コラム
女性の活躍推進とエージェンシーの挑戦:最新の視点とアプローチ
─Advertising Week Asia 2024より
マーケティング&広告業界で最大級のグローバル・プレミアイベント「アドバタイジングウィーク・アジア2024」。昨年に引き続きリアルとオンラインで開催された今回も、各界の最新の知見に触れる刺激的で魅力的な数多くのプログラムが実施されました。
本稿では「女性の活躍推進とエージェンシーの挑戦:最新の視点とアプローチ」の内容をご紹介します。
モデレーター
香川 晴代
Index Exchange Japan株式会社
日本担当マネージングディレクター
スピーカー
佐野 綾子
株式会社 電通グループ
電通イノベーションイニシアティブ チーフディレクター
河合 典子
株式会社サイバーエージェント
執行役員
佐々井 美嘉
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
統合アカウントプロデュース局
AaaSアカウント推進一部長
■自分を成長させてくれる人々との接点を失わないこと
香川
まず、「広告会社でのキャリアを選んだ理由と、その中でどのように成長してきたか」について佐野さんからお願いします。
佐野
私は海外の大学を卒業したこともあり、グローバルに活躍でき、社会に接点を持てるような企業を志望し電通に入社しましたが、退職してからは、MBAで経営を学んだり、教育事業を興したり、ロンドンのスタートアップに勤務したり、大学院でブランドマネジメントの講師をしました。それらの経験を活かせる場所として、5年前に現在の電通イノベーションイニシアティブというチームに戻ったという経緯です。
こうした一直線ではないキャリアも、私の世代の女性にはさほど珍しくないかと思います。立ち止まることもあった中で前に進んでこられたのは、自分自身の成長を支えてくれる人々やコミュニティと接点があったから。女性の場合一時的に社会から離れざるを得ないこともありますが、私自身はやはり自分を成長させてくれる人々との接点を持ち続けることが重要だったかと思います。
佐々井
私のキャリアは、バスケットボールやラグビーなどのイベント興行、制作を行うスタートアップからスタートしたのですが、それらのスポーツが今ほどメジャーではなかった当時、広告もかなり手弁当でまかなっていました。なかなか多くの人にそれらスポーツの素晴らしさが伝わらないことにもどかしさを感じ、しっかりと世の中にメッセージを伝えていけるノウハウ、パワーのある会社を選びたいと思い今の会社に入社しました。
入社当初はとにかく配属先のテレビ局担当セクションで目の前の仕事をこなすことに専念し、その後は、デジタルやメディアプラニングを経て、部署長というところまでチャンスを与えていただけました。いろんな方にサポートしていただきながら、自分のやりたいことと意欲と挑戦の機会を常に感じながら進めてこられたキャリアだと思います。
河合
私はやりたいことというよりも、どちらかというと“ありたい姿”という軸でエージェンシーというキャリアを選びました。出産や結婚を想定していたので、20代のうちにいかに経験を積めるかが重要と考え、ベンチャーのようなスピードの速い業界、会社を中心に就職活動を行いサイバーエージェントを選びました。
サイバーエージェント自体が非常に抜擢文化で、さまざまな機会をどんどん任せていくというカルチャーがあります。私自身も組織の立ち上げや、それこそ20代で執行役員に抜擢していただくなど、身の丈以上の機会を与えてもらうことで、ギャップを埋めるように努力をし、成長させてもらってきたと感じています。
■自分の限界を決めるのは自分だけ
香川
2つ目の質問は、「キャリアの中で直面した最大の挑戦は何でしたか?それをどのように乗り越えられましたか?」です。
佐々井
私の場合、スタートアップから大企業に入り、テレビ局を担当していたと思ったらデジタルメディア担当となり、メディアバイイングのセクションかと思ったらプラニングのセクションに行って…と、変化のあるキャリアを歩んできた結果、つねに自分に対してチャレンジをしてきたという印象です。
