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メディア・コンテンツビジネス
人が集まる場所にはワケがある「Media Hotspots」第3回 動画メディア「ONE MEDIA」編集長・疋田万理氏【後編】
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個人化、多様化、分散化が進み、個人すら捉えにくくなる現在。それでも、多くの人が集まる熱いメディア/コンテンツは存在します。その熱さを生み出した方々にメディア環境研究所所長 吉川がお話を伺うこのシリーズ。

アスミック・エース・村山直樹会長、Webサービス「note」を運営するピースオブケイク代表の加藤貞顕氏に続き、今回は動画メディア「ONE MEDIA」編集長を務める疋田万理氏を訪ねました。

FacebookやInstagramなどのSNS上で積極的に動画を展開し、いわゆる「ミレニアル世代」を始めとした20代を中心に支持を集める同社。動画メディアの群雄割拠の中で存在感を発揮するONE MEDIAの方針、そして今後起きうるメディア環境の変化とは。

★前編はこちら

共感のあるクライアントと「ブランド価値向上」に取り組む

吉川 ONE MEDIAのビジネス面についても、ぜひ聞かせてください。クライアントの付いている動画も多数制作してきていますね。メディアとしては疋田さんの個性を強く反映されえいる一方で、クライアントの要望とも重ならない部分もあるのでしょうか。

疋田 私たちらしくない企画であったときはもちろん、「これはONE MEDIAとしては言いたくない言葉である」と思ったらお断りすることもあります。「も」ではなく「が」にしたい、といった言葉の一つひとつまで細かく見ていきますね。そういう積み重ねで事業内容やミッションがぶれてきてしまうと、実は世の中って「違和感」としてすごく気づくんです。だからそれを起こさないように、全力で留めています。それこそ、博報堂さんとご一緒するときでも変わりません(笑)。

吉川 よろしくお願いします(笑)。そのときに僕らのような広告会社を含め、クライアントとのせめぎあいがあると思うのですが、どのようにやり取りされるのでしょう。

疋田 クライアントさんは、基本的に「ONE MEDIAらしさ」を好きになってくださっているケースが多いので、その点での共感をお話しますね。

吉川 共感するクライアントに共通性はありますか。

疋田 思想が似ているというのもありますが、コンバージョンや認知度の拡大というよりは「ブランド価値を高めたい」と考えている方たちが多いです。自分たちのブランドに対する安心や信頼を伝えることをONE MEDIAに求めてくださっているようなイメージです。

吉川 クライアントからしても、ブランド価値を高めたほうが最終的に効率がいいという考え方は確かにあります。それこそ一生にわたって長い関係が続きますからね。そういう会社に選ばれるメディアであり、あるいは逆の関係性でも、「共感しあえる」というのは良いですね。とても幸せな組み合わせだと思います。

ONE MEDIAはアメーバのような存在

吉川 ONE MEDIAといえば創業者の明石ガクトさんが著書も出され、これからの「動画」の可能性を説かれていますね。ただ、個人的にはバランスはあれど、旧来のマスコミも全くなくなりはしないのだろうと感じています。

疋田 旧来のものはそのままあるでしょうし、別にそのままでいいと思うんです。ただ、ONE MEDIAってアメーバみたいな存在だと私は思っていて。

例えば、YouTubeが大きくなっているなら、YouTubeでONE MEDIAの思想を伝えるためにはどういうコンテンツを出したらいいだろう。Tumblrが盛り返しているならTumblrもやってもいいかも。Netflixの15分番組をうちが作るとしたら……というように、見てくれる人たちがいるところに、ちゃんと同じ思想、同じビジョン、同じミッションを持ってコンテンツを出せるのだったら、テキストでも動画でも写真でも、対話のミートアップでも私はいいと思っています。

個人的には”What”や”How”よりも、”Why”を重視しています。メンバーと「何のためにやるのか」という意思疎通が取れていて、やるべきことの選択と集中をする。そこから人数も増やし、規模としてスケールしていこうと考えています。

