コラム
メディア環境研究所
「メディアイノベーション調査2018」からみる、日本と各国の比較【2】後編 ~博報堂生活綜研(上海) 包さんと考える、日本と中国の比較~
生活者目線で新しいプロダクトやサービスを語ってみたい。このコラムでは、メディア環境研究所が2018年に日米中タイの4カ国で調査を行った「メディアイノベーション調査2018」(ご参考:プレスリリース)の結果について、各国に詳しい方に語っていただきます。第2回は上海在住、博報堂生活綜研(上海)の主任研究員、包 旭(ホウ キョク)さんに、メディア環境研究所の小林が中国の結果について日中比較も交えてお聞きしてみます。
★前編はこちら
◆若者主導の社会が、新しいサービスを加速させる
包
3つ目の切り口ですが、中国は政府の主導が強いことです。中国は若者主導の世界で、実際、博報堂Global HABITのデータでも、若者が主役の世の中だと思う人が中国(上海)では60%程度、日本では10%程度です(図1)。
政府の後押しもあり、世の中のインフラも比較的若者向けにつくられているんですよね。例えば、中国にも交通ICカードのようなものがあり、2~3年前に現金チャージができないということで話題になりました。現金チャージができないので高齢者もインストールせざるを得ないのと、政府がどんどん新しいことを取り入れるので、新しいサービスの浸透が進みやすい傾向にあります。あと、先進国として見られたいという意識もあると思います。
■図1:若者が主役の世の中だと思う
小林
日本だとスマホを触るのが怖いという高齢者も多いのですが、中国はそんなことはないのですか?また、高齢者に新しいサービスの使い方を教えるサービスなどはあるのでしょうか?
包
そういったサービスはないですね。高齢者は子どもに教えてもらうことが多いです。中国では専業主婦という考え方がないため、親とは常にコミュニケーションをとらなければいけない状況のなか、親子で情報交換するので、昔に比べると新しいサービスに対する理解度のギャップは少ないと思います。また、中国では60代もスマホの利用者は多いです。中国は人間関係を重視していて、一人では生きていけない社会です。特に60代の人たちは若いときに国営企業で働き、同僚と一緒に寮に住み、組織から離れるわけにはいかないという考えが染みついているので、今でもWeChatやSNSなどで組織やコミュニティに属そうとしています。
電子払いが普及したきっかけはコンビニのキャンペーンです。Alipayなどがコンビニと連携し、割引額が大きなキャンペーンが一時的にあり、高齢者もバンバン使っていました。高鐵(中国大陸の新幹線)のチケットも、実際にチケット売り場で買おうとすると1時間くらい並ぶので、アプリやネットで買って発券した方が断然楽です。
小林
昨年末に日本でも行われたスマホ決済アプリのキャンペーンと同じようなものですね。しかし、切符を買うのに1時間もかかるとなると、確かに現金に固執するよりも新しいサービスを利用することで早く購入できる方法を選択したくなりますよね。
◆中国では信頼関係が大事
小林
先日、メディア環境研究所のメンバーが中国で空き時間に映画を見ようとしたらしいのですが、現金しか使えないので電子決済している人の倍額だったと言っていました。サービスを利用したいのに、身分証明にパスポートが使えないために支払い登録ができず、結果現金払いになってしまうと嘆いていました。
包
現金でモノを買おうとする人はなかなかいません。私ももう2か月近く現金を使っていません。駐車場などでは現金決済が残っていましたが、今はほとんど電子化されています。ただし、家族にばれないように、飲み会は現金で支払うという人の話は結構聞きますね(笑)。聞いてみると、現金は記録が残らないので安全だから、と言っていました。電子決済で飲みに行ったことがばれてけんかになったという人の話は結構聞きます。中国では夫婦間で携帯を見せ合うことはわりとふつうです。チャットの履歴とか支払いの履歴とか。そもそも、Alipayには家族の口座もあり、夫婦間でお金を使ったことがわかるサービスもあります。
小林
携帯にはロックがかかると思いますが、どうされているんですか?
包
まず、指紋はお互い登録しますね。これは、中国では珍しいことじゃないと思います。暗証番号も教えますね。隠したら悪いことをしていると思われてしまうので。
小林
すごいですね。日本では生活が常にインターネットに接続することをいやがる人がとても多いのですが、中国では逆に歓迎されることなのでしょうか?
包
監視カメラはいやですね。情報がとられてしまうのではないかと心配になります。
中国人は未だに人間関係を大切にして、よく活用しています。病院に行くときも知り合いに紹介をしてもらわないと後回しにされたり、病室が取れなかったりします。これは、自分の知り合いだけではなく、知り合いの知り合いまで及びます。たとえば車を買うときには、クルマ業界で働いている知り合いがいないかと、まずは知人に聞いてみます。
知り合いなど、ある程度信頼が保障されている人からの情報が欲しいのです。だから、人とはむしろつながりたくて、簡単に助け合います。人間関係は財産というのがみんなの意識なので、友達も増やせるし、知り合いの知り合いに聞くのもみんな抵抗ありません。
◆ドローンはカメラの代わり
小林
そもそもの国民性が結構違うのですね。次に、ランキングで中国の特徴としてVR/AR/ドローンに関する項目が10位以内に6件ランクインしています。特にドローンに関しては、10位以内に2件ともランクインしているのは中国だけです(図2)。上海蟹がドローンで配送されていたとニュースもありましたが、実際にドローンは中国でどの程度普及しているのでしょうか?
