コラム
Media Innovation Lab
急成長する東南アジアのマーケティング攻略法 【Media Innovation Labレポート48】
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約6億7000万人の人口と多様な文化を背景に、近年急速な成長を見せている東南アジア市場。その魅力やデジタルメディア環境の特徴、市場攻略のポイントまで、Hakuhodo DY ONEの上江洲雅人に、博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンターの島野真が聞いていきます。

■世界的に見ても急成長を遂げている東南アジア市場

上江洲
今回のテーマでは、日本企業として東南アジア市場でのビジネス拡大を目指す際、現地の特徴を深く理解した適切なマーケティング戦略を立案していただくための指針を提供できればと思います。

そもそも東南アジアは、日本の人口の約5.4倍、世界人口の8.55%に相当する、約6億7000万人の人口を擁します。タイ、インドネシア、ベトナムなどの大国が主要な消費市場を形成しており、経済成長の原動力であり主な労働力を担う若年層が50%を占めます。2022年の実質GDP成長率はマレーシアで8.7%、ベトナムで8.0%、フィリピンで7.6%と、世界的に見ても高い。グローバル企業やブランドにとって非常に魅力的な市場であると言えます。

島野
市場としての東南アジアにぜひ目を向けるべきということですね。

上江洲
その通りです。ただしその場合、単なるグローバル戦略のローカライズではない、現地の文化や生活者心理をふまえた適切なアプローチが必要になると考えます。

たとえば東南アジアでは、スマートフォンの普及とソーシャルメディアの浸透によってデジタル経済が急成長し、eコマースやライブコマースが新たな消費の中心となっています。多くの生活者はモバイル経由でインターネットにアクセスし、約70%がオンラインショッピングを利用。購買行動が慎重で、情報収集を徹底する日本の生活者と異なり、インフルエンサー主導の購買やソーシャルメディアを介した即時購入の需要が高く、オフラインからオンラインへのダイナミックな移行が見られます。

また生活者の特性としては、体験や共感を重視し、コミュニティの影響力や宗教的背景が購買行動に大きく影響します。
信頼できる商品やサービスを選ぶことで失敗を避けようとする日本の生活者に比べ、彼らは「今を楽しむ」傾向が強く、祭典や行事、限定商品への関心が高いという特徴があります。また日本の生活者が専門家の意見や口コミを重視するのと異なり、彼らは家族や宗教・地域コミュニティの意見に大きく意思決定が左右されます。イスラム教/仏教/キリスト教それぞれの戒律や習慣も、消費行動に影響しています。

多様性と一体性のバランスも、注意すべきポイントです。
東南アジアは11カ国からなり、多様な文化や宗教、消費習慣を持つため、国ごとにカスタマイズしたマーケティングが必要ではありますが、一方で、ASEAN(東南アジア諸国連合)として経済や貿易面での連携も進んでおり、地域横断的な戦略が通用する可能性も高まってきています。実際にインフラ整備や関税周りの制度を統一化していくような動きも出てきていて、地理的、物理的なハードルは少しずつ排除されていき、よりビジネスを展開しやすい経済圏になっていくことが見込まれます。

島野
多様性と一体性という相反する側面に注意すべきというのは、面白いですね。日本の生活者と比べたときの消費行動や価値観の違いも、覚えておきたいところです。

上江洲
そうですね。東南アジアをマーケティングの視野に入れる場合、マーケターはこうした生活者行動や価値観、購買プロセスなどの違いを深く理解し、現地の特性に合ったマーケティング施策を展開することが成功の鍵になると考えます。

■東南アジア市場における4つの攻略ポイント

島野
東南アジア市場におけるマーケティング攻略のポイントとして、具体的にどのようなことが言えますか?

上江洲
以下、4つのポイントを挙げていきたいと思います。
1つ目は「ユーザーエンゲージメント」。
双方向のリアルタイムコミュニケーションの活発化です。

モバイルの普及が一気に進んだことで、人口の多くを占める30歳以下の世代や都市部の労働者にとって、リアルタイムでの双方向コミュニケーションが当たり前のように受け入れられるようになりました。こうした層は特に、ライブストリーミング、リアルタイムチャット、Q&Aセッションなどの双方向の体験に価値を感じる傾向があります。ライブコマースが一般的で、リアルタイムで紹介された商品を購入できる仕組みが生活者の支持を得ています。

