コラム
データ・クリエイティブ対談【第11弾】
アートと広告におけるテクノロジーの可能性とは(後編)
ゲスト:せきぐちあいみさん(VRアーティスト)
テクノロジーには表現やコミュニケーションの質を高めるポテンシャルがある一方で、新しい技術には、急速な進化の過程ですぐに陳腐化してしまうという側面もあります。VRアーティストであるせきぐちあいみさんは、表現とテクノロジーの関係をどう捉えているのでしょうか。ビジネスや社会価値創出へのVR応用の可能性にまで踏み込んだ対談の後編をご覧ください。
前編はこちら
せきぐち あいみ氏
VRアーティスト
篠田 裕之
株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局
日本の造形美とVRとの関係とは
篠田
せきぐちさんの表現には「和」を感じさせるものも多いと思います。和のテイストは意識されているのですか。
画像提供:クリーク・アンド・リバー社
せきぐち
日本的なものが純粋に好きということと、日本の造形美はVRととても相性がいいということ。その両方がありますね。
私は昔から日本庭園が大好きで、今もよく庭園めぐりをしています。正面から見ても美しいし、歩きながら見ても美しいのが日本庭園の魅力です。あらゆる角度から空間の美しさを感じられるようにつくられているわけです。これは、デジタル空間の中に360度の世界をつくるVRアートの考え方に非常に近いと私は感じています。実際、日本庭園の近景、中景、遠景の構成のつくり方などは、VRアートをつくるうえですごく参考になります。
篠田
よくわかります。作品の魅せ方が建築的だなと感じます。ほかに好きな和の文化はありますか。
せきぐち
漆と金粉を使う蒔絵とか、和太鼓に熱中したこともあります。水墨画、盆栽、いけばななども好きですね。最近はまっているのは水石(すいせき)です。
篠田
水石?
せきぐち
盆栽などと一緒に飾られる自然石のことで、石を山の姿や自然の景観に見立てています。石って、地球が何千年もかけてつくってきたものですよね。石を見ていると、「これに勝るものはないのでは?」という気がしてきます(笑)。織田信長や徳川家康などの武将も石を愛好していたんです。いつも生き死にのはざまで暮らしながら、一方ではいくらでも贅沢ができる。そんな人たちが石を愛していたわけです。そこに、何か表現の本質のようなものがあると私は感じています。自分がつくっているものは、できるなら100年後も200年後も残ってほしい。そう考えたときに、私たちが生まれる前から存在していて、死んでからも存在しているに違いない石がお手本になるんじゃないかって。
篠田
石から見える本質をVRアートにいかそうとされているわけですね。
せきぐち
どういかすかは模索中ですが、山や大自然の景観を自宅で再現できるのが水石だとすれば、VRとの共通点がすごくあると思うんです。VRも自宅にいながらいろいろな世界を体験できる技術ですよね。確実に通じるものがあると思っています。
アートと広告におけるテクノロジーの可能性
篠田
表現は時の試練を受けて自然に淘汰されていきますよね。新しいテクノロジーだけに依拠した表現には、いずれ古くなってしまうという宿命があります。一方で、時代ごとに人々の心を捉える表現、その時代だからこそ意味がある表現もあります。そう考えると、100年後の未来にも残るものをどうつくっていくか、なかなか悩ましいですよね。
せきぐち
どの時代でも人の心に響く本質的で普遍的なものと、今の時代にマッチするものの間を行ったり来たりすることが必要なのでしょうね。私は時代が変わっても人々の心に刺さる表現を常に意識していますが、VRアートという新しい表現方法を使う以上は、今の時代に合うかどうかを常に考えなければなりません。
画像提供:クリーク・アンド・リバー社
では、何が今の時代に合うのか。その判断も難しいんですよね。例えば、VR空間の中で私がアバターになって、あちこちを飛び回ったり、巨大化したりしながら絵を描いていくパフォーマンスをやったのですが、見てくださった方々の反応はまちまちでした。VRのことをよく知っている人は「すごくおもしろい」と言ってくださいましたが、多くは「これってゲーム?」といった反応でした。「ああ、これはまだ今の時代に合う表現じゃないのかな」と思いました。
もう一つ、脳波を使って絵を描く実験にも取り組んでいます。普通、「脳波で絵を描く」と聞くと、精細でリアルな絵が描けてしまうと思ってしまいますよね。でも、今の技術でできるのは、微弱なアルファ波を捉えて抽象画のような線画を描くところまでです。「すごい、脳波で線が引けている!」というくらいのレベルで、本格的な表現ツールとして使うにはまだ時間がかかりそうです。でも継続的に取り組んでいけば、いずれ「脳波アート」というジャンルを確立できるかもしれません。そうやって新しい技術を使って、未来を見ながら表現していくのも意味のある取り組みだと思っています。
篠田
テクノロジーにおける理想と現実ということでいうと、広告において本当に行いたいマーケティングと現在のテクノロジーで実現できることには少なからず乖離がある場合があり、理想とするビジョンを持ちながら現実的なアクションに落とし込んでいくことが重要です。その中で例えばターゲティング広告の手法は、様々なデータを活用しながら生活者の嗜好性やライフスタイルなどに応じて商品やサービスとの新しい出会いを提供することを可能にしてきました。しかしテクニカルにできることが効果的か、やるべきことかは時に慎重に考える必要があると感じます。ターゲィング手法を最適化しすぎると、その人の価値観や興味に合った情報だけを届けることで、その人をフィルターバブルと呼ばれる閉ざされた情報の中に制限してしまうというリスクです。
僕は大学院で協調フィルタリングと言われる情報推薦アルゴリズムを研究していました。生活者の興味関心そのものだけではなく、たとえば購買履歴に基づいて「この商品を買った人は他にこのような商品を買っています」というように他の生活者の履歴も用いながらうまく推薦の幅を広げていく手法です。この考え方をさらに広げて、特定の人に対するレコメンド自体が誰かにとって価値を持つ可能性があると思っています。自分の尊敬する人の享受する情報を共有するような世界観です。その人が興味のある人、例えばせきぐちさんのようなアーティストが気になる方は、せきぐちさん自身に表示される広告やオススメされるコンテンツはどのようなものかとても気になると思います。プライバシーへの配慮や推薦する情報の特性を考えてコンテンツなどジャンルは絞る必要はありますが、せきぐちさんへオススメされるもの自体あるいはせきぐちさんのお気に入りリストの内容をレコメンドするのも、フィルターバブルを破る一つの方法だと思います。
せきぐち
とっても素敵だと思います。ほかの人と共有したいもののリストをつくって、それをいろいろな人にシェアしてもらったら嬉しいですよね。それに、憧れている人のお気に入りのものを共有できたら、その人の世界を知ることができそうです。もし、アインシュタインのような過去の偉人が気に入っていた本や音楽やアート作品などを共有できるとしたら、偉人と友だちになったような感覚になれるかもしれません。
私自身は、ターゲティング広告にはとくにマイナスのイメージはなくて、知らなかったものに出会わせてもらえる機能の一つだと捉えています。テクノロジーを上手に使えば、その「知らなかったもの」の範囲を広げることができるのということなのでしょうね。
VRによって相手の立場を理解し、共感を醸成する
篠田
ところで僕は個人的な日常の悩みを様々なテクノロジーを用いて立ち向かうという活動をしています。例えば、「飲み会の帰り道で孤立しない方法」を編みだすためのARゲームの開発などです。
8人くらいの友だちとの飲み会の帰り道において、駅に向かう途中で2人とか3人とかのサブグループが自然発生してそれぞれ楽しく話しながら歩いているのに、僕だけが孤立してしまうことがよくあります。そこで、孤立を回避するための立ちふるまいのシミュレーションをARでやってみようと考えました。もしこの問題にせきぐちさんがVRの技術を用いて立ち向かうとしたらどんなやり方があるか。せきぐちさんはどう思われますか。
せきぐち
めちゃくちゃ面白いシミュレーションですね。VRは体験を可能にする技術なので、例えば、孤立する体験を繰り返して、そういう状況に耐えられるメンタルを鍛えるとか(笑)。
篠田
なるほど。状況を再現して、それに慣れるということですね。
せきぐち
あとは、孤立していない人の立場を体験してみる方法もありかも。いつも会話の中心にいる人の立ち位置に立って、一人ぼっちで歩いている人を眺めてみれば、その状況を客観的に把握できるかもしれませんよね。
篠田
その発想はすごいですね。考えたこともありませんでした。孤立する自分ではなく、孤立している自分を横目に見るひとなど、さまざまな人の視点から自分を見てみるというのは、面白いですね。VRなら視点を変えることができるので、立ち位置を切り替えることによって多様なものの見方ができる。とても重要なご指摘だと思います。
せきぐち
会社内でのシミュレーションにも使えそうですよね。新入社員の視点、現場の責任者の視点、社長の視点など、いろいろな視点を体験してみることによって、それぞれの立場の悩みや喜びを実感できるような気がします。
篠田
相手の立場を理解して、共感を醸成するためにVRを使う。その可能性はぜひ今後追求していきたいですね。
今日は、テクノロジーに対する考え方や創造性についてたくさんのヒントがいただけました。それから、自分が好きなものに向かい合うことが大きな力になるということを教えていただけたような気がします。
せきぐち
すべてを「好き」から始めてみるというのは、すごくいいやり方だと自分でも思っています。なぜ、自分はこれが好きなんだろう。なぜ、自分はこれに惹かれるんだろう──。そんなことを深く考える中から、自分が向かうべき方向性が見えてくるからです。それに、自分が純粋に好きなものって、同じくらいそれを好きと感じている人が絶対にいると思うんです。
篠田
「好き」という共通の感覚から関係が広がっていって、多くの人とつながることができたら素晴らしいですね。今日はありがとうございました。
せきぐち
こちらこそ、ありがとうございました!
せきぐち あいみ
VRアーティスト
クリーク・アンド・リバー社所属。
滋慶学園COMグループ VR教育顧問、Withingsアンバサダー、福島県南相馬市「みなみそうま 未来えがき大使」一般社団法人Metaverse Japanアドバイザーを務める。
VRアーティストとして多種多様なアート作品を制作しながら、国内外でVRパフォーマンスを披露。
2017年にはVRアート普及に努め、世界初のVR個展を開催。
2021年3月に自身の作品が約1300万円で落札された。
Forbes Japanが選ぶ2021年の顔100人「2021 Forbes JAPAN 100」にも選出。
篠田 裕之
株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局
データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。