コラム
メディア環境研究所
「メディアイノベーション調査2018」からみる、日本と各国の比較【3】後編 ~博報堂生活総研アセアンDeeさん、伊藤さんと考える、日本とタイの比較~
生活者目線で新しいプロダクトやサービスを語ってみたい。このコラムでは、メディア環境研究所が2018年に日米中タイの4カ国で調査を行った「メディアイノベーション調査2018」(ご参考:プレスリリース)の結果について、各国に詳しい方に語っていただきます。
第3回はバンコク在住、博報堂生活総研アセアン(以下、HILL ASEAN)の研究員Deeさんと、同じくHILL ASEANの研究員であり、メディア環境研究所の客員研究員でもある伊藤 祐子さんに、メディア環境研究所の小林がタイの結果についてお聞きしてみます。
★前編はこちら
◆フィンテックとの相性がよさそうなタイ
小林:最近キャッシュレスがタイで進んでいると聞いたのですが、タイの人はクレジットカード情報などもインターネット上で使用することにためらいはないのでしょうか?
Dee:クレジットカード情報については、インターネットを使う前から利用しているので、インターネットよりクレジットカートのほうがリテラシーがあり、逆にみんな心配していると思います。そして、クレジットカードは直接自分のお金に関係があるものなので、インターネットにシェアする情報より大事にしていると思います。
伊藤:タイのクレジットカード保有率は日本に比べて明らかに低いです。「we are social 2018」によると、日本は66%が保有する中、タイは6%です(図1)。クレジットカードの利用者はある程度セグメントされた層でしたが、これから増えていくオンラインバンキングや銀行口座に紐づいたモバイルペイメントのサービスは、より幅広い人が使うことになると思うので、またお金とセキュリティに関する意識も変わってくるかもしれません。
■図1:GLOBAL DIGITAL REPORT 2018 / we are social 2018
小林:「生活を変える55のサービス」のタイでの興味度ランキング4位に「支出動向を予測し自動的に口座移動」が入っていますが、オンラインバンキング系がどんどん浸透しそうな予感はありますか?
Dee:これは、うまく貯金ができないタイの国民性が関係しているのかなと思います。データを見ても、タイは家計債務のレートがASEANで2番目に高いんです(出典:FT Confidential Research)。少ない給料なのに複数のローンに分けて払わないといけないのは、精神的なストレスになっていると思います。これを自動的に誰かがローンの管理をしてくれたらストレスが少なくなると考えて、この辺りのスコアが高くなっているのではないかと思います。
伊藤:あと、タイ人は親に仕送りをしたり、家族や親戚を援助する人が多いようです。手渡しではなく口座振込だと、入金先が沢山あるためAIが普段の支出をチェックしてくれると楽だと思うのかも知れません。また、AIが自分の貯金を管理してくれるかもしれないので、例えば預金口座に1万バーツ残した上で残りをやりくりするなど、自動的なサービスがあれば「自分で収支を考えなくてもいいから便利だ」と思う人もいるのでしょう。
Dee:お金のことは考えたくないですね(笑)。リタイアするときのGDPに対する貯金額のデータがあるのですが、アメリカやフランスは100%を超えているけど、タイは19%となっています(出典:Bank of Thailand)。
伊藤:リタイア後の貯蓄額が少ないんですね。お金の管理が緩い面もあるかも知れませんが、浪費というより所得自体が欧米に比べて少ない人が多いことや、「お金があれば家族に分け与える」という心優しい習慣もあるので、様々な要因があると考えられます。
小林:タイには年金制度のようなものはあるのでしょうか?
Dee:ほぼないですね。あっても、月600バーツ(1バーツ=約3.5円)くらいと少ない金額なんです。タイは人口6500万人なのですが、預金口座数は全部で8000万口座くらい。その内88%は5万バーツ以下の貯金額で、100万バーツ以上の貯金を持っている人は1%しかいません。(出典:Bank of Thailand)
小林:600バーツで生活を考えると、代が変わっても子どもに頼り続けていくという感じなのでしょうか?
伊藤:家族をとても大事にする国民性なので、基本的に「親の面倒は子どもが見るもの」が長く続いているようです。今の親世代も「自分たちは親の世話をしたし、子どもに老後の世話をしてもらうのは当然」という考えはまだ続いていると思います。
◆急速に進むQRコード決済
小林:ところで、QRコードはどの程度普及しているのでしょうか?
Dee:タイのキャッシュレスはすごく進んでいる状況だと思います。2017年にタイ銀行を中心に各銀行がQRコード決済の支払いシステム基準をつくり、すべての銀行がQRコード決済対応となりました。
小林:日本にいると、あまり銀行でQRコード決済と聞いてもサービス内容がピンとこないのですが、タイの銀行で使えるというのは具体的にどういったことが可能なのでしょうか?
Dee:この基準ができたことによって、どこのお店に行ってもQRコードさえあれば、どの銀行のアプリでもスキャンするだけで支払いができるようになりました。これまで個人同士は口座番号を毎回入力して送金しあっていましたが、例えば伊藤さんがA銀行のQRコードを出して、私がB銀行だとしても、スキャンすればすぐに送金できるんです。口座番号を入力する手間が省けてすごく便利になったので、普及率があがりました。
小林:なるほど、みんなが便利を実感できるカタチになっているから、普及のスピードにもつながっているのですね。
Dee:普及率があがったことには2つ理由があり、1つは、タイ銀行のQR決済の発表後、財務省がもう一つ「Prompt Pay」というシステムを作ったことです。これは、政府から国民に何らかの返金や支払があるときに使われます。今までは小切手などで支払われていたのですが、このPrompt Payのシステムだと、タイ人の国民ID番号に携帯番号や口座情報を登録しておけば、政府から自分の口座に自動的にお金が入ってくるんです。
タイでは毎年税金の評価が行われ、返金をもらう人も多いので、この発表が出た時に一気に利用者が増えました。今現在、このシステムの利用者は3900万人で、国民の半分くらいです。
もう1つの理由は、タイには毎年1000万人くらいの中国人観光客が来ているので、中国人用にQRコード決済システムが前からありました。タイ人が使える前から、コンビニなどに行くとQRコードが毎日目に入る状態が何年も続いていました。早速、自分たちも使えるようになった時に、「なに、この機械?」ではなく、「中国人が使っていたあれを自分たちも使えるようになったんだ」と、見慣れていたので広がる速度が速かったんだと思います。中国人に感謝です。
伊藤:訪タイされる中国人の観光客は非常に多く、旧正月の時はどこもかしこも「チャイニーズレッド」に溢れていて、レストランやホテルの従業員さんもチャイナドレスを着て歓迎していました。年末年始には、タイで中国人の観光ビザがフリーになったそうで、中国人の観光客が大挙していました。
小林:QRコードは全年代が使うようになったんですか?
Dee:年齢差はあります。大学生など若い人たちの方が使っているし、順応が早い。大学によっては、大学のカフェがすべてQRコード決済になっているところもあり、キャッシュを持ちたくないと思う学生も出てきているらしいです。若者が集まるサイアムスクエアなどに行っても、QRコード決済が当たり前になっていて、自分が使わなくても目にすることは多いです。この先5年くらいで利用状況はすごく変わるのではないかなと思っています。
伊藤:今の話は都市部に限ったもので、少し郊外に行くと決済まわりのサービスは未整備のため、まだ現金が強いと思います。タイは現金に対する信用度が高いようなので、全てが変わるにはまだ時間がかかるのではないでしょうか。
Dee:そうですね。5年後、バンコク自体はほぼキャッシュレスの世界になったとしても、全国的にはまだまだではないかなと思います。
◆無人・自動運転は現実的に難しい
小林:それでは、ランキングに戻りますが、タイでは「自動運転・無人運転」への興味があまり高くない中、3位に車載エンターテインメントがランクインしています(図2)。こちらについてはどう思われますか?
■図2:生活を変える55の新しいサービスに対する各国の興味度ランキング トップ10(メディアイノベーション調査2018)
伊藤:渋滞はすごくシビアな問題で、「渋滞中、車内でいかに快適に過ごすか」は関心の高さに表れていると思います。渋滞は自分たちでは解消できないので…
Dee:無人運転、自動運転への興味度が高くないのはきっと国民性で、タイに来た事がある人ならわかると思うんですが、バイクがあちこち走っているので、この状況の中で自動運転になるのは想像しにくいですよね。なので、自動運転に興味がないのではなくて、本当にできるの?という気持ちなのではないかなと思います。みんなが一斉に自動運転になるなら安心してもらえると思いますが…
伊藤:自動運転まわりの評価は、「あったらいいな」というものに対するスコアが高いのとは真逆で、「現実的にあるのはわかるけど、自国では不可能だろう」という気持ち故に低いのではないかなと思います。
小林:ありがとうございます。それでは、最後に、このデータ全体について、この辺は地域差があるまたは、この辺はタイ全体で共通している、などと感じることはありますか?
