コラム
Media Innovation Lab
【Media Innovation Labレポート.26】
米国のストリーミングTVの実態と広告ビジネスの現状
ケーブルでのテレビ視聴が主流を占めていた米国で、近年利用者が増え続けているストリーミングTV。米国におけるストリーミングTV業界の概要や広告ビジネスの潮流、今後の可能性などについて、博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター兼Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ※)の吉田弘(シリコンバレー在住)に博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局兼Media Innovation Labの大野光貴が聞いていきます。
■右肩上がりで拡大しつつあるストリーミングTV市場
大野
最近米国で注目を集めている“ストリーミングTV”ですが、そもそもどういったサービスを指すのか、まずはここから教えてください。
吉田
以前アメリカでは、インターネット経由で配信されたテレビのような動画視聴をOTT(オーバー・ザ・トップ)と表現していましたが、最近ではデバイスを通じて、あるいはテレビ本体で直接インターネットと接続し、そこで動画配信で映画やテレビ番組、ライブなどのコンテンツを見るという意味でCTV(コネクテッドTV)という言葉が使われるようになりました。一方でCTVは端末そのものを指す場合もあるため、定義を明確にするためストリーミングTVという表現が出てきましたが、基本的には、ストリーミングTVはいわゆるCTVとほぼ同義と思って大丈夫かと思います。
大野
最近アメリカではそのストリーミングTVを選択する若い生活者が増えているとのことですが、具体的にはどんなサービスがありますか。
吉田
代表的なのは、皆さんご存知のNetflixやAmazon Prime、Disney+といったサブスクリプション型のサービスです。たとえばNetflixはSVOD(Subscription Video On Demand)といわれる広告の入らない月額会費制のサービスで、ベーシックプランで月額9.9ドルといった価格帯です。そこに2~3年前から、サブスクリプション型を基本にしながら、広告付だと多少安価になるハイブリッド型のAVOD(Advertising Video On Demand)が登場しました。有料ではあるものの、SVODよりも安価で楽しめるということで、現在主流になりつつあります。ほとんどの視聴者がSVODよりもこのハイブリッド型を選ぶといわれていて、各事業者の競争が激しくなってきています。そして最後に、AVODのみのFAST(Free Ad-Supported TV)という無料サービスも増加してきています。そのほかSAMSUNG TV PlusやLG CHANNELSなど、テレビメーカーによるサービスも多々登場してきています。
このところアメリカの生活者の間で、家計の負担になりうるサブスクリプション型サービスの利用を見直す動きもあり、各社が広告つきのより安価なサービスを導入する流れが出てきています。Disney+もNetflixも、軒並みハイブリッド型を導入すると発表したところです。
大野
なるほど。では主にどういった事業者がハイブリッド型サービスを手掛けているのですか。
吉田
多いのは放送プラットフォーム系のプレイヤーです。たとえばディズニーグループはABCという放送局を擁し、Disney+というSVOD、huluというハイブリッド型サービスを展開していますし、NBCUniversalはPeacock、パラマウント(旧バイアコム・CBS)はParamount+、タイムワーナーはHBO Maxというハイブリッド型サービスを展開しています。
一方、FASTサービスも増えてきていて、FOXはTubiをパラマウントはPlutoを数年前に買収し各々相当力を入れています。また、CTV端末(STB/スティック)のAmazon FireTVはFreevee(旧IMDb)、RokuはRokuチャンネルといったFASTサービスを行っています。さらには、ここ2~3年で特徴的なのは、SAMSUNGやLG、アメリカのVIZIOというテレビメーカーらが自ら続々とFASTの無料動画配信サービスを始めていることでしょうか。FASTは、完全無料なので視聴層を増やしています。
大野
そうしたストリーミングTVの実際の視聴実態について教えてください。
吉田
高齢者は地上波放送、ケーブル放送の視聴時間が長く、年齢が低下するほどストリーミングTV視聴に費やす時間が増えることがわかっています。ニールセンの調査データ(Nielsen the Gauge)によると、アメリカの全世帯の3分の1くらいで、テレビ視聴時間がストリーミングTV視聴に置き換わっています。これは大きなポイントです。さらにストリーミングTV視聴の内訳をみると、Netflix、Amazon Prime、Disney+といういわばSVODの御三家が上位にいて、そこへ、先ほど申し上げたようなハイブリッド型、あるいはFASTなどAVODが切り込んできているという現状です。
大野