さらに、たとえばフィリピンでは1日平均4時間がSNSに費やされており、世界でも高水準になっています。モバイルインターネットが低コスト化し、通信技術も進化したことで、生活者がどこでも簡単に双方向コミュニケーションを楽しめるようになっているのです。

また、多様な宗教や文化が共存する地域ではコミュニティが重視され、個人間の交流が社会的にも重要視されています。
SNSやライブプラットフォームは単なる情報発信の場を超えて、コミュニティの絆を深める手段として機能しています。

島野
日本では生活者とブランドがリアルタイムでやり取りをすることはまだ少数ではないでしょうか。コスト効率の問題や、リアルタイム性へのリスク面を考慮しがちだと思うのですが、東南アジアにおいてはそれは機会損失になると。

上江洲
はい。東南アジアにおいては、ブランドが生活者と密接に関わり合い、リアルタイムの体験を提供することが必須になります。この手法が日本でもより活用されれば、ブランドと生活者のより強い関係性の構築ができるようになっていくかもしれません。

島野
国内における日本企業の活動にも参考になりそうですね。

上江洲
2つ目は「コミュニティロイヤリティ」。
コミュニティとインフルエンサーの受容の高さ、です。

東南アジアでは、KOL(Key Opinion Leader)やKOC(Key Opinion Consumer)と呼ばれる小さなグループの中でのリーダー的存在が非常に強い影響力を持っていて、幅広く受容されています。日本の場合、もともと有名な人がインフルエンサーとして活動するケースが多いですが、東南アジアでは、全国的には無名でもそのコミュニティでは信頼されている人がインフルエンサーとして重宝されています。たとえば宗教コミュニティにおいて、経典の内容などを他の子たちに教えるようなリーダー的な人物がいて、そういったリーダーに教えを乞うようなことがとても一般的な習慣になっている。

ですから、それまで見たこともないような人が突然「私はこのブランドのインフルエンサーです」と名乗り出てきても、心理的な抵抗感なく、「この人詳しいんだ」とフォローするわけです。人種も宗教も異なる地域ですから、居場所としての小さなコミュニティに属することがある意味前提になっていて、インフルエンサーという存在が馴染みやすい背景があるのではないかと思います。

また、たとえばシンガポールでは、マレー系、中華系、インド系の人が同僚として同じ会社で働いていたりします。そうすると、宗教によってそれぞれ休みの日が異なるということがごく普通のこととして受け入れられているんですよね。異なる宗教コミュニティが互いの存在を尊重しながら、地域で共存しているのがわかります。

島野
なるほど。アメリカなどと比べても、東南アジアは本当の意味でミックスした状態という印象です。

上江洲
そうですね。東南アジアは数千の島々からなる地域で、国ごとに文化も言語も異なります。地域や文化に特化したマイクロインフルエンサーが活躍しやすい環境が整っているとも言えます。また、東南アジアは多世代家族が一般的で、家族や友人、地域コミュニティが日常生活の中心になっている。このような絆の中で、信頼できる意見を提供するインフルエンサーが親近感をもって受け入れられやすいこともあります。さらには、70%以上の生活者がSNSを利用しており、インフルエンサーが活躍するプラットフォームの普及が、生活者とのエンゲージメントを高める一因になっている。

インフルエンサーを受け入れる土壌とテクノロジーの進化との掛け算で、デジタルにおけるコミュニティ形成のスピードが非常に速いというのが、大きな特徴となっています。

上江洲
3つ目は「シームレスな統合」。
eコマースとソーシャルメディアの連携です。

東南アジアではインターネット利用者の75%以上が25歳から34歳の若年層で構成されています。デジタルネイティブの彼らがモバイルデバイスやソーシャルメディアを日常的に活用することで、ソーシャルコマースの浸透が促されています。ソーシャルメディア上には多くの若年層が待機していますから、購入するきっかけを提供すれば、購買に繋がりやすいのです。

また、宗教や文化の影響で形成された強固なコミュニティ文化も、生活者行動に影響を与えています。友人や家族で情報共有する傾向が強く、ソーシャルプラットフォーム内での購買意欲を高めて口コミ効果を促進しています。ただし、日本のように、見ず知らずでも信頼できる人のコメントを参考にするのではなく、自分が属するコミュニティの人の意見を最重要視するのが東南アジアです。「〇〇教である私としてはこういう消費行動が正しい」といった縛りもおそらくあるとは思います。

さらに東南アジアでは、それぞれの地域の市場でローカライズされたソーシャルコマースの実装が進んでいます。たとえばタイやインドネシアではライブコマースが特に人気で、地元のニーズに応じた戦略が生活者との密接な繋がりを構築しています。異文化の異宗教のインフルエンサーをわざわざフォローすることはありませんから、どの国のどの地域の人で、どの宗教を信じているか、それぞれの特性に合わせたインフルエンサーが必要になります。

プラットフォームとしては、Shopeeや、Lazadaなどが主流です。ちなみにShopeeは誕生してまだ数年ですが、東南アジア全域をカバーしており、流通額は5兆円にのぼります。すでに楽天の国内流通額の6兆円に迫る規模になっており、今後も大幅な成長が見込まれます。

島野
Shopeeはそれほど成長しているんですね。非常に勢いを感じます。

上江洲
技術革新と即時性の強化も重要で、アプリ内での購入プロセスを簡略化する技術、たとえば自動入力だったりワンクリックで購入できる機能がソーシャルコマースの中に組み込まれることによって、見て知って買うという一連のプロセスがスピーディに行われ、リピーターの育成につながっています。

最後、4つ目は「信頼関係」。ブランドと生活者の関係構築です。
東南アジアではブランドと生活者の直接的なコミュニケーションが特に好まれ、生活者が迅速に製品やサービスにアクセスすることに慣れています。
ライブショッピングなどリアルタイムでの顧客対応が広がりつつあり、生活者は即時性のある体験を求める傾向が強いです。「今知りたい」「今教えて」というニーズに応えるブランドが支持を集めており、伝統や信頼性よりも情報提供の即時性が評価される傾向にあります。

多くの生活者がインフルエンサーから製品やサービスの情報を得ていて、アジア全体ではソーシャルメディア利用者の約80%がインフルエンサーの推奨商品を購入する傾向が強く、生活者が新しいブランドを迅速に受け入れる理由にもなっています。

また東南アジアでは、宗教や伝統的な価値観に基づいたコミュニティとの繋がりが強調される文化です。生活者は「顔の見える」コミュニケーションや信頼できる情報源を重要視しますから、顔が見えるブランドのアンバサダーや、馴染みのあるインフルエンサーなどとのコミュニケーションを好みます。見ず知らずでも専門家の情報の方が信頼できると思ってしまうのは、日本的な感覚なのかもしれませんね。彼らは「この人の言うことなら信頼できる」という価値観が強い。この違いも面白いなと思います。

さらに、モバイルインターネットの普及により、生活者への直接的なブランド体験の提供が可能になりました。コミュニティを重視する土壌に技術発展が重なり、そのままデジタルコミュニティの形成につながったという流れです。

島野
そうした背景を踏まえて、ブランドはインフルエンサーを活用したキャンペーン、リアルタイムの対応を強化することで、生活者との関係をより効果的に構築できるようにしようということですね。日本とは異なる、東南アジアの人たちになじみのあるコミュニケーション、伝わる言い方伝え方で関係を構築していく必要があるわけですね。

■パートナー企業との協業で東南アジアに最適化したマーケティング施策が可能に

上江洲
当社のグループ会社にInnityという会社があります。
マレーシアをヘッドクォーターとし、東南アジアの文化的、宗教的、地理的、経済的背景をしっかりと踏まえた上で、この経済圏でデジタルマーケティングのサービスを提供している会社です。広告、オウンドメディア、コマース、CRMの4つの領域でソリューションを展開しており、アジア市場特有の課題に対して一気通貫の対応が可能です。

打ち手の一例として、たとえばブランデッドコミュニティを立ち上げ、ブランドのファンが喜ぶようなコンテンツ作成やSNSでの発信を行い、そこに来てくれたファンを、その先のインフルエンサーに育てていくといったソリューションがあります。ただのファンだった人が、ブランドに詳しくなるにつれ情報発信側になっていく。そういう人たちが情報発信をしたり、フォロワーとコミュニケーションをしたりする場をブランドが用意する。そういったマネジメントのサービスも充実させています。

さらに、コミュニティサイトのアクセスデータを解析し、次なるキャンペーンへデータを利活用するといったことも可能です。

これまでに、様々な業種でこれらのインフルエンサーを活用したコミュニティ施策のソリューションが展開されています。例えば、エネルギー関連企業での新しいメンバーシップアプリの認知拡大と使い方紹介による利用促進、外食チェーンでの新メニューの認知向上とクーポン利用促進による売上拡大、ヘルスケア企業のサプリ製品のオンライン・オフラインを統合した販売促進プロモーション、化粧品ブランドの新商品ローンチなどで高い実績を出すことができました。

これらの事例からも分かるように、東南アジア市場では、マイクロおよびナノインフルエンサーを活用することで、ターゲット層に響くリアルなコミュニケーションを実現し、購買行動へとつなげることが可能です。特に、生活者の共感を得るためには、ブランドと生活者が直接対話できる場をつくり、継続的な関係を築くことが成功の鍵となります。

島野
企業やブランドがファンのコミュニティを作り、そこからさらにインフルエンサーを育てて、そのインフルエンサーに自分の企業ブランドの中で自由にインフルエンサーとして振舞ってもらうわけですよね。日本の企業でも取り組みは始まっていますが、この領域では。東南アジア企業の方がより大規模かつ積極的に施策を進めている印象ですね。

上江洲
東南アジアでブランドが生活者の信頼を勝ち得るためには、場をつくり、たくさんコミュニケーションをとってもらうことが非常に重要になると思います。さらに言うと、1人当たり1000人ぐらいのフォロワーしかいないインフルエンサーであっても、そのインフルエンサーを複数人採用すれば、掛け算でリーチできる人数は確保できる。なので、そうしたマイクロインフルエンサーを多数起用するというのは理にかなった戦略でもあります。

インフルエンサーのマネジメントサービスも行っており、対象となるコミュニティに応じて適切な運営を請け負えるインフルエンサーをマッチングさせ、すぐにキャンペーン展開を行うことも可能です。

シームレスな購買体験を可能にするために、ソーシャルコマース機能をつけたり、広告からワンクリックで購買できるような機能なども提供していますし、動画広告からAR広告、インタラクティブゲーム広告まで、商品情報をより効果的に伝えるさまざまなフォーマットを用意できます。インフルエンサーのコンテンツを収益化しやすくすることで、ECサイトへの送客を促進するというソリューションもあります。

日本のマーケティング手法をそのまま輸出するケースも多々あるかと思いますが、東南アジアの場合は日本とこれだけの違いがありますから、当然ローカライズしていく必要があります。その中で特に、成功の鍵となると思われるのは以下の4つのポイントです。

• 文化や宗教の違いを理解する
現地の価値観や消費行動に寄り添い、それぞれの国・地域に適したアプローチを設計する。

• リアルタイムでのエンゲージメントを強化
生活者との双方向コミュニケーションを促進し、リアルタイムでの関係構築を重視する。

• インフルエンサーやコミュニティを活用
影響力のある人物やコミュニティの力を借りて、ブランドの信頼性を高める。

ECとソーシャルメディアをシームレスに統合
購買プロセスをスムーズにし、オンライン上での購買体験を最適化する。今回の話を通じて、東南アジア市場での成功に向けたヒントを得ていただけたら幸いです。

島野
国外でのビジネス展開を想定している日本の企業にとっても、大変参考になる話だったと思います。ありがとうございました。

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとHakuhodo DY ONEが、日本、シリコンバレー、アセアンを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

上江洲 雅人 Masato (Bud) Uesu
Hakuhodo DY ONE 兼 Hakuhodo International
アジアDX戦略局 リージョナルアカウント開発部 部長
兼 H+ Regional Business Development Director
2017年にデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(現 Hakuhodo DY ONE)に入社し、プロダクト開発部門とオープンイノベーション推進室を経験。2021年からはグローバルビジネス本部アライアンス戦略局に配属され、海外ソリューション企業とのアライアンス業務を担当。日本とアジア市場における協業を推進。2024年からはアジアDX戦略局リージョナルアカウント開発部に所属し、アジア圏でのビジネス拡大に注力している。

島野 真
博報堂DYメディアパートナーズ
イノベーションセンター 兼 Media Innovation Lab
兼 博報堂 研究デザインセンター
兼 博報堂DYホールディングス テクノロジーR&D戦略室
研究主幹
博報堂に入社後マーケティング部門に在籍し、通信、自動車、ITサービス、流通、飲料など数々の得意先の統合コミュニケーション開発他に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング領域の新設部門でマーケティングとメディアのデータを統合した戦略立案の高度化、ソリューション開発、DX推進等を担当。2020年よりメディア環境研究所所長 兼 ナレッジイノベーション局局長として、メディア環境の未来予測他の研究発表を行う。24年より現職。

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