コラム
ALL ON AI時代がやってくる! CES2024レポート @メ環研の部屋
世界最大級のテクノロジー展示会「CES」。2024年は1月9~12日に開催され、AIがメインテーマとして大きく取り上げられました。
この記事では、メディア環境研究所ならではの視点で、2024年のCESを振り返ります。キーワードはAIを通じた「Experiences」=顧客体験の設計。ChatGPTの登場から1年以上が経ち、実用レベルに進化したAIが私たちの生活を変えていく……。現地に足を運んだメディア環境研究所 所長の島野真と、グループマネージャー兼上席研究員の山本泰士がそんなヒントをレポートします。
CES2024は「AI、AI、、またAI」
出展者数・来場者数ともに伸び、世界中の人々でにぎわうCES2024。話題の「モノ」だけにとどまらず、会場全体を通じて各種産業や企業が未来に向けて示した論調やコンセンサスなどの「コト」の理解についてお伝えしていきます。
CES2024のメインテーマは「ALL ON」でしたが、会場の様子はまさにAI一色。家電メーカーから自動車までAIに満ちた会場の様子を、海外メディアのCNNビジネスは「AI, AI and more AI」と表現するほど。
上の画像はSamsungが会場に掲出していた広告です。AI for Allに続く「Experiences(顧客体験)」が大きなポイントと言えるでしょう。全ての商品やサービスはAIを基盤として動き、顧客体験を革新していく。そんな動きが始まっています。
島野:AI個別のテクノロジーで優劣を競う段階は終わり、AIによって自社のサービスや商品の提供価値、さらには顧客体験をどう革新していくのかを問う。CES2024では、そんな号砲が鳴り響いていました。
コスメと小売に象徴される、生活者向けのAI活用例
AIが変革する生活体験を象徴していたのが、化粧品会社「ロレアル」と大手小売「ウォルマート」のキーノートスピーチ。特にロレアルについては、半導体や家電、自動車等ではない生活者向け消費財を扱う企業が「AIによって提供価値を変えていく」という強いメッセージを送り出していた点が印象的でした。
美容部員に相談するような体験をAIで実現するロレアルの「Beauty Genius」
Photo from CTA/L’Oreal
ロレアルはビューティ体験をAIで革新することを高らかに宣言しました。基盤になるのは、37のインターナショナル・ブランドと、接客データや顧客の肌情報など10ペタバイトにも及ぶ膨大な美容のデータベース。これらを活用したのが「Beauty Genius」というアプリです。
Photo from CTA/L’Oreal
「Beauty Genius」は美容部員と会話しているようなやりとりができるAIエンジンがスマートフォンのカメラを通じて肌や髪の状態を診断。そこから商品をレコメンドし、商品の使い方紹介からバーチャル画面でのシミュレーション、さらには購入まで一貫して利用できるもの。
プレゼンターであるニコラス・ヒエロニムスCEO は「Beauty Genius」は汎用的な対応をするチャットボットではなく、個人にパーソナライズされたAIエンジンで、顧客体験の変革であることを強調しました。
習慣を分析し提案するウォルマートの「買物の自動化」
世界最大の小売企業と呼ばれるウォルマートは、買物体験をAIで革新し、ストレスを減らしてより楽しいものにしようとしています。同社はこの動きを「買物の自動化」と表現しています。
その一例が、AIが買物の習慣を分析するデリバリーの仕組み。卵や牛乳のような高頻度で購入するアイテムに限らず、たまにしか買わないタイミングが推定しにくいような商品も届けてくれます。
山本:例えばお茶のパックやコーンフレークなどを我が家では気づくと切らしがちなんですが、そんなものも自動的に届けてくれるんですね。
Photo from CTA/Walmart
商品の検索内容に応じて、生成AIが最高の買物リストを提案する事例も紹介されました。たとえば、スーパーボウルの開催日に「チップス」と調べると、その日のパーティーを楽しむために他のフードやドリンク、さらには仲間とスーパーボウルを楽しむための新しい大型テレビさえも自動的に表示される、といった具合です。
山本:ロレアルとウォルマートの事例から、AIがもたらす生活の変化として「情報最適から生活快適へ」という動きが見えてきます。情報のデジタル化が進み個人に最適化された情報生活はいま実現されつつあります。今後生活のデジタル化に移行する中で、身の回りにいる相棒のようなAIが苦手や面倒を減らし、生活を「いい感じ」に引き上げ整えてくれる時代が近づいているのです。
AIとつながる家で暮らしも大きく変わる
ロレアルがビューティ体験を快適に、ウォルマートが買物体験を快適にしたように、AIが生活を楽しくすることは、他の領域にも拡大していきます。
実用化に近づくSamsungの「インテリジェントホーム」
Photo from CTA/Samsung
家での暮らしを変革する企業の一つがSamsungです。家電やスマートフォンなど様々な機器がすべてつながりAIとも連携。自動化・パーソナライズされた体験が家庭内に提供されることをプレゼンテーションしました。AIとつながったセンサーが家の中を見守ることで、いつもの生活習慣を学習。もし誰かが倒れていたりしたら、すぐに伝えてくれるといいます。
実はSamsungは、2020年のCESでも家の中の家電が連携し生活を快適にする「インテリジェントホーム」というコンセプトを掲げていました。昨年、Samsung以外のLGやハイアール、Vestelなどの世界の大手家電がスマートホームでの連携を発表。自社以外の家電ともつながり操作できる環境が整いました。このような環境を背景に、つながった家電とAIとが更に連携する未来はかなり現実味を帯びてきました。
LGはリアルタイムなデータを活かして差別化を狙う
同じく、韓国の家電大手であるLGはAIを「Affectionate Intelligence(愛情深い知性)」と位置づけ、人のことを考えた知性を用いて、あらゆる家電やクルマもつなげ、いつでもどこでも心地よい体験を提供することを重視。また「Zero Labor Home」という表現で、AIとつながった家による(家事などの)労働のない生活を目指しています。
Photo from CTA/LG
LGの最大の強みは、世界中で5~7億台もの自社製スマート家電製品があり、人の生活データ、身体的・感情的な生活パターンを収集している点です。インターネット上の一般的なデータにとどまらず、リアルタイムの生活データに基づくことで生まれる心地よい体験は、大きな差別化ポイントになるでしょう。
山本:家庭内のセンサーが体調を読み取りそこからAIが体調を心配して病院へアポイントを入れたり、1日の予定を調整したりするデモもありました。環境そのものがセンサーを持ち、AIとともにメディアやコミュニケーションの場となる。そんなふうにストレスなく生活が快適化する生活が、生成AIによって実現しようとしています。
重要度を増すデータとビッグテック企業の存在感
小売や家電など、私たちの生活のあらゆるところにAIが入りこみ、情報最適から生活快適に向かう未来において、データはさらに重要度を増していきます。
視聴・閲覧・接触・購買などの履歴はもちろん、クルマや家の中での何気ない行動や、AIエージェントとの会話など、全てのデータが心地よい顧客体験のために使われるようになるでしょう。
Photo from CTA
そのため、こうした膨大なデータを持つマイクロソフトやAmazon、Googleといったビッグテック企業はAI時代を支える基盤として高い存在感を示していました。ウォルマートのキーノートにマイクロソフトのサティア・ナデラCEOがサプライズ出演したのも象徴的です。
テレビやロボット、進化する生活者向けインターフェース
この1年間でAIの「統合力(マルチモーダル化)」「推論力(推し量る力)」「提示力(自然なやりとり)」が飛躍的に向上したことにより、生活により近い日用品・消費財など、生活者が直接触れるインターフェースにも革新が起きています。
テレビはコンテンツ視聴デバイスから、スマートホームやeコマースとつながる存在として再発明の真っ最中。画面の大型化も進んでいますが、使用していない時間には存在感を消しインテリアと調和する透明ディスプレイも登場しています。
ロボットにもAIによって統合された情報基盤と人間とのインターフェースとして再度注目が集まっています。今までのロボットは掃除やラストワンマイルの運搬に用いられる単機能で、指示に応える、あるいは愛玩の対象でした。
しかし、AIを搭載することにより、個別の状況にふさわしい情報を推し量り、能動的かつ統合的に人間とコミュニケーションする存在としての活躍が期待されています。
山本:こうしたロボットは人間の生活に馴染むよう、動きが滑らかになり、聞き取りやすい音声でしゃべるようになりました。家族が寝静まった後で家の中を見回ったり、ワークアウトの際にちょうどいいビデオや音楽を流したり。1日のスケジュールを把握し、本人の代わりにリマインドや注文もしてくれる。そんな人間味のある存在として、生活者の行動を理解し、プロアクティブに行動をサポートする存在に変わっていきそうです。
スマートフォンに限らず、携帯端末の再発明も大きなテーマになることが感じられました。
Photo from rabbit inc.(Rabbit社 R1 発売発表の公式動画より)
CESで一番話題になった商品が、Rabbit社が開発したポケットサイズのAIデバイス「rabbit r1」。AIがUIとして機能する新時代の携帯端末と言われています。情報収集や対話だけでなく注文までがワンアクションで行える実用性や、わずか199ドルという値付けもあいまって、破壊的なイノベーションとして注目を集めました。