ハイブリッド型やFASTなどAVODの視聴者が増えれば広告在庫も増えて、広告市場も拡大していくように思えますが、現在の広告市場規模はどのくらいになりますか。
吉田
ストリーミングTV広告市場は右肩上がりで拡大しており、IABによると今年末には$21.2B(約2.7兆円)ほどになるとされています。ただしそこに含まれているYouTubeに関しては、ストリーミングTVとして扱うべきか議論があるかと思いますが。いずれにせよ若者の多くがストリーミングTV視聴に流れており、ストリーミングTVの各事業者が戦略的にストリーミングTV事業を強化しつつあるというのが現状です。
■放送業界の一大イベント、アップフロントとニューフロントに見るストリーミングTVの勢い
大野
アメリカと日本では、テレビメディアにおける広告売買の取引方法が異なると聞いています。そのあたりも詳しく教えていただけますか。
吉田
日本と異なるアメリカ独特の商習慣に、アップフロントがあります。アメリカではテレビ番組の新シーズンが始まるのが大体9月や10月くらいの秋口で、それから半年~1年くらいの間シーズンが続くわけですが、毎年5月くらいにアップフロントという新番組のプレゼンテーションイベントがあり、そこから1~2カ月の間に次のシーズンの半分以上の広告枠を売り切ってしまいます。このアップフロントが、いわゆる4大ネットワークにとっては非常に大きなお祭りのようなイベントとなっているんです。なお残りの広告枠はスキャッターと呼ばれ、日本でいうスポット枠に近いものとして売買されます。ここに、15年ほど前からニューフロントというイベントが始まりました。ニューフロントはデジタル広告のルールづくりを行うInteractive Advertising Bureau(IAB)が、毎年アップフロントの少し前、5月頭くらいに開催するもので、いわばデジタルプラットフォーマーや出版社系のデジタルメディアなどが、予約型の動画広告の対象となるコンテンツなどを広告主に対してPRする発表会的な意味が強いものでしたが、これが近年注目を集めているんです。
大野
そのアップフロントとニューフロントにおいて、最近の特徴的な動きなどはありますか。
吉田
両者における近年の変化として大きいのは、やはりストリーミングTVの潮流が入ってきていること。今年はNBCUのPeacockやFOXのTubiなど、メジャーな放送局が展開するストリーミングTVが、続々とニューフロントに登場しています。またAmazonはこれまでもニューフロントでさまざまなプレゼンを行ってきましたが、今年はリンカーンセンターという、アップフロント並みに大きな会場を使ってプレゼンを行っています。YouTubeのブランドキャストなどはもともとニューフロントの代表的な存在でしたが、アップフロントの開催期間中にわざわざ開催日を当ててきている。ストリーミングTVの隆盛によって、アップフロントとニューフロントの住み分け、際がなくなってきているという印象です。アップフロントにおいても、プレゼン内容がほぼ放送局各社のストリーミングTVに集中するなど、ストリーミングTV一色とでもいえる状況なのが、今年の大きな特徴でした。
大野
具体的にはどういったプレゼンが行われるのですか?
吉田
アップフロントでもニューフロントでも、要は新番組の品評会ですから、番組の紹介がベースになります。そこへ、新しい広告フォーマットを導入する話だとか、広告主の所有するデータとメディアが所有するデータを掛け合わせたプランニング手法や、各社が持つデータ装備の説明、また各社のストリーミングTVのメディアパワー ―どれくらいのリーチがありどれくらいの視聴者がいるか― などの紹介が、おおよそのプレゼンの内容になります。昨年までコロナの影響で新番組がなかなか制作できなかったこともあり、今年に関しては特に、新番組の紹介にかける時間配分が非常に大きかった印象ですね。また、各社プレゼンには誰もが知る著名なセレブリティ達が登場し、自分たちが出演する番組の紹介を担うといった特徴もあります。CBSならラジオシティ・ミュージックホール、パラマウントならカーネギーホール、FOXならビーコンシアターなど各社NYでも有名な大きな会場で開催し、プレゼン後には広告主のトップやエージェンシーの幹部、セレブリティも招いたパーティーが開かれます。過去2年はコロナの影響で、2020年はほぼ中止、2021年は全面オンライン開催がとなっていたため、今年は特に、本来の盛大な祝祭感が戻ってきたという感じでした。
大野
吉田さんとしてはその中でもニューフロントのAmazonのプレゼンが印象的だったとか。
吉田
ニューフロントが主戦場のAmazonですが、日本にもあるAmazon Primeは一種のSVODで、それとは別にfreeveeという広告付無料サービスのFASTもやっていて、さらにゲーム配信のTwitchも擁しています。そんななか、今年AmazonはNFLのサタデーナイトフットボールというキラーコンテンツをAmazon Primeで独占配信する契約を結び広告付きで配信することになったため、プレゼンにNFLのコミッショナーはじめアメリカでは誰もが知る実況アナウンサーが登場。会場が大いに沸いていて、あたかもアップフロントのような盛り上がりがニューフロントで見られました。またデジタルプレイヤーの代表格であるAmazonが、パーティーを開いて広告主やエージェンシー幹部とコミュニケーションをとりながら広告を売るといった動きを見せていたことは、非常に興味深かったです。ちなみにほかにも、Rokuも似たような形でプレゼンをしていましたし、SAMSUNGやLGといったメーカーもオンライン開催でしたがプレゼンはしていました。
