コラム
Media Innovation Lab
メディアビジネスの「新しい5年」の始まりの年に
──メディアイノベーションラボ新春座談会【Media Innovation Labレポート.29】
COLUMNS

博報堂DYメディアパートナーズとDAC(デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム)が中心となって、メディアビジネスのイノベーションに関わる情報の収集と発信を続けているメディアイノベーションラボ。そのコアメンバーによる新春恒例の座談会をお届けします。世界情勢が激動し、メディア環境も変化した2022年を経て、今年はどんな年になっていくのか──。シリコンバレーで新規事業開発に取り組むメンバーを交え、新しい年の見通しについて語り合いました。

矢嶋 弘毅
博報堂DYメディアパートナーズ
代表取締役社長

安本 純毅
博報堂DYメディアパートナーズ
イノベーションセンター センター長

桐明 眞之
博報堂DYメディアパートナーズ
イノベーションセンター ビジネスデザインディレクター
(WiL シリコンバレー駐在)

聞き手:田代 奈美(博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局メディアインテリジェンスグループGM/Media Innovation Labサブリーダー)

コネクテッドTVが伸長し、メディアの多様化が進んだ一年

田代
3年前から活動を始めたメディアイノベーションラボは、日本、米シリコンバレー、中国にそれぞれ拠点を置いて、メディアビジネスのイノベーションに関わる情報収集と発信を行ってきました。最近では、東南アジアでの活動にも力を入れています。
2022年はコロナ禍に入って3年目の年でした。ようやくイベントやカンファレンスが開催されるようになって、世の中がコロナ以前に戻ることが期待されましたが、ウクライナ問題、エネルギー問題、世界的なインフレなど、新たな問題も出てきています。その一方で、メディアやデジタルテクノロジーの領域ではさまざまな新しい動きが始まっています。まずは、それぞれのお立場から昨年1年間を振り返っていただけますか。

矢嶋
2022年は、インターネット経由でテレビコンテンツを視聴するコネクテッドTVが大きく伸びた年でした。ABEMAがサッカーW杯の試合を中継して、たくさんの視聴者を獲得したのは記憶に新しいところです。日本対クロアチア戦は2300万を超える視聴を記録しました。ほかにも、民放の公式テレビ配信サービスであるTVerや各局の配信サービスで人気ドラマが視聴されたりするなど、日本でもコネクテッドTVがいよいよ定着してきた感があります。

ほかにも、コロナ禍で利用者を増やしたNetflixは、SVOD(Subscription Video On Demand=定額型動画配信)のほかに、新しいサービスであるAVOD(Advertising Video On Demand=広告型動画配信)を始め、割安の視聴料金を設定しました。このように動画視聴の方法が多様化してくると、メディア単位での接触よりもコンテンツ単位の接触がより重要になってきます。一つのコンテンツがトータルでどれだけ見られたのか──。それがこれからのメディアコンテンツビジネスにおける指標になっていくのではないでしょうか。

田代
放送と配信、無料視聴と有料視聴などの「際」がますますなくなってきたのが2022年だったということですね。

安本
コンテンツの捉え方も変わってきたと思います。ABEMAは著名な元サッカー選手を解説者に起用して、地上波放送とは違った語り口で試合を伝えて話題を集めました。同じコンテンツでも、切り口や伝え方を変えて、新しい視聴体験をつくることによって新しい魅力が生まれる。そんなことにメディア側も視聴者側も気づいたのではないでしょうか。

矢嶋
もう一つ、2022年は小売事業者が広告ビジネスに参入するリテールメディアの動きが広がった年でもありました。リテールメディアの強さは、生活者の購買データという非常に貴重なデータをマーケティングに活用できることと、実際にものを売るラストワンマイルの機能を備えている点にあります。日本におけるEC化率はほかの先進国と比べるとまだ低く、約10%にとどまっています。今後ECが伸びていき、リテールメディアの動きとリンクしていくと、かなり大きな市場になることが予想されます。

田代
コネクテッドTVや配信、リテールメディアといった新たなメディアが出てきていることに加え、マーケティングにおける社会課題への対応も目に見えるようになってきたと思いますが、SDGsなど社会課題の文脈での動きはいかがでしたか。

安本
媒体社にとっても、博報堂DYグループにとっても、脱炭素を始めとするSDGsへの向かい合いはとても重要になっています。博報堂は2022年、三井物産と共に、生活者一人ひとりのアクションを脱炭素に結びつける共創型プラットフォーム「Earth hacks」の運用を始め、排出CO2の削減率を示したマーク「デカボスコア」の提供も開始しました。社会課題をビジネスと結びつけながら解決していく動きは、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。

進化を続けるメタバース、AI、NFT

田代
デジタルテクノロジー領域の動向も振り返っていただけますか。

安本
とりわけ話題を集めたのはメタバースでした。メタバースが普及していくと、一人の生活者がリアルな空間とバーチャル空間を行き来し、「もう一人の自分」であるアバターを使ってさまざまな活動をするようになると考えられます。2010年代以降に生まれたいわゆるα世代の多くは、すでにバーチャル空間でゲームやコミュニティなどを活発に利用しています。とくに人との接触が制限されたコロナ禍において利用が広がったようです。今後、そういった「メタバースネイティブ」が増えていけば、この分野でのビジネスがさらに活性化していくと思います。

一方、AIの進化にも目覚ましいものがあります。2022年は、とくにクリエイティブ領域でのAI活用が広がった年でした。「こういう絵を描いてほしい」とAIに伝えると、プロの画家顔負けの作品を描いてくれるまでになっていて、動画生成も可能になってきています。このような技術革新を広告クリエイティブにどういかしていくか。それを真剣に考えなければならないタイミングになっていると感じますね。

田代
2022年は、博報堂DYグループとしてNFT(Non-Fungible Token = 非代替性トークン)への取り組みが本格化した年でもありました。これまでNFTビジネスを牽引してきて、現在はシリコンバレーで新規事業開発に取り組んでいる桐明さんから、NFTビジネスの現状を説明していただけますか。

桐明
スポーツの試合の名場面を「NFT化が可能なコレクティブアイテム」にして販売する「PLAY THE PLAY」を新規事業として立ち上げて感じたのは、コンテンツ販売やコンテンツの権利に関する新しいビジネスモデルが広がるということです。例えばこれまでのスポーツビジネスでは「一試合=一コンテンツ」として映像の利用権が売られ、それを放送・配信メディア事業者が視聴者に届けていくというのが基本的なビジネスモデルでした。そこに、NFTの技術を使って所有履歴を明確にしたコレクティブアイテムとして、スポーツのハイライト映像を使ったデジタルアイテムを、生活者に直接届けることが可能になりました。デジタルアイテムを購入した生活者は、それをコレクションすることもできるし、また仲間やファン同士でトレーディングすることもできます。映像の権利元にとってはこれはこれまでにない映像コンテンツビジネスの形であり、ファンにとっては新しい体験です。こうした中で、コンテンツの権利環境を整備していくと同時に、一つ一つのコンテンツにどのような価値をもたすことができるか。それを考えていく必要があると思っています。

「IP」と「ID」を二つの軸としたビジネスモデルを

田代
今年2023年はどのような年になっていくか。それぞれの見通しをお聞かせください。

矢嶋
これまでのデジタルメディアの変遷を見てくると、おおむね5年の間に一度大きな転換期が来ていることがわかります。その時代ごとに、デバイスや通信、そして記録媒体容量が変化することに伴い、異業種のプレーヤーがインターネットビジネスやメディアビジネスに参入し、大きく成長しています。具体的には、インターネットが一気に普及したのが1996年頃でした。そこから2000年頃までの5年間がインターネット創成期で、中心的なデバイスはPCでした。その後の01年から06年頃までは、モバイル活用が大きく拡大し、同時にインターネット回線がブロードバンド化した時期です。それによって、通信環境でコンテンツを楽しむという新しいスタイルが生まれました。ゲームビジネスが伸長したのがこの時期です。

続く07年頃から12年頃までの間は、スマートフォンとソーシャルメディアの時代です。その二つが普及したことによって、人々のコミュニケーションのあり方が大きく変わりました。さらに12年頃から17年頃までの間で通信容量がいっそう拡大して、YouTubeを始めとする動画コンテンツを閲覧するメディア接触行動が活性化しました。広告マーケティングにおいても、動画の活用が広がりましたよね。そして17年頃から22年までの間に普及したのが、コネクテッドTVとデジタル決済です。

この「5年周期の法則」に基づいて考えれば、今年2023年は新しい5年間のスタートの年に当たります。ここ最近のテクノロジーの変化を見てみると、メタバースは注目すべきトピックであり、業種を超えて新しいプレーヤーが登場してきています。また、広告ビジネスにおいては、ECプラットフォーム広告も大きなビジネスとなってきております。これらの変化の兆しも考慮していえば、これからの5年間は、おそらく「Web3の時代」になるのではないかと思っています。そこで私たちが誰をパートナーとし、どのような挑戦をしていくか。それが試されることになると思います。

安本
Web3時代のメディアビジネスに参入するプレーヤーは、大きくゲーム系、SNS系、独立系に分けられます。それに加えて、新しい形のプラットフォーマーが生まれるかもしれません。私たちはどの立ち位置でWeb3に関わっていけばいいのか。場合によっては、自らプラットフォームを運用するくらいのチャレンジもありうると思います。

桐明
安本さんがおっしゃる通り、プラットフォームの上にコンテンツを集めて、権利関係を整理した上でユーザーに届けていくコンテンツアグリゲーターとしての役割を目指すのも一つの方向性だと思います。「PLAY THE PLAY」では、IP(知的所有権)をもっているプレーヤーの皆さんとの信頼関係によって、権利の利用を許諾していただくことができました。そのような動きを強化していく一方で、自らIPホルダーになる道も探っていく必要があると考えています。