今のメディアプラナーのセクションでも、もともとは国内のクライアントのみを対応していたんですが、以前雑談の中で私が英語が好きで学んでいると話したことを上司が覚えていて、「じゃあAPACでのプランニングがあるから、ネイティブのみんなと一緒にやっておいで」といって担当させてくれました。そのチームにほかにメディアプラナーはいなかったので、つたない英語でしたが何とか試行錯誤して乗り越えました。
いずれにしても「これはチャレンジだ」という意識はあまりありませんでした。自分の限界を決めるのは自分でしかないので、とりあえずやってみること。100点を目指す必要はなくて、60点70点でもいいわけですから、まずはやってみて、自分がどの領域でどういう新しいことができるのか、向いてるのか不向きなのか、誰か助けてくれる人がいるのかなどを見つけることの方が大事だと思っていました。なので、どのように乗り越えてきたかというと、やはり誰かの力を借りたとか、チャンスをもらったりしながら、限界を決めずに頑張ってきたということかと思います。
河合
私は営業という職種なので修羅場は数々経験してきましたが、もっとも重かったのはマネジメントにチャレンジしようとしたタイミングだったかなと思います。元々マネジメントや管理職などに興味がなかったのもあり、マネージャーとして抜擢された際、「管理職とはこうあるべき」という固定概念に縛られてしまっていました。そのせいで最初の2、3年はいろんな失敗をしましたし、プレイヤーに戻りたいと悶々とするなど、自分らしいマネジメントを確立するまではかなりの困難でした。
どのように乗り越えたかについては、結局は自分らしくやることに尽きるというか。マネージャーだからこうあるべきというよりも、結局は自分がどういうチームを作りたいかが肝心なのだと思います。チームで仕事をしている以上、自分が全部やり通すとか、自分でやり切ろうとしても、最大の成果は出ないということを何度も経験しました。なので、メンバーを信じて任せるとか、自分ができないところは助けを求めるといったことを意識することで、自分なりのマネジメント、リーダーとしての姿を明確にすることができたかと思います。
佐野
私にとって大きなチャレンジだったのは、家族の仕事の関係でロンドンに移住してすぐに出産育児があり、仕事を離れる期間ができたことです。
子供が1歳を過ぎロンドンでも働きたいと考え始めたものの、ロンドンでの実績もなく、実際どうやったら社会に戻れるだろうかというのが大きな課題でした。働くことが日常だった自分を取り戻すためにまずやったことは、外に出ていろんな人と会い会話をしたことです。そして自分が今まで築いてきたネットワークの中で相談をしていくと、それまで考えていなかった新しい視点が生まれていきました。たとえば当時、教育に興味があったので、同じく教育に興味を持つ先輩に話をしてみたところ、意外にもその先輩から「いまはデジタル領域の知識も必要」「せっかくロンドンというテックスタートアップが集まる場所にいるんだから、教育にこだわらず、そういったところで経験を積んでみたら」と言われたんです。その言葉がきっかけとなり、ご縁がつながって、現地のデータ分析系のスタートアップで事業のお手伝いをする機会をいただけました。そしてそこでの経験が過去のいろんな経験と繋がり、評価され、海外のスタートアップと連携をして新規事業の創造を行うという現在のチームに導いてくれました。
チャレンジに面したときは、自分の考えている自分の限界や、「私にはこれは向いていない」といった思い込みから抜け出すためにも、様々な人と接し、新しい視点を得ることが大事なのではないかと思います。
■女性横断のネットワークを構築しステップアップをサポートする
香川
続いて「家庭やプライベートと仕事の両立において、ご自身や御社の社員の皆さんに、特に役立っていると思う会社の制度やサポートは何ですか?」という質問について、お答えいただけますか。
河合
サイバーエージェントは「マカロン」という女性の支援制度を組んでおり、妊活休暇などの制度を駆使しながら働いています。そんな中でも私自身が特に救われたのは、女性社員同士の横のつながりです。サイバーエージェントでは女性活躍支援という形で全社横断で推進しているさまざまな施策がありますが、何より先輩ママにキャリアステップにおける悩みなどを気軽に相談できるようなネットワークづくりを非常に大切にしています。制度だけが整っていても、実際にそれをどう活用するか、具体的な内容について相談できたり、意見をもらえることは大きいし、私自身もそれでとても救われたなと思っています。