新たな価値の指標化、その過渡期にある

吉川 ONE MEDIAさんの動画は「コメント数やDM、再生数などの数値もKPIとしては持っている」というお話でしたが、再生数は広告の投入で数字が上振れすることもあるかと思います。コメント数やDMも指標とすると、それらを再生数で割った「リアクション率」も気になるポイントではないかと思いますが、いかがですか。

疋田 リアクション率はすごく見ています。TwitterやFacebookといった投稿をブーストしているものについてもオーガニックの伸びを大事にしていますが、インスタのIGTVはブーストができませんから、IGTVの数値はかなりリアルだなと思っています。

ただ、コメント数やコメントの内容といった定性的なものはすごく見ています。人間の考えてること……絵文字の使い方ひとつであるとか、届いたDMやコメントとか、そういう細かいところです。さらにその人のInstagramのプロフィールまで飛んで、どんな人たちなんだろうって顔を見たり、その人の趣味を知ったり。常に1対1で向き合っている感覚です。

もちろん数値データは事業部としては記録しています。営業部が売りやすい数字の大切さもわかっているけれど、定性的な価値こそが本当に重要だなと思っています。定性的な「なぜ数字で見えない価値が重要なのか」をどうやってお金をいただくように変えていくか、というところは明石がすごく頑張ってくれているところですね。

吉川 それこそ「ダークソーシャル」ではありませんが、スマホを友達同士で見せ合うといった、数値で図りきれない価値も信じているように思います。

疋田 信じています。「友達から勧められました」みたいに、誰か一人がONE MEDIAのことを広めてくれて、それがまた次の人につながっていく。私が全然知らないダークソーシャルでONE MEDIAが話題になっていることは、目に見えない価値ですね。

吉川 「ある価値」をいかに共有化するか、ということなのでしょう。以前なら再生数こそが価値だったところ、今は「ある価値」をどうやって指標化するかの過渡期にある。コメントやDMの内容を含めて定量化できるようになって、そこからエンゲージメントまでの公式が導きられるようにまで置き換えられたら、一番いいと思うのですが。

疋田 いいですね。

吉川 やはりKPIの設定を再生数だけに設定しても回らなくなっているのですね。

疋田 KPIと一口に言ってもそれぞれにありますから。会社の事業として追うべきKPI、現場でメンバーとシェアするためのKPI、私が個人的にメディアとして抱えるKPIも分けているんですよ。

私たちがなぜミートアップをやるかといったら、結局は「エンゲージメントを可視化するため」なんです。イベントにお金を払ってでも行きたいと思わせるメディアになることが重要かなと思っていて。ONE MEDIAなら1000人の若者から応募が来ます、ということができれば、クライアントにも「リアルな場でブランド価値を伝えられる」とアピールできます。

ONE MEDIA 1周年パーティ ONE MEDIA Instagram(@onemediajp)より

吉川 お金を払ってでも来たい、という指標はわかりやすいです。

疋田 そうそう、お金を払ってでもONE MEDIAのイベントに来たい、お金を払ってでもONE MEDIAのTシャツが欲しいとか。

吉川 たしかに、それこそ旧来メディアのTシャツだったら難しいけれど、ONE MEDIAのTシャツだったら欲しいと思えます。

疋田 まさにそれもブランド価値ですよね。

さらに人のアテンションを引くことが難しくなっていく

吉川 最後にひとつ聞かせてください。これからさらにIoTや5Gなどのテクノロジーが変わっていきますね。ONE MEDIAさんだけでなく、世の中にはどのような変化が起きていくと考えますか。

疋田 マルチで画面を見る機会は今後すごく増えると思っています。私は「Google Pixel 3」というスマートフォンを使っていますが、それも手元でマルチ画面が出来るようになっています。YouTubeの動画を見ながらInstagramを見たりすることが当たり前になっていくと、アテンションを引くことが今よりもますます難しくなっていくと思うんです。

