コラム
メディア・コンテンツビジネス
人が集まる場所にはワケがある「Media Hotspots」第3回 動画メディア「ONE MEDIA」編集長・疋田万理氏【前編】
個人化、多様化、分散化が進み、個人すら捉えにくくなる現在。それでも、多くの人が集まる熱いメディア/コンテンツは存在します。その熱さを生み出した方々にメディア環境研究所所長 吉川がお話を伺うこのシリーズ。
アスミック・エース・村山直樹会長、Webサービス「note」を運営するピースオブケイク代表の加藤貞顕氏に続き、今回は動画メディア「ONE MEDIA」編集長を務める疋田万理氏を訪ねました。
FacebookやInstagramなどのSNS上で積極的に動画を展開し、いわゆる「ミレニアル世代」を始めとした20代を中心に支持を集める同社。動画メディアの群雄割拠の中で存在感を発揮するONE MEDIAの方針、そして今後起きうるメディア環境の変化とは。
ファンが能動的にアクションする動画メディア
吉川 現状の視聴者の傾向はあるのでしょうか。
疋田 データとしては女性6割、男性4割です。年齢は18歳から24歳が最も多いですね。その次が24歳から29歳なので、基本的には「ミレニアル世代」や「Z世代」と括られる人たちです。私たちのターゲットとしても、その世代に置いています。
吉川 やはり若いですね!ONE MEDIAさんは会社として、今どのような構造ですか?
疋田 事業部は大きく3つあり、タイアップ動画を制作するコンテンツスタジオやエージェンシー事業もありますが、私がメディア事業部のトップを務めています。ですから、今日もメディア事業を主軸にお話させてください。現在は、主としてInstagramにフォーカスしています。基本的に若い世代は新聞を読まず、ニュースも観ずに、「インスタのストーリーなどで気軽に知りたい」という欲求があります。その思いに合わせて、InstagramやTwitterのフィード内に、データを用いたマイクロコンテンツを掲載していくことに注力していますね。
吉川 プラットフォームに合わせた動画を制作していると。
疋田 はい。当初はInstagram社の「IGTV」をメインに展開していましたが、ストーリーズやフィードといった視聴者と気軽に接点を持てる場所へ載せていこうと、方針を再度切り替えたところです。
吉川 方向性も探っている最中といったところでしょうか。
疋田 ただ、メディア事業部としてのミッションやビジョンは一貫しています。“あなたの”という言葉をよく用いるのですが、「目の前の一人ひとりのために」というメッセージですね。今後としても、一人ひとりとの対話をよりインタラクティブにしきたいと思っています。というのも、ONE MEDIAの動画に対しての熱心なコメントやDM(ダイレクト・メッセージ)が多いんです。
吉川 ファン自らが能動的にアクションをしてくると。
疋田 彼ら10代や20代の本当に思っている素直な気持ちをONE MEDIAが集め、データやファクトを混ぜた上で、完成されたコンテンツとして届けたいというのが、今は最も考えているところではあります。ユーザーは「この人のコンテンツだから見よう」とか「ニュースだから見ないと」っていうわけではなく、「タイムラインに流れてきて、ビジュアルがかっこよくて観たらニュースやファッションの話だった」という感覚を持っていますから。
ターゲットは「思想が似ている人たち」
吉川 動画の投稿数や、重要視しているKPIはありますか?
疋田 投稿数でいえば「月80本」を目標にしています。コメント数やDM、あるいは再生数などの数値もたしかにKPIです。ただ、私たちのメディア事業部としてのミッションは「コミュニティ作り」だと考えていて。いかにONE MEDIAでしか得られない情報があると思ってもらえ、いかにファンを作っていくのか。ゆくゆくは例えばミートアップでONE MEDIAのメンバーや、出演してくれるインスタグラマーたちと、ファンの人たちをつなげたりもしていきたいですね。
吉川 ある程度はプラットフォームに沿った動画を提供していくことで数値は伸ばしていけると踏んだ中で、集ってくれる人々を大事にしていく方針ですね。疋田さんとしてはどういった世界観でコミュニティを構築するイメージでしょうか。
疋田 私が個人的に興味を持っているのはアートの展示会ですね。20代の子たちが作ったアートを展示してONE MEDIAのファンが来てくれる……といったように、リアルな場所に足を向けたくなるぐらいにそのメディアを好きになる世界観を作りたいです。YouTuberにファンがついて、その人に会えるミートアップなどのイベントも開かれていますよね。もっと知りたい、深くつながりたいといった思いを、ONE MEDIAで擬人化できないかなと考えています。
吉川 今はどういったファンがついている感覚を持っていますか?