Dee:お金の話以外だと、「新しいもの好き」という点は、タイ人の特徴だと思います。最新テクノロジーが好きなのも、自動運転や無人店舗に関する評価も、都市部に限らずタイ全体で同じような傾向があると考えています。無人サービスに関しては、タイ人は、人が多くいた方がもてなされていると感じるそうです。人材不足の日本に対し、タイは人材も豊富で人件費もまだ安いので、人がいた方がいい、と。インターネットに関するリテラシーは、都市部の方が高いと思います。セキュリティに関しても都市部の方が監視カメラも多いと思うので、国に情報が渡ることを危惧している人は、地方在住の人よりは高いと思います。
小林:ありがとうございます。その他もし何かあれば、お願いします。
伊藤:タイはサービスの受容度が高いので、新しいサービスがどんどん普及して、気付いたら日本は抜かされているかもしれない…とも思います。国の規制も日本は非常に厳しいので。タイでは、特に移動・輸送手段、宅配などがこれから非常に便利になっていくんだろうなと思います。タイではGrab(ASEANでシェア率の高いタクシー配車アプリ)のドライバー数が増えていて、ローカルのタクシーを利用するより安全、という口コミで観光客が選んでいます。
また、支払い方法について、日本人は現金やクレジットカードが主流ですが、Deeが言っていたとおり、タイでは銀行系のモバイルペイメントなどがあっという間に普及すると思います。「フリクションレス」な金融サービスは、あっという間に広がるのではないでしょうか。
先ほど年齢差の話をしましたが、タイではシニア層でも普通にスマホを使っているため、サービスの移行は日本よりもスムーズなのではないかなと思います。格安スマホのおかげで、高齢者だとか、所得の高い低いは関係なくスマホが使われているので、移行期間がすごくスムーズだと思います。
小林:Deeさん、伊藤さんどうもありがとうございました。
◆メディア環境研究所 まとめ
タイの現状について他のASEAN各国との比較も交えて教えていただきました。とにかく、他の国に比べて新しいサービスへの興味度の総量が高かったタイですが、実際に話を聞いてみると、既に似た商品やそれに近いサービスが出現している国と、それらの商品やサービスがまだ入ってきていない国では、とらえ方が違うということを感じました。既に多くのテクノロジーがあり、新しいサービスでも使用感などが想像できてしまうとドキドキ感が下がり、興味度は低くなりがちです。
しかし、QRコード決済がこの1年足らずで既に国民の半数近くに利用されるようになっているのはとてもすごいことです。この急速に普及している状況を見ると、新しいものを取り入れたいという気持ちは中国人にも負けていないのではないでしょうか。まだタイでローンチされていない他の新しいサービスについても、一旦導入されれば、非常に速い近いスピードで普及しそうです。タイ人の、変化をポジティブにとらえる国民性とうまく掛け合わさることで、様々なサービスや分野が一気に便利になるのではないかと期待させられます。
今回で、シリーズでお送りしてきた「メディアイノベーション調査2018」からみる、日本と各国の比較は一旦おしまいとなります。各国比較、楽しんでいただけていたら幸甚です。
■プロフィール
伊藤 祐子
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) ストラテジックプラニングディレクター
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、トイレタリー、自動車、飲料、食品、教育など幅広いクライアントを担当。生活者を深く見つめるインサイト発掘起点でのコミュニケーションデザインに加え、DMPを活用した業務も多数実施。また、「働く女性」を研究対象とした社内シンクタンク機関「キャリジョ研」を発足し、社内外に女性マーケティングに関するナレッジを提供している。
2018年4月より現職。
Prompohn Supataravanich (Dee)
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) シニアストラテジックプラニングスーパーバイザー
立命館アジアパシフィック大学卒。タイ語、日本語、英語のスキルを活かし、大学卒業後は日本での勤務や、日系企業のタイ拠点での勤務を経験。2014年に博報堂グループのPRODUCTS Bangkok に入社、2017年から現職。トイレタリー、自動車、化粧品などのブランドマーケティングやデータマーケティングに従事。
小林 舞花
メディア環境研究所 上席研究員
2004年博報堂入社。トイレタリー、飲料、電子マネー、新聞社、嗜好品などの担当営業を経て2010年より博報堂生活総合研究所に3年半所属。 2013年、再び営業としてIR/MICE推進を担当し、2014年より1年間内閣府政策調査員として消費者庁に出向。2018年10月より現職。
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★本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました