コラム
メディア環境研究所
みんなのスマホ生活コラム<第2回> 手のひらの中の衝動経済圏。みんなのスマホでの買物事情は?
いまや当たり前となったスマホでの買物。「スマホと生活者」をテーマに連載している「みんなのスマホ生活コラム」、第2回は「スマートフォンユーザー情報行動調査2018」から、スマホでの買物について、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の野田絵美が現状と新たな兆しに注目したいと思います。さらに、博報堂 買物研究所の山本泰士上席研究員に「スマホが買物行動全体に与える影響」について聞きました。
“BUY”と“PAY” スマホでうまれた新しい買物
●スマホでいつでもどこでも「物品購入=BUY」は、もはや当たり前に。
10~60代のスマホユーザーに対して、最近1年間のスマホでのショッピングや支払い経験についてききました。「食品・飲料の購入」「ファッション用品の購入」など、買物した23項目の中で、何らかの「物品の購入=BUY」をした人は全体の67.0%にのぼります。
項目を詳しく見てみると、「食品・飲料」は男性30~40代で44.7%/女性30~40代で41.6%と男女ともに高く、「ファッション用品」は女性10~20代で46.4%/女性30~40代で49.4%と高くなっています。わざわざ店舗に足を運ぶことも、パソコンを立ち上げる必要もなく、思い立った時すぐに買物できるスマホでの物品購入は、広く浸透しました。
<最近1年のスマホのネットショッピングや支払経験:物品の購入BUY>(最近1年)
Qあなたご自身の「スマートフォンを利用したインターネットでのショッピングや支払い」についておうかがいします。最近1年間で、あなたがスマートフォンを利用して経験したことがあるものを全てお選びください。
●行きたい!が、すぐ行ける。欲しい!が、すぐ手に入る“PAY”という買物
さらに、スマホによって新たな広がりをみせているのが「サービス・コンテンツへの支払い=PAY」という領域です。「宿泊・旅行・交通サービス」や、グルメ・美容などの「お店予約」など、行きたい!と思った瞬間に、どこにいても、すぐに予約手配できるようになりました。
ほかにも、SNSで使う「スタンプ」、音楽・映画コンテンツの「デジタルデータの有料ダウンロード」、「有料アプリ」の購入など、欲しい!と思ったらすぐにダウンロードして手に入ります。
このように、スマホを使うことよって衝動をすぐに実行へうつすことができる買物「サービス・コンテンツへの支払=PAY」が普及し始めています。この1年間で何らかの“PAY”を経験した人は、全体で46.2%、特に女性10~20代での経験率が高く、半数を上回る56.7%となります。
<スマホのネットショッピング経験:サービス・コンテンツへの支払=PAY>(最近1年)
Qあなたご自身の「スマートフォンを利用したインターネットでのショッピングや支払い」についておうかがいします。最近1年間で、あなたがスマートフォンを利用して経験したことがあるものを全てお選びください。
“PAY”で加速する手のひらの衝動経済
「サービス・コンテンツへの支払=PAY」という買物は、物が届くのを待つ必要なく、すぐ手に入れることができます。私が生活者にインタビューをしている中で、こんな話をしてくれた女子大生がいました。
「髪の毛を切りたくなるのって、たいがい夜なんですよね。お店に電話をして予約する時間じゃない。それに、来週とか先の予約をして、その予約に行動を縛られるのも嫌なんです。切りたいときにすぐ切りたい!」
だからすぐにアプリで翌日の予約をとるそうです。予約の際、空いている時間帯を確認するやりとりの面倒もなく、スムーズになりました。髪を切りたい気持ちを冷ますことなく予約がかなうのです。また、こんな話をしてくれた男子大学生もいました。
「友達と遊ぶとき、食事する店をわざわざ事前に調べて予約して行くことが減った。とりあえず会うエリアを決めて、その時のみんなの気分とかそのタイミングですぐ入れる店にする」
このようにスマホの位置情報機能やアプリを巧みに活用することで、時間や場に縛られずに行動の自由度を高めながら、衝動を買物へとつなげる生活者の新しい兆しが見えました。
スマホの中の買物が、買物行動全体に与える影響とは?
博報堂買物研究所 山本泰士研究員に聞いてみました。
●スマホ時代に「欲」を忘れる生活者
野田:スマホは私たちの買物にどのような影響を与えているのでしょうか?
山本:生活者はいま、何かを「欲しい」という自分の欲求さえ忘れてしまいがちです。博報堂買物研究所が2016年に実施した調査では、この半年間を振り返り「モノやサービスを欲しい!」という自分の欲求を忘れた経験は約8割。その経験率はこの1~2年間で増加傾向にあるという発見がありました。いまは欲があるのに買物に結びつきにくい時代なのです。我々はこの現象を「欲求流去(よっきゅうりゅうきょ)」と名付けました。
この「欲求流去」の原因はスマホ時代における情報量と商品量の爆発。何かを「欲しい」と思っても、検索するだけでたくさんの商品、口コミが出てきて何を買うのが正解なのか?どれが正しい情報なのか?見極めることが非常に難しくなってきています。そこで「なんだか選べないなあ、とりあえず保留…」としているうちに、さらに別の新しい商品や情報との出会いが訪れ、保留した商品に対する欲求は流され、消えていく。まさにスマホで24時間情報のシャワーを受けている現代ならではの現象であると言えるでしょう。
ではこのように欲求を流すことなく「欲しい」を確実に形にするにはどうするのか?それがいま見られているような「欲しい気持ちが高まった瞬間を逃さず即買いする」という買物スタイルなのではないでしょうか?
