コラム
Media Innovation Lab
グローバル視点でイノベーションを加速する時代に──メディアイノベーションラボ新春企画【Media Innovation Labレポート38】
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メディアビジネスのイノベーションに関わる情報の収集と発信を続けているメディアイノベーションラボ。その新春恒例の座談会をお届けします。今回は、シリコンバレーと東京の2拠点で活動するベンチャーキャピタル・WiLのCEOである伊佐山元さんをお招きし、博報堂DYメディアパートナーズの矢嶋弘毅社長、同イノベーションセンター長の安本純毅とともに、テクノロジーやイノベーションの現状や、日本が目指すべき方向性について語り合っていただきました。

伊佐山 元氏
WiL Co-Founder/CEO

矢嶋 弘毅
博報堂DYメディアパートナーズ
代表取締役社長

安本 純毅
博報堂DYメディアパートナーズ
イノベーションセンター センター長

インフレとの戦いが続いた1年

安本
投資家としていろいろな企業とともにイノベーションを目指している伊佐山さんから見て、2023年はどんな年でしたか。

伊佐山
まずマクロな視点からお話しすると、欧米ではインフレとの戦いが続いた1年でした。とくにアメリカでは、数カ月でガソリン価格が倍近くになるほどのインフレが進み、政府は金利を上げることでそれを抑制しようとしました。そのあおりを受ける形で、シリコンバレー最大の地方銀行であったシリコンバレーバンクが経営破綻したのが3月のことです。幸い、政府が積極的に介入することで地銀破綻の連鎖は免れましたが、現在の高金利は今後もしばらく続くと見られています。金利が高いとベンチャー企業の資金調達が難しくなり、企業価値が下がるという現象が起きます。ベンチャーがここを乗り切るためには、収益性をあらためて見直し、より健全な経営を進めていく必要があります。

安本
日本は低金利を維持したままということもあって、欧米ほどのインフレは起きていません。しかし、国際的な政情不安の影響でエネルギーや食料などの価格は上がっています。

伊佐山
ウクライナ情勢の影響が大きいですよね。加えて、10月にはイスラエルで紛争が起きました。ご存知のとおり、イスラエルは先進技術大国です。この紛争はアメリカの技術コミュニティ、金融コミュニティに非常にネガティブな影響を与えかねないと思います。その余波が早晩日本にも及ぶかもしれません。

Web3.0の流れを変えた生成AI

安本
技術の面で見ると、生成AIの活用が一気に広がった1年でした。

矢嶋
2021年の秋くらいから大手プラットフォーマーの株価に影響が出て、各社でリストラが進んでいるという報道もありました。このままプラットフォーマーの成長が停滞するのではないかという見方もありましたが、生成AIによってその流れが一変したように思います。プラットフォーマー各社が生成AIに積極的に取り組むことによって、プラットフォームの力があらためて示されています。

安本
Web3.0の時代には情報管理が分散化し、データや情報の主導権はプラットフォーマーから生活者に移ると言われていました。その流れが変わったということですね。

伊佐山
AI開発には莫大な資金が必要です。プラットフォーマーが資金力によってAIシーンを牽引しているのが現状だと思います。AIベンチャーの多くも、プラットフォーマーと連携することで成長を目指すシナリオを描いています。

もっとも、生成AIはまだ黎明期にあると思います。世の中をよくしていく可能性がある一方で、危険性も大いにあるのが今のAIです。現在、欧米政府がAI活用のルールやモデルづくりを進めています。ルールが確立した後で、どのようなプレーヤーが生成AIの主導権を握っていくのか、今のところは未知数と言っていいと思います。

Web3.0に関して言えば、データ活用や情報管理が分散化して民主化するというのは、僕はいくぶんナイーブな議論だと思っています。人間は基本的に煩わしい事にはネガティブであり、情報やデータ管理のリテラシーがある人も決して多くはありません。ですから、プラットフォーマーがつくる仕組みはこれからも多くの人にとって有用であり続けると思います。個人データはもちろん厳格に守られる必要がありますが、プラットフォームが提供するサービスの価値がなくなることはない。それが僕の意見です。

矢嶋
メディアやコンテンツビジネスの分野を見ると、放送局やコンテンツベンダーの合従連衡が進んでいます。やはり、この領域でも小規模なベンチャーが生き残っていくのは難しいのでしょうか。

伊佐山
コンテンツビジネスの場合、コンテンツの制作や発信自体にはそれほどお金はかからなくなっています。しかし、コンテンツの数が溢れかえっている中で、質の高いものをつくろうと思えば、やはりお金はかかります。大手映画スタジオや新興のサブスクリプション事業者が莫大な制作費を投じてつくったコンテンツにベンチャー制作のコンテンツが勝てる可能性はかなり低いと思います。結果、合従連衡が起こって、強いプレーヤーがいっそう強い力を持つ。そんな現象が生まれています。

矢嶋
日本でも、資本力もありかつ映像コンテンツ制作のメインプレーヤーである民放局がグローバルでの配信を前提としたコンテンツ制作に注力し始めています。一方で、アニメやマンガを中心としたサブカルチャー系の新興勢力としてのVTuberプロダクションがスタートアップとして大きく成長しユニコーンとなったり、この領域に放送局の参入も行われています。デジタル時代の新しいコンテンツの在り方として、こういった動きが今後の日本のコンテンツ産業の形を創っていくのかもしれません。

世界に目を向ければポジティブになれる

安本
日本企業のAI活用の現状を伊佐山さんはどう見ていますか。

伊佐山
他社を圧倒的に引き離している企業は今のところまだないと思いますが、海外での事業比率が高い会社ほど、AIを自社の事業や製品に適用するスピードが速いように感じます。AIを使わざるを得ない環境に置かれているということですね。

安本
やはり国外に目が向いている企業の方が、新しい時代への適応力があるということなのでしょうか。

伊佐山
そうだと思います。僕が一番懸念しているのは、日本国内で流通している情報だけに接していると、どうしても悲観的にならざるを得ないということです。人口が減り、円安が進み、給料も上がらない。GDPも世界4位に転落しようとしている。日本はもうだめなんじゃないか──。そんなふうに考えている日本人は少なくないと思います。

しかし実際には、これだけ社会が安定していて、人々がこれだけ勤勉で、これだけサービスや技術のクオリティが高い国はそうそうありません。僕は今回2週間の滞在予定で日本に来ていますが、アメリカで働いている社員を約30人連れてきました。みんな言っていますよ、「日本はすごい国だ」って。

僕が日本の企業経営者やビジネスパーソンの皆さんにぜひお伝えしたいのは、もっと世界に目を向けてほしいということです。
そうすれば、日本のよさを客観的に見ることができるし、きっと今よりも前向きな気持ちになれるはずです。海外の情報に接して、海外でのビジネスの可能性を積極的に模索してほしい。そう思います。

安本
これまでも、アニメやマンガを中心とした日本のコンテンツの評価は非常に高かったわけですよね。AIのような最新技術を使うことで、日本のコンテンツビジネスがさらに海外で成長できる可能性は大いにあるのではないでしょうか。

矢嶋
あると思います。同時に、コンテンツそのものの可能性も追求すべきだと僕は考えています。コンテンツの種類は、大きく6つくらいに分けられます。「ニュース・報道」「情報バラエティ」「映画・ドラマ」「アニメ」「音楽」、そして「スポーツ」です。今のところ、日本が海外で勝負できるコンテンツはアニメと映画くらいだと考えられていますが、例えば、大相撲のようなユニークなスポーツコンテンツは、海外でも受け入れられる可能性が高いと思います。

伊佐山
コンテンツと呼ぶべきかどうかはわかりませんが、ゲームや食文化も世界で勝負できる分野ですよね。世界に打って出ようとする際に障壁となるのは言葉ですが、AIの進化で翻訳や通訳はほぼ自動化しています。これは大きなチャンスです。テクノロジーを上手に活用して、海外で戦えるビジネスモデルをぜひつくってほしいですね。

リモートワークを前提としたグローバル展開

矢嶋
コンテンツの世界展開は、アジアではこれまで韓国が先行してきました。しかし日本にも、映画業界や音楽業界を始めとして、世界で勝負しようという志を持つ人が増えてきています。

伊佐山
スポーツの世界でも、大谷翔平選手のような素晴らしいプレーヤーが活躍するようになっていますよね。スポーツの世界では、日本人は欧米人には絶対叶わないと長く言われてきたわけですが、その常識が大きく変わっています。スポーツ、映画、音楽などの分野に限らず、どんどん世界に出てトライすべきだし、トライしようとする人たちを応援すべきだと思います。

矢嶋
ビジネスの世界でも、伊佐山さんのように海外にチャレンジする人が出てきてほしいですね。

伊佐山
僕が特別ということではなくて、本来は誰でもチャレンジできるはずなんです。
日本人にはできないと決めつけられてきた時代が長かったから、あえて挑戦しようと思わない人が多いというだけです。まずは、その思い込みを捨てる必要があると思います。

矢嶋
プラットフォームやデバイスは多くの国で共通のものが使われるようになっています。そのような基盤があることは、日本人が海外に出ていく好条件と言えそうですよね。

伊佐山
もう1つ、好条件と言えるのがリモートワークの定着です。パンデミックを経て、出社しない労働形態が世界中で一般的になりました。日本企業が世界に進出する場合、これまでは海外の国にオフィスを構えて、そこに社員を常駐させることが必要でした。しかし、リモートワークを前提とした会社形態にすれば、オフィス自体が必要なくなります。シリコンバレーには生成AIのスタートアップが4000社ぐらいありますが、そのほとんどがオフィスレスの企業です。社員は世界中にいて、1年に数回フェイストゥフェイスで会う機会を設けています。つまり、「海外で働く」ことと「海外に住む」ことはすでにイコールではなくなっているということです。
東京にいても北海道にいても九州にいても、海外市場に向けて商品やサービスを届けられるわけです。もちろん、海外になんらかの拠点は必要になると思いますが、大規模なオフィス展開は必要ないし、僕たちのようなベンチャーキャピタルをパートナーにして拠点を借りるという方法もあります。

仕事は「ハイテク」と「ハイタッチ」に二極化する

矢嶋
生成AIが普及する中で僕が強く思うのは、これからの仕事は二極化していくだろうということです。未来学者のジョン・ネズビッツや経営学者のフィリップ・コトラーが提唱した「ハイテク・ハイタッチ」という考え方がありますよね。一方の極に高度な技術を活用する「ハイテク」の領域があって、もう一方の極に人間的な技能やサービスが価値を生む「ハイタッチ」の領域がある。その考え方があらためて見直される時代になってきたように思います。人間が担うべきなのはハイテクの仕事かハイタッチの仕事で、その中間にある多くの仕事はAIに代替されるようになっていくのではないか。伊佐山さんはどう思われますか。

伊佐山
同感です。日本の大学生や高校生の中には、テクノロジーや数学などの世界大会で上位入賞する人たちがたくさんいます。そういう若い人たちが成長し、活躍できる環境をつくることによってハイテクの領域を伸ばしていくことができると思います。一方のハイタッチは、日本文化に根差したアナログな領域です。外国人が日本に来て感動するのは、多くの場合この領域です。ハイタッチにも日本の強みが大いにあると言っていいと思います。

矢嶋
ハイタッチの領域には国民性や職人的技能が含まれるので、AIやロボットにはリプレイスされないということでしょうね。これまでブルーカラーと呼ばれてきた職業の中に、実はハイタッチ的な価値を生み出す仕事が数多くあります。

安本
いわゆる匠の領域ですね。

伊佐山
2023年の前半、シリコンバレーは台風がとても多かったんです。台風で電線が切れるとパソコンが使えなくなるし、スマートフォンも充電ができなくなります。また、街路樹などが倒れると車も通行もできなくなります。そういうときに力を発揮したのが、電線を直せる人や倒木を処理できる人たちでした。つまり、専門的な技能をもった職人ということです。災害時に彼らがいなければ、AIエンジニアやコンピュータサイエンティストは何一つすることができません。まさに代替の効かない仕事だと思いました。

安本
AIによってリプレイスされる仕事は何で、リプレイス不可能な仕事は何か──。そんな議論が起きたのは7年ほど前でした。生成AIの時代になったことで、あらためてその問いに向かい合う必要があるのかもしれません。

伊佐山
そう思いますね。ハリウッドで行われた大規模なストライキは、まさに生成AIの活用が1つの争点になっていました。あのストライキによって、映像制作のプロがいないと映画もドラマもつくれないことが明らかになりました。生成AIの浸透が、逆に匠の存在の大切さを浮き彫りにしたということです。

日本発のベンチャーが世界で成功する道筋を

安本
これからの10年の見通しをお聞かせください。

伊佐山
ベンチャー経営を社会のメインストリームにしていくためのブランディングの10年であると考えています。日本では、ベンチャー企業は長らく傍流的な存在でした。しかし最近になって、政府もユニコーンを将来的に100社まで増やしていくという方針を掲げています。おそらく、今後はベンチャーに優秀な人材がどんどん集まってくると思います。とはいえ、1兆円規模のベンチャーが何社も生まれるということにはすぐにはならないでしょう。

今後必要になるのは、ビジョンや世界観を変えることだと思います。日本語圏に閉じられてきたビジネスを広く海外に開いていくビジョン、世界で勝負するビジョン。そんなビジョンをもってビジネスプランをつくっていける人材を育てるお手伝いをしていきたいと思っています。

安本
博報堂DYグループへの期待もお聞かせいただけますか。

伊佐山
グループ内にベンチャー的な文化や気質を育てていくと同時に、現在進めているベンチャー支援の取り組みにもいっそう力を入れていただきたいですね。日本に住んでいてもグローバルビジネスはできる──。そんなメッセージをグループ内外に発信して、日本発のベンチャーが世界で成功する道筋をつくってほしい。そんなふうに思います。

矢嶋
この10年ほどの間、博報堂DYグループはWiLと一緒に仕事をさせていただいてきました。しかし、グローバルを舞台にした協業が本格化するのはこれからだと思っています。僕たちが海外を積極的に目指そうとするときに、WiLがもっている投資家やベンチャーのネットワークはたいへん有用です。ぜひこれからもパートナーとして、ともに世界で勝負していきましょう。

伊佐山 元氏
WiL Co-Founder/CEO

矢嶋 弘毅
博報堂DYメディアパートナーズ
代表取締役社長

安本 純毅
博報堂DYメディアパートナーズ
イノベーションセンター センター長

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

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