コラム
Media Innovation Lab
【Media Innovation Labレポート45】バーチャルアイドル市場の現在地点から探るヒットの本質とは
一時の熱狂的ブームが落ち着いたようにも見えるVTuberやバーチャルアイドル市場。とはいえ今なおエンターテインメントビジネス市場を賑わせる彼らの現況や、ヒットを生み出してきた背景、今後の可能性、さらには博報堂DYグループの取り組みについて、博報堂DYメディアパートナーズ コンテンツクリエイティブ局の稲着達也に、Media Innovation Lab.の市川貴洋が聞いていきます。
■VTuber人気を大きく後押しした切り抜き動画の存在
市川
まずは、盛況を見せるバーチャルコンテンツビジネス市場についての概要と、市場拡大の背景などについて教えていただけますか。
稲着
振り返ってみると、バーチャルタレントの先駆者的な存在として知られるKizuna AI(キズナアイ)の活動開始は2016年でした。
2017年にはバーチャルタレントの数が徐々に増え、2020年には1万人、2022年には2万人を突破したとされています。ただこれは、ブロガーやライブ配信者数の増加と比べると、実はそんなに急激な成長でもありません。ですから、この領域を“急拡大市場”と捉えるかどうか、個人的には少し慎重になっています。
いずれにしても、2020年以降に担い手が急増した背景には、間違いなくコロナ禍があります。ライブ配信市場、スマホゲーム市場など、手元で消費できるエンタメ市場が全体的に大きく伸びるというマクロトレンドがあり、そのうちの1つとしてバーチャルタレントやVTuberも増加した。ちなみにこの時期にもっとも伸びたのはライブ配信者ですが、「ライブ配信はしたいが顔出しはしたくない」という人が多い中で、そのニーズに合致したツールが出てきたことが大きかったと思います。もう一つは、切り抜き動画という、YouTubeにおける消費様式の広がりです。ライブ配信は通常最低でも1、2時間は行います。それほど長い尺だとコアなファン以外はなかなか見ませんが、短く編集された切り抜き動画ならライトファンも入りやすい。そういう間口ができたことも影響していると思います。
市川
ではライブ配信などを見る方たちの動機はどこにあるのでしょうか。投げ銭も含め、単純に推し活とか応援したいという文脈で捉えていいものでしょうか。あるいは何かもう少し異なる視点があったりしますか。
稲着
「推し」の概念は2005年に活動を開始したAKB48の流れを汲み、「アイドル戦国時代」などと呼称される2010年頃のユニットアイドルブーム期に広まったものですが、革新的だったのは、ファンがコンテンツの単純な受け手ではなく、作り手に近い立場で楽しむという意味が加わったことだと思います。総選挙というイベントがあり、ファンは投票をすることで、自分が応援している人をより良いポジションで活躍させてあげることができたりする。総選挙に向けては、ファンが選挙対策委員会を作り、部屋を借りたりビラを作るなどして、自分の推しをとにかく上に押し上げようと運動します。自身が単なる受け手としてではなく、スターを誕生させるための作り手側にも回れるという意味で非常に革新的でした。ただ、当時の推し活がエバンジェリストやスポークスマンといった枠を出ない活動だったのが、舞台をオンラインに移した現代では、自分が描いたファンアートが公式に認められるとか、それを誰かがさらに編集して動画にするだとか、クリエイターとしても参加できるようになった。それが今のVTuber界隈なのではないでしょうか。
また、「投げ銭」という手段があることもポイントで、YouTubeの投げ銭機能「スーパーチャット」などは、投げると「ありがとう」と名前を呼んでもらえるなど、投票権付きのCDを購入するのとは違って本人に直接届いている、自分のお金がその人の活動に役に立っているという感覚を得られます。
たとえばサッカーでも、監督の采配に物申すコアなファンっていますよね。
ああいう方が、誰と誰をどこで交代させるかなどを決めることができたらすごく面白い体験になると思うんです。どんなジャンルでもコアなファンが行き着くところは、より近いところで対象に関わって、自分の意見を反映させたいという…そういう欲求がある気がします。
■カルチャーの醸成に必要なビジネスとクリエイティブのバランス
市川
バーチャルアイドルのルーツを初音ミクとした場合、時代の変遷の中で、ファンが関与できたり応援できるようになり、今のこのバーチャルタレント、アーティストコンテンツの盛り上がりに繋がっているのだと思いますが、この流れについてどう思いますか。
稲着
初音ミクというのはあくまでプラットフォームを擬人化した存在であり、それ自体がバーチャルアイドルというわけではありませんが、ボーカロイドという存在自体は今と繋がっていると思います。まず、ニコニコ動画というプラットフォームの登場により、いい曲を作れても歌唱力に自信がないといった人が、ボーカロイドに歌わせることで自分のクリエイティブを楽曲として世に出せるようになった。歌唱技術やビジュアルに関わらず、普通の人でも作り手になることが可能になったのです。さらに誰かが音源を上げると、画をつけてくれる人、さらにMVを付ける人がいて、それを消費する人たちの中でストーリーやコンテクストが生まれていき、2次創作されるというサイクルが生まれていきました。少なくともそうしたマッシュアップカルチャーの土壌の上に、今のVTuberシーンが成り立っているのかなとは思います。