●間違いのない選択範囲をあらかじめ用意して衝動買いする生活者
野田:スマホによって「衝動買い」が増えていくといことでしょうか?
山本:一見、この行動は「衝動買い」のように見えますが、実は単なる「衝動買い」ではありません。生活者は日々のスマホ行動の中で「このお店や人、場所から選べば失敗しないものを選べるよね」という確実な範囲を見つけ出し、日々意識の中に溜めていることで誘発される「衝動買い」なのです。
例えば最近若者を中心に増えている「インフルエンサーからライブコマースで買う」というスタイル。ライブコマースはいわばスマホで動画中継するTVショッピングのようなものですが、若い女性に人気のインフルエンサーがスマホで動画を生中継しながら、自分のおススメの商品を売るというスタイルがしばしば見られます。人気のインフルエンサーになると、ライブコマースで売った商品があっという間に完売!なんてことも珍しくありません。
なぜこんなに衝動的に商品が売れるかと言えば、インフルエンサーがSNSを中心に日々生活者とつながって役立つ情報発信をしているから。特に若い女性のインフルエンサーはファッションの着こなしからメイクの仕方、職場で浮かないオシャレの方法…など同世代に日々役立つ情報を発信し、生活者からの信頼を積み上げています。商品も口コミもあふれる中で、日々自分に役立つ情報を与えてくれる彼らは生活者にとって頼れる「この人から選べば大丈夫という存在」。だからこそ「欲しい!」と思った時に躊躇なく飛びつき、購入することができるのです。
そしてスマートフォンというデバイスは日々自分にとって役立つ情報を、自然に絞り込み、引き寄せるには非常に便利。SNSやニュースアプリの機能を使って自分に適した情報を簡単に日々引き寄せ、見ることができるのですから。
このように若い世代を中心に「あらかじめ絞られた選択の範囲内から、すぐに買う」という買物がスマホ時代に生まれてきているのです。
●PAY的消費が買物の風景をさらに変えていく
野田:「あらかじめ絞られた選択の範囲内から、すぐに買う」という時代には、どんなことが大切だと感じますか?
山本:さらに前述されていたサービス・コンテンツへの支払いという時間・場所の制約なく欲しいものがすぐに手に入る買物は、「あらかじめ絞られた選択の範囲内から、すぐに買う」という買物を後押ししていくのではないでしょうか?サービス・コンテンツは欲求から実現へのタイムラグが少なく、欲がすぐに形になりやすい領域です。それだけに欲しくなってから欲求を実現するハードルも低い。
「なんだか映画が見たい気分!→そういえば映画好きの友達がSNSでおススメしてた映画をスマホで即購入!」
「いまから友達と赤坂で食事!→赤坂と言えば焼肉がおいしいって評判。空いてるところをスマホで即予約!」
「あー髪切りたい!→前からSNSで評価の高いところをスマホで即予約!」
といった具合にスマホでこれまで引き寄せ、絞り込んだ選択肢を、あっという間に実現できるのです。
このような新しい買物スタイルが勃興しているスマホ時代。これからコンテンツビジネスや商品・サービスマーケティングは、いかに生活者の「このあたりで選んでもいいよね」という選択の範囲内に入れるかどうかが問われているといってもいいでしょう。
野田:これから商品やコンテンツにとって大切なのは、生活者の衝動が高まった瞬間に出会う選択肢として事前に潜入していられるかなんですね。山本上席研究員、どうもありがとうございました。
■ご参考
「なぜ「それ」が買われるのか? 情報爆発時代に「選ばれる」商品の法則 (朝日新書)」
著:博報堂買物研究所
■プロフィール
野田 絵美
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
2003年、博報堂入社。マーケティングプラナーとして、食品やトイレタリー、自動車など消費財から耐久財まで幅広く、得意先企業のブランディング、商品開発、コミュニケーション戦略立案に携わる。生活密着やインタビューなど様々な調査を通じて、生活者の行動の裏にあるインサイトを探るのが得意。
2017年4月より現職。生活者のメディア生活の動向を研究する。
山本 泰士
博報堂 買物研究所 ストラテジックプラニングディレクター
2003年東京大学教育学部卒、同年、博報堂入社。マーケティングプランナーとしてコミュニケーションプランニングを担当。07年より、こどもごころ製作所プロジェクトに参加し、クラヤミ食堂など体験型コンテンツの企画、運営を担当。11年から生活総合研究所に異動し、生活者の未来洞察に従事。2015年より現職。「欲求流去」「選べない買物の悲劇」等を発表。複雑化する情報・購買環境下における買物行動の未来を洞察している。暗闇で良音に包まれる「クラヤミレコード」など新コンテンツ体験開発にもチャレンジしている。
【関連情報】
★みんなのスマホ生活コラム<第1回>日本、そしてアセアンでも!スマホで広がる「情報引き寄せ」
★本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました