コラム
ポストcookie時代、IPを軸に事業拡大する大手出版社1st Partyデータ活用の可能性
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2023年8月、集英社は「Shueisha Data +」(集英社データプラス)をリリース。自社のマンガアプリや雑誌WEBメディア、ECサイトなどで取得した閲覧情報や購買情報などの1st Partyデータを自社カスタマー・データ・プラットフォーム(以下CDP)上で統合し、広告配信・分析に活用できるサービスをスタートさせました。

大手出版社が保有するデータは、脱cookie時代のマーケティングにどのような効果をもたらすのか。「Shueisha Data +」を担当する集英社 メディアビジネス部 部長 兼 IT戦略企画部 データマネジメント室委員 古賀路氏、同社メディアビジネス部 デジタルプロデュース課 花澤翼氏と、博報堂DYメディアパートナーズ コンテンツクリエイティブ局の瀧川千智が、次世代の広告戦略について意見を交わしました。

社内に散在するデータの統合プロジェクトから誕生した「Shueisha Data +」

瀧川:集英社は雑誌データを一元管理するプラットフォーム「MDAM(Media Digital Asset Management:エムダム)」を他社と共創して開発するなど、出版DXに積極的な企業というイメージがあります。「Shueisha Data +」を提供するに至った背景についてお聞かせいただけますか。

古賀:きっかけは、2021年5月に発足したデータマネジメントプロジェクトです。
以前は、サービス横断的な観点でのデータ蓄積や活用に関した取り組みは行っておらず、各種デジタルメディアやサービスは別々の会員組織・IDで管理、活用ツールも異なるものを使用していました。
ですが近年、デジタルメディアや電子書籍の売上シェアが伸長し、ECやイベントなどの事業拡大に取り組んでおり、各サービスのCRM(Customer Relationship Management)につながる活用や、ユーザー起点でのLTV(Life Time Value)向上を目指していくなかで、全社データの活用が可能な体制・仕組みづくりをしていこうと自社のCDP上でデータを統合することになりました。
結果、我々のデータを広告主の皆様のデジタルマーケティングでご活用いただける基盤が構築でき、「Shueisha Data +」をリリースするにいたりました。

媒体を横断したアプローチが新規顧客獲得に効果を発揮

瀧川:サービスの強みや優位性について伺えますか。

花澤:「Shueisha Data +」は、集英社が提供する複数のサービスを横断したデータ活用が可能で、弊社が展開する異なるメディア間においても連携した広告配信・分析を行うことができます。例えば、集英社を代表する『MORE』『SPUR』『LEE』などの女性誌メディアへ生成したセグメントを用いて横断した広告配信が可能です。

また外部誘導やダークポストなどのSNS広告を中心とする外部媒体メニューにおいても、各外部プラットフォームのデータと「Shueisha Data +」独自のセグメントを掛け合わせた広告配信を実施することができます。

瀧川:本来、雑誌は詳細なデータを取得しにくいメディアだと思いますが、ECサイトも運営されているので、ユーザーに対する解像度が高そうだなという印象を思っています。以前、マーケティング施策の一環として御社媒体の読者の方にアンケートを実施させていただいた際、丁寧に回答してくださる方が多く、驚いたことを覚えています。
効果検証からも新商品やトレンドへの感度も高いという印象があります。

古賀:漫画から女性誌、男性誌まで幅広い媒体を展開しており、各媒体に多くのファンや愛読者がいらっしゃいます。そのため、様々なセグメントを作成しコアなターゲットに向け広告配信、分析ができますし、逆に幅広い層へのアプローチも可能だと考えています。

新規ユーザー流入率 96.1%、F2転換率48.9%

瀧川:「Shueisha Data +」の活用事例についてお聞かせいただけますでしょうか。

花澤:大手アパレルメーカーとの「HAPPY PLUS ターゲティングネットワーク」を活用した取り組みをお話しさせていただきます。

「HAPPY PLUS ターゲティングネットワーク」は、9つの集英社媒体に対して小規模なアドネットワークのような形式でターゲティング広告を配信することができます。各媒体が共通のドメインを持つため、集英社の1st Party Cookieのデータを活用しながら媒体を横断してセグメント化し、広告を配信します。

今回は「新規ユーザーへのアプローチを強化したい」とのご意向を受け、我々のデータと掛け合わせることで、既存顧客を除いた新規顧客の送客を狙った広告を配信しました。これは集英社とアパレルメーカーさんが同じCDPを利用していたからこそ実現できたことではありますが、今回の施策により、新規ユーザー流入率 96%、そのうち購入に至ったユーザーのF2転換率(初回購入者に対して2回目の購入に至った割合を示す指標) 48%という予想を上回る結果を得ることができました。

瀧川:新規顧客となり得る潜在層は、想定よりも多いことが立証できたわけですね。
F2転換率の高さからも、アパレルメーカーとファッション誌の親和性が結果につながることがよくわかります。