なお私自身も「WE(Woman Empowerment)」というプロジェクトを推進しています。これはインターネット広告事業本部の中で、マネージャー以上の女性メンバーを対象に、今後局長だったり役員だったりとキャリアをステップアップさせるために取り組むべきキャリアビジョンや、戦略性を高めるプロジェクト、研修、また社長を始めとする役員との接点づくりといったことを、女性横断でプロジェクト化したものです。
佐野
私は今年の4月に育休から戻ってきたばかりなのですが、育休が終わる頃にチームメンバーの方が家の近くまで遊びに来てくださり、赤ちゃんも一緒にランチしたり散歩したりしながら、私や家族の様子を伺ってくれました。仕事の話をするわけではないですが、戻るチームの様子も共有してくださって、復帰に対して大きく安心感を抱くことができました。
そのときにいらっしゃったのはHRMD職(Human Resources Managing Director)の方だったのですが、HRMDは電通で各局に少なくとも1人はいるポジションで、労働環境についてや、キャリアや制度のこと、ちょっとした事務的なことまで、気軽に相談できる立場の方です。HRMDは人事に関連する全責任も持っており、HRMDの方に相談することで、人事と連携して回答してくださったりする。チームのコミュニケーション活性化を担う立場でもあります。
「この人なら業務以外のちょっとしたことでも相談できる」という人の身近な存在が、仕事をする上ではすごく大事かと思うので、実際にHRMDに支えられている社員は大勢いるのではないかなと思います。
佐々井
私は、重要なサポートの軸というのが3つあると考えています。1つは制度そのもので、2つ目がそれを啓発すること、3つ目は意識があるかということです。その軸で考えると、徐々に私がいる会社でも、そのムードが高まってきているのを感じます。
1つ目の制度で言うと、年に2回、5営業日連続で休める“フリーバカンス”が与えられているのに加えて、結婚休暇や育児休業の制度も、最近は男女問わずに取れるような形ができてきました。2つ目の啓発という点では、若手で構成されている従業員組合だとか、女性のキャリアを中心に調査したり世の中に啓発していく活動をしている「博報堂キャリジョ研プラス」という組織があり、社内はもちろん社会に対してもリードしていくようなアクションができています。3つ目の意識の点でいうと、私の所属部署で育休を取っている男性が今年に入って複数人いたり、結婚休暇はもちろん男女問わず取っています。広告会社だとなかなかそうしたお休みを取りにくいという意識があったと思いますが、私の周囲では、単に仕事を休むためのお休みというよりも、休みを通してその人のプライベートで取り組むべきことを応援するような機運が非常に高まっています。こうした3つのスキームがもっと普及していくと、より精神的にもグローバル企業に追いつくような形になっていくんじゃないかなと思います。
ちなみに私が今所属する部署はグローバル企業とのお付き合いが多いんですが、ピッチなどの場合も、外資のクライアントの場合はブリーフそのものに「あなたたちはダイバーシティについてどういうフィロソフィーを持っていますか」とデフォルトの項目として書かれていたりします。ダイバーシティ含め、全員に均等に機会を与えるべきという機運がグローバルで高まっている分、私達もそれに応えていく必要があると思います。
香川
ダイバーシティについては、学生の方たちも就職活動の際にそういうデータを見ているし、若い世代ほど女性の役員の方がどうキャリアを歩んでいるのか興味を持たれているようですね。ワーク&ライフバランスをきちんと考慮している企業を選びたいという若い世代の強いニーズの表れかもしれません。
■まずは実現可能性を探ること。諦めるのはそれからでも遅くない
香川
「リーダーシップを発揮する上で、どのようなスキルや資質が重要だと考えますか?」についてはいかがでしょうか。
河合
前提として、サイバーエージェントにはサーヴァントリーダーシップ型、いわゆる奉仕型リーダーシップと呼ばれるマネジメントの文化があります。リーダーはメンバーに奉仕した上でけん引していく、信じて任せるというような文化が強くあります。そこでリーダーシップを発揮するとなると、どれだけフォロワーを作れるかが問われることになる。信頼関係を築くスキルを持ち、いかにもっと応援される人になるかが非常に重要だと、会社としても言っています。かつ人格の部分も、リーダーシップなりマネジメントを担う上で大切な部分かと思います。
