジー活用の動きは盛んですが、広告配信の最適化・効率化のためにそれらが用いられることがあります。その視点はビジネス上、重要ではあるものの、広告におけるもっと多様で新たなデータ・テクノロジー活用方法を模索すべきだと思います。この対談シリーズは、アート、バイオ、ロボットなど様々な領域でご活躍されている専門家の方々に、それぞれの領域でのデータ・テクノロジー活用についてお聞きし、そのヒントをいただくことを大きな目的としています。
さて、はじめにせきぐちさんの現在の活動についてご紹介いただけますか。
せきぐち
対談にお招きいただき、ありがとうございます。VR空間の中に360度に広がるアートを描くVRアーティストとして、2016年から活動しています。昨年からはNFT(非代替性トークン)の仕組みを使ってアート作品の販売をしているほか、国内外でペインティングのパフォーマンスにも取り組んでいます。
<約1,300万円で落札されたNFTアート作品「Alternate dimension 幻想絢爛」>
画像提供:クリーク・アンド・リバー社
篠田
アートに取り組むようになったきっかけは何だったのですか。
せきぐち
子どもの頃からお絵描きは好きだったのですが、それを仕事にしたいと思っていたわけではありません。一番のきっかけは、中学時代にクラスで孤立してしまったことでした。毎日を生きる意味が感じられなかったときに、たまたま出会ったのが演劇でした。自分の演技や、自分がつくったものをほかの人が楽しんでくれるという経験をして、すごく生きがいを感じたんです。それからですね、何かを表現してたくさんの人を楽しませる生き方をしたいと考えるようになったのは。その後、いろいろな表現方法にチャレンジしてVRに辿り着きましたが、根源にある気持ちは中学生の頃と変わりません。
篠田
デジタルテクノロジーには昔から強かったのですか。
せきぐち
そんなことはまったくないんです。高校生の頃からブログを書いたり、簡単なホームページをつくったりしていましたが、そこまでテクノロジーに詳しいわけではありません。
表現で人を楽しませたいと思ったとき、同時に自分の才能のなさを痛感しました。自信がなかったから、行動力だけでは人に負けないようにしようと思って、いろいろなやり方を試してみました。それで最先端の技術にもチャレンジするようになったんです。
篠田
自分ができそうなこと、面白そうなことはどんどんやってみようという感じだったのですね。
せきぐち
そうです。迷っている間は、進歩がないですよね。まずはやってみることだと思いました。やったことがないことに挑戦して失敗するよりも、現状にとどまってしまうことの方が怖いですから。大人になってからも、その感覚をいつも大事にしています。
時代がVRやメタバースを進化させた
篠田
例えば、中世ヨーロッパでは現在と異なり身の回りで自由に電気を使うことはできないですよね。先端テクノロジーを使って表現されているせきぐちさんは、そういう世界にタイムスリップしたら、どんな表現方法を選ぶんだろう──。対談前にそんなことを考えていたのですが、お話をうかがうと、どんな時代でも自分に合った表現方法を見つけられそうな感じですね。
せきぐち
そう思います。中世ヨーロッパは人々が娯楽に飢えていた時代なので、多くの人々に娯楽を与えられる表現が適しているような気がします。同じようにこれからの時代も、状況が変われば表現の方法も変わると思います。テクノロジーをまったく使わない表現方法が多くの人の心を捉える時代がまた来る可能もありますよね。
篠田
「時代」ということでいうと、コロナ禍というこの時代状況とVRはとてもマッチしているように思います。コロナ禍で人との接触が制限されたことで、「距離や空間を超えられる技術があるといいよね」というビジョンが一気に一般に普及したように思います。
せきぐち
コロナ禍という状況が、いずれ来るはずだった未来を期せずしてぐっと引き寄せたということですよね。メタバースやNFTにも同じことが言えると思います。リアルな生活が制限されたぶん、バーチャルな世界が急速に進化したということなのでしょうね。
篠田
一方で、最新技術に過度な注目が集まると、バブルのような現象が生まれてしまう側面もあります。文化とは本来、時間をかけて醸成されていく中で定着していくものだと感じます。期待が先走りすぎると、危ういところもありそうです。
せきぐち
確かに、今のNFTやVRの語られ方を見ていると、「儲かる」ということが強調されすぎている感じもしますね。もちろん、ビジネスになってマネタイズが実現することでテクノロジーは社会に実装されていくわけですが、仮に「儲からない」ということになったら、一過性のブームで終わってしまう可能性もあります。それを私はちょっと危惧しています。
篠田
「儲かる」ステージって、実はすでに何歩も遅れた段階ですよね。みんなが価値を認めて、等価交換が成立してしまったステージということですから。クリエイティビティという視点で考えると、一番の面白さは「儲かる」ステージのずっと前のところにあるように思います。
せきぐち