■図2:各国のドローン項目順位
包
ドローンも普及していて、カメラの代わりという感じです。子どもが生まれるとカメラやビデオカメラではなくドローンを買い、子どもと出かけるときやリゾート地、海外旅行で撮影してますね。会社の忘年会や結婚式の景品としてもドローンはよく出ています。
上海蟹のドローン配送はキャンペーンなので、まだドローン配送は一般化していません。中国はまだ人件費が安いので、導入する必要があるかというと微妙です。京东(JD.COM)や外国の企業が中国で実験をして、自国で展開していくのではないかなと思っています。京东は、中国のEVメーカーのNIO(ニオ)の車の荷室に荷物を届けるというサービスも展開しています。Amazonも行っていると思いますが、車にはカメラもついていて安心感があるので、配達ボックス代わりに使用するというものです。
小林
NIOは、中国版テスラといわれている車ですね。ところで、中国は、運転支援系のサービスが下位に集中していて、「無人・自動運転車内でリラックス」という項目を除いてすべて50位以下となっています(図3)。自動運転には全く期待されてない感じがするのですが、何か理由があるのでしょうか?
■図3:無人・自動運転項目の順位
包
2つ理由があります。1つは、そもそも実現は難しいとみんな思っています。中国では、人口や車両の数が多いので、他の国に比べてハードルがとても高いし、運転も乱暴です。日本だと車間距離を数メートルあけると思いますが、中国では50cmくらいです…。それ以上離れると他の人が割り込んでくるので、離せません(苦笑)。
もう1つの理由は、配車アプリがすごく便利なので、自動運転支援が必要かどうかもわからないということです。買い物も配達してもらえばいいので敢えて車をもたなくていい人が増えています。中国はアメリカに比べると運転するニーズがそもそも低いんですね。それに現在、中国の1級都市では車が欲しくてもすぐ買えません。最初にナンバープレートの抽選で当選しなければ、購入できないのです。とても人気なのでなかなか当たりません。ナンバープレートのために4~5年待つ人も結構います。
小林
なるほど、そうなると自動運転を取り入れなくてもすでに便利になっているので必要性がないのですね。実際に買い物は配達されている人が増えているのでしょうか?
包
ECでも多いと思います。実際に買い物に行く人は、家に閉じこもりすぎて気分転換に出かけたい人じゃないですかね?外出するには目的が必要なので、でも、目的もないのでスーパーに行こうとなります。
小林
包さん、大変興味深い話をどうもありがとうございました。社会問題から新しいサービスを利用する必要が生じているという、とてもリアルな話をありがとうございました。
◆メディア環境研究所 まとめ
中国の切実でリアルな現状を教えていただきました。中国のことわざがあらわしているように、新しいサービスには最初から乗っからないと損をするという考えが、中国での新しいサービスへの興味度の高さにつながっていることがよくわかりました。また、政府が若者主導の世界に振り切ってしまっていることも大変興味深かったです。日本を含む先進諸国が成熟しているといわれるのは、世の中が基本的に昔から少しずつ便利になってきていて、ガラッと方針転換する必要がなく、万人が暮らしやすい世界を目指しているからなのかもしれません。高齢化社会の日本ではなかなか難しいかもしれませんが、日本でも新しいサービスを定着させるためには少し強引な政策が必要なのかもしれません。
また、個別のサービスが連携していくことで便利な世の中になってきてはいますが、領域を超えて連携するためには信頼関係も重要なキーワードだと感じました。中国の例では夫婦間や人間関係の信頼が重要でしたが、企業間やサービス間での連携においても、同じなのかもしれないと思いました。1つのサービスや領域内の縦の充実だけではなく、サービス間、領域間の横のつながりを企業間で共創することや、もっと協働に向けて気軽に声をかけてみることが、日本の生活者にとってより便利な世界を生み出すのではないかと思いました。
■プロフィール
包 旭
生活綜研(上海) 主任研究員
2013年日本の大学院を卒業後、中国へ帰国し、その後博報堂生活綜研(上海)に入社。社会環境の変化が激しい中国における生活者の行動、欲求を中心に、日々の研究活動を行っている。コンセプト開発、市場調査、書籍制作などの業務を担当。
小林 舞花
メディア環境研究所 上席研究員
2004年博報堂入社。トイレタリー、飲料、電子マネー、新聞社、嗜好品などの担当営業を経て2010年より博報堂生活総合研究所に3年半所属。 2013年、再び営業としてIR/MICE推進を担当し、2014年より1年間内閣府政策調査員として消費者庁に出向。2018年10月より現職。
【関連情報】
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★本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました