コラム
データドリブン
データ・クリエイティブ対談【第8弾】「100年の計」をつくるデータ活用のあり方とは
ゲスト:中山佳子さん(建築士)
社会のあらゆる領域でデータ活用が進んでいる今日、建築や街づくりにもデータを利用する動きが広がっています。しかし、商品や広告と比較して世に出るまで時間がかかり一度世に出た後は変更が容易ではない建築や都市計画において、どうすればデータを有効に活用できるのでしょうか。一級建築士であり、水戸市の街づくりなどに関わる中山佳子さんと、博報堂DYメディアパートナーズのデータサイエンティストである篠田裕之が、「100年の計」である建築や街づくりにおけるデータ活用の可能性について語り合いました。
建築家の仕事は「解決策」を「絵」に示し提案すること
篠田
中山さんは普段はどのようなお仕事をされているのですか。
中山
仕事の内容はとても幅広いですね。私が属しているのは設計事務所のPM・CM(プロジェクトマネジメント・コンストラクションマネジメント)部で、特に自身が携わるプロジェクトでは、クライアントが抱える様々な課題に応じて、事業推進のコンサルテーションはもとより、空間デザインや都市デザイン、既存ストックに対するファシリティマネジメント、ときにワークショップ等によるプロセスデザインを提案するなどさまざまな仕事を手がけています。ほかに、個人的には建築設計で培った表現スキルをいかしてグラフィックデザインをすることなどもあります。
篠田
ひと口に建築といっても、いろいろな仕事があるのですね。
中山
建築のプロというと「ものを建てる仕事」という印象が強いと思うのですが、コンセプトメイキング、戦略策定、基本計画、施設ブランディング、施設の設計・工事監理、エリアマネジメント、リノベーション、ファシリティマネジメントなど、とにかくいろいろな仕事があるんです。大きな建築プロジェクトにはいろいろなプレーヤーが関わりますから、それぞれの利害関係を踏まえ意見を調整し、企画を作るディレクターのような役割をこなすこともあります。その際、建築士の職能を活かし、必ず具体的な「絵」や「キーワード」を示し、それらを共有しやすいものとすることで、関係者が「ステークホルダー」から、一つの目標に向かう「仲間」になれるよう心掛けています。
私は、建築家の仕事は、ユーザーのニーズ、スケール、コストなどに応じて、いろいろな解決策を提案することだと思っています。解決策はものを建てることかもしれないし、プログラムを変えることかもしれないし、そこに住む人の動線を設計し直すサインデザインかもしれません。柔軟な発想を大切にしています。
建築・都市デザインに求められるソフトデータとハードデータ、そしてリアルタイムデータ
篠田
中山さんが日頃関わられている建築プロジェクトでは、どのようなデータが活用されていますか。
中山
2つのタイプのデータがありますね。1つは現状を把握するためのデータ、もう1つは提案内容の妥当性を明確にするためのデータです。そして、そのそれぞれがソフト面のデータとハード面のデータに分けられます。
例えば、企画段階で現状を把握するためのソフトデータに当たるのは、人々の行動や意識の実態や、その土地の歴史・文化などです。一方、ハードデータには地理、環境、土木などに関するデータがあります。それらが揃って初めて、正確な現状把握が可能になるわけです。
篠田
中山さんはご自身の故郷である茨城県水戸市の再生プロジェクトにも関わっていらっしゃいますね。そこではどのようなデータを使っているのですか。
中山
これまで調査・収集してきたデータは、「歴史・文化」「地形」「治安」「産業・経済」「人々の意識」「人々の行動」「土地利用」「環境」「交通」などです。例えば、古地図などを使った「歴史×地形」の調査からは、水戸中心市街地の都市の骨格が数百年前から変わっていないことがわかりました。水戸は「水の戸」と書きますよね。この地名が示しているように、水戸の中心地は馬の背状の高台地で川と沼に囲まれた天然の要塞だったんです。それが現在も水戸の景観や地形のユニークさになっています。それらの特徴を「ISLAND CITY」と形容しました。そういう観点から未来に向けた都市デザインをしていくのが、このプロジェクトの大きなコンセプトの一つです。
篠田
やや視点は変わりますが、「建築×データ」という観点で考えると、施設内における空調の制御方法を、データを活用して最適化していくといった方法もありそうですね。
中山
すでに行われているのは、空間の利用者やパソコンなどの設備が放熱する熱量データや二酸化炭素濃度などの施設内環境データの活用ですね。施設内環境データと、外部の温湿度状況に応じた自然換気や機械空調の仕組みを関連づけて、夏期、冬期、中間期のそれぞれで最適な温湿度をコントロールする。そんな方法です。
先ほど、データには現状を把握するためのものと、提案の妥当性を判断するためのものの2つがあると言いましたが、もう1つ、リアルタイムの状況を把握し、施設や建築にフィードバックするためのデータ活用もありえます。室内環境を最適化するためのデータ活用は、その3つめに当たります。
篠田
難しいのは、リアルタイムの状況を把握してフィードバックする場合、人の動きやオフィス内のレイアウトは変えられても、建物の構造そのものはすぐには変えられないことだと思います。建築物そのものにデータを反映させていく方法はあるのでしょうか。
中山
それはとても重要なご指摘です。温湿度環境、風環境、採光制御、人の動きなどはデータを踏まえて変えていくことは可能ですが、建築という「動かないもの」はなかなか変えられません。会議室の利用率のデータをとり、それをもとに内装デザインを変えたり、次のオフィス設計にいかしたりするといった試みはありますが、実際の改装には多少なりともお金がかかるし、次のオフィスをつくるまでには数十年単位で時間もかかります。現状では、設備やレイアウトなど、可変性のあるところにデータを適宜反映させていくというのが、建築におけるリアルタイムのデータ活用ということになりますね。
建築におけるリアルタイムデータの意味とは
篠田
建築のような「動かないもの」に対して、リアルタイムのデータを反映するのは難しいということですよね。一方で、リアルタイムのデータを反映した建築が果していい建築なのか、という議論もありうると思うんです。
仮に、建物や通りをおもちゃのブロックのようにころころと変えられる未来が来たとして、日常的に通りや建物を利用している人からすれば、慣れ親しんだ風景が頻繁に変わってしまうのは混乱を招くだけです。それは想像上の話だとしても、これから建てる建築物に現在のデータを反映したところで、竣工した頃には実態のほうが変わってしまっているわけですよね。
中山
プロジェクト準備期間の短い住宅でさえ、設計から竣工までは1年くらいはかかりますし、都市の再開発プロジェクトなどの場合は、長ければ20年以上かかることもありますからね。
篠田
そうですよね。例えば、今のコロナ禍の状況を踏まえた建築物をつくったとしても、コロナ禍が過ぎてしまえばそれは実態にそぐわない建物になってしまいそうです。広告・マーケティングの仕事は、リアルタイムデータを活用してスピーディーに施策に反映させることが多いのですが、建築の場合は、10年、20年は何も変えないというスタンスがあってもいいような気もします。
中山
変えられるところを見極め、使い勝手に応じて変えていくという視点が必要なのでしょうね。構造は変えないけれど、エクステリアのデザインやグラフィックで見せ方をかえるとか、AR(拡張現実)の技術を使って「コスプレ」をするとか。建物における光、熱、風の流れ、人の動きなどのリアルタイムのデータをとった上で、「明日にでもできること」を提案していくことが大事だと思います。建築のデザイン手法のひとつに「パラメトリックデザイン」という言葉があります。変数(パラメータ)を設定し、3Dモデルに反映し多量の比較検討をすることで構成や外装材のデザインをするものです。どこがスタティックな部分で、どこがパラメトリックに変えていけるところなのか。それをデータから読み取ることが必要なのでしょうね。
篠田
データを短期的に反映できる部分と、長期的なビジョンづくりなどにいかす部分を見極めていく。それがデータドリブンな建築、データドリブンな都市デザインということでしょうか。
中山
そう思います。建築や都市デザインは時間軸の長い取り組みなので、どんなに最新なことをやっても出来上がったときは最新ではないというジレンマが常にあります。ですから、逆に変わらないものを価値として組み込んでいくことが求められると私は考えています。400年前、500年前から変わらないものがあるとすれば、それはおそらく50年後、100年後にも変わらないだろう。そんなスタンスで建物と都市をデザインしています。
「変わること」と「変わらないこと」を見極め未来まで長く価値が続くものを
篠田
水戸のプロジェクトにも、そのような視点がいかされていますか。
中山
「MITO LIVING ISLAND(水戸リビングアイランド)」というコンセプトは、まさにそのような視点から生まれたものです。昔から変わらない水に囲まれた水戸の地形をいかして、街の中心にみんなで住み・働き・学び・遊ぼうよ──。そんなコンセプトです。歴史と地形が入り混じった「都市の骨格」がそこに住む人たちのアイデンティティであることは、おそらく何十年経っても変わらないと思うんです。「MITO LIVING ISLAND」のコンセプトは2060年くらいまでを見据えたもので、コンパクトシティ施策にも沿った長期・計画的視野を水戸市長や学識はじめ地元の皆さんに評価いただいています。ただそれでは変化が見えづらく続きにくくなる。だから、道路や民地内の空地、広場などの活用を短期・実践的にコストを少なくデザインすることも始めています。車の速度を抑え歩車共存できる道路活用を実践するとか、自ら広場でピクニックすることからはじめてみるとか、人が歩いて回遊したくなるしかけをつくるとか。そこにはリアルタイムのデータがデザインの根拠として多分にいかされるはずです。
篠田
別の視点として、構造は変えずに、役割を変えるということもありそうです。パリのオルセー美術館は、もともと駅舎だった建物を美術館として利用しています。アーキテクチャーはそのまま残して、役割だけを時代に合わせて変えたわけですよね。人々の愛着という点では、むしろシンボルとしてのアーキテクチャー自体は変えずに残していくことが街づくりでは有効な気がしました。
中山
水戸でいえば、「ISLAND CITY」という都市の骨格は変わらなくても、土地の利用の仕方や、人々の暮らしのあり方は変わっていくということですよね。そこにデータをうまく生かすことができればいいのだと思います。
篠田
その前提となるのは、「人間の営み自体はそうそう変わらない」という考え方なのでしょうね。その考え方が、都市や建物に対する愛着のベースにもなるのだと思います。
中山
自分が暮らす地域に対する愛着をシビックプライドといったりします。シビックプライドを醸成していくためのデータと、役割を変えたり、便利さを追求したりしていくためのデータ。その2つの使い分けが重要ということですね。建築も街づくりも「100年の計」ですから、焦らずに、未来まで長く価値が続くものをこれからもつくっていきたいと思います。
◆プロフィール
中山 佳子
一級建築士
茨城県水戸市生まれ
建築、都市、グラフィックデザインの力で、利用者視点を大切に事業課題や社会課題解決に取り組む。株式会社日本設計PM・CM部 主管。明星大学非常勤講師、水戸のまちなか大通り等魅力向上検討委員会専門人材委員。茨城移住計画メンバー。
主な受賞に、令和元年度都市計画実務発表会 都市計画コンサルタント協会長賞、UIT推進会議第32回技術研究発表会優秀論文、トウキョウ建築コレクション2011長谷川逸子賞等、横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA卒業時に山本理顕賞、東京建築士会 住宅課題賞最優秀賞他、多数
篠田 裕之
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局
データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。
★本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました
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