コラム
吉田弘×篠田裕之 AaaSTechLab対談
新たなイノベーションを可能にする組織と考え方とは?
博報堂DYグループの掲げる広告メディアビジネスの次世代型モデル「AaaS(Advertising as a Service)」の実現を目指し、従来の広告ビジネスやメディアコンテンツを革新するためにテクノロジーの可能性を探求するチーム、AaaSTechLab。
その公式ウェブサイトが2023年、世界的なデジタルマーケティングアワードであるw3 Awards 2023のWebsite Features – Best Art Direction部門において銀賞を受賞しました。それを記念して、リーダーである篠田裕之と、元メディア環境研究所所長で長らくイノベーションセンター(シリコンバレーオフィス)エグゼクティブディレクターを務めた吉田弘が対談。イノベーションを生み出す組織の在り方やAaaSTechLabの役割と目指すべき方向性などについて語り合います。
■研究開発機関であり、現場ソリューションも手掛けるAaaSTechLab。
篠田
僕が現在リーダーを務めるAaaSTechLabには10人くらいのメンバーがいて、僕を除く全員が入社1~5年目の若手です。全員データサイエンティストであり、自らプログラミングしメディア・コンテンツを企画・開発する集団でその点がエッジです。年次も近いのでフラットな関係ができているのですが、多様性には欠けるとも言えます。一方、僕が2011年から2014年まで所属していたメディア環境研究所は、年次も出自も多様なメンバーが集まっていた印象です。吉田さんは当時所長を務められていましたが、メンバー構成においてどういったことを意識されていましたか。
吉田
メディア環境研究所が創立した2004年から私が3代目所長を務めていた頃というのは、創立からさほど間もなく、さまざまな出自の人がさまざまな経緯で参加することになっていたので、実は特に何かを考えていたわけではないんです(笑)。でもその後しばらくして、確かに多様性が必要だという認識は出てきて、「変わったやつを1人連れてこよう」という話になり入ったのが篠田だった(笑)。当時のメンバーを振り返ると、確かに多様性に富んでいて、新しいコンセプトなどを生むスタッフィングとしてはよかったのではないかなと思います。
篠田
そうでしたか(笑)。継続的に行う生活者への密着調査や、年に1度開催されるフォーラム※に向けての共通プロジェクトはありつつも、各自がそれぞれのテーマを追求していましたよね。中長期的な取り組みと、各自の単発の取り組みのバランスがすごくよかったなと思います。ちなみに僕はデータビジュアライズをやってみたくて、当時大ヒットしていたドラマが世の中にどんな風に波及していったか、SNSデータを使って可視化するというプロジェクトに挑戦しました。ほかの方のプロジェクトもそうでしたが、調査結果を単純に集計した数値で見せるのではなく、その後の情報発信の際や、世の中に出ていったときに、いかに面白いと思ってもらえるかが念頭にあったように思います。
(※メディア環境研究所フォーラムは、現在は年に2回開催しています)
吉田
確かに、社会に何かを訴えていくというよりも、それぞれが直感で面白いと思ったものを追求していくという姿勢でした。フォーラムでも大きな一つのテーマは設定するけど、あくまでも各自の視点でアイデアを持ち寄ることを重視していましたね。
僕は博報堂の研究開発局在籍していた時もありましたが、広告会社としてR&Dをやるということは、何かプレゼンスをつくるとか評判をつくるというのも役割の一つなのかなとも思います。世の中の課題に対して真正面からの話だけをしても面白くはないわけで、あくまでも少しはみ出るところに軸足を置くというのが正解なんじゃないかと思います。
篠田
