コラム
メディア環境研究所
CES2018レポート ~「家庭空間」と「都市空間」、2つの流れに分化したCESから生活者のありたい未来を考える~
加藤 薫メディア環境研究所
メディア環境研究所では毎年、テクノロジーと新製品の世界最大級のコンベンションであるCES に研究員が赴き、現地取材を行っています。現在進展しつつある産業全体の構造変化に呼応して、CESでの各社の企業活動も大きく変わってきた様子を、ここ数年間にわたって追いかけてきました。筆者自身は今年で4回目となります。2018年は例年以上に日本での報道量も増え、既に多くの個別記事が発表されていますが、本稿では次世代のメディア環境を研究する立場から、「メディア環境を含めた生活空間の変化をどう捉えるか」という視点でお話したいと思います。
「家庭空間」と「都市空間」、2つの流れに分化したCES
「今年のCESは、何が目玉だったんですか」という質問を、帰国後あちこちでいただいたのですが、音声アシスタント端末が圧倒的な存在感を放っていた昨年と比べると、一言でスパッと「これ」と言い切るのはミスリードに繋がってしまいそうで大変悩ましい年でした。既に報道されている文脈も、「スマートシティ」「モビリティ」「5G」「音声アシスタント対決」「日本企業の存在感」など多岐にわたっており、「読み物としてはわかるが自社の立場に翻って考えるとどう解釈すべきだろうか/自社ビジネスとどう結び付くのだろうか」、と思案されたビジネスパーソンの方もいらっしゃったのではないでしょうか。
今年の状況は、CES自体が、「家庭空間(ナカ)」と「都市空間(ソト)」という、2つの流れに分化した、と捉えてみると非常に理解しやすいように思います。これまでのCESは、どちらかというと「ナカ」に焦点があたっていました。いわゆる家電の新製品や、音声コントロールするデバイスの台頭もそこに含まれます。また、昨年までの車メーカーのCESの参加においても、車の「ナカ」で、ドライバーをサポートする技術や新しいインターフェースの提案が中心となっていました。総じて、家や車の「ナカ」の空間がどうアップデートされていくのか、というストーリーが長らく語られてきたと言えます。
アップデートされる「都市空間」の機能
しかし今年、特に注目したいのは、都市の生活空間「ソト」の機能のアップデートです。背景には、2020年の商用化スタートが目前に迫っている「5G」という次世代の移動体通信規格の存在があります。5Gの特徴は、①超高速(eMBB)②超大量接続(mMTC)③超高信頼・超低遅延(URLLC)と言われています。過去の3Gから4Gによる移行で、動画視聴がサクサクと快適になった経験がある私たちは、ややもすると「動画などの大容量のコンテンツが、さらに高速でやりとりできるようになる未来」にリアリティを感じてしまいますが、5Gが生活にもたらす大きな変化は、モバイルにおける動画視聴という「個人」向けのサービスレイヤーだけではなく、「都市空間」という大きなレイヤーまで広がります。そんな中、人と人に加えて、大量の“モノとモノ”が遅延なく通信することで可能になる「新しいモビリティのあり方」は、都市空間の機能のアップデートの中で、現在最も注目されている領域と言えるでしょう。
今年のCESでトヨタ自動車が発表した「e-Palette Concept」というモビリティサービスの構想もそのひとつです。自動運転の車の機能が、ある時は移動する店舗に、またある時はシェアリングカーに、またある時は宅配用にと、様々な形で入れ替え可能となる…そんなモビリティサービスプラットフォームをつくる会社になる、という豊田社長の宣言に対して、現地のプレスカンファレンス会場では大きな拍手が起こっていました。
写真① トヨタ自動車によるプレスカンファレンスの模様(筆者撮影)
これまでのCESの自動運転の領域では「車を中心にした技術アプローチ」が打ち出されていましたが、今年はトヨタ自動車をはじめ基調講演を行ったFord社など車メーカー各社によって、自動運転技術は「都市空間の移動のあり方を根本的に変える大きなサービス」として捉え直され、新しい生活提案へとシフトしています。
また、モビリティサービスは車に限りません。 Intel 社の基調講演(写真②)ではVolocopterと呼ばれる空飛ぶ自動運転タクシーがステージから3メートルほど浮上して聴衆の度肝を抜きました。また、イーロン・マスク氏が提唱する時速1200キロを目指す超高速交通Hyperloop Systemは、車両が会場に展示され、試験走行の候補地も発表されるなど話題となりました。
