コラム
データ・クリエイティブ対談【第14弾】
技術とインターフェースをいかにデザインするか(後編)
ゲスト:芝浦工業大学 益子宗教授/博報堂DYホールディングスCAIO 森正弥
COLUMNS

芝浦工業大学・デザイン工学科の益子宗教授、博報堂DYグループのAI領域のトップである森正弥、博報堂DYメディアパートナーズのデータサイエンティスト篠田裕之の3人による「データ・クリエイティブ対談」の後編をお届けします。新しいアイデアを生み出す方法や、これからのテクノロジーの方向性などについて熱い対話が繰り広げられました。

益子 宗氏
芝浦工業大学
デザイン工学部 デザイン工学科 教授

森 正弥
博報堂DYホールディングス
執行役員/CAIO

篠田 裕之
博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局

「ぐにょ」っとしたところからアイデアが広がる

篠田
益子先生が指導するプロジェクト演習のテーマは、学生の皆さんが自由に選べるとのことです。とはいえ、そのテーマがプロジェクトとして成立するかどうかの見極めはどのようにしているのでしょうか。

益子
とくに見極めはせずに、見切り発車していますね。私の研究室のプロジェクトのほとんどは産学連携のスタイルなのですが、学生が取り組んでみたいテーマがあって、そのテーマを企業に提示してみて、企業側の皆さんも乗り気だったら、それでとりあえずスタートしてみます。プロジェクトの見通しが最初から立っていて、着地点があらかじめわかっていたら面白くないじゃないですか。「先生はこのプロジェクトは成功すると思いますか?
どうやったらうまくいきますか?」「そんなこと俺もわからないよ」──。そんな感じです(笑)。

とはいえ、学生の荒削りのパワーポイントのプレゼンだけでスタートすると着地できない可能性が高くなりがちであるとも思っています。形があるものがアウトプットとして出てくるプロジェクトの場合は、小さいプロトタイプを早期につくるように学生に伝えます。プロトタイピングに取り組んでみると、思ってもみなかったことが見えてきて、それによってプロジェクトの方向性を微調整する必要が出てきたりするからです。そのあたりの気づきを教員がうまくガイドするのが役目だと思っています。

篠田
パワポだけだと、アイデアやアウトプットをすごくかっこよく表現できてしまいますよね。でもプロトタイプをつくってみると、構想段階では曖昧だった「ぐにょ」っとした変なところがあることがわかったりします。それがむしろ面白かったりするのだと思います。

益子
その「ぐにょ」っとしたところからアイデアが広がることがありますよね。逆に「ぐにょ」っとしたところがまったくないアイデアは、月並みなものになってしまうことが多いと思います。前職では私は新サービスを考える部署に属していたので、いつもいろいろなアイデアを出し合っていました。でもそのほとんどは、どこかで聞いたことのあるものが多かったです。今思えば、学生の提案によく出没する「ぐにょ」っとした違和感が少なく、まとまりすぎていたような気がします。「ぐにょ」っと感じるということは、予想外の要素が何かしらあるということです。そこに大きな可能性があるのだと思います。

長時間のディスカッションが必要な理由


プロジェクトのアイデアを固めていく場合は、ディスカッションを重ねることも大切です。マーケティングの文脈で話をすると、新商品や新サービスのアイデアを得るために生活者のデプスインタビューを実施することがしばしばあります。しかし、ほとんどの生活者は本当に感じていることをなかなか話してくれないし、自分自身でも何を感じているかがわからない場合がよくあります。それでも4時間くらいインタビューを続けていると、本音と思える言葉がぽろっと出てきたりします。そしてそれが商品開発の鍵を握る言葉だったりするわけです。4時間のインタビューはその言葉を聞くために必要だったということです。

長時間のディスカッションは時間の無駄と考える人もいますが、いろいろ話をしつくして、ふっと力が抜けたときに本質を突く言葉が生まれる。そういうことがあると考えれば、ディスカッションに時間をかける意味は大いにあると思います。

益子
おっしゃるとおりですね。提案型の演習などの授業の場合、アイデアを10個くらい考えるよう学生に指示する先生が多いと思うのですが、私は30個から40個は出しなさいと言っています。そうすると、だいたい20個くらいまでは当たり障りのないアイデアが出てきて、そこでいったん思考がストップしてしまうんです。で、そこからむりやりアイデアを出そうとすると、どうしようもない『アイディアの搾りかす』みたいなものしか出てこなくなります(笑)。でも、その中に本当にユニークな着眼点が混ざっていたりするわけです。それを面白いと気づける力を育てる教育が必要かもしれません。

学生たちと車載インフォテインメントシステムの新機能のアイデアを出し合ったときがそうでした。はじめのうちは既視感のあるアイデアばかりだったのですが、かなり煮詰まってきてから出てきたのが、「前方を走っている車のナンバープレートをスキャンして擬人化する」というアイデアでした。大阪ナンバーをスキャンしたら、車がカーナビの画面上で大阪弁で話し出す。車を2台スキャンしたら、車同士が「お前、どこから来たんねん」「はよ、先行けや」みたいな会話を始める──。そんなアイデアでした。(演習の様子はこちら


昼からディスカッションを始めて、夜中の1時くらいに出てくるようなアイデアですね(笑)。

益子
そうそう。普通のときには出てこないし、狙って出すこともできない。そんなアイデアです。それがすごく面白かったりするんですよ。思考が崩れたときにこそ、本質的なものが生まれるのでしょうね。そういう状態になるまで、徹底的に考えたり、話し合ったりすることが必要なのだと思います。ビジネスになるかはまた別軸で考える必要がありますが。