そうそう。ほんと、そのとおりですよね。みんなが「なに、それ?」って思っているときにやってみることが面白いんですよ。みんなが今興味関心をもっていることももちろん意識しながら、新しいことにもトライし続ける。難しいけれど、そのバランスをとることが大事なのではないでしょうか。
テクノロジーが人生の幅を広げてくれる
篠田
実際、せきぐちさんは「儲かること」以外の活動もされていますよね。
せきぐち
福島県の南相馬市でNFTを使ったチャリティー活動に取り組んだりしています。まずは、新しいテクノロジーの価値をいろいろな形で広く伝えていくことが大事だと思っています。
例えばメタバースは、障がいがあって外出が難しい方などに行動の新しい可能性を提供できる技術でもあります。障がい者だけではありません。病気やケガで動けなくなる可能性は誰にでもあります。そんなときに世界とつながって、人生の幅を広げてくれるのがテクノロジーの力なのだと思います。おじいちゃん、おばあちゃんが離れて暮らしているお孫さんとメタバースの中で会うことだってできます。そういう可能性をできるだけ多くの人に知っていただきたいと思っています。
篠田
あるいは、リアルな人格とは異なる人格になったり、複数のアカウントをもっていろいろな人格を使い分けたりすることもデジタル空間の中ではできます。せきぐちさんは「リアルな身体も一つのアバター」とおっしゃっていますね。
せきぐち
現在のVRは、ゴーグルをかけてVR空間の中に入らないと世界観が本当には伝わりません。だから、ゴーグルをかけている人以外にVRの世界観を伝えるには、現実とVRの両方での表現が必要だと私は思っています。バーチャル世界にアバターがいるように、現実世界にもアバターがいて、その全体で一つの世界観の表現となるということです。
篠田
制作過程自体をパフォーマンスとして公開されているのも、VRの世界観を伝えるためですか。
せきぐち
そうです。デジタル空間に立体の絵が出来上がっていく過程を見せると、多くの方が「魔法みたいで面白い!」と言ってくださいますし、小さいお子さんからご高齢の方々まで楽しんでいただけます。
映像提供:クリーク・アンド・リバー社
篠田
遠隔地の人と一緒に一つの作品をつくる取り組みも面白いと思いました。
せきぐち
そういうこともVRならできちゃうわけですよね。ハードルがあるとすれば、デバイスがないとそれを体験できないことです。ハードを入手して、アカウントを取得して、アプリをダウンロードするところまでやらないとVRは使えません。誰でも使えるツールにはまだなっていないので、そのぶん表現の工夫が必要だと思っています。
篠田
VRデバイスは日々進化しているので、早いうちに誰もがカジュアルに使える技術になっていきそうな気もしますね。僕が大学院にいた10年以上前の時代では、VRを体験するには、今から考えると特殊な環境で大型のデバイスを装着しなくてはいけませんでしたし映像の解像度も随分限られていました。その頃から見ると、今のVRゴーグルはかなり使いやすくなっています。
せきぐち
VRの開発が始まったのは1960年代ですから、もう半世紀以上経っています。その間の進化は目覚ましいし、これからも急速に進化していくのでしょうね。
篠田
VRが進化して、バーチャル空間内でいろいろなことを表現できるようになると、従来のリアルなアート活動も変化していくとお考えですか。
せきぐち
メタバースが普及しても、従来のアートが廃れるということは絶対ないと私は思います。一方で、物理的に存在しているアートがメタバースやNFTと組み合わさることで新しい価値を生み出すことはあると思います。例えば、アートをNFT化してその制作の背景などのデータを紐づければ、作品にストーリーが生まれますよね。それによって、アートの価値が高まるというケースはありうるのではないでしょうか。
篠田
アートを享受する立場から見ると、VRアートに触れることで、油絵のような従来の芸術作品の魅力が以前よりもよく理解できるようになるといったこともありそうですよね。バーチャルの経験がリアルにフィードバックされて、リアルな世界もより豊かになる。そんな循環が生まれるといいですよね。
(後編に続く)
せきぐち あいみ
VRアーティスト
クリーク・アンド・リバー社所属。
滋慶学園COMグループ VR教育顧問、Withingsアンバサダー、福島県南相馬市「みなみそうま 未来えがき大使」一般社団法人Metaverse Japanアドバイザーを務める。
VRアーティストとして多種多様なアート作品を制作しながら、国内外でVRパフォーマンスを披露。
2017年にはVRアート普及に努め、世界初のVR個展を開催。
2021年3月に自身の作品が約1300万円で落札された。
Forbes Japanが選ぶ2021年の顔100人「2021 Forbes JAPAN 100」にも選出。
篠田 裕之
株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局
データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。