コラム
Media Innovation Lab
【Media Innovation Labレポート.42】今再び注目される、ブランディングへのゲーミフィケーション活用
2010年頃に一世を風靡したゲーミフィケーション。その後のスマートフォンをはじめとする技術革新やSNSの隆盛で、今、世界の広告領域において再び注目を集めつつあります。ゲーミフィケーションの最新トレンドから広告活用における実態と可能性まで、Hakuhodo DY ONEの上江洲雅人に、博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンターの島野真が聞いていきます。
■続々誕生する、ブランディングのゲーミフィケーション活用に特化したベンダー
島野
「ゲーミフィケーション」というと、2010年頃に非常に話題になりましたよね。アプリサービスなどの利用を促す際にゲーム的な要素を組み合わせることで、参加率を高める効果があるという評価でした。
上江洲
仰る通り、利用者のモチベーションを高め、参加そのものを楽しめるようにする手法として、ゲーミフィケーションという考え方が当時盛んに導入されました。そして、そこから14、5年の間にコロナのパンデミックは新しい生活様式をもたらし、生活者はデジタルでのパーソナルな体験をより重視するようになりました。技術革新もあり、ビッグデータ活用や人工知能AI、仮想現実VRARといった技術が、より身近に安価に扱えるようにもなりました。その結果、今だからできるゲーミフィケーションの新しい活用方法が注目されています。
島野
コロナ禍を経て、デジタルサービスに限らずあらゆるサービスのデジタル化が進んだ結果、海外でも多くの企業がゲーミフィケーションに改めて注目しているわけですね。
上江洲
はい。特にブランドエンゲージメントにゲーミフィケーションを活用することで、ブランドとの接触や対話をより楽しめるものにできると気づく企業が増えています。かつては、「1個買ったらもう1個が無料になります」といったリワードの形でブランドエンゲージメントを高める仕組みをつくっていましたが、ゲーミフィケーションを活用すれば、あらゆることをゲームにおけるリワードに仕立てることができるのです。
ブランドエンゲージメントのゲーミフィケーションに特化したソリューションを開発する企業も出てきています。
たとえばGoama Games社は、スマホやPCでミニゲームができるプラットフォームで、企業は自社のサイトやアプリにゲーミフィケーション機能を組み込むことができます。Smart Media Technologies社はARを駆使したエンゲージメントキャンペーンに強いベンダー。Super League Gaming社は、RobloxやMinecraft、Fortniteなどの空間内で、VRによる没入型体験を提供しています。
島野
プラットフォームを提供してくれるベンダーが誕生したことで、企業はゲーミフィケーションを取り入れるためにわざわざ最初から全てを自作する必要がなくなり、既存のシステムやツールを活用できるようになった。これは大きな変化ですね。
■ゲーミフィケーション活用がブランディングにもたらす6つの効果
上江洲
ここで改めて、マーケティング戦略にゲーミフィケーションを取り入れる効果について説明させてください。
1つは、「ユーザーの参加促進」があります。
ポイントやレベルアップ、バッジなどのゲーム要素を組み込むことで、ユーザーは積極的に参加し、より深くブランドに関与します。顧客のエンゲージメントをリアルなビジネス成果としてアウトプットできるようになってきましたし、企業から生活者への一方的コミュニケーションから、生活者からも企業に積極的に向かってきてくれる双方向コミュニケーションを可能にすることができます。
たとえば世界的に有名なファストフード企業もゲーミフィケーションをブランディング施策に取り入れています。ホームページやアプリ内に設置した誘導バナーを経由してゲームをプレイすることができ、たくさんプレイすることでポイントが貯まります。貯まったポイントは好きなクーポンと交換できるので、再度ホームページやアプリにアクセスしてクーポンを使用しオーダーするという仕組みです。ゲームで獲得したクーポンの使用率は実に89%という数値が出ていて、街で配布しているクーポンに比べて非常に高くなります。
島野
それだけの時間というコストをかけて、苦労して入手したクーポンだからこそ、よく利用される。面白いですね。