潜在顧客にはセレンディピティの創出が不可欠 

古賀:以前、弊社が運営する「MAQUIA ONLINE」と一般的なWebメディアにおいて、ユーザーの情報収集態度の違いについて調査した際、それぞれ特徴が異なることがわかりました。Webメディアを積極的に活用しているユーザーは調べたいことや知りたいことがあり、検索的な目的でアクセスしているため購買に直結しやすい。

一方の「MAQUIA ONLINE」は、雑誌『MAQUIA』の読者、または読者層に近しいユーザーが主体であることから、自分のモチベーションが上がるようなアイテムがないかといった抽象的な目的でのアクセスが多い。これは雑誌の読者と共通しており、出版系Webメディアはユーザーにセレンディピティを創出していることがわかりました。

媒体によって差異はあると思いますが、新規顧客の開拓という観点から「Shueisha Data +」をご活用いただけると、成果を出すことができるのではないかと我々も期待をしています。

瀧川:出版系Webメディアの特性は大きな強みになりそうですね。
プロダクツ事業を展開する企業は自社で膨大なデータを保有していますが、すでに自社商品に興味を持っている人が対象であるため、潜在顧客層の意見を収集するのは難しい。そこで偶然の出会いを期待しているユーザーに、新しい商品を試してもらう、あるいはアンケートを実施するなどの活用をすれば、濃度の濃いデータを収集できるということですね。

花澤:ミッドファネルの潜在的なユーザーが多い点は、出版社ならではの特徴と言えるかもしれません。コンテンツをしっかり読み込むユーザーが多いことから、MAQUIA編集部が制作したコンテンツを、某化粧品メーカーのオウンドメディアに格納するという取り組みも行いました。加えて「Shueisha Data +」で美容やスキンケアに関心がある層をセグメント化し、「HAPPY PLUS ターゲティングネットワーク」を通じた広告配信も実施。親和性の高いユーザーを送客することができたと考えています。

某化粧品メーカーからは「データドリブンという観点から、第三者(集英社)の持つ生活者データを活用して、企業では接触できていない生活者にアプローチを行えたことは、オウンドサイトへの強力な誘引となり、新規ユーザーへのアプローチにつながった」との評価をいただきました。

プラットフォームのセグメントとの比較で判明した費用対効果

瀧川:御社のECサイトで取り扱う新商品のグッズ販売プロモーションを「Shueisha Data +」で検証されたそうですが、取り組みの結果を伺えますか。

花澤:「少年ジャンプ+」のグッズプロモーションにてABテストを行いました。座組としてはXのセグメント(アカウントフォロワー)と弊社のデータを使ったセグメントの比較になります。クリック目的で広告運用を回してみたところ、KPIになりやすい広告CPC(Cost Per Click)は、データボリュームのあるフォロワーターゲティングの方が、効率が良いという結果になりました。

ですが、クリックの質、親和性の高いユーザーを誘導できていたかという点では、弊社でのデータ活用の方が上回ったと言えます。
例えばカート追加や購入完了の到達数とCPA(顧客獲得単価)まで見ていくと数字が逆転し、「Shueisha Data +」のデータを使った広告運用の方がCPCは高いものの、質の高いクリックを獲得することができた。この結果を分析すると、表面的な結果(広告クリック)はプラットフォームのデータのほうが強いですが、成果につながる点を重視すると弊社のコアなデータの方が、優位性があると考えています。

瀧川:少年ジャンプ+はアプリもありますし、スマートフォンなどの端末にダウンロードして愛読する方々は、いわゆる“推し活”に近い特性を持っている。お金を出して媒体そのものを購入しているわけですから、その時点でポテンシャルの高いユーザーがセグメントされていると言えますね。カテゴライズが難しいユーザーを有するプラットフォームでのフォロワーと比べると、御社のユーザーには自ら情報を収集していくという特徴がある。とても信頼できるデータだなと改めて感じました。

花澤:弊社のECサイトにおける購買情報をご活用いただけることも強みになると考えています。弊社のECで商品を購入してくださる人までしか捉えられないとしても、「ECアクティブな人」という観点では、クライアント様にとって価値があるデータになるのではないかと思います。今後はEC情報も活用した取り組みを進めていきたいと考えています。

広告だけではない出版系データの活用方法とポテンシャル

瀧川:「Shueisha Data +」は、広告出稿という目的だけでなく、CRM的な活動を一緒にできるパートナーという側面での取り組みができるのではないか、という印象を受けました。

古賀:御社ではクライアント様の出稿計画はもちろん、商品開発でのインサイトリサーチやユーザー調査、ホームユーステストなどを行うかと思います。そうした事前調査の段階でも、我々のデータや編集部の知見などを活用いただければお役に立てるのではないかと考えています。これまでもコラボ商品開発などに取り組んできましたが、現在ではより階層を上げて、データドリブンに磨いていくことができるようなりました。広告施策に関しても弊社メディアにご出稿いただくだけでなく、外部配信も可能になりましたので、ぜひご活用いただければと思います。

瀧川:マーケティングの上流から下流までご一緒できるのはとても魅力的ですね。

博報堂DYグループには、雑誌編集者たちの知見をアイデアの発火点にするソリューションチーム「MATCH」があります。この取り組みは、編集部が持っている読者のインサイトに対する知見やアイデアを企業の商品開発に活用していただくことを目的としているので、御社のデータ活用の考え方に近いですね。マーケティングの上流から参画できると、ユーザーを深く理解しているプロフェッショナルのプラニングを生かすことができる。ただ雑誌に出稿するのとは違う発展が期待できますし、まだ出稿を考えていない段階であっても、プラニングそのものをご提案できるのは、我々広告会社にとっても大きなメリットになると感じています。

古賀:編集者の知見や傾向を読み取る嗅覚のようなものは、マーケティングでも生かされると考えています。
以前、LEEの編集長が「読者は家電を活用してQOLを向上させている」「平日は時短重視だけど週末は家族の食卓を楽しむ傾向」と話していたことがあったのですが、実際に読者アンケートを実施したところ、掃除機を2台持ちしていて、1階と2階用で使い分けている読者がいることや、週末に塊肉を使った料理を楽しんでいる人がいることがわかり、編集長の発言が裏付けられたということがありました。

瀧川:それは面白いですね!
通常では商品のベネフィットや他社との違いがどこにあるのかという視点で広告を制作したりマーケティングを行ったりしがちですが、掃除機を2台持っているユーザーがいると分かれば、2台目として売りましょうという提案が可能になります。
また、豊かな休日を過ごしましょうといったライフスタイルをテーマとした展開も見えてくる。広告会社としても商品をアプローチする施策の幅が広がりますね。

花澤:今、集英社IDという共通IDの導入が各媒体で進んでいます。
編集部が実施したアンケートも集英社IDに紐付けていくことで、これまで調査結果のみをアウトプットして完結していたアンケートデータを、IDとともに蓄積していくことができる。そうなればユーザー行動の変化も追うことができるようになりますし、ペルソナの解像度がもっと上がっていくと思います。

ユーザーのインサイトを深掘りできる中長期的な取り組みが可能

瀧川:改めて、出版社の持つデータは、企業のプロジェクトを一緒に育てていくような活用がフィットするのではないかと感じました。例えば、広告会社がキャンペーンを実施する際に事前調査を行い、編集部の知見を活かしたコンテンツを制作。オウンドメディアなどでファンを集め、再度アンケートなどを実施していく。こうした過程を経て訴求したい層に響く広告を配信できれば、データを最大限活かした効果的な施策ができますね。

花澤:マーケティングの流れとしても、マスコミュニケーション的な戦略から、1人ひとりのユーザーとの繋がりを強くしていきたいと考えていらっしゃる企業が増えてきていると感じています。集英社は漫画誌、コミックス、ファッション誌、美容誌などの雑誌や書籍のほか、デジタルメディアやコンテンツビジネス、ライツ、グッズ、イベントなど幅広いビジネスを展開しています。データマネジメントプロジェクトにより各コンテンツデータの一括管理ができたことで、例えばヘルスケアカテゴリに関心の高い読者は占いカテゴリの記事もよく見ているといったような趣味嗜好の相関性も見えてきました。

多くの企業様に「Shueisha Data +」をご活用いただくなかで、これまではわからなかったユーザー属性や興味ジャンルの相関性などのデータも蓄積され、視覚化することが可能になります。そうした視点でも、瀧川さんがおっしゃるように、コンテンツ制作なども含めた中長期的な取り組みを実現していきたいですね。

古賀 路
株式会社集英社 メディアビジネス部 部長 兼 IT戦略企画部 データマネジメント室委員
幅広いコンテンツを軸に広告主各社のマーケティングサポートに従事し、タイアップ記事制作、イベント、店頭、デジタル施策など、ソリューション開発プロデュースを担当。全社データマネジメントプロジェクトにも携わり、2023年「Shueisha Data+」をリリース。日本雑誌協会・雑誌広告協会「M-VALUE DIGITAL」コアワーキンググループ、調査設計チームメンバーを務める。

花澤 翼
株式会社集英社 メディアビジネス部 デジタルプロデュース課
2022年集英社入社。新卒でデジタル広告の会社に入社後、媒体社の広告マネタイズ支援業務に従事。その後、広告主向けの部署へ異動し営業・メディアプランニングに携わる。現在は「Shueisha Data +」の担当者として、データやデジタルに係る様々な施策を進めている。

瀧川 千智
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
コンテンツクリエイティブ局 IPIDビジネス推進グループマネージャー
2005年博報堂入社。マーケティング業務を経験後、博報堂DYメディアパートナーズ新聞雑誌局へ。現在はメディアとのIP開発に取り組む。雑誌編集者とのプランニングをソリューション化した「博報堂DYメディアパートナーズMATCH」や、女性の社会課題にコミットする「博報堂キャリジョ研プラス」でも活動。

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