今でさえスマートスピーカーやスマートテレビがあって、YouTubeやNetflixも、それこそテレビ番組も、何もかもシームレスに全部使えるじゃないですか。そんなふうに、あらゆるサービスを同時並行で使っていくことが進んでいくはずです。

吉川 たしかに、その未来は想像しやすいです。

疋田 その環境で「動画」というものが、いかに強さを発揮できるのかは……現段階の私にはわからないところがあります。

吉川 動画以外が強くなるようなこともあるかもしれない。

疋田 テキストへ戻ることもあるかもしれないし、動画はもっと長尺に戻っていくのか、もしくはTikTokみたいにどんどん短くなっていくのかも。でも、今後5年ぐらいのことは考えていますね。実際にあるディスプレイだけでなく、空間に映像だけが浮かぶような、VRやMRの発展もあって、その環境で観られる映像はどうなっていくのか……。とはいえ、直近のことでいえば、それほどに影響はされないとは思っています。

■対談後記

Z世代へのメディアブランドのつくり方

月80本という量を確保しながら、ミッションから決してぶれずに動画を配信し続けること。断片化したメディア行動をとる若年層へ、さらに広く、さらに深いつながりをつくるためには、強靭な意志と豊富な体力の両方が必要なんだなと改めて思います。

KPIももちろんたくさん設置。ミッションからぶれてないか、メディアとしてのリーチを確保しているか常にチェック。さらに、「数では見えない定性的な価値こそがメディアとしてのブランドをつくる」と、一人ひとりと対話するかのように、生声やコメントにまで目を通す。

こうしたきめ細かい対応があるからこそ、クライアントにも「ONE MEDIAらしさ」への共感を生み、ONE MEDIAが好きなクライアントとの協働が進む。互いのブランド価値を高め合うことを実現したいから、時にはクライアントにもお断りをすることもある。

政治が若者の取り上げてほしいテーマのナンバーワンという事実にも驚かされました。溢れる情報の中でなんとかその意味をわかりたいと彼らだって思ってる。「(Z世代の)池上彰さんのような存在」。ONE MEDIAはそんなポジションにもなりつつある。

対談の最中に何度も疋田さんの口から出てきた「Greater Goal」という言葉が印象に残りました。より大きな目標を常に意識し続けること。それこそが、きめ細かな数字や生声チェックとともに、デジタルトランスフォーメーション時代のメディアブランディングに最も大切なことと感じました。

 

■プロフィール

疋田万理
ONE MEDIA編集長
早稲田大学商学部卒業。アメリカ系スタートアップでのプロダクトデザイナーを経て、HUFFPOST Japanで動画エディターに。C Channelにてメディアプロデューサーを経験した後、2017年、ミレニアル世代をターゲットとしたSNS型動画メディア「ONE MEDIA」編集長に20代にして就任。考え抜かれたメディア戦略、そしてファッショナブルなクリエイティビティと社会問題とを自在に結びつける感性は大きな注目を集め、BUSINESS INSIDER2019年Game Changerにも選出されている。

 

吉川昌孝
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1989年博報堂入社。マーケティングプラナー、博報堂フォーサイトコンサルタントを経て、2004年博報堂生活総合研究所に着任。未来予測プロジェクトのリーダーとして「態度表明社会」(09)「総子化」(12)「デュアル・マス」(14) など、生活者とマーケティングの未来像を発表。15年メディア環境研究所所長代理、16年より現職。著書に「亜州未来図 2010」(03)「『ものさし』のつくり方」(12)などがある。京都精華大学デザイン学部非常勤講師(08年~13年)、立命館西園寺塾第5期生(18年4月~)。現在 NHKの「マイあさラジオ」の「今週のオピニオン」にレギュラーゲストとして出演中(http://www4.nhk.or.jp/r-asa/338/)

 

【関連情報】
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★第1回 映画『カメラを止めるな!』【前編】
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