上江洲
2つ目は、「エンゲージメントの持続性向上」です。
キャンペーンを実施してアテンションのスパイクをつくっても、それが持続しなければ非常に勿体ないですよね。その点、ゲームで遊ぶ楽しさや競争心が刺激されれば、ユーザーは継続的に関与することになり、一度作ったアテンションを長く維持し、育むことが可能になります。つまりゲーミフィケーションは、生活者が継続的にブランドと関わる理由を形成し、長期的なエンゲージメントの促進を可能にするのです。
たとえば定期的なミッションを提示しレベルアップする仕組みにするとか、シンプルなゲームでも定期的に新作を投下することで次々にコンプリートしたくなる心理をつくり出せるでしょう。チーム戦にしたり個人で競い合ったりすることで、コミュニティ化させることもポイントです。ゲームで最高得点を獲得したユーザーに例えば世界一周旅行といった大きなリワードを用意しても、キャンペーンの参加者の母数が大きければ十分ペイできますし、より多くの参加者の参加を促す効果も期待できるでしょう。マーケティング施策としても非常にスケールしやすいと思いますし、コスト効率もよく、面白い施策ができるのではないかと思います。
島野
継続性を高めるためには、やはりソーシャル要素を組み込むことが重要そうですね。1人では離脱が早いかもしれませんが、他者と競ったり協力したりできれば、つい続けたくなる。デジタルならではですね。
上江洲
3つ目は、「情報収集の自然化」です。
ゲームの進行とユーザーからの情報収集を連動させることで、自然な形で情報を得ることができます。クッキーを使った情報収集が難しくなってきている中、スムーズにユーザーのコンセンサスを取り、ファーストパーティデータを取得できる意味は大きいと思います。貯まったポイントでクーポンと引き換えることができるといった場合などには、どのようなクーポンを選ぶかでユーザーの細かい属性などもわかりますし、ハイパーパーソナライゼーションに必要な情報をどんどん集めていけます。
かつてはブランドが一方的に生活者のデータを活用しているようなイメージがあったかもしれませんが、これからは、ブランドが価値ある体験を提供することで、生活者もむしろ喜んでデータを提供したくなるような、双方にメリットのある状態にすることができるわけです。
島野
長い付き合いの中から得た情報から、企業はその生活者のことを理解できるし、生活者にしてみれば、きちんと自分に合った特典を提供してもらえるのであれば、喜んでブランドとの接続を継続しようと感じる。より深く、長期的な好循環が生まれますね。
上江洲
4つ目は、「教育的価値の提供」です。
ゲーミフィケーションを取り入れることで、商品やブランドに関する情報に楽しみながら触れてもらい、ユーザーの理解度を高めることが可能です。
先ほど紹介した3社のうちSuper League Gaming社は、ゲーム内での行動データに基づいてユーザーの行動を報酬化し、リアルライフコマースにつなげる仕組みを提供しています。たとえばアメリカのあるファストフードチェーンは、ロブロックス内にあるさまざまなミッションをクリアしていくことでポイントを発行し、ロブロックス内の架空の店舗でクーポンと交換できるというキャンペーンを行いました。こうしたゲームに夢中になるのは10歳前後のティーンエイジャーが多く、彼らはゲーム内で何度も目にするこの店のロゴをすっかり覚えてしまいますから、実際に家族と街にいるときにも同じロゴを見つければ関心を示すでしょう。そして家族連れの誘客につながっていくという連鎖が期待できますので、うまい手法だなと感じます。
島野
ゲーミフィケーションを取り入れることで、生活者自らがその情報に積極的に、かつ自然に接触する導線をつくることができるわけですね。
上江洲
最後は、ブランドイメージの向上とデジタル体験の差別化です。ゲーミフィケーションによってブランドには楽しくダイナミックなイメージが付加されるでしょうし、それが競合他社との大きな差別化にもなります。
たとえばSmart Media Technologies 社が行った大型商業施設での施策では、モール内の各所に設置されたARの笹の葉を探して、願い事を書いたらソーシャルで共有したり、星を集めるといった行動に対して、クーポンに換えられるポイントが付与されるという仕組みでした。
