コラム
メディア環境研究所
便利の先に挑む企業たち【3】オンライン医療相談でつくるフリクションレスな世界 ~株式会社Kids Public
COLUMNS

社会にある様々な摩擦を無くすことで、便利の先にある価値を実現する「フリクションレス」。本連載では産業間やサービス間の摩擦を解消していくようなフリクションレスなサービスの実現に向けていち早く取り組んでいる日本の企業にお話をうかがい、便利の先にどのような生活の変化が生まれるのかを考察していきます。(フリクションレスについて詳しくはこちら
第3回は、スマートフォンを使った医師への相談を可能にする「小児科オンライン」「産婦人科オンライン」などのサービスを運営している株式会社Kids PublicのFounder and CEO 橋本直也さんです。博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の小林舞花がお話を伺いました。

専門家にLINEで相談できる医療サービス

小林:Kids Publicで展開されている事業の内容と、事業を始められたきっかけを教えてください。

橋本:Kids Publicは2015年12月にスタートしました。小児科オンラインと産婦人科オンラインを運営しています。内容は単純で、「専門家にLINEして相談できる」というサービスです。私自身が小児科医であり、産婦人科オンラインは別の産婦人科医が代表をしています。

事業をスタートしたきっかけは、現場で感じた医療の課題にあります。小児科も産婦人科も、日本の医療レベルは“病院に来た人を治療する”という点では世界でもピカイチです。一方でたとえば子どもへの虐待を防ぐには、孤立している家庭にリーチしていかなくてはいけません。また妊産婦さんの死因の一位は自殺でその背景に産後うつがあると言われていますが、これも医療が病院で待っているだけではなかなかリーチができません。そのような、“病院に来る前の人”への対応は十分ではないと思ったことがきっかけです。
元々は友人の子どもの相談をLINEで日常的に受けていまして、そのうちに「これを広くサービスとして提供したら大きな意義があるのではないか」と考えるようになりました。

小林:ユーザーの方はどのように予約するのでしょうか。

橋本:利用は全て予約制で、時間を選んでいただく形です。お一方10分で、開始の15分前まで予約可能です。LINEもこの10分間でやり取りしていただきます。やり取りの際は、例えば「夜からかゆみのある発疹がでてきました。自宅ではどのようなことを注意すべきですか?」とご相談いただいた場合に、「お風呂に長く入るとかゆみが増すことがあります。軽めのシャワーにしておくほうがよいと思いますよ」といったアドバイスをします。
そもそも病院が夜間に受け付けている子どもの救急外来の場合、本当に緊急性が高いのは全体の10%ぐらいという東京都からのデータがあります(出典:平成25年度東京都小児初期救急医療体制検討部会報告書)。小児科オンラインに寄せられる相談では、緊急度が高く夜間の受診を勧める割合は、1%程度、100人いたら1人くらいの割合です。

やり取りの一例

小林:緊急性の高いお子さんはどのように見分けているのでしょうか。

橋本:テレビ電話機能の活用やチャットに動画や写真を貼り付けていただいた上でご相談を受けています。このことで医師も情報量多くお子さんの様子を知ることができ、受診のタイミングに関するアドバイスが可能になります。また「一口水を飲んだだけでも吐いてしまう」という情報であれば、「このまま様子をみていると脱水になってしまう可能性があるので夜間ですが病院を受診して下さい」といった形でアドバイスできます。
私は現在も外来の医師をやっていますが、夜の救急外来に「30分痙攣が止まりません」といった緊急のお子さんが救急車で運ばれてくる一方で、鼻水が出ただけの軽症のお子さんも受診されます。そのため、「真に今対応すべきお子さんに夜間の医療リソースが投下されるための道案内」が必要だと考えています。

小林:緊急性のない子どもが病院に行くのは、どのような理由が大きいのでしょうか?

橋本:親御さんの不安が解消されていないことが大きいと感じています。「鼻水がたれた」「蚊に刺された」と病院にくる親御さんは本当にたくさんいらっしゃいますが、それは親御さんが悪いわけではなく、自宅における子どもの健康に関する不安が取り残されている環境のほうが悪いと考えています。

小林:たしかに、誰に聞いたらいいのかわからないことは、専門家の方に相談したいですよね。

橋本:我々のサービスは、そのような不安を抱えるご家庭に専門家がしっかり対応していこう、というものです。18時~22時のクリニックがほとんど閉まっている時間帯に、電話とLINEで相談いただけます。医療スタッフは様々なエリアに現在67名いて、産婦人科、小児科医療の第一線で活躍されている先生方にもアドバイザーとして関わっていただいています。診療や処方箋を書くといった医療行為は行えませんが、軽症のお子さんへのアドバイスを家庭に居ながら受けていただけるということです。

過去の相談例(小児科オンライン 公式サイトより)

