コラム
メディア・クリエイティブ
AI技術で新聞記事を要約。スマートスピーカーでニュース配信するこれからの可能性とは?
博報堂DYメディアパートナーズは、2017年8月から東京理科大学理工学部 大和田研究室とともに、AI技術を活用した次世代型メディアコンテンツ開発と配信連携の共同研究を行っています。2019年3月には、河北新報社のニュース記事を、AI技術を使って要約し、スマートスピーカー経由で配信する実証実験を行いました。本取り組みについて、プロジェクトに参加した博報堂DYメディアパートナーズ クリエイティブ&テクノロジー局の安島、五十嵐、博報堂 統合プラニング局の吉田と、東京理科大学理工学部経営工学科の大和田勇人教授に聞きました。
■ニュース記事のAIによる要約は、新聞社のニーズに合致した
ー博報堂DYメディアパートナーズと東京理科大学の共同開発は、2017年8月からとのことですが、まずはみなさんの自己紹介と協業することとなった経緯を教えてください。
安島:博報堂DYメディアパートナーズ クリエイティブ&テクノロジー局の安島です。今回は東京理科大の大和田先生とその研究室の方々にご協力いただき、AI技術を活用してメディアのコンテンツをアップデートするための具体的な方法を考えたり、スマートスピーカー向けのシステムを開発したりしました。
大和田:東京理科大学 理工学部 経営工学科で教授をしている大和田です。私は東京理科大を卒業して、東京理科大の大学院で修士号と博士号を取り、そのまま大学に残って助手などを経験した後に教授になりました。AIに関しては大学院生の頃から取り組んでいます。AIが過去に盛り上がった時代も、不遇の時代も知っています(笑)。
五十嵐:博報堂DYメディアパートナーズで、新聞局とクリエイティブ&テクノロジー局に所属している五十嵐です。新聞局では新聞社の持っているアセットを特にデジタル領域でどう価値化するかといった新聞社側の立場で、クリエイティブ&テクノロジー局では新聞社のリソースを使って生活者にどのような新しい価値を提供出来るか、といったスタンスで新聞のアセットにデジタル的な新しい技術を組み合わせて新しい価値を作るための取り組みをしています。
吉田:博報堂 統合プラニング局でプランナーをしている吉田です。普段はプロモーションやPRのプラニングをやっています。今回は以前から関わってきたVUI(ボイス・ユーザー・インタフェース)関連のプロジェクトということで、実証実験を行ったスマートスピーカーのスキルで、キャラクターを使った対話のシナリオを書かせてもらいました。
安島:今回のきっかけは、東京理科大出身の私の上司が、同じ研究室の先輩だった大和田先生にお声掛けしたのが最初でした。第2次AIブーム(1980年代)が終わったころに「AI不遇の時代を大和田先生と一緒に過ごした」とのことでした(笑)。
近年、AIが技術の進化にともなって博報堂DYグループとしてもAI関連の事業に取り組むことになりまして、産学連携のプロジェクトをやってもらえないかと2017年に大和田先生にお声がけしました。
大和田:私は普段、医療や農業といった分野でのAI活用をテーマに研究をしています。それとは別に学生の興味を引くテーマの研究もやりたいと思っていたところ、博報堂DYメディアパートナーズから連絡をもらったんです。それで二つ返事で簡単に引き受けました(笑)。
安島:今回のプロジェクトでは“AI技術×メディア”で何かしようというのがまずあって、ブレストしながらいくつかのテーマが候補に上がったなか、「新聞要約が行けそうだぞ」という流れになったんです。
その背景には、新聞は発行部数が減っていて、デジタルでもマネタイズが難しいという課題があります。そのため生活者と新たな接点を作ることは、全新聞社に共通する課題です。このプロジェクトのはじまった2017年はちょうど、スマートスピーカー元年と言われていて、スマートスピーカーを活用したいニーズが新聞各社にありました。そんななか、スマートスピーカー向けの新聞要約の自動化は、技術的に「簡単ではないけれども出来なくはないんじゃないか」といった感触でした。
五十嵐:新聞のメイン読者層である高齢者には「文字が小さくて読めない」という人がどんどん増えています。その課題解決のため新聞各社はフォントをじわじわ大きくしたりしていますが、対応しきれない部分があります。音でニュースを伝えることが出来るスマートスピーカーに可能性があるんじゃないか、と各社が考えているんです。