ゲーミフィケーションを取り入れているという時点で、魅力的で記憶に残りやすく、ポジティブな印象や信頼感を高めることができますし、他社とは違う生活体験を与えてくれるブランドだというイメージや、喜びや興奮の共有といった感情的なつながりの構築も可能にしてくれます。
島野
商品やサービスそのものの価値だけではなく、体験価値も加わることによってよりそのブランドとの関係性が深まる。確かに他ブランドとの差別化にも大いに有効そうです。
■新時代のブランドイメージマネジメントとして、必須の手法になっていくはず
上江洲
Smart Media Technologies 社が提唱しているのは、ゲーミフィケーションによって、生活者の共有、購入、フォローなどあらゆる行動に対するリワードを提供することで、ブランドエンゲージメントをミッション化することができるという考え方です。
カスタマージャーニーのうちの、アウェアネスからパーチェスまでにとるあらゆる行動をミッション化することができ、ミッションコンプリートでリワードを提供することができるということです。
島野
なるほど。パーチェスファネルの前後のフェーズに漏れなく関与することができるということですね。そうすると、どこを引き上げる必要があるかなども見える化される。さまざまなことが計測可能になります。
企業にとっての効果はよくわかりましたが、生活者にとってはどんなメリットがあるでしょうか。
上江洲
報酬を通して達成感を得ることができます。
また金銭的なものであれ名誉的なものであれ、何かを集めたり獲得することの、シンプルですが確実な喜びを得ることができます。あるいは、参加者同士でチームを組んで競争したり協力したりするシーンも出てきますから、ある種のコミュニティ感も味わえます。クイズ形式になっていれば、好奇心や探求心も刺激されますし、アバターを通じた自己表現もできる。その結果、自発的、積極的に、かつ愛着を持ってブランドに接することになるんです。
ブランドエンゲージメントをゲーミフィケーションすることを前提に、プラットフォームを提供している企業も増えています。それにいち早く気づいた企業は、率先してこの取り組みを進めているところです。
こうした取り組みを行っている企業とそうでない企業に、今後明確に分かれていくでしょうし、競合との戦いにおいては無視できない手法になってくるはずです。やらない手はないと思います。
島野
技術の進化とともに、サービスプラットフォームの充実によってより活用しやすくなった「ゲーミフィケーション」は、今後のマーケティング戦略の精度を高めていくために改めて重要性の高い施策となっていきそうです。本日はありがとうございました!
※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとHakuhodo DY ONEが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。
上江洲 雅人
Masato (Bud) Uesu
Hakuhodo DY ONE
アジアDX戦略局 リージョナルアカウント開発部 部長
H+ Regional Business Development Director
兼 Hakuhodo International
2017年にデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC)に入社し、プロダクト開発とオープンイノベーション推進に従事。2021年からグローバルビジネス本部で海外ソリューション企業とのアライアンス業務を担当。日本とアジア市場における協業を推進。現在はアジアDX戦略局リージョナルアカウント開発部にてアジア圏でのビジネス拡大に注力している。
島野 真
博報堂DYメディアパートナーズ
イノベーションセンター 兼 Media Innovation Lab
兼 博報堂 研究デザインセンター
兼 博報堂DYホールディングス テクノロジーR&D戦略室
研究主幹
博報堂に入社後マーケティング部門に在籍し、通信、自動車、ITサービス、流通、飲料など数々の得意先の統合コミュニケーション開発他に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング領域の新設部門でマーケティングとメディアのデータを統合した戦略立案の高度化、ソリューション開発、DX推進等を担当。2020年よりメディア環境研究所所長 兼 ナレッジイノベーション局局長として、メディア環境の未来予測他の研究発表を行う。24年より現職。