矢嶋
Web3の時代にコンテンツがより重要になっていくことは間違いありません。コンテンツのIPの価値をプラットフォームによって最大化していく。それがWeb3時代の一つのモデルになると思います。桐明くんが言うように、パートナーのIPを活用する権利を持つか、あるいは自らIPを持つことが私たちにとって重要になっていくでしょうね。

加えて、私たちの武器になるのがIDです。生活者に関する広範なデータと、クライアントやメディアのファーストパーティデータを組み合わせて、IDの価値を拡大していくこと。それは私たちのような総合広告会社グループにしかできないことです。IPとIDを二つの軸として戦っていくことが、これからの私たちのスタイルになるはずです。

田代
私たち自身にも、新しい5年間に対応するための変化が求められそうですね。

矢嶋
そのとおりです。Web3の時代は、これまでのインターネットの中央集権型モデルが分散型モデルに大きく変わる時代です。その時代に求められるのは、自ら変化していくことです。メディアイノベーションラボに参画しているDACの正式社名は「デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム」ですが、同じ頭文字をなぞってディセントラライズド・アドバタイジング・カンパニー(分散型広告会社)というような要素を含む事業展開もこれからは必要になるかもしれないですね(笑)。

田代
そのくらいの変化が必要ということですね(笑)。

メディアのプロフィットをデザインする存在として

田代
最後に、2023年にかける意気込みをお聞かせください。

桐明
僕は現在シリコンバレーで活動していますが、アメリカで実現していて日本にはないものはまだまだたくさんあります。そこからヒントを得て、現地のネットワークを活用してプロトタイピングによって検証しながら、日本におけるメディアビジネスに取り入れていく道を探っていきたいと考えています。
アメリカに来てこちらで長く活動しているある企業の方に、シリコンバレーに事業開発拠点を置くエージェンシーは、世界的に見ても珍しいのではないか?と言われました。また、世界的なデザイン・イノベーション企業のIDEOが同じグループ企業であることもあって、「新しい領域にチャレンジする会社」としての博報堂DYグループのレピュテーションを、米国発で作っていくことにも取り組んでいきたいと考えています。

安本
メタバースなどのデジタル空間における経済活動を実現していくこと。そのために、ブロックチェーンやAIなどの技術を活用していくこと。さらに、新しいIP戦略によって海外にも通用するようなコンテンツを生み出していくこと──。それらが当面の目標です。

これまでの経験から明らかになっているのは、新しい領域に挑戦すればするほど、広範なプレーヤーとのネットワークが生まれ、ビジネスの可能性が拡大していくということです。博報堂DYグループが掲げている「パートナー主義」を大切にしながら、さまざまな協業にチャレンジして、レバレッジを実現し、新しい価値を創出していきたい。そんなふうに考えています。

矢嶋
私が博報堂DYメディアパートナーズの社長に就任したときに皆さんにお話ししたのは、「メディアのプロフィットデザインをする会社」を目指していこうということでした。
媒体社が収益を上げるモデルは、時代やテクノロジーの進化とともに変わっていきます。環境変化に合わせてプロフィットモデルをデザインし、媒体社に寄り添って、収益の最大化を支援すること。それが私たちの役割であり、メディアエージェンシーのあり方であると考えています。「新しい5年」に入っても、その役割自体は変わりません。しかし、プロフィットデザイン自体は大きく変わっていくでしょう。次の5年をどのようにデザインし、私たち自身も媒体社の皆さんとともに成長していくか。2023年はそれが試される1年になると思います。

田代
今までにないものが生まれる「新しい5年」を迎える。そう考えるととてもワクワクしますね。

矢嶋
メディアやコンテンツの可能性は、デジタルデバイスとインフラの進化と共に、これまで以上に拡がっていると感じています。こうした中、当社はメディア・コンテンツ企業と共に新しいパートナーシップのあり方や様々なビジネスモデルを模索し、生活者、そして社会全体をよりよい方向に向かわせる取り組みを進めていきます。今年もご期待下さい。

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。


矢嶋弘毅
博報堂DYメディアパートナーズ 代表取締役社長


安本純毅
博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター センター長

桐明 眞之
博報堂DYメディアパートナーズ
イノベーションセンター ビジネスデザインディレクター
(WiLシリコンバレー駐在)
2006年博報堂入社。PR戦略局に所属し、官公庁・企業の情報戦略の策定・コーポレートブランディングなどを担当。2011年には震災対応として内閣官房広報アドバイザーも担う。
2015年博報堂DYメディアパートナーズ社長秘書役等を経て2020年4月より現職。プロスポーツのライツを扱うNFT事業PLAY THE PLAY事業の開発をリードした。現在は米シリコンバレーに駐在し、メディア・コンテンツ領域の新規事業開発を担当している。

田代 奈美
博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局メディアインテリジェンスグループGM兼Media Innovation Lab

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