大和田:“要約”というのを真面目に考えると、実は非常に難しいんです。ニュース記事の中身を理解して短い言葉で相手に説明する、ということですから。ただニュース記事に限定した場合、要約しやすい条件が揃っているんですね。書き手の意図が出だしに書いてあったり、センテンスを切り抜いていけばある程度意味が通じる。
安島:雑誌的なコラムや新聞の社説などは要約のハードルが高いんです。それに対して新聞記事の場合、記者は「最初に言いたいことを書く」などいくつかのルールを設定しているので、要約のハードルが下がるんです。いろいろやってみるうちに、「ルールに基づいたストレートニュースの記事であれば要約出来る」という結論になりました。
大和田:酪農の場合は、AIでの自動化の際に「獣医師がどこを見ているか」を捉えることが重要でした。今回も、このようなプロセスを捉えるという流れ自体は共通するので、過去のAI研究の経験が役に立ちました。
新聞要約では、特有のキーワードがあるセンテンスを選び出して順位付けし、最後にまとめるという形を採りました。ありきたりのキーワードではなく、そのニュースだけに頻出しているものを探すのが重要になります。こうした技術自体は昔からあるものです。
■ナビゲートするのは河北新報のキャラクター“かほピョン”
ー実際に、記事の入稿はどのように行っているのでしょうか。
安島:要約のシステム自体は東京理科大に作っていただきましたが、それを使って記事を入稿するシステムは誰にでも使えるようにしたいと考えて、アプリにしました。
五十嵐:要約する場合は、アプリの入稿画面に要約したい記事のタイトルをコピペして、次に本文をコピペして、最後に“要約”のボタンを押すだけです。要約が思い通りにそのまま出せる場合も勿論あります。修正をする場合でも、要約までには0.5秒くらいしかかからないので、確実に時間短縮になります。
今はデジタルサイネージ向けの記事要約にもこのシステムを検討し始めています。サイネージには文字数制限があるので、ニュースをサイネージで表示出来るように要約するんです。
安島:今回はニュース記事を要約して短くすると同時に、スマートスピーカー向けに読み原稿に変換しています。記事をそのまま音声にすると、つっけんどんな印象になってしまいがちなので「ですます」調に変えています。また、新聞紙面の固有の表現である「詳細記事は7面に」というような文言はカットします。こういった作業を経て、読み原稿が自動で生成される仕組みです。
次に音声化です。例えば羽生さんという名前があったときに、本来は「はにゅう」さんなのに「はぶ」さんになってしまっている、といった読み間違えがないかチェックし、最終的に音声ニュースが完成します。このように簡単に音声ニュースが生成出来るのですが、もちろん開発当初は要約がパキっとアウトプット出来ず、苦労しました。AIはプログラムを組んだ後に、キーワードに重み付けをするという作業が必要になりますがそのパラメーターの設定に苦労しましたね。
大和田:その記事特有のキーワードがランキングの上に来るようにパラメーターを調整するんですが、それが難しいんですよね。
安島:“記事特有のキーワード”を見つけるには、逆に、世の中全体で使われているワードを分かっていないといけないんです。全体のワードを充実させるために、AIには大量の記事を読み込ませる必要があり、その作業量も膨大で、それだけで3か月くらいかかりました。
ー要約したニュースを河北新報社のマスコットキャラクター「かほピョン」が話す形式にしたのは何故でしょうか。
吉田:理想はスマートスピーカーに「このニュースを教えて」と話しかけたら返ってくることなのですが、今のスマートスピーカーの技術ではそこまでインタラクティブには出来ません。そこで、「いかに読者の方が自然にニュースを聞ける形式にするか」を重視しました。
検討するうちに、「スマートスピーカーで配信されている他のニュースとは違う形にすべきなんじゃないか」と考えるようになったんです。最終的に、河北新報の読者に親しまれている「かほピョン」と会話するうちにニュースが聞ける、という形式にしました。
五十嵐:かほピョンは仙台ではローカルCMにも出ていて、元々有名なキャラクターです。 “ゆるキャラ”という言葉が世に出て久しいですが、かほピョンはほかを凌駕する緩さでファンも多いんです。私も大好きです(笑)。河北新報社が運営するポイントサービスなどでも、かほピョンが使われていてよく知られていますね。かほピョンの起用は我々から提案させていただきました。