妊婦さんに関しても、産後うつのリスクのひとつとして、未治療の産前のうつがあります。子育て期に孤立する保護者の多くは妊娠期の孤立があります。こうした状況に対して産前から産後までオンライン上で切れ目なくサポートしたいと考えています。臨床現場を一時的に離れている、育児中の女性の先生もいらっしゃるので共感し、力を貸していただいています。育休に入った医師の方には、是非オンライン相談に関わっていただきたいと思っています。

また、医師が執筆と編集を担当しているネットメディアも展開しています。

小児科オンラインジャーナル

サービスを社会で広く使っていただくことを考え、主にご契約いただいた法人の社員の方や、自治体の地区の方に無料でお使いいただいています。大手企業や都市部の自治体でご利用いただいている一方で、鹿児島県錦江町や埼玉県横瀬町といった小児科や産婦人科を専門とする医師がいない自治体にもサービスをご提供しています。

動画を見れば緊急性は判断できる

小林:ありがとうございます。類似のサービスなどはあるのでしょうか。

橋本:自治体が運営する無料の子ども向け電話相談事業「#8000」があります。広く浸透している素晴らしい仕組みです。予約なしでかけられる利点があります。#8000は電話のみに対応していること、回答者が必ずしも小児科医とは限らないことが弊社事業との違いです。恐らく、予約制とはなりますが小児科医に直接相談ができる弊社事業とはまた違ったニーズに対応しているのだと思います。お互いが補完関係になることができれば理想だと思っています。
ユーザーからは「病院に行くとインフルエンザをもらってしまうのではないかと心配になることがあるので、そういった心配なく相談できて助かりました」「チャットだから、LINEだから相談できました」という声もあります。我々は遠隔健康医療相談というジャンルですが、むしろ外来受診に近い安心をスマートフォン上で提供していきたいと考えていて、医療と家庭の新しいコミュニケーションを増やすきっかけにもなれることを実感しています。

小林:相談者からの反響で、印象的なものがあれば教えてください。

橋本:「なかなか面と向かっては聞きづらく、ずっと不安に思っていたことを小児科オンラインで初めて相談できました」というお声をいただきました。こういう方が1人でもいればサービスをやっている意味があると思っています。病院を開けていてもリーチできなかった人にリーチできるようになったことは患者さんにとっても医師にとってもプラスです。
少し違う角度の話になりますが、いま小児科クリニックの先生は多くの患者さんを対応し、本当に忙しい外来をされています。なかなか病気以外の子育ての悩みをじっくり聞く時間を作りたくても作れない状況があると思います。我々は、我々のサービスとの相互補完などを含め、現在の医療システムのあり方自体、変化の時期を迎えていると考えています。

小林:医療システムのあり方自体の変化、とは具体的にはどういうことが考えられるんでしょうか。

橋本:まず日本の診療報酬体系があると思っています。日本の外来医療は、「医療行為をしたらこれだけでき高を払います」という仕組みです。患者を診療した分だけ売り上げがあがります。この仕組みでは、「なるべく多くの患者を見る」ことにインセンティブが働く可能性があります。
これに対して、例えばイギリスでは「クリニックに登録している住民の数」に対して報酬が支払われる人頭報酬というものが採用されています。こちらでは、その登録している住民の健康を保ち診察を減らすことで、クリニックの取り分が増えます。過少診療が生じる危険もありますが、「地域の人が健康に生活していること」に対してインセンティブが働く仕組みであり、参考になると思います。

日本の制度も、戦後の感染症中心の疾患構造かつ生産人口が多い人口構造の中ではうまく機能していたと思います。ですが、現在は先進国になったことで疾患の構成が大きく変わりました。重症な感染症が減り、発達障害や虐待、アレルギー、不登校といった、薬を飲むのではなくていかに原因を早く見つけ、予防していくかが大事な疾患が目立ってきています。これらの疾患へのアプローチとして、「健康な子どもに健康なままでいてもらうこと」にインセンティブを与えられるような仕組みができたらいいのではないかと思っています。

日本では診療で病名をつけると診療報酬の対象になるのですが、乳幼児健診や予防接種などは健康保険は適用されず、診療報酬の対象外です。このような「健康を維持する行為」についてもしっかりと評価する仕組みを作らなくてはいけないと感じています。

小林:Kids Publicとしては、どのような目標を設定しているんでしょうか。

橋本:ここは僕らの会社の一番のこだわりなのですが、「ユーザー数が増えました」ということだけをゴールに設定しているわけではありません。健康のアウトカムがどれだけ良くなったかを、学会レベルに耐え得る手法で具体的に示していきたいと思っています。これは医師が作ったサービスとして大切にしています。
実際の取り組みとして、成育医療センター、横浜市栄区とともに、社会インパクトの測定を行う産学官連携の取り組みに参加しています。我々のサービスを受けた方とそうでない方で、育児不安のスコアなどにどれくらい違いがあるかを検証します。他の自治体でも同様に社会インパクト評価を行い、どうしたら優れた結果が出るかを試行錯誤しながら、エビデンス作りをしている最中です。

小林:医療分野へのいわゆるAI適用がよく話題になりますが、悩み相談にもそうした技術の利用を考えていますか。

橋本:AIとまではいきませんが、相談内容のログや問診データなどを機械学習し、事前情報で緊急度を診断するということはやっていこうと思っています。ただ、自動応答の結果から「あなたのお子さんの緊急度は70%です」といわれてユーザーの方がどう感じるかは難しいところだと思います。そういった見立ての部分については、医療スタッフが直接お伝えすべきかな、と考えています。このようにテクノロジーが関わる部分は医師だけでは成り立たない部分なので、適切な機会や協力が得られたら、と思います。

小林:医療のフリクションレスが実現した世の中とはどんな状況だと思いますか。

橋本:日本は国民皆保険があって、受ける医療については世帯収入などの格差が影響しにくくなっています。「みんなを守る」がコンセプトです。そして世界トップレベルの最長寿を実現したことは誇るべきことです。しかし、人口構造は変化しており、今までと同じ方法では限界がきます。これまでと同じ「みんなを守る」というコンセプトは守りつつ、限られたリソースで最高の医療が受けられるようになっていかなくてはいけません。その実現のため、私たちは民間サービスでありつつも貢献できればと思っています。オンライン上で産前産後のサポートを行い、妊娠、出産、子育ての不安に寄り添うことで、誰もが孤立しない社会になることを願っています。

■対談後記

「便利の先」と考えると、つい最先端のテクノロジーで大きなことを、と考えてしまいそうです。しかし、既存のサービスや人員を使って、必要な人に本当に必要な情報を届ける、悩みを解消するということも本当の意味での便利の先なのではないかと感じました。
健康にまつわる情報は、子どもに限らずメディアでたくさん取り扱われています。しかし、情報があふれているからこそ、生活者自身が自分で受診するかどうかを判断することも難しくなっていると感じます。行政が行っている相談も医療に従事している方が答えているわけではなく、LINEの様に画像や動画を併用して相談することもできないので限界があります。
自分の風邪症状に関しては何となく症状から対処法もわかります。しかし、特に子どものことになるとほとんどの方が初めての経験で、昔のように周りにすぐアドバイスをもらえる状況でもありません。軽い症状や発熱でも、病院に行くタイミングがわからず、夜中であれば具合の悪い子どもを抱えて救急受診し、何時間も待たされたあげく特に何もなかったという経験がある方も多いのではないでしょうか。そうした時に、このように気軽にLINEで実際の小児科医に相談できれば親の負担も精神的にも肉体的にも減ると思います。メディアが届ける情報と、実際の生活者をつなげるこのようなサービスが、生活者の負担を減らすと同時に、暮らしの摩擦を減らす助けにもなりそうです。
古い産業構造の中で構築されてきた制度や法律が、既にある程度便利になっている日本をより暮らしやすくするための弊害となっていることが、これまでの取材を通しても毎回聞こえてきています。そこを変えていこうとされている方々の活動は、今後の日本の暮らしを変えていくことでしょう。
Kids Publicのこのサービスは、現在自治体や企業からの申し込みを中心に展開中とのことです。このようなサービスが自治体や企業で導入されたら、仕事をしている、いないに関わらず、親子が暮らしやすい世の中になっていくはずです。そして、これが全国に広がれば、日本の労働力不足解消や働き方改革にもつながる大きな話ではないかなと感じました。ぜひ、弊社も含め、数多くの企業や自治体に広がってほしいと思いました。

 

■プロフィール

橋本 直也
株式会社Kids Public
Founder and CEO
2009年日本大学医学部卒。小児科専門医。聖路加国際病院での初期研修を経て、国立成育医療研究センターにて小児科研修。その後、東京大学大学院にて公衆衛生学修士号を取得。子育てにおいて誰もが孤立しない社会づくりを目指し、2015年12月に株式会社Kids Publicを設立。ICT×小児医療で子どもたちの健康に貢献することを目指す。

 

小林 舞花
メディア環境研究所 上席研究員
2004年博報堂入社。トイレタリー、飲料、電子マネー、新聞社、嗜好品などの担当営業を経て2010年より博報堂生活総合研究所に3年半所属。 2013年、再び営業としてIR/MICE推進を担当し、2014年より1年間内閣府政策調査員として消費者庁に出向。2018年10月より現職。

 

【関連情報】
★便利の先に挑む企業たち【1】生体認証でつくるフリクションレスな世界
★便利の先に挑む企業たち【2】キャッシュレスでつくるフリクションレスな世界

 

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