AR/XRについては、メタバースへの過剰な期待から現実的な温度感へとトーンダウンしている印象もありますが、会場のあちこちにARグラスが展示され、アプリケーション開発が着実に進んでいると感じられました。CES期間中にApple Vision Proの発売日が発表されたこともあり、今後も主導権争いが激しくなりそうです。
AIを通した心地よい顧客体験を再設計する4つのポイント
まさに「AI is Everywhere」となる世の中で、産業サイドではどのようなことが起こるのでしょうか。洞察できるのは、AIを通してどれだけ心地よい体験を作り「その生活パーパス全体を任せてもらえるか」の競争が始まる可能性です。
「健やかに暮らしたい」
「きれいでいたい」
「家で楽に暮らしたい」
こうした生活者が持つパーパス全体を、 AIを通した心地よい顧客体験を通してどの企業が総取りできるのか? 今回のCESでは競争に勝つための顧客体験を作るための4つの重要な方向性が見えてきました。
1:個別ではなく統合体験
Photo from CTA/L’Oreal/Samsung/LG
ロレアルは診断にとどまらない推奨から、トライ、購入までの統合的体験を打ち立て、SamsungやLGも家の中を統合的に心地よいものにしようとしていました。個別診断や瞬間的な便利さで終わらせず、AIの力を駆使して生活パーパス全体にアプローチすることが前提になるでしょう。
2:先回りするお膳立て体験
Photo from CTA/Walmart/LG/ Mercedes-Benz
先回りするお膳立て体験とは、生活者が欲しくなる前からアプローチすることを意味しています。必要なのは、膨大な日常生活のデータから環境を整え、欲しいものや体験を先回りして提示・実現していくこと。ウォルマートの買物の自動化買物や、体調を気遣うコネクティッドホームがその事例です。
3:会話したくなる相棒的体験
Photo from CTA/Samsung/LG/ Mercedes-Benz
インターフェースには会話したくなる相棒のような役割も求められます。生活者のデータをより多く収集するためにも、日々の生活の中でよりコミュニケーションしたくなる存在感が不可欠になっていくでしょう。
4:自分にむけた育成体験
会話や生活を通じたデータを用いて、生活者に向けたパーソナライズが進むことも欠かせません。対話するほどAIや生活環境が育っていけば、その喜びと心地よさでその企業のサービスやインターフェースが手放せなくなっていく。そう感じてもらえる、自分に向けた育成体験が重要になっていきます。
こうした議論を通じて「膨大なデータがないと勝てないのか?」と思われる方もいるかもしれません。今後もデータの重要性は増していきますが、それを前提に、生活者に寄り添って「データ×AI」を活かし心地よい顧客体験を突き詰めて考えていくことこそが重要になっていくと我々は考えます。
山本:「家の中にセンサーをつけて情報を抜かれるのは嫌」と感じる人がいるように、まずは生活者の気持ちに立った上で顧客体験を考えることが大切です。どうすればデータを提供したくなるのか、どういうインターフェースであれば会話をしたくなるのか、どんなお膳立て体験が気持ちいいのか。こうした思考を通じて良い顧客体験を創出すれば、生活パーパスを任せてもらえる強みを持てるのではないでしょうか。テクノロジーの進化は早く、正直戸惑うことも多いと思います。しかし、テクノロジーを受け入れ使う側にいるのはあくまで人間的な感情を持つ「生活者」であることは忘れてはなりません。
(編集協力=淺野義弘+鬼頭佳代/ノオト)
島野真
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1991年博報堂入社。主にマーケティングセクションに在籍し、飲料、通信、自動車、サービスなど各企業の事業・商品開発、統合コミュニケーション開発、ブランディング業務等に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング部部長として、マーケティングプラニングとメディアビジネスを統合した戦略立案・推進の高度化を担当。2017年よりデータドリブンマーケティング局局長代理として、デジタルトランスフォーメーションに対応したマーケティング変革を推進。2020年よりナレッジイノベーション局局長兼メディア環境研究所所長。共著:『基礎から学べる広告の総合講座』(日経広告研究所)
山本泰士
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとしてコミュニケーションプラニングを担当。11年から生活総合研究所で生活者の未来洞察に従事。15年より買物研究所、20年に所長。複雑化する情報・購買環境下における買物インサイトを洞察。21年よりメディア環境研究所へ異動。メディア・コミュニティ・コマースの際がなくなる時代のメディア環境について問題意識を持ちながら洞察と発信を行っている。著書に「なぜそれが買われるか?~情報爆発時代に選ばれる商品の法則(朝日新書)」等