そして、ここ2、3年だとホロライブやにじさんじなどの登場があるわけですが、これらの事業の拡大は冒頭で言ったようにコロナ禍のマーケット拡大期にうまくはまったという認識です。というのも、にじさんじを運営するANYCOLORは学生起業の会社ではありますが、幹部や役員を見るとIT企業出身者が複数いらっしゃいます。ホロライブを運営しているカバーも、創業メンバーはIT、SNS周り出身の方です。
マーケットの状況を捉えて事業領域を定めるスタートアップ的な考え方とITサービス界で進歩したグロースハックメソッドをエンタメビジネスに応用しているのではないかと思います。ファンビジネスのユニットエコノミクスを確立し、それを拡張したり合理化することでビジネスを伸ばせる仕組みをつくったことが、成功の鍵だったのではないかなと思います。
市川
ビジネスのバランスとクオリティのバランスが鍵ですね。
稲着
IT企業が好むグロースハックの考え方と、エンタメ企業が好むトレンドやカルチャーを創出する手法は、本質的には相いれません。とはいえどちらの要素も大事なので、自分たちはどちらに軸足を置いているのか、両者の要素をそれぞれどれくらいの割合で取り入れているのかなど、しっかりとスタンスを見極める必要があります。
■コンテンツのクオリティと世界観の強度を高めて初めて本当のヒットが生まれる
市川
テクノロジーの進化とその影響についても教えてください。AR、ホログラムや3Dモーション、AI含めた技術の進化について、コンテンツビジネスの観点から言えることは何ですか。
稲着
強いて言えば、バーチャルなイメージを補強するものとして、テクノロジーを前面に出した演出と相性がいいという程度だと思います。昨今のトレンドに乗ってとりあえず「メタバースライブをやろう」とか「NFTを出そう」といった試みはあまり成功していません。
市川
コンテンツのクオリティ、クリエイティブがどこまでいっても変わらず重要ということですね。ともすればテクノロジーを駆使してヒットを狙おうと考えてしまいがちだと思うのですが、VTuberやバーチャルアイドルのヒットを支える本質的な要素は何だと考えますか。
稲着
映画もゲームも音楽も、これまで大ヒットしてきたエンタメコンテンツというものは、やはり超一流のクリエイターによって質にこだわって生み出されたコンテンツだったのだと思います。エンタメの本質は、再現不可能性とか代替不可能性だったりもしますから、そこをないがしろにしてヒットを生もうとしても、難しいのではないでしょうか。
VTuberは、元々は「ガワの存在は永遠」といったことが言われていましたが、実際はリアルタレント以上に引退のサイクルが早いです。しかもチャンネルが削除されると存在ごと抹消される。IPビジネスというのは本来人の稼働ではなく、コンテンツ自体が価値を産み続けるものであるはずですが、現状のVTuberは人の稼働に依存し、それがなくなるとコンテンツそのものが消滅するという状況です。つまり、VTuber的な「ガワの存在は永遠」という共同幻想は既に破れている。その点、アニメ界隈では、声優が変わってもキャラクターは存在し続けられているし、原作者が存命でなくても続いているコンテンツも多く、よほど「ガワの存在は永遠」を実現させています。そういった事象を参考にするのであれば、キャラクターの存在強度や世界観設定の強度などが備わっていて初めて、VTuberというものが元々目指していた世界観が実現されると思うんです。
プロの声優の生業が“ガワに魂を宿す”ことだとすると、その声優を目指していたような才能がVTuber領域に入ってくるようになれば、コンテンツのクオリティも上がるし、市場の様相が変わってくるのかもしれません。VTuber事務所が有名なアニメーターや作家を雇用しコンテンツの強度を高める方向に向かっていけば、そのときこそ、本当の意味でこのマーケットが完成するときなんじゃないかなと思います。そして初めて、国民的ヒットや、世界に打って出るようなコンテンツの誕生につながるのではないでしょうか。
市川
一時期の熱狂が落ち着いたからこそ、これから数年内にそうした転機が訪れるかもしれないということですね。
稲着
個人的には、アイドルマーケットがベンチマークとして参考になると思っています。この15年程で、一定の運営ノウハウが普及し、地下アイドル含めてアイドルグループの数がぐっと増えました。ただ、そこから本当の意味で世界に出て評価されたのはごく一部です。ビジネスが高度にフォーマット化されることでマーケットは急拡大しますが、その枠から良い意味ではみ出し、境界領域の開拓ができる本格派こそが大ヒットになります。
VTuberも今はマーケットが拡大していますが、大勢いる「The Vtuber」的な存在とは少し見え方が違う、本格的でクオリティにこだわったものを準備しておくことが大切なのではないかと思います。
■アニメ人気が下支えする海外のバーチャルタレント市場
市川
先月アメリカのアニメエキスポに行ったのですが、バーチャルタレントの生ライブが非常に盛り上がっていました。言語は英語でも、同じフォーマットと同じ価値でここまで受けるというのを目の当たりにして、正直驚きました。アニメや漫画だけでなく日本発のバーチャルアイドルなどのコンテンツも、国境や人種を超えて広がっているのだなと。
稲着
今後はもっと人気が出ると思いますよ。最近ではクランチロールという、主に日本のアニメを中心にした米国の配信プラットフォームが話題になっています。アニメ自体が世界最高クオリティのエンタメとして広まってくれたおかげで、アニメルックのキャラクターも抵抗感なく受け入れられています。かつては海外でも、アニメファンに対する偏見がありましたが、今の若い世代にはそれほど抵抗感がありません。日本でも世界でも、一つのカルチャーとして認められるようになっていて、その流れの中でバーチャルシンガーも受け入れられている。
市川
実はここしばらく、コンテンツやエンタメビジネスにおける勝ち筋について多くの人にヒアリングし話を聞いていたのですが、皆さんが共通して言うのは、何が当たるかわからない偶発性というか、再現性のなさ、確率論やロジックでは説明できないということ。多くの方と話しをしてようやく、本当にヒットするための再現性が明確にない難しいビジネスなのだと理解するようになりました。
稲着
一方で非常に機動的なんですよね。スタートアップで言うエフェクチュエーション(未来は予測不能という前提のもと、手元にある資源や手段を機動的に活かして結果を出す)の考え方をもっとも実践しているのがエンタメ業界なのかなとも思います。
市川
なるほど、そうかもしれませんね。
ではバーチャルアーティストを発信する側に必要な体制や、重要なポイントなどはありますか。
稲着
コンテクスト形成が大事だと思います。
広告でも、製品と生活者のエンゲージメントを強めるには、共有できる文脈、コンテクストが必要ですよね。そう考えると、1人のVTuberやバーチャルタレントがキャラクターとして背景に持てるコンテクストには限界がありますから、まさにANYCOLORやカバーが工夫されているように、コラボレーションすることで人と人の関係性というコンテクストを拡張していくことだと思います。また、ファンのイメージを膨らませるコンテンツの断片をいかに提示していくか、描かれていないところをいかに想像させるか、そしてその想像を共同幻想のような形でファンに広げていくか…そういう強いコンテクスト、設定と世界観をつくることで、本人が稼働していないところにもビジネスチャンスが生まれやすくなる。マーチャンダイズが上手くいったり、アニメ化・ゲーム化等のマルチメディア展開が上手くいくも大抵そういったケースです。また、エンゲージメントが強い状態であれば、ファンの批判も起きづらくなります。
バーチャルアーティスト特有の体験設計を考えることも重要です。リアルを再現するという発想をまずは捨て、リアルのアーティストでは絶対に得られない体験をどうやったら得られるか。リアルとはまた違った楽しさが得られるとなってはじめて、人はバーチャルアーティストに関心を持つようになります。
市川
確かにそうかもしれません。
今後この領域で、博報堂DYグループとしてのアセットやケイパビリティを掛け合わせたとき、どんな取り組みができていきそうでしょうか。
稲着
博報堂DYグループはクリエイティブへの誇りと信頼を第一にしている会社ですし、旧来のエンタメで培ってきた、クリエイティブとコンテンツのクオリティをしっかり追求していくスタンスがあります。最新のIT技術やサービスの進化も活かしたうえで、ぜひメガヒットを創り出していきたいですね。
※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとHakuhodo DY ONEが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。
市川 貴洋
博報堂DYメディアパートナーズ
コンテンツクリエイティブ局
ビジネス開発グループ GM
(兼)経営企画室 事業投資推進部
新規事業開発(コンテンツ・スポーツ・エンタテインメント領域)チームの責任者。Venture Capital投資業務にも従事。博報堂DYメディアパートナーズからカーブアウトしたスタートアップ、株式会社stepdaysの社外取締役も務める。
稲着 達也
博報堂DYメディアパートナーズ
コンテンツクリエイティブ局
ビジネス開発グループ
Tech系スタートアップのCo-FounderとしてFanTechビジネスに従事。同社をバイアウト後、芸能・音楽プロダクションのCCOとして主に音楽アーティストの発掘・育成・プロデュース、IP開発、新規事業立ち上げに従事し、現職ではエンターテインメント事業開発、IP・コンテンツプロデュースを専門に行う。