疋田 口にするのはちょっと恥ずかしいんですけど……私自身のInstagramやYouTubeについてくれてるファンの人たちとシナジーが近いです。というか、私がやりたいことをすべてONE MEDIAで実現しているところもあるので。
吉川 たしかに、それだとそうなりますよね。
疋田 だから「疋田万理をいいな」と思ってくれる人はONE MEDIAもいいと思ってくれる人が結構多いです。
海外が好きで興味がある、アメリカだけじゃなくヨーロッパや中国にも興味がある、ほかの言語も勉強しなきゃと感じている。Netflixが好きで、ファッションに興味があるし、ニュースや政治にも興味がある。世の中を良くするためには自分に何ができるかわからないけど、何かをしたいと考えている……そういうターゲット層。だから「思想が似ている人たち」っていう感じです。
もともと、私がONE MEDIAを立ち上げるときに想定していたターゲット層でしたし、これは明言していたこともあります。だから、それを着実に叶えているんですね。
若者世代の潜在的なニーズを引き出していきたい
吉川 ジェンダー論に寄せたいわけではありませんが、疋田さんとシナジーが合う人という意味では、やはり女性の層が厚いんでしょうか。
疋田 言われたように、特にジェンダーの意識はないですね。Instagramは全体のユーザー層もあって女性が多いですが、逆にTwitterだと男性が6割です。Facebookになると7割以上が男性になります。
結局はプラットフォームによってエンゲージメントの高いユーザーが違いますし、コンテンツにもよりますがInstagramは女性のほうがはるかにシェア率も高い。それに、Instagramで存在感を発揮するのなら女性をターゲットに据えるといいんです。女性のほうがシェアをしますし、ストーリーズにも載せてくれますから。でも、男性は「いいね!」だけを付けてアクションとしては終わりにする人が多い傾向にあるので、Instagramを伸ばしていくことを目指した時、結果として女性へのリーチが高くなっています。
吉川 男性としては、なるほど、という感じも……(笑)。しかし、今までのお話を伺っていると、クリエイティブや伸ばしていくセオリーはありながらも、疋田さんの確固たる世界観がひとつ根底にあることが重要なのでしょう。
疋田 そうですね。ただ、昨年11月から取り組み始めたファッションコンテンツはメンバー主導でスタートした企画なんです。ファッションはコンテンツの出し方によってはすごく表層的になってしまうから、心からやりたいと思ってはいなかったのですが……「ONE MEDIA=疋田万理の思想」にしてしまうと、そこに留まってスケールしないし、ターゲット層も広がっていかないと考えたんです。
ONE MEDIAの「やりたいこと」や「ミッション」を理解したうえで、メンバーが「僕はこういうのもチャレンジしたいです」と声を上げてくれて。それならやってみようと。そんなふうにトライアルを起こすようにはしています。
吉川 でも極端な話、それぐらいの「ぶれなさ」がないと、現在のネットメディアの中では存在感を放っていけないとも感じます。
疋田 それは実際にあるでしょうね。
吉川 その上で、疋田さんのように考える人々を増やしていきたい考えですか。
疋田 「増やしていく」よりは、「潜在的なニーズを引き出す」という意識です。私はこれまでハフィントンポスト、C CHANNELと移籍してきました。それもネイルやおしゃれのことばかりを話している女の子たちも実はニュースを知りたがっているし、私としても知ってほしいという気持ちがありました。
それは、ただ学校の授業みたいに聞いているだけではなくて、話し方ひとつでずっと面白くなるんですよね。「実は私、沖縄の基地問題なんて全く興味がなかったけれど、知ってみると興味があるかも」みたいに。人々の潜在的ニーズを引き出して、「ONE MEDIAって面白いかも」と思ってもらいたいですね。
リクエストで最も多いテーマは「政治」だった
吉川 たとえば、ユーザー数が5万人から30万人になりました、といったことだけではなく、ONE MEDIAさんがとても定性的な評価を大事になさっているのでしょう。それこそ運営されていて、人の気持ちが動いたと感じる瞬間はありましたか?
疋田 人の気持ちが動くのは、うれしいことに日常茶飯事で感じていますね。「ONE MEDIAに出会えて生活が変わりました」とか、「これまでニュースをマスメディアの鵜呑みにしていました」といったDMやコメントをよくいただきます。そういうときには「人の選択肢を変えているんだな」と本当に思えます。
たとえば、「プラスチックごみを減らそう」といった動画に、「今日は仕事もうまくいかなかったし、彼女ともケンカして最悪だったけど、コンビニでプラスチックの袋を断ったから何か良いことできた気がする」とコメントで付いていました。そのアクションひとつと、小さくともハッピーに思えることが、ONE MEDIAの動画がきっかけになっているんです。
吉川 新しい選択肢を提供する、新しい気づきを与えるというのが、最終的なところにあると。その上で、ターゲット層に響いているカテゴリーやジャンルはあるのでしょうか。
疋田 強いて言うならば政治とLGBTQですね。
吉川 政治なんですね!
疋田 やってほしいテーマのアンケートを取ってみたら、600人ほどがすぐに答えてくれたのですが、政治がナンバーワンで多かったです。例えば、「ドナルド・トランプさんは、なぜあれほど嫌われているの?それで日本はどうなるの?」といった質問ですね。
それらの話題もテレビやスマホのニュースから流れてくるけれど、たくさん流れてきても難しくてわからなくなってしまう。それをONE MEDIAに、わかりやすくビジュアルで教えてほしいということが求められています。喩えるなら池上彰さんみたいな感じです(笑)。
ただ、「LGBTQ」というトピックとしては、あまり取り上げていませんね。
吉川 なぜですか?
疋田 私たちもユーザーも感覚としては「グラデーションなんて当たり前じゃん」という捉え方で。「女性に彼女がいる」といったことも普通に動画内で出てきますし。
吉川 池上彰さんという言葉もありましたが、今はそれしか思い当たる言葉がありませんから使いますが、いわゆる昔の「ジャーナリスト」とは違う概念のような気もしますね。
疋田 違う概念だと思います。
吉川 正義感ばかりではなく、疋田さんがやろうとされていることは、より大きなゴールのために向かっているのでしょう。旧来言われる「ジャーナリズム」が、どこかとても古い概念のように感じられます。
疋田 最近思っているのは、一つの事象に対して、反対や賛成で振り切れないことのほうがはるかに多いじゃないですか。マジョリティの人間って、実は真ん中のどちらでもない方に属しているのに、メディアは「超賛成意見」か「超反対意見」しか見せないから、私たちはすごく混乱してると思うんですよ。
それが一部の「ジャーナリスト」という人たちが、そこで「僕はこう思う」といった感覚論を展開するだけで、それが世論に反映されることがありますよね。どちらかの意見のみにしかスポットライトが当たらなかったりするのも、危険だなと思うんです。
吉川 ONE MEDIAさんが単なる動画メディアと異なるといわれる所以が見えてきたようです。非常におもしろいです。
■プロフィール
疋田万理
ONE MEDIA編集長
早稲田大学商学部卒業。アメリカ系スタートアップでのプロダクトデザイナーを経て、HUFFPOST Japanで動画エディターに。C Channelにてメディアプロデューサーを経験した後、2017年、ミレニアル世代をターゲットとしたSNS型動画メディア「ONE MEDIA」編集長に20代にして就任。考え抜かれたメディア戦略、そしてファッショナブルなクリエイティビティと社会問題とを自在に結びつける感性は大きな注目を集め、BUSINESS INSIDER2019年Game Changerにも選出されている。
吉川昌孝
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1989年博報堂入社。マーケティングプラナー、博報堂フォーサイトコンサルタントを経て、2004年博報堂生活総合研究所に着任。未来予測プロジェクトのリーダーとして「態度表明社会」(09)「総子化」(12)「デュアル・マス」(14) など、生活者とマーケティングの未来像を発表。15年メディア環境研究所所長代理、16年より現職。著書に「亜州未来図 2010」(03)「『ものさし』のつくり方」(12)などがある。京都精華大学デザイン学部非常勤講師(08年~13年)、立命館西園寺塾第5期生(18年4月~)。現在 NHKの「マイあさラジオ」の「今週のオピニオン」にレギュラーゲストとして出演中(http://www4.nhk.or.jp/r-asa/338/)
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