写真② Intel 社の基調講演で発表されたVolocopter(筆者撮影)
生活空間がアップデートされれば、生活欲求のあり方も変わる
ここで私たちが捉えるべき変化は、「単に新しい乗り物が台頭する」ということではありません。例えば今後、自動運転技術によるモビリティサービスによって、移動時間が単純な移動だけでなく、生産的な時間に転換できるとしたら、どうでしょうか?生活者からすると、住まいにおいて、都心部の物件や駅近といった条件は、さほど重要視されなくなるかもしれません。不動産の価値も変わっていくでしょう。
住まいだけでなく、店舗のあり方も変わります。これまでは屋台やフードトラックくらいだった移動型ショップは、製造と流通と販売の拠点を兼ねた幅広いビジネスの拠点へとアップデートされます。「つくる、はこぶ、うる」が一体化されていくことで、例えばセミオーダーメイドのアパレルショップを週数日だけ移動店舗で開設する、3Dプリンターでの仕上げを前提としたB2Bの部品は、担当エリアを巡回しながら製造し配達されるといった具合に、未来サービスの可能性は広がっていきます。
また、CES2018のスタートアップゾーンでは、自律移動型店舗とも呼ぶべき「robomart」というサービスも発表されました。
写真③ robomartのブース展示(筆者撮影)
展示では果物や野菜などの取り扱いを打ち出していましたが、「実際に見て手にとって買いたい」ような、惣菜や焼き菓子なども販売対象として想定しているとのこと。現在の日用品まわりのECでは、定期購入が必要なトイレタリー用品や重量のある飲料品などが売れ筋と言われています。一方で日持ちのしない生鮮食品は、ネットスーパーでも一日の取扱量は限られており、リアル店舗での購買が中心となっています。そのどちらでもない自律移動型店舗というサービスの台頭によって、まとめて商品をとりよせるのでも頻繁にお店に行くのでもなく、「必要に応じてお店ごと呼ぶ」ような感覚も、将来的に生じていくでしょう。スーパーのあの棚を呼びよせたい、道の駅の産直売り場ごと家の前に来てもらいたい、など、この領域で生活者がどんなお店をお取り寄せしたいか、考えてみても面白そうです。
このような形で、「生活空間の機能がアップデートされることで、生活欲求のあり方がさらに変わる」という踏み込んだ視点が、溢れているCESの情報を単なる読み物にせず、自社領域に引きよせて解釈するための、重要なポイントになっていきます。
ありうる未来、あるべき未来、ありたい未来
メディア環境研究所では、これからのメディアや生活を考えていく際に、いつも3つの未来を意識しています。まず、技術的に「ありうる未来」。続いて、ビジネスプレイヤーや業界がのぞむ「あるべき未来」、そして、生活者が求める「ありたい未来」です。
CESでは毎年20,000点以上の新製品やサービスが発表されていると言われていますが、そこで提示されているのは主に「ありうる未来」「あるべき未来」です。ここ数年の産業全体の構造変化に呼応した、CESでの企業動向をみていて強く感じるのは、発表時そのままのコンセプトでローンチしている製品やサービスは実はそう多くはない、という現実です。実際は20,000点の新製品やサービスのうち、かなりの割合のものが発表後1年以内に生活者の「ありたい未来」と向き合った結果、淘汰されています。しかし翌年残ったものは、より具体化した生活提案へ進んでいきます。そしてまた技術や業界のトレンドを受けながら、らせん状にぐるぐると強い製品やサービスへと昇華していく…大企業もスタートアップも変わらない、そんな粘り強い企業活動が続けられているのがCESというイノベーションの舞台の裏側だと感じています。
2018年のCESで語られた、様々な生活空間における「ありうる未来」「あるべき未来」に対して、今後、生活者がどのような「ありたい未来」として反応していくのか。メディア環境研究所では、昨年立ちあげたメディアイノベーション調査などの定量調査や、各種生活者取材を通じて、今後も追いかけていきたいと考えています。
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