「わかりやすいこと」のリスク

篠田
アイデアとテクノロジーの関係についてはどうお考えですか。世の中の課題やニーズ、あるいは自分の生活感覚からアイデアを生み出すという方向性がある一方で、テクノロジーでできることからテーマを見つけていくという方向性もあるように思います。

益子
今の技術で何ができるのか、できないのかといった知識は必要だと思いますね。一方、知っている技術のみを前提にしすぎるとアイデアの広がりが制限されてしまう場合もあると思います。世の中に解決できる代替技術があるのに、知らないということもありますので。

篠田
そこはむしろ切り離したところから考えた方がいいのかもしれませんね。
課題やニーズからピュアにアイデアを生み出し、一方でテクノロジーでできることという視点からピュアにアイデアを出してみる。両方をピュアに考えてみたうえで、それを合体させてみる。そんなプロセスが有効な気がします。


データ活用についても、益子先生と篠田さんのお考えをお聞かせいただきたいと思います。私は「データの可視化」が今後は今以上に大きなテーマになると思っています。最近は生成AIが話題を集めていますが、従来のAI、つまり予測や最適化のために活用されるAIの大きな問題は、多くの場合、答えを導く過程がブラックボックスになっていることです。AIを経営などの意思決定に活用していく際、ブラックボックスの中で生み出された答えを意思決定にそのまま活用することはできません。決定の根拠をステークホルダーに説明できないからです。そのブラックボックスの中のデータをどう可視化していくか。それがこれからの大きな研究テーマになりうると私は思います。

篠田
経営判断などに使われるデータを可視化することが必要であるというのは、おっしゃるとおりだと思います。一方、可視化されること、つまり「わかりやすくする」ことによって欠落してしまう要素もあるのではないかと私は感じています。

現在のLLM(大規模言語モデル)の大きな特徴は、自然言語でAIとコミュニケーションができる点にあります。それ自体は素晴らしいことですが、言語化するということは、本来複雑なものを人間の解釈が可能なレベルに落とし込むということです。そうすると言語化以前の、例えば感性に直接訴えかけるような要素、あるいは人間が複雑なままで受け取ってそこから自分の思考を紡いでいくといった過程。そういったものがスポイルされてしまう危険性もあるのではないかと思います。


なるほど。わかりやすい言葉でのコミュニケーションよりも、感性に直接訴えかけるインターフェースのようなものが必要ということですね。

篠田
そうです。言葉にできない想いや感覚のようなものがあったときに、それをむりやり言語化するのではなく、わからないものをわからないままに伝える方法があってもいいのではないかと。

益子
ChatGPTの返答には「遊び」や「揺らぎ」がありませんよね。むりやり言語化してしまっている印象が確かにあります。最近の学生は、論文をAIに読ませて解説させたりするのですが、「ChatGPTがこう言っています」ということが答えになってしまって、それ以上のことを考えようとしない人が少なくありません。本来、ChatGPTが言っていることは100ではなく10であって、残りの90は自分で考えなければならないはずです。いや、90で10かも(笑)

人間に考える余地を与えるテクノロジー

篠田
近年のインターネットには「Q&A文化」というべき風潮があります。オンラインサロンの主催者やライブ配信者に質問をして、ばしっと答えてもらうのが気持ちいいといった風潮です。ChatGPTはその風潮にすごくはまっていると思います。

人間には、答えがない状態から悩みながら答えを見つけていくというプロセスがとても大切です。最初から答えが与えられると、思考や感性の幅が非常に狭まってしまうと私は思います。そう考えれば、これから本当に必要なのは、答えを教えてくれるAIではなく、一緒に悩んでくれるAIかもしれません。

益子
自信がなさそうにアドバイスをするAIとか(笑)。インターフェースのあり方はさまざまありうると思いますが、「人間に考える余地を与えるテクノロジー」という視点は必要だと思いますね。その視点がないと、テクノロジーは人間の思考力や創造性を鈍らせてしまうような気がします。

篠田
最後に、益子先生のこれからの活動の見通しをお聞かせください。

益子
デジタル技術を使って、社会の課題を解決したい。あるいは、新しい体験を創出したい。そのモチベーションはこれからも変わらないと思います。特に、これまでに協業したことのないドメインのプレーヤーの皆さんや、地域コミュニティの方々などと一緒に新しい座組みをつくっていければと思っています。キーワードは「ワクワク」です。どこに着地するかわからないけれど、関わっている人たちがみんなワクワクしているから、前に進んでいけそう──。そんなプロジェクトにこれからも取り組んでいきたいですね。

大学の中で研究に没頭していると「いい研究論文を書かなければならない」という発想になりがちです。一方、ビジネスのことだけを考えていると、「どうやってお金を稼ぐか」という思考が先に立ってしまいます。私はそのどちらからも適度な距離を取って、中間で「ワクワク」する面白いことをやっていきたいと思っています。「アカデミックとビジネスのハイブリッド」という以前からのスタンスをこれからも続けていきたいですね。

益子 宗氏
芝浦工業大学 
デザイン工学部 デザイン工学科 教授

森 正弥
博報堂DYホールディングス
執行役員/CAIO

篠田 裕之
博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局

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