佐々井
完全に私個人の意見ですが、一番重要なのは、自分と相手は全く別の人であり、考え方が違って当然だという前提のもとに、相手を理解する姿勢かと思います。
やはり人によって何を重視し、どうありたいかという考え方は全く違うし、私が正しいと思っていることや諸先輩方が築いてきたものが、必ずしも今現在正しいかどうか、あるいはその人にとって適切かどうかは別の話だと思うからです。業務量一つとっても、本来ワークライフバランスを大切にしたい方が、成長したいからといって根を詰めてしまうような働き方は良くないし、一方で自己成長を求めている人の学ぶ時間を取り上げてもいけない。ですから1人1人と話をし、その人はどういう領域で何にチャレンジしたいのか、どうすればその人が楽しく働けるのか、1人1人見極めながらカスタマイズしていくことが重要だと思います。
その上で、もしその人が「今とは全く別の領域に挑戦してみたい」と思っていたとしたら、そこに対して的確なアドバイスができるスキルと、その実現を手助けしてあげられる人脈があることが、リーダーにとっては重要だと思います。
香川
最後に、「次世代の女性たちに伝えたいメッセージは何ですか?」ということで佐野さんからお願いします。
佐野
一度会社から離れてまた仕事に復帰する際、悩む女性は少なくないと思います。そんな時に有効なのは、できる限り自分が成長できるネットワークをたくさん持つことだと思います。それも自分が属するネットワークの中でたくさんの人を知るというよりも、違う業種、違う世代、違う国など多様なネットワークを持つことで、自分が持っていなかった視点に触れられます。そうすることでコンフォートゾーンを超えた新しいチャンスを見つけられるのではないでしょうか。
佐々井
私からは、「いろいろなことを諦めないで欲しい」と伝えたいです。
私の場合は今の会社では派遣社員からスタートしましたが、普通なら「正社員なんてなれないし役職キャリアなんて難しいよね」と思ってしまいがちだと思います。でもそうではないということを、私自身が体現しています。結婚しちゃ駄目かなとか、キャリアと子育ての両立は大変なんじゃないかなどと思う方もいるかと思いますが、ここに登壇している女性の皆さん、お子さんを抱えながら、ときには離れたり、ときには予想外の大抜擢もありながら、おそらくご家族の方とご自身もものすごく努力をされて、両立されている方々だと思います。
キャリアのステータスだったり、ライフステージにおける変化などがあれば、まず周りの人に話してみて、助けてくれる人はいないか探すというアプローチをしてみる。諦めるのはそれからでも遅くないんじゃないでしょうか。後進の方々に「私もできるかも」と思ってもらえるロールモデルを作る、パイオニアになるという意味でも、チャレンジしてほしいと思います。
河合
私自身、「もしママになったらこのままの働き方でいいのか」と悩みながら走ってきましたが、実際いま子どももおり、育児と執行役員という業務を無理せず両立できています。それも、20代の頃にいろいろとチャレンジをしていたことが奏功しているのだと思います。子どもが生まれて価値観が大きく変わることもありますが、その際に自分の選択肢をどれだけ持てているか。その選択肢は過去の自分の頑張りからしか作れないものだと思います。なので次世代の女性には、「未来に対してあまり悩まずに、まずはチャレンジをしてほしい」と伝えたいですね。
香川
それぞれ力強いメッセージをありがとうございます。1人でも多くの方の背中を押すディスカッションとなっていれば光栄です。ありがとうございました。
香川 晴代
Index Exchange Japan株式会社
日本担当マネージングディレクター
佐野 綾子
株式会社 電通グループ
電通イノベーションイニシアティブ チーフディレクター
河合 典子
株式会社サイバーエージェント
執行役員
佐々井 美嘉
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
統合アカウントプロデュース局
AaaSアカウント推進一部長