吉田:今回のニュースについても、その世界観をこわさないように実際にかほピョンを担当している声優さんに読んでいただいています。
スマートスピーカーが発売された時に、高齢者の方から「1人で寂しいときの話し相手として利用したい」という声があったそうです。かほピョンの起用には、読者の世代を広げたいということと、第一の読者である高齢者の方に親しみやすいキャラクターを使いたい、という両方の狙いがありました。
ー親しみを持ってもらうために、シナリオを作るうえで気を付けたことはどんなことでしょうか。
吉田:スマートスピーカーが日本で発売された当初、VUIのプロジェクトで公開されているスキルを500個以上ダウンロードして体験しました。その際に人気のあるスキルの理由を分析した結果、共通していたのは、AIとユーザーの会話をなるべくスムーズに進めるため、キャラクターが簡単な言葉でのコミュニケーションを誘導するよう設計されているもので、ユーザーにがっかりさせないよう、期待値がしっかりコントロールされていました。例えば、こちらが話しかけたことに対して、全部同じ言葉で返すキャラクターものの人気が高いんです。
こういったデータを参考に、かほピョンには難しいことをさせずに、隣にいる人に「何かニュースを教えて」と声をかけるような、肩肘を張らないニューススキルにしたいと考えました。ニュースの最後で「明日も聞いてね」と言ってじゃんけんをすることにしたのも、このような方針からです。
かほピョンはもともと柔らかい言葉を話すので、一見ニューススキルという堅いスキルでも、簡単なコミュニケーションを設計することが可能でした。普通のニュースのように難しい言葉をスマートスピーカーで使うと、期待値が上がり過ぎてしまいます。
五十嵐:オープニングは「やっほー、かほピョンだよ」から始まります。その後に繋げる言葉を「今日も元気で行こう」とか、全部で数パターンを用意し、毎日いろいろ変えたりしています。
吉田:加えて、ちょっとした工夫なのですがニュースは内容が明るい時と暗い時があるので、そこはニュートラルに聞こえるように声優さんにお願いしています。
五十嵐:ただ、それでもかほピョン自身が明るい存在なので、バランスの難しさは課題として残っています。実証実験後のアンケートでは「ニュースをかほピョンが伝えるのは軽すぎるんじゃないか」という厳しいご意見もいただきました。それは今後スキルの内容によって、キャラクターの起用方法を検討していく必要がありそうです。
■新聞が読めない高齢者から感謝の声が届く
五十嵐:今回の実証実験は、河北新報社の協力を得てまずは少人数に対する実験からスタートし、その後に定量調査を行いました。紙面に参加者募集告知を出して多くのご応募をいただき、仙台の地場企業のご協力も得て100台のスマートスピーカーを配布しました。
その結果、通常のスマートスピーカースキルと比べて、約5倍以上の継続率という結果になりました。また、実験後のアンケートで特に多かった回答が、かほピョンに対するポジティブな評価でした。「明るくて癒される」「一回起動すると毎日起動したくなる」といった声が多く、特に高齢者の方から多くそういったご回答がありました。「スマートスピーカーで河北新報を聞く」という体験を習慣化出来たと評価しています。
河北新報は、すごく存在感のある新聞社です。コアな読者の方は、「他の新聞ではなく河北でないと」という方が多いんです。今回、河北新報社に一番喜ばれたのは、ある高齢のご夫婦からの感想でした。奥様が河北新報のファンで、病気をしてから新聞が読めずにいたそうで、河北新報のニュースを妻に音声で聞かせられるのであれば、ということで実験に応募されたようなのですが、「もう読むことが出来ないと思っていた河北新報を音声で聞くことが出来て本当に良かった」という感想を頂けました。こういった方にリーチ出来たのも凄く良かったし、実証実験はやってよかった、やるべきだったと思っています。河北新報社も、今後自社で同様のサービスを運営することを検討していらっしゃいます。
安島:河北新報社とは本サービスの開始に向けて、よりライフメイトとして会話が成立することを目指して動いています。同時に広告としてどのようにマネタイズするかも考えているところです。他の新聞社への横展開に加え、他のデバイスへの拡張も考えています。例えば、自動車の車内向けコンテンツとしての提供が考えられますね。
五十嵐:博報堂DYメディアパートナーズは、メディアの営業の方だけではなく編集の方のパートナーでもありたいと思っています。既存の広告ビジネスが変革していくなかで、媒体社の営業部門や広告部門の方々だけではなくて、編集の方を手助け出来るようなソリューションづくりに取り組んで行きたいと考えています。
かほピョンをつかった実証実験は、地方紙の「高齢者の方のライフメイトになる」という課題に沿ったものでした。私としては、こういったサービスが進化していけば、声の調子から体調を判断したり、いつも話しかけられる時間にそれがないことをアラートで出す、といった見守りサービスとしての役割も果たせると感じています。そうなれば、ニュースメディアという存在にとどまらず、本当にそれ単体で価値のあるものになるのではないかと思っています。
吉田:メディアは、これからどんどんパーソナル化が進みます。そんなとき、ニュースをただ単に一方的に届けるのではなく、『この人にはこういう要約のほうが分かりやすいのでは?』『この人はこういうニュースに興味があるのでは?』といったように、聞く側に合わせてニュースを最適化していけるかもしれません。今回の開発から、そういった今までにないニュースのあり方に可能性を感じました。
大和田:大学では基礎研究をやっていてあまり成果のことを考えないので、今回、博報堂DYメディアパートナーズと協業することによって、成果をはっきりと認識出来たのは刺激になりました。参加した学生たちのモチベーションも非常に高かったです。AIにはフレーム問題というのがあって、どの範囲をAIで担当するか決めること自体が難しいんです。一方で、今回の新聞要約のように範囲が限定されていればAIの良さが生きます。こういった面白い取り組みを、引き続き学生たちと一緒にやって行きたいと思っています。
それに、私の実家は古川(仙台の次の新幹線停車駅)で河北新報を取っているんです。そういう点でも、成果を実感しやすかったですね。
安島:学生たちは仕事がはやくてびっくりしました(笑)。今回はシステム的な部分に特化してお願いしましたが、今後はもっとビジネスやサービスサイドのこともインプットさせていただくほうがいいのかもしれませんね。それによってAIを適用する範囲を決めるところからご一緒出来れば、より効果的なシステムが作れるのではないかと思いました。
■プロフィール
大和田 勇人
東京理科大学 理工学部 経営工学科 教授 工学博士
1988年より東京理科大学勤務。ビッグデータからの規則性発見、知識抽出を行い、その結果を戦略的に活用していく方法論を研究。具体的には、生命・医療系のデータマイニング、クラウド型Webアプリのログからの消費者行動モデル生成など、特定分野の専門家や企業と連携して迅速かつ合理的に分析結果を引き出すアナリティクス工学を経営工学的視点から実践している。
安島 博之
博報堂DYメディアパートナーズ クリエイティブ&テクノロジー局
2005年、博報堂入社。営業として流通、メーカー、エンタメ企業などを担当した後、2013年より博報堂DYホールディングス傘下の新会社設立に参画し、スマホアプリのサービス設計、パートナーアライアンス、マネタイズなどの事業推進一切を経験。2017年より現職で、
媒体社との協業による事業開発、ソリューション開発に従事。
五十嵐 丈鑑
博報堂DYメディアパートナーズ 新聞局/クリエイティブ&テクノロジー局
2012年、博報堂DYメディアパートナーズ入社。メディア領域では珍しい美大OB。デジタルメディアプラナーとして、特にアプリマーケティングに注力し、海外アプリ、輸入車、IT企業などを担当。その後、テレビ局担として幅広くメディア領域を経験し、現在はマスメディアとデジタルの “掛け算” を様々な角度から模索、実現。
吉田 汀
博報堂 統合プラニング局
2016年、博報堂入社。売場や購買行動を起点としたコミュニケーション戦略を担当の後、SNS世代ならではの感覚をいかして、2018年より主にデジタルやテクノロジーを活用したクリエイティブ企画・制作に従事。昨年、スマートスピーカーを活用したインタラクティブなUX体験も実現。
★本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました