コラム
【連載】進化するインフルエンサーマーケティング──生成AIを軸にしたプラットフォーマー戦略局の取り組み〈第3回/最終回〉
プラットフォーマーとの信頼関係を軸に、生成AIを活用しながらソリューション開発やクライアント支援に取り組んでいる博報堂DYメディアパートナーズ・プラットフォーマー戦略局。その取り組みを紹介する短期連載。最終回のテーマは「インフルエンサーマーケティング」です。プラットフォーマーのデータクリーンルームと生成AIを組み合わせることで、インフルエンサーマーケティングの進化を目指すチャレンジ。その概要と生成AIとの向き合い方についてメンバーたちに語ってもらいました。
佐々木 将人
博報堂DYメディアパートナーズ
プラットフォーマー戦略局 メディアプラットフォーム戦略グループ
井上 拓也
博報堂DYメディアパートナーズ
プラットフォーマー戦略局 第三グループ
小澤 怜平
博報堂DYメディアパートナーズ
プラットフォーマー戦略局 メディアプラットフォーム戦略グループ
齊藤 優喜
Hakuhodo DY ONE
プランニング&テクノロジーデザイン本部 テクノロジー推進局 第二テクノロジー推進部
インフルエンサーマーケティングの2つの課題
──インフルエンサーマーケティングの市場は年々拡大しています。まず、このマーケティング手法について解説していただけますか。
佐々木
SNSで多くのフォロワーを獲得している投稿者やタレントなど、生活者に大きな影響力をもつ人たちをインフルエンサーと呼んでいます。そういった人たちを起用して商品やサービスのPRをするのがインフルエンサーマーケティングです。インフルエンサーが発信する情報は、生活者にとって身近に感じやすく、口コミが広がりやすいという特徴があります。最近では、ナショナルクライアントも積極的にインフルエンサーマーケティングに取り組むようになっています。
インフルエンサーマーケティングは、大きく二つの種類に分類できます。インフルエンサーがSNSに投稿する動画投稿などの中でPRとして商品やサービスを紹介してもらう方法と、得意先の広告戦略の一環として広告にインフルエンサーをキャスティングする方法です。
井上
インフルエンサーの投稿から、今後人気が高まる商品の「予兆」を捉える取り組みも進んでいます。それもインフルエンサーマーケティングの一部と考えていいと思います。
小澤
インフルエンサーマーケティングにおいて重要なのはキャスティングです。
これまでは、「特定のカテゴリーで人気がある」「好感度が高そう」といったざっくりした根拠でインフルエンサーを選ぶケースが少なくありませんでした。しかし、そのような方法では確度の高いPRは実現しないと僕たちは考えています。キャスティングにデータを活用し、ブランドの課題や目的によりマッチしたインフルエンサーを選ぶことが必要です。
齊藤
もう1つ、インフルエンサーマーケティングには、効果検証が難しいという課題もありました。得意先の広告として配信されていれば管理画面などで効果を把握することができますが、インフルエンサーの投稿の場合は、視聴数やユーザーコメントなどから効果を類推するしかありませんでした。いかにデータを活用してマーケティング効果を検証するか──。それがキャスティングと並ぶインフルエンサーマーケィングの大きな課題でした。
「スモールマス」にいかにアプローチするか
──そういった課題を解決するソリューションが、Hakuhodo DY ONEが開発した〈インフルエンサーAIナビ〉ですね。このソリューションの概要をご説明ください。
齊藤
データを活用したインフルエンサーのキャスティングと、マーケティング効果の可視化を実現するのが〈インフルエンサーAIナビ〉です。〈インフルエンサーAIナビ〉では主に二つの機能を提供しています。一つ目がインフルエンサーの投稿を用いた広告配信の効果可視化、二つ目はデータクリーンルームと生成AIを掛け合わせた最適なインフルエンサーのキャスティングです。まず効果の可視化について説明します。
マーケティング効果の可視化におけるポイントは、プラットフォーマーのデータクリーンルームの活用です。インフルエンサーの投稿を活用した配信手法が存在します。そういった広告配信データと博報堂DYグループが保有する外部データ・広告主様が保有されているユーザーデータなどをデータクリーンルーム内で突合することによって、インフルエンサーの情報に触れた生活者の行動を、個人情報が厳格に保護された環境下で把握することができます。それによって、「認知度向上」「オンライン購買行動」「オフライン購買行動」といったKPIがどの程度達成されたかが明らかになります。これにより、今後のインフルエンサーキャスティングの方向性の判断にも活用できます。
小澤
一方のキャスティングでも、プラットフォーマーのデータクリーンルームを活用します。プラットフォーマーが保有するデータからターゲットのペルソナを詳細に設定し、そのペルソナとの親和性の高いインフルエンサーをアサインするという流れです。
インフルエンサー選定については、キャスティング会社の協力を仰ぎます。親和性が高いと考えられる順にインフルエンサーをリスティングしたランキングを出してもらうケースもあれば、最初から具体的な人選をして交渉を委ねるケースもあります。
──媒体ごとに最適なインフルエンサーは異なるのでしょうか。
小澤
例えば、一人のインフルエンサーが複数のSNSで情報を発信している場合でも、それぞれのSNSで支持層が異なることがしばしばあります。また、特定のSNSでとくに影響力の高いインフルエンサーもいます。プラニングする場合は、ターゲットとインフルエンサーとのマッチングだけでなく、各SNSとインフルエンサーとの相性を考える必要があります。マッチングを検討した結果、SNSごとに別々のインフルエンサーをアサインするケースもありますね。
佐々木
今の話の中に、インフルエンサーマーケティングの重要なポイントがあります。
例えばテレビCMの場合は、大きなマスターゲットを想定し、そこに向けた1つの大きなコミュニケーションシナリオをつくっていく方法がとられます。それに対してインフルエンサーマーケティングでは、「スモールマス」という考え方が重視されます。SNSごとに性格の異なるマスの集団があって、それに対して最適なアプローチをしていくことが必要であるということです。その際のハードルになるのが、スモールマスごとのインフルエンサーの選定と効果分析です。そのハードルを越えるために力を発揮するのが〈インフルエンサーAIナビ〉です。
〈インフルエンサーAIナビ〉の新しさは、SNSのスモールマスに対する効果的なマーケティングを実現できるだけでなく、ほかのデジタルマーケティング同様に、PDCAサイクルを回していける点にあります。それぞれのスモールマスにより適合すると考えられるインフルエンサーを選定し、成果を分析し、その結果を次のアサインにいかしていく──。そんな流れをつくれるわけです。
現在のところ、〈インフルエンサーAIナビ〉が連携しているのはMetaのデータクリーンルームのみですが、ゆくゆくはさまざまなプラットフォーマーと連携しながら、クライアントのインフルエンサーマーケティングを統合的に支援できる体制をつくっていきたいと考えています。
「相談相手」としての生成AI
──〈インフルエンサーAIナビ〉には生成AIが活用されています。具体的な活用方法を教えてください。
齊藤
はい、この生成AIの活用が〈インフルエンサーAI〉ナビの二つ目の提供機能である、データクリーンルームと生成AIを掛け合わせた最適なインフルエンサーのキャスティングです。
生成AIが力を一番発揮しているのは、ターゲットのペルソナ設定です。生活者の興味関心や属性などをもとに、生成AIに具体的なペルソナ像をつくってもらいます。生成AI活用の利点は、生活者に関する多岐にわたる要素を短時間で処理できる点と、人の視点からは出てこないような意外なペルソナ像を出してくれる点にあります。AIが提案するペルソナをそのまま安直に使うことは避けるべきですが、ターゲットのイメージを広げることができるという点で、生成AIはたいへん有効であると言えます。
井上
生活者の興味関心の分類や意味づけをする作業においても、生成AIは力を発揮してくれます。従来はSNSの投稿分析なども、機械が分析した結果の読み解き作業を基本的には人力で行わなければなりませんでした。その作業を生成AIに任せることで、作業効率が大幅に向上するだけでなく、意味づけや解釈などの点で新しい視点を出してくれます。
小澤