同意です。プレゼンスを高めるための情報発信に関しては今回のw3 Awardを受賞したAaaSTechLabのサイトにおいて各自の実験をテックコラムとして発信することをチーム発足当初から続けており、このサイト自体が真正面なデータサイエンスから少しはみ出る実験の場となればよいなと思っています。ただ、今後は例えばリアルの場含め、より実験や発表機会を拡張していきたいと考えています。現時点では各メンバーそれぞれが個別でセミナーやイベント登壇などがあり、チームとしてまとまった機会はないのですが情報発信に関してアドバイスはありますか。
吉田
正論になってしまうけど、やっぱりフックになるような面白いプロダクトがまずあれば、情報発信のやり方はいくらでも出てくると思います。アウトプットが面白ければ、いろんなところで話題になるはず。噂が噂を呼んで、そこからまた反響が広がっていくこともあります。実際にメディア環境研究所にいた当時は、フォーラムで発表した内容がきっかけで国内外から取材を受けたり、講演を依頼されたりしていました。
篠田
なるほど。もしかしたらAaaSソリューションの開発やクライアント業務がフックになるかもしれませんし、プラスアルファで、自分たちAaaSTechLab起点のプロジェクトをフックとして増やすべきなのかもしれません。実験の質を高めてかつアウトプットも増やす工夫についても、のちほどお伺いさせてください。
■ノイズを入れないクローズドなコミュニケーションとモックを作って積極的にオープンに世に問うこと
篠田
AaaSTechLabはあくまでデータサイエンティスト集団というエッジをベースにしたチームの成長を目指しています。つまり基本的にはストラテジックプラナー、ビジネスプロデューサー、クリエイティブなど他職種の方々は定常的にチームにジョインいただくというよりは、有機的にその時々で連携するというような関わり方を模索しています。吉田さんはシリコンバレー在住時にアメリカのさまざまな組織を間近で見てこられたと思いますが、どういうチームに関心を持ち彼らはどのようなチーム運営をしていましたか?
吉田
エージェンシーが手掛ける開発についてはあまり詳しくありませんが、メガエージェンシーではエンジニアを何百人も抱えていて、アメリカ、インド、ヨーロッパと24時間体制でやっているような印象です。シリコンバレーのある大手プラットフォーマーに関して言えば、10人くらいのチームで1週間くらいかけて、外のノイズが入らない合宿のようなミーティングを重ねる。そういう意味では広告会社のプロジェクトと似ています。面白いのは、最初に目指す成果物をイラストでざっくり描いてみて、1日くらいでモックをつくったら、次はどんどん人に見せて「こういうものがあったら使いたいか」「どういう機能があるといいか」などをインタビューし、ブラッシュアップしていくんです。いわゆるデザインシンキングを実践していますね。
日本人は最初から完璧を目指そうとしてしまうけど、彼らは「Fail early. Fail often.」(早く、たくさん失敗しろ)という考え方のもと、とにかくアイデアを出してモックをつくり世に問うていく。
多くの企業が大なり小なり同じようなメソッドで開発しています。
篠田
クローズドに進めるフェーズとオープンにするフェーズが明確ですね。
今のお話をお聞きして2つ思ったことがあります。
まずは合宿のような密なコミュニケーションについて。僕らのチームは4人からスタートして今は複属あわせて11人いますが、アイデアブレストやミーティングの時間は4人だった当初よりも今のほうが格段に圧縮されました。それはそれでシステマティックな効率化がうまくいった側面もありつつ、果たして当初の雑談のようなカオスな空気は効率化してよかったのだろうかということ。チームのコミュニケーションに効率を度外視して時間をかけることで目の前の具体的な判断だけではなくもっと抽象的な価値観の共有ができ、結果的に開発スピードが上がり質も上がるのかもしれないということ。
もうひとつは、開発スタイルと情報発信について、今後開発していきたいアウトプットをティザー的にどんどん先に世に出すのも面白いかと思いました。ところで吉田さんが見てきたチームはエンジニアは若い世代が多いですか?
