コラム
メディア環境研究所
プロダクトハンターあかねさんと考える、これからのテクノロジーと私たちの生活 vol.2
生活者目線で新しいプロダクトやサービスを語ってみたい。このコラムは、「プロダクトハンターあかね」さんに、米国で登場している新しいプロダクトやサービスについて、メディア環境研究所が日米の比較を交えながら、根ほり葉ほり、お聞きしてみるシリーズです。(不定期更新)
今回のテーマ「家も車も食事もすべて、“フレキシブルな暮らし“を考える」
■プロダクトハンターあかねさん プロフィール
サンフランシスコ在住。スクラムベンチャーズ マーケティングVP。米国のスタートアップ情報、新サービスやプロダクトについてブログ&寄稿記事で発信する”プロダクトハンター”として活動中。年間1000件超のスタートアップ情報にふれ、100件超のサービスやプロダクトを実体験している。
■聞き手 メディア環境研究所 加藤薫
1999年博報堂入社。菓子メーカー・ゲームメーカーの担当営業を経て、2008年より現職。生活者調査、テクノロジー系カンファレンス取材、メディアビジネスプレイヤーへのヒアリングなどの活動をベースに、これから先のメディア環境についての洞察と発信を行っている。
メディア環境研究所 加藤(以下、加藤)
あかねさん、こんにちは。第二回もどうぞよろしくお願いいたします。今回のテーマは、「家も車も食事もすべて、“フレキシブルな暮らし“を考える」です。はじめ、“フレキシブルな暮らし”という言葉を伺ったときに、いわゆるシェアリングエコノミーや定額制のサービスのことかな、と思ったのですが、あかねさんから明かされたのは、生活者の考え方そのものの変化でした。まず、家がフレキシブルとは、どういうことでしょう。賃貸、ということとも違いますよね?
プロダクトハンターあかねさん(以下、あかねさん)
最近はなんと賃貸契約すらもしないみたいなんです。先日、ホテルを家にするサービス『Anyplace』を運営する内藤聡さんにインタビューしました。Airbnbは家をホテルとして泊まるサービスですが、Anyplaceはその逆で、ホテルを1ヶ月単位で家として借りるサービスです。内藤さんはサンフランシスコで活躍する日本人起業家の一人で、米国の有名投資家であるジェイソン・カルカニス氏からも投資を受けており、Anyplaceは順調に利用者数を伸ばしています。
関連記事: ホテルを家に 空き室シェア 日本人起業、料金3分の1(日経MJ 2018年4月27日)
加藤
ホテルを住まいにする、というのは、ごく一部のお金持ちであれば、昔からしていたことのようにも思えますが、それとは感覚が違うのでしょうか。
あかねさん
Anyplaceの利用者は、長期出張や引っ越しの合間の時期など、一時的な住居として利用している層が7割、そして残り3割は新しいライフスタイルとして、ホテルを家として暮らしているそうです。
その3割は、いわゆるミレニアル世代と呼ばれる20-30代。特段お金持ちというわけではなく、働き盛りの普通の若者が利用しています。Anyplaceの価格はサンフランシスコだと月1600ドルですが、ワンルームマンション(相場は3000ドル)を借りるより安いので、賢い選択肢として利用されているようですよ。
シェアリングエコノミーの台頭により、モノを所有しない、コミットしない時代を感じることが増えましたが、ついに家もフレキシブルになったのか!とちょっとした衝撃を受けました。
加藤
たしかに住まいって、本来であれば、自分の暮らしの中で最もコミットする場所ですよね。なのに、住まい方にこだわらない、ホテルを選ぶかのようにフレキシブルでよい、というのは、意外な感じがしてきました。
あかねさん
私は古い世代なので、キッチンがないのは不便じゃないのかな?ご飯はどうするんだろう?とか、洗濯物はどうするのかな?なんて考えてしまうんですが、内藤さんによると、そういったライフスタイルを選ぶ人は、そのあたりもフレキシブルに対応しているそうです。
ご飯はUberEATSやPostmatesといったデリバリーサービスで注文するのでキッチンいらず。洗濯についてもRinseといったオンデマンドクリーニングサービスを利用しているそうなんです。
加藤
なんと、料理も洗濯も、ですか。普段、私たちが生活の中でマネジメントしなければならないと思いこんでいる領域を、住まいも含めてまるごと外にお任せしてしまっているんですね。
あかねさん