■喫緊の課題はメジャメント方法の統合
大野
それでは、ストリーミングTV全体の広告のセールス状況について教えていただけますか。
吉田
現状では、アメリカのストリーミングTVの広告はほとんどが予約型で取引されているようです。アップフロントやニューフロントの発表を見た広告主が、事前に予約し、直接取引や定価の取引だけで6割近く販売されます。ストリーミングTVはいわゆるデジタル広告ではありますが、テレビ的な予約型で売られていて、プログラマティック、リアルタイムビディングなどは少数派なのが現状です。今年もアップフロントの枠の大半は直接取引で売り切れているという状況です。今年もアップフロントのセールスは各社とも好調で、アップフロント開始後1か月強で、予定していた広告枠は売り切れたようです。
一方、実際にストリーミング配信する際には、ターゲットを絞るなどのプランニングが重要になるため、デジタル系の会社だけでなく放送系の会社も強固なデータ基盤をつくり、広告主のデータと連携させたり、データクリーンルームを導入するなど、各社がそれぞれ柔軟にデータを使える環境を整えながら売り買いに応じています。
大野
なるほど。ストリーミングTVがテレビ広告セールスのデジタル化を推し進めているようですね。そこに何か課題などはありますか。
吉田
放送局系のプラットフォームだと、テレビ放送の広告とストリーミングTVの広告の両方を商品として扱っていて、現段階ではまだ割合としては圧倒的にテレビ放送の広告が多いわけです。ただ、見ているのは同じテレビで、売っている商品も30秒のCMだったりするため、一体化して販売した方がはるかに効率的ではありますが、なのにそれができないのは、放送とストリーミングTVでメジャメントの仕方、つまりカレンシーが異なるからです。これがいま大きな課題とされています。具体的にいうと、アメリカでは現在ニールセンの調査によるデモグラフィック属性別視聴率を参考に広告が売られていますが、ストリーミングTVの場合はニールセンのデジタル・アドバタイジング・レイティング(DAR)に基づいて売られています。売っている組織も売っているシステムも違えば、レポーティングの仕方も違い、ワークフローが煩雑になっていることが問題視されているのです。ニールセンも今年末には指標を統一させる予定ですし、VideoAmpやComscore、iSpot.tvなど各社もニールセンに代わるカレンシー、メジャメントの手法を開発・テストを行っており、テレビとストリーミングTVを統合する計測手法の開発を、放送局やエージェンシー、さらにはRokuなどの端末プラットフォームを含めてまさに業界を挙げて推し進めているところです。
大野
そこが統一されれば、また新しい展開も見えてきそうですね。
吉田
そうですね。おそらくいまの勢いでストリーミングTVは今後も続々と増えていくでしょうから、メジャメントの統合は喫緊の課題です。日本でもテレビ放送のビジネスが将来どうなっていくのか気になるところではありますが、ひとつ確かなのは、アメリカでは各事業者がかなり戦略的にストリーミングTVを推し進めていること。ストリーミングTVが主役になりつつあるということを理解しておく必要があると思います。
大野
わかりました。日本のメディアビジネスにおいても参考にできそうなお話だったと思います。ありがとうございました。
※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アドトランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。
吉田 弘
博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター 兼 メディアイノベーションラボ 海外拠点リーダー
1988年博報堂入社。事業局、研究開発局を経て、2004年より博報堂DYメディアパートナーズへ異動。メディア環境研究所長、メディアビジネス開発センター長を経たのち、2018年よりイノベーションセンター(シリコンバレーオフィス)エグゼクティブディレクター。20年より、Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)海外拠点リーダーを兼務。
大野光貴
博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局 メディアインテリジェンスグループ
ラジオ局のビジネス企画開発部、メディアビジネス開発センター、データドリブンビジネス開発センターなど新規開発系部署を経て、2018年よりナレッジデザイン局(現ナレッジイノベーション局)で主に海外のテクノロジーやメディアにおけるDXを調査。クリエイティブ&テクノロジー局テクノロジーソリューション開発グループ複属。
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