インフルエンサーのキャスティングにおいても、生成AIの活用モデルづくりに現在取り組んでいます。「ターゲットのペルソナ像」だけでなく、そのペルソナ像に最もアピールする「インフルエンサーのペルソナ像」も生成AIに考えてもらうモデルです。そのペルソナに近いインフルエンサーをキャスティング会社のリストから探してアサインすることで、生活者とインフルエンサーのマッチングの精度が高まり、マーケティング効果がより大きくなると考えられます。さらに、クライアントの商材から最適なインフルエンサーのペルソナ像を描く仕組みの構築も進めています。
──〈インフルエンサーAIナビ〉以外でも、業務の中で生成AIに触れる機会が増えていると思います。生成AIをどう捉えているか、それぞれのお考えをお聞かせください。
佐々木
自分は、相談や壁打ちの相手として生成AIを活用することが多いです。生成AIに何かを投げかけて、それに対する回答や意見を聞く。回答や意見が物足りない場合は、もっと別の視点を出してくれと伝える──。そのような作業を繰り返すことで、生成AIのアウトプットの質はどんどん高まっていきます。そういう作業につき合ってくれるのが生成AIのよさですね。
齊藤
僕も佐々木さんと同じように、いつでも気軽に相談できる相棒という感覚ですね。相談だけでなく、実作業を手伝ってくれたりもするので、単純な作業を生成AIに任せて、自分はより注力すべき仕事に時間を割くこともできます。
井上
生成AIは、山登りをサポートしてくれるハシゴのようなものだと僕は思っています。登り始めや、険しい坂を登る局面などで生成AIをうまく使えば、山登りがとてもスムーズになります。しかし、ある程度の段階からは自分の力で登っていかなければなりません。すべて頼り切ってしまってはいけないけれど、ある局面ではとても頼りになる。それが生成AIだと思います。
とくに生成AIの便利さを実感するのは、コーディングの作業です。僕はこの会社に入ってからプログラミングを学び始めたので、作業の途中で自分がやっている作業に自信がなくなることがあります。そういう場合に、「こういうプログラムを実装したいのだけれど、このコードで間違いないだろうか」といった質問を生成AIに投げかけると、かなり正確な答えを返してくれます。よく「生成AIは仕事のアシスタント」といいますが、コーディングにおいては、むしろ「先生」になってくれます。
小澤
生成AIは、言語化しにくいものに言葉を与えてくれるツールであるというのが僕の実感です。生活者のクラスタリングや、インフルエンサーのプロファイリングをする際、生成AIを使うと、そのクラスターやプロファイルがどういうものであるかを意味づけし、それを端的に表す名前をつけてくれます。もやもやしているもの、ふわっとしているものを言語化してくれる。それが生成AIの優れた力だと思います。
一方、現在の生成AIには「計算が苦手」などの弱点があると思います。文章は整然としていても、文章の中の数字が合っていないというケースも少なくありません。このような生成AIの弱みを正しく理解した上で活用する必要があります。
マーケティングを進化させる「プラットフォーム×生成AI」
──生成AIを日常の仕事の中で活用していくことで、人間側の能力はどう変化していくと思われますか。
佐々木
生成AIによって、人の仕事の「平均点」が上がると僕は思っています。
生成AIが70点のものをつくってくれたとすると、そこから100点、あるいはそれ以上のレベルにもっていくのは人の力です。逆に言えば、生成AIが普及したことで70点以下の仕事はなくなるということです。これまでゼロから始めていた仕事を70点の段階から始めることができるので、人の仕事のレベルが底上げされて、平均点が上がっていく。そう考えています。
井上
別の視点から言うと、生成AIのアウトプットを100点と考えてはいけないということだと思います。本来70点の水準のものを、AIを信じ込んでしまうあまり、100点と捉えてしまう。そういったスタンスではAI以上のものを生み出せないし、人の仕事の意味がなくなってしまいます。AIに使われるのではなく、AIを使いこなすという意識が大切だと思います。
齊藤
AIを信じすぎないこと、AIのアウトプットを鵜呑みにしないことが大事ですよね。必要なのは「発想力」です。生成AIに上手に聞くための発想力。AIが出してくるものを育てていく発想力。さらには、AIを自分にとってどのようなパートナーにしたいのかを考える発想力──。それを身につけていくことが求められると思います。
小澤
生成AIは、新しい分野で自分の能力を開発することをサポートしてくれるツールです。先ほど、生成AIはコーディングの先生になってくれるという話がありました。これは、ほかの分野でも言えることだと思います。AIの力を借りて未経験の領域にチャレンジして、自分ができることの幅をどんどん広げていく。そんな使い方ができるといいと思っています。
──今後インフルエンサーマーケティングにどう取り組んでいきたいか。それぞれの思いをお聞かせください。
齊藤
〈インフルエンサーAIナビ〉をリリースして半年ほどが経ちました。その間、いくつかのクライアントにご利用いただき、成果も見えてきています。今後、インフルエンサーマーケティング市場が拡大していくにともなって、クライアントのニーズも多様化していくはずです。ソリューションをアップデートしながら、そういったニーズに応えていきたい。そう思っています。
井上
これまで、インフルエンサーマーケティングはマーケティングプロセスの下流で活用されることがほとんどでした。戦略立案やメディアプラニングといった上流での作業がひととおり終わったあとで、予算があればプラスアルファの施策としてチャレンジしてみる。そんな位置づけだったと思います。
しかしこの手法のポテンシャルを考えれば、最初の戦略づくりの段階からインフルエンサーとSNSを中心に置くという選択肢も十分にありえます。インフルエンサーマーケティングは、コミュニケーションプランをトータルに考えるに当たって欠かすことのできないピースである。そんな考え方を広めていきたいですね。
小澤
現在の〈インフルエンサーAIナビ〉は、キャスティングと効果検証、つまり施策実行の事前と事後にデータと生成AIを活用するソリューションです。今後はクリエイティブにも生成AIを使える機能を実装していきたいと考えています。このインフルエンサーを起用するなら、こういうメッセージの発信の仕方があり、こういう動画のつくり方がある──。生成AIの力を借りながらそういった示唆を出すことができれば、〈インフルエンサーAIナビ〉はより強力なツールになるはずです。
インフルエンサーマーケティングにおけるデータ活用をどんどん推進していくこと。それが僕たちの大きな目標です。それによって、クライアントも確信と納得感をもってこのマーケティング手法を活用することができるようになると思います。データドリブンなインフルエンサーマーケティングによって、クライアントの成長に寄与していきたいと考えています。
佐々木
ご存知のように、プライバシー保護の観点からCookieやデバイスIDを広告に使うことが難しくなっています。Cookieなどの「実ログ」のデータは、「つなげる」ことで生活者の属性、嗜好性、行動などを把握することが可能でした。今後データが「つながらない」状態になっていく中で、いかに生活者の属性や行動をトータルに把握していくか。その課題を解決しようとするときに、僕たちが取り組んでいるインフルエンサーマーケティングの方法論は非常に有効だと思います。
生活者のデータをデータクリーンルームでプラットフォーマーが保有するデータと突合し、生成AIを活用してペルソナ像をつくっていく。そして、そのペルソナに最適なアプローチを実行し、データクリーンルームを活用して効果を可視化していく。さらに、その結果を次のアプローチにいかしていく──。そのようなプロセスにこれから大きな注目が集まっていくと僕は考えています。
データクリーンルームを活用していくに当たっては、各プラットフォーマーとの信頼関係が欠かせません。そう考えれば、プラットフォーマー戦略局の役割は今後ますます重要になっていくはずです。「プラットフォーム×生成AI」という視点で、マーケティングを進化させる取り組みをこれからも続けていきたいと思います。
佐々木 将人
博報堂DYメディアパートナーズ
プラットフォーマー戦略局 メディアプラットフォーム戦略グループ
井上 拓也
博報堂DYメディアパートナーズ
プラットフォーマー戦略局 第三グループ
小澤 怜平
博報堂DYメディアパートナーズ
プラットフォーマー戦略局 メディアプラットフォーム戦略グループ
齊藤 優喜
Hakuhodo DY ONE
プランニング&テクノロジーデザイン本部 テクノロジー推進局 第二テクノロジー推進部