そうなんです。なんとなく私たちの世代が、「これは自分でやらなくてはならない!」と思い込んでしまっていることを、ミレニアル世代はフレキシブルに考えているのかなと。まわりにある選択肢を柔軟に取り入れている感じがします。
ミレニアル世代のフレキシビリティすごいな!と感心したのですが、よくよく考えたら私も暮らしの中で、所有せず、フレキシブルに暮している側面があるなと思い直しました。
私は3年前からファッションレンタルサービスを利用しています。服3着とアクセサリー2つがセットになって送られてくるサービスで、着たいだけ着たらポストに返却。すると次のセットが送られてきます。昔、ポストに返却するDVDレンタルサービスがありましたが、まさにあんな感じです。
加藤
あかねさんは3年も利用しているのですね。ちなみに、日本ではファッションのレンタルサービスは、まだまだ一般的ではありませんが、実際に使ってみた感想はどうなんでしょう。
あかねさん
ファッションレンタルを使うようになって、年間で服にかけるお金は減ったと思います。かつ、着るかわからない服がクローゼットに溜まっている…ということもないので、気持ち的にも身軽です。ちょっと意外だったのは「服を買わない=ファッションに無頓着」というイメージがあると思うのですが、その逆のことが起こりました。自分で買うとなると洗濯しやすい素材で、汚れにくい服を買いがちなんですが、レンタルなら自分で洗濯しないので、普段選ばないような服を選ぶことができます。毎回何着かは冒険して自分では絶対買わない色や素材、デザインにもチャレンジしています。チャレンジ服の時はいつもと雰囲気が違うので、よく同僚に褒められます。それがなかなか楽しい。褒められるとモチベーションがあがりますよね。ファッションレンタルは合理的なだけでなくて、ファッションをより楽しむ気持ちを喚起してくれました。
それから旅行の時などは旅先の気候に合わせた服をレンタルすることができるんです。昨年の秋、リゾート地であるPalm Springs旅行の際には、このレンタルサービスとフリマアプリでほとんどのアイテムを用意しました。
加藤
普段使いだけでなく、旅行アイテムの準備をレンタルサービスで対応しまう、というやり方もいいですね! 住んでいる場所と季節が違ったりして急には用意できない服や、その旅にしか適さないアイテムなんてものもありますし。さらに他の使い方もあったりしますか?
あかねさん
結婚式やパーティーに呼ばれた時には、ブランドドレスのレンタルサービスも利用しています。いまはソーシャルで写真がシェアされてしまう時代、毎回同じドレスを着ているとバレバレですから…、こういったサービスは時代にも合っていると感じます。
加藤
それは確かで切実なニーズがありますね! 日本でももっと広がりそうなツボですね。
あかねさん
それから私の暮らしの中で最近フレキシブルなのは、移動手段です。サンフランシスコでは、シェア自転車、シェアスクーター、Uberなど移動手段が充実しています。
自分がその時優先したいこと、早く着きたいのか?安く着きたいのか?に合わせて移動手段をフレキシブルに選ぶことができます。
Uberの場合は、運転手が一般人のUber Xから進化して相乗りのUber Poolができて、そして新たにUber Pool Expressという相乗り&少し歩くことでさらに安く乗れるサービスがスタートしました。利用者に合わせてサービス側もどんどんフレキシブルになっているのを感じます。
加藤
東京ですと、ある程度の距離の移動は、公共交通機関か車かの2択ですが、サンフランシスコでは、移動の選択肢が片手にはおさまらないくらいに拡大中、ということなんですね。
あかねさん
そうなんです。ちょっと話がそれますが…普段、私はUberで移動することが多いので、比較的車に乗っている方だと思うのですが、自分が所有する車以外のブランドを意識することはほとんどありません。普段電車に乗っている時にその車両のブランドを意識しないように、もう所有しない自動車のブランドは意識しなくなる日も近いのかなと思ったりします。
加藤
それはドキっとする発言ですね。様々な自動車会社のブランディングを担当する広告会社の立場からすると、今後テクノロジーの変化によって、生活者にとってのブランド体験がどう変わっていくのか、は大変気になるテーマです。こうしたフレキシブルな暮らしは、生活者にどんな変化をもたらしているんでしょうか?