吉田
次々と新しいプログラミング言語が出てくるので、それに対応できるとなると必然的に若い人が多くなります。またアメリカではプロダクトマネージャーや管理職よりもエンジニアの方が給与面でもかなり優遇されていることが多いです。
意思決定も大事だけど、実際にものをつくれる能力に重きが置かれているという証左ですね。ちなみにAmazon には「ピザ2枚ルール」というのがあって、チーム編成にはランチや残業時にピザ2枚を配り切れる人数がアジャイルに機能できるし効率的だと言われています。
篠田
今のAaaSTechLabがまさにその規模感ですね。
個人的にはたしかに今の人数くらいが開発しやすいですしこのチームの成長に必ずしも人数規模の拡大が必要とも感じていません。ただ先程のお話で、モックを作ったときに壁打ちができる外部があるというのは重要だと思いました。社内のプロダクトごとに該当する他部署なのかクライアントなのか外部の研究機関なのか。僕らみたいなチームに対するアドバイザリー的存在のあり方についてはどう思いますか?
吉田
シリコンバレーの開発メソッドのように、スピーディにプロダクトをつくってヒアリングするというサイクルを回していくのであれば、アドバイザリーという存在は必ずしも不可欠ではないと思います。ただ、もしそういう存在がいたとして、その人は差配はするにしても、シリコンバレー的に言う「Yes, and」を重ねていくべきだと思います。つまり、「Yes, but」だとそこで話が終わってしまいますが、「Yes, and」でつないでいけば会話が盛り上がり、何かが生まれる可能性が出てくるということです。
■AIの進化と世の中の変化
吉田
ちなみにAIも含めて、なぜ多くのイノベーションがシリコンバレーから生まれるのかを考えてみたことがあります。その鍵は、実はあの気候にあるんじゃないかと思っていて。
篠田
…というのは?
吉田
たとえばAI研究の第一人者であるヒントン教授はトロント大学のですが、愛弟子の多くは、カナダを離れていて、いまはカリフォルニア、シリコンバレーのOpenAI社にいたりします。空が青くて天気がいいカリフォルニアがいいんではないかと思ってます(笑)。そして優秀な人が集まれば、高度な情報交換も起こりやすくなる。またスタンフォード大しかりUCバークレーしかり、人材を輩出する機関や資金を拠出するVCが多く存在するなど、イノベーション、新ビジネスが生まれる素地ができています。
篠田
快適な気候のもと、OB含めてクローズドなコミュニティが成立しているということですね。
吉田
それから、各社ともオープンスペースをつくって、外からも人が集まって井戸端会議ができるような環境を大切にしています。結局いいアイデアは、会議室ではなくてコーヒーを飲むような休憩スペースで生まれることが多いとも言われていますから。コロナ禍で一気にリモートワークが普及したけど、シリコンバレーのプラットフォーマー大手は割と早くから、出社させる態勢に戻していました。
篠田
目的をもった集まりではなく、休憩中の雑談の中のほうが、意図せずアイデアが生まれやすいというのはすごくよくわかります。
先程OpenAIについての話が出ましたので、AIについてもう少し議論したいと思います。現在、ChatGPTなどの生成AI含め、AI全般で主流のアプローチは、世の中のありとあらゆる知識を収集して学習するか、強化学習にみられるように行動に対する報酬を学習するという手法ですが、それは人間本来の学習アプローチに即していない、あるいは十分ではないと主張しているのがヤン・ルカン氏ですね。
たとえば人間は、実際の行動だけではなく観察でも学習するし、世の中の網羅的な知識を必要とせず自分の周りの世界における現象を通して知識を得ていきます。彼はAIもそのようにしてこそ発展すると考えているようです。吉田さんはどう思いますか。
吉田
AIはベースのアルゴリズムによる進化と、コンピューティングパワーによる進化の両側面がありますよね。で、正直アルゴリズムは昔からそれほど変わっていなくて、圧倒的にコンピューティングパワー、データやリソースの量の力で進化してきた。そろそろまったく違う側面から、何か新しいものが生まれるような予感はしています。
篠田
ただ、次々と生成AIの新技術が出てきて各社から個別具体には活用事例を目にすることは多いですし、自分たちも取り組んでいるものの、現在はまだ予兆段階のように見えます。
吉田
たとえばCRMのメールマーケティングのような仕事においては、どんどん生身の人間からAIに切り替わってくると思いますよ。圧倒的に効率がいいから。
それから、うちのような広告会社では、絵で説明することでアイデアの共有がすごくしやすくなることもある。もちろん最終的なアウトプットはもちろんクリエイターの仕事になりますが、ミーティング段階でのイメージ共有においては、AIの力を借りればスピードが速くなるかもしれませんよね。
篠田
そうすると生活者は生成AIの成果を直接目にするということではなく、知らずしらず各々の産業の裏側で活用されていった結果、世の中が変化していくのかもしれませんね。
■「スキル」×「チャレンジ」が両立して初めて新しい何かが生まれる
篠田
話をメディア環境研究所に戻してチーム運営についてお聞きしていきたいと思います。フォーラムのテーマはどう決めていましたか。
吉田
最初の合宿でなんとなくぼんやり見えてきたものを、週一回くらいの会議でどんどん高めていくという感じでした。合宿で大事なのは、なるべく外の人との接触を絶つことだと思います。チームだけのクローズドな環境で一気に詰めていく。何も激しく議論しなくちゃいけないわけじゃなくて、ゆるいおしゃべりみたいなものでもいいんです。
篠田
確かにメディア環境研究所は、フラットで発言しやすい環境でした。
吉田
決して誰かの意見を否定することはなかったと思います。宿題を出すと本当にそれぞれバラバラのものが集まってくるんだけど、どんなアイデアでも「そういう風な考えがあるんだ」と受け止めていました。ただ、面白さがあっても技がなければ意味がありません。そのバランスをどうつくっていくかが大事なのかなと思います。
ここでチクセントミハイという、ハンガリー出身の消費者行動の研究者が提唱した「フロー理論」を紹介させてください。
この理論によると、スキルとチャレンジをマトリックスにします。
スキルもなくチャレンジもなければ「無関心」になるし、スキルがあってもチャレンジがなければ「退屈」になる。チャレンジしたいと思ってもスキルがなければ「不安」で、スキルもあるしチャレンジもできると「フロー」、つまり一種のドライブがかかる状態になれるんです。打ち合わせ一つとっても同じことが言えて、初回の打ち合わせでは、ぼんやりしていたものが、チームのメンバーが材料を持ち寄って、何回目かのブレスト重ねて、これは面白いんじゃないかと盛り上がってきたときに、スキルも上がってチャレンジもできる状態になり、アイデアがたくさん出てくる。メディア環境研究所の合宿も、そういう状態が確かにあったと思います。
篠田
これは個人にもチームにも言えることですか。
吉田
はい。そしてまさにこの理論が当てはまるのが、R&Dだと思う。結局スキルとチャレンジがフローの状態にならなければ何も新しいものは生まれないと思います。個人のスキルとチャレンジ、チーム全体としてのスキルとチャレンジをいかにUPさせるかが求められるわけです。僕が「フロー理論」について知ったのは20年以上前のことですが、まさにその通りだと膝を打ちました。個人の成長と、チームの目標をどう設定するかが肝要だと思います。
篠田
確かにそうですね。いまは新しい技術が出てくるスピードが早く、データサイエンティストは、再学習を通してスキルを拡張していく実感は得やすいと思います。そういうなかで、いかに個人のスキル成長の先にあるチーム全体のチャレンジをつくって、見せてあげるかも必要ということですね。
吉田
仮にプロダクトをつくるとなっても、最初に面白いものがイメージできないとチャレンジしようという気持ちも湧いてきませんから、テーマ設定の仕方は肝です。 ある技術が面白そうだから取り組んでみようといっても、それだけだとスキルを伸ばすだけになってしまう。そこからどういうアウトプットがつくれるかを考えることがあくまでも重要です。
篠田
なるほど、よくわかりました。
今回は組織論や開発テーマ設定など、AaaSTechLabにも活かせそうな、非常に参考になるお話をたくさんしていただけました。
ありがとうございました!
吉田弘
博報堂DYメディアパートナーズ
イノベーションセンター所属
篠田浩之
博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局 データテクノロジー部
AaaSTechLabリーダー