あかねさん
モノをコミットしないというと、みんなが物を買わなくなるイメージがあると思うのですが、私は逆にこのフレキシブルな暮らしによって発見(ディスカバリー)があり、買うようになったモノや用途が変わることもあると思っています。
例えばファッションレンタルサービスを使うようになり、自分では絶対買わない色や素材、デザインにもチャレンジしていることをお話ししましたが、もう1点変化がありました。服とセットでアクセサリーが送られてくるので、サービスを使い始めてから、これまでほとんど着用していなかったアクセサリーを日常的に身につけるようになったんです。
普段しないアクセサリーをつけていると同僚や友達に褒められる。そしてレンタル以外にも自分で積極的にアクセサリーを買うようになりました。気軽に試せる良さがあるんですよね。
加藤
これまで利用していなかった新しいカテゴリの商品との出合いがあった、ということですね。 他にも変化はありますか?
あかねさん
それから、香水のサブスクリプションサービスを使いはじめて、決まった香水を買うのをやめました。Scentbirdというサービスで、毎月1本アプリケーターに入った香水が届きます。今までであれば香水を1本買うと、それなりの量があるので「使い切らなくちゃ!」とそればかり使っていたのですが、今は色々な香水が楽しめることを楽しんでいます。使い切らなくちゃ!という気負いがないので、シチュエーションに応じて香水を使い分けるようになりました。このサービスは月15ドルなので、年間180ドルです。おそらく以前より香水にお金を使っていると思います。でも使い方が変わったので、余分に払っているとか、もったいない!という感覚はありません。
加藤
もともと使っていた商品でも、利用にあたって選択肢が増えた、ということですね。香水の他にも、「いろいろ試してみたいもの」は、サブスクリプションと相性が良さそうです。
あかねさん
それからレストランのデリバリーサービスは、ランチに新たな選択肢を増やしてくれました。普段は遠すぎてランチタイムには行けないレストランでも、デリバリーならオーダーできるわけです。フレキシブルな暮らしにより、選択肢が増えて、新たなものを試しやすくなる。そして新しい発見があり、新たな購買行動につながる。なんてこともあると感じています。
加藤
ここまでのお話で一番気になった変化が、冒頭の「住まいがフレキシブルになる」というお話なんですが、そこで最後に質問です。マーケティングや広告の業界では、商品やサービスに対する関心の度合いが高ければ高いほど、「関与度が高い/低い」といって、分析軸の一つにしたりします。住まいって、支出の中でもっとも金額も高く、かつ情報量も多く、生活者にとって非常に関与度が高いものだと捉えていたのですが、住まいに対する関与度が落ちてきている…という変化なんでしょうか?
あかねさん
「コミットする」ということのハードルがどんどん高くなっている気がします。住まいや車など「関与度が高い」商品の購入は、今後どんどんハードルが高くなっていくのではないかと。私たち、どんどんコミットしない方向に向かっていると思うんです。
何か買うときはオークションサイトで売ることを前提に買うことも多く、最後まで使い切る気持ちはなく、ある意味コミットはしていない。気軽にマッチングアプリで知り合える今、誰かにコミットするのは面倒なので彼氏&彼女はいらない。いつでもLINEやMessengerなど、SNSのメッセージ機能でスケジュール調整できるから、待ち合わせ時間はコミットしない。
こんななか、今後何十年も続くローンを組むというコミットメントはハードルが高すぎる気がしました。
「そもそも家って買うものなんだっけ?ホテルに空き部屋があるんだから、そこに住めばいいじゃん」というような、思考自体もすごくフレキシブルな時代に突入しているのを感じます。私自身、気づくといつの間にか固定観念に囚われている自分に気づくことも多々あるので、もっとフレキシブルな思考&暮らしに馴染んでいきたいと思っています。
メディア環境研究所からまとめ
「フレキシブルな暮らし」が実現している背景には、生活のあれこれに「あまりコミットしないで生きていきたい」という米国のミレニアル世代の欲求が隠れていました。広告会社はこれまで、ブランドと生活者をつなぐ「エンゲージメント」をつくり、より濃いコミットをつくることを狙った施策を広告主に提案し、実行することに従事してきました。しかし、「そもそも、あまりコミットしたくない」という生活者が増えていくならば、根本からそのアプローチを再考する必要があります。新しいテクノロジーやサービスの台頭で、生活者のスタンスはどう変わり、その意思決定はどう変わっていくのか、次回の本コラムでも引き続き考えていきたいと思います。
★本コラムは「メディア環境研究所公式サイト」より転載しています
「プロダクトハンターあかねさんと考える、これからのテクノロジーと私たちの生活」
2018年度、不定期更新で続けていく予定です。
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