コラム
メディア環境研究所
MEDIA NEW NORMAL Withコロナ時代の「人とのつながり」 前編~博報堂生活総研アセアンDeeさん、伊藤さんと考える、新しいライフスタイル~
新型コロナウイルスの影響により、私たちの生活や社会、ビジネスは、これまでにない大きな変化を余儀なくされています。Withコロナ、Afterコロナ時代をどのように過ごしていけばよいのか。
メディア環境研究所では、一つの仮説として、次世代のメディア環境や人々の生活、社会環境を考える際に、「”人と人”とのつながりを主体に、情報の受発信だけではなく、社会活動や経済活動を生み出す場」としての”コミュニティ”のあり方がとても重要になってくると考えています。
これからの生活や社会のありようを考える上で、家族や地域など身近なコミュニティを大切にするアセアン生活者の態度や行動が一つの参考になると考え、まさに新型コロナウイルスが欧米やアジア諸国に広まっていた今年3月下旬に、タイ・バンコクの生活者20名に簡単なアンケートを実施しました。その結果も参考に、博報堂生活総研アセアン(以下、HILL ASEAN)の研究員Deeさんと、同じくHILL ASEANの社長であり、メディア環境研究所の客員研究員でもある伊藤祐子さんに5月下旬に話をお聞きしました。
3/20~3/30は、タイにおける新型コロナウイルスの影響がまさに厳しくなった時期。不安は大きかったが、デリバリーの利用などで、みんな食には困らなかった。
メディア環境研究所 冨永(以下、冨永)
Deeさん、伊藤さん、今日はよろしくお願いします。最初に、アンケート調査を実施した3月20日から30日の期間がどのような状況の時だったのか、教えていただけますか。
HILL ASEAN Dee(以下、Dee)
3月20日から30日は、新型コロナウイルスの感染爆発が始まるかどうかという時期でした。感染者数を見ると20日の時点で322人だったところから10日間で1524人に急に増えました。博報堂オフィスはロックダウンのお知らせが出たのが22日だったのですが、皆これからどうなるのだろうという不安がすごく強かったです。私の家族の会社も22日にロックダウンになりました。なので、結構暗い時期が始まったなという印象でした。ロックダウンでは、デパート、学校、レストラン(テイクアウトはできるが、イートインはできない)、フィットネスクラブ、ビューティーサロン、展示会場などもすべて閉められていました。
冨永: その時のタイの人達のステイホームのやり方や、ソーシャルディスタンシングが結構ユニークであったと聞いたのですが、どんなふうだったのか教えていただけますか。
Dee: タイ人は元々コミュニケーションを取るのが好きな国民性ですが、いきなりロックダウンになったことで、一番心配だったのは「家族」です。まずは自分と家族を守ろうという気持ちがとても強くなりました。3月20日の時点では、他の人とコミュニケーションを取るよりも、自分たちの家族をどうしようかと考えることの方が大事だという時期でした。
冨永: アンケート結果では、家族と連絡が取れない時に、すごく急いで連絡を取りたがっているという回答がかなり多かったです。
HILL ASEAN伊藤(以下、伊藤)
日本も同じだと思うのですが、ちょうど政府の動きが活発になり、玉石混合の情報に左右されてパニックになりやすいタイミングだったと思われます。それが過ぎると少し落ち着いて、じゃあリモートワークどうしようか?とか、家の中でどう楽しもうかという意識に向かいますが、この時点では、自身や家族の安全、例えば、感染したらどうしよう、明日の仕事はどうしようという不安マインドが多くを占めていたと思います。
冨永: タイでは、自宅で料理をせず、食堂や屋台を利用することが多いそうですが、外出できなくなった影響はどうだったのですか。
Dee: タイでは、食事に関しては思っていたほど困ってはいなかったです。なぜかというと、新型コロナウイルスが問題になる前から「GrabFood」などのスマホアプリ経由のフードデリバリーサービスがブームになり、多くの人が利用方法に慣れていました。食事を提供する屋台も、オーナーは年配の方が多いのですが、彼らはとてもアダプティブ(適応力が高い)なので、Grabなどに、自分のショップをリスティングしておくと、お客さんが「ああ、このスイーツ店も営業している、注文しよう」と、普段は屋台で購入しているメニューも気軽に注文できるようになりました。
冨永: 屋台のテイクアウトもGrabに頼んで、もって来てもらうということですか?
Dee: そうです。タイ人は外で食べることが大好きなのですが、新型コロナウイルスの影響で残念ながらその楽しさは無くなってしまいました。しかし食べたいものは自粛期間中でも食べられます。食べ物だけではなく飲み物、例えばタピオカ入りミルクティのテイクアウトやデリバリーも普通になっていて、Grabのドライバーがミルクティを10杯分持って、デリバリーしているのをよく見ます。
伊藤: 日本だと飲み物だけを配達することは、あまりないですよね。一方でタイでは、オフィスや家でまとめてミルクティを頼んでいて、配達員がビニール袋いっぱいにお茶を抱えて配達しているのをよく見かけます。一時期レストランの前で待機している人が全て配達員で、そこで密な状況が生まれていました(笑)
タイでは、専門家がインフルエンサーとして、SNSツールを駆使して新型コロナウイルス関連情報を発信している。
メディア環境研究所 林(以下、林)
(私の出身国である)台湾政府は、新型コロナウイルスの防疫施策にSNSを活用したことで、生活者の情報圏に政府がうまく入り込めたと見られています。新型コロナウイルスの記者会見は、LINEやFacebook、YouTubeと連動して、いつでも誰でも手軽に、情報が入手できる状況になっています。タイでは、行政側や政府側が、なんらかのSNSツールを駆使して、新型コロナウイルスの関連情報を生活者の方に発信するような施策はなかったのか、お伺いします。
Dee: タイ保健省(Ministry of Public Health)は、毎日ライブでアナウンスしたり、ウェブサイトに通達を掲載することはありますが、(最新の)テクノロジーを使う動きは見られません。その代わり、タイでは、一般人やインフルエンサーなどが自分のプラットホームを使い、なるべく正しく早く、みんなにとって必要な情報を発表していました。タイでは、政府に頼るのではなく、自分でなんとかしなくてはならないという気持ちが強かったと思います。タイ人はFacebookを、ニュースを知るプラットホームとしても使っているので、主な情報源も、シェアされる情報も、Facebookにある、インフルエンサーからのものでした。インフルエンサーと言っても、よくシェアされるものや信頼度が高いものは、元々は医者だったという人などがメインです。
伊藤: インフルエンサーというとおしゃれ、ファッション系というイメージがありますが、Deeと話していて驚いたのが、元々が医者、研究者というインフルエンサーや、医者かつインフルエンサーという人が結構いることでした。このようなプロフェッショナルインフルエンサーからの情報発信を皆が頼りにしていて、フォローしているところに、更にこのタイミングで新型コロナウイルスの情報をきちんと流してくれるというので、信頼度が高くなっています。
Dee:保健省の情報はオフィシャルな情報で、もちろんきちんと読めば理解できるのですが、Facebookのインフルエンサーはそのような情報を、もう少しわかりやすく説明したり、インフォグラフィック(情報やデータを一目見てわかりやすいように図表やイラストなどで表現したもの)を使ってマンガで解説したり、わかりやすいタイトルをつけたりして発信したのです。
伊藤: タイでは活字を読むのが面倒だと思う人が多いので、絵や、視覚的に訴求できるものを伝達手段として選ぶことが多いのです。
冨永: インフォグラフィックやマンガを描く人は多いのですか?
Dee: かなり多いですね。例えば、研究機関で血液の分析をやっている専門家の人がいますが、彼は毎日、感染者の数字をまとめて、インフォグラフィックで発信しています。
林: 皆が画像をダウンロードして、例えばLINEで共有するとか、そういうのもあるのですか?台湾ではそういったインフルエンサーが多くて、ニュースや新しくて正しい情報を1枚の画像にまとめて、皆にLINEで拡散依頼することがあります。
Dee: タイでもそういうことをしています。
タイ人は、自分や家族を守るために感染防止対策をしっかり実行する。それが、同僚や友人、社会全体の感染防止につながっていく。防止対策をしっかりするのが絶対良いというマインドセットなので、暗くなることもなく対応できた。
冨永: 皆が感染症対策をやる時には、プロフェッショナルインフルエンサーの影響が相当効いていたというのが、Deeさんや伊藤さんの印象ですね。5/21の数字を見ると、累積感染者数が3030人、回復した人も2900人ぐらい、死亡した人はまだ56人と、日本と比べてすごく少ないです。
※5/21 9:30現在、タイの累積感染者数3,034人、回復者数2,888人、死亡者数56人
Dee:日頃、タイ人で良かったと思うことはあまり無いのですが(笑)、新型コロナウイルス感染防止対策の成功で、皆が「おお、タイ人もやるな」と、盛り上がっています。
冨永: 新型コロナウイルスを怖がって、家に閉じこもっていたから上手くいったという感じですか?それとも、外出時にはソーシャルディスタンスをしっかりと守っていたから上手くいったという感じですか。
伊藤: 前者ですね。皆、基本ほとんど家から出ていないです。タイに比べると日本の外出自粛は緩いです。タイ人は家から本当に出ていないです。
Dee: (タイ人は)マインドセットが違います。
同じことをやっていても、タイ人は無理やり家に居させられているとは思っていないのです。マスクをつけることや、ソーシャルディスタンスを守ることなど、無理矢理やらされているのではありません。「やった方が絶対良い」というマインドセットなので、あまりストレスを感じず、自分でちゃんと守る。とりあえず自分がちゃんとやると、自分の家族もセーフ。自分の同僚や会社の友達もセーフ、そのことだけを考えているのですが、皆が同じ考え方を持っているので、社会的に同じ方法で感染防止対策を行うことができます。
Dee: いまタイではロックダウンが緩められ、ビジネスが再開されました。ただ感染状況をコントロールするために、「タイシャナ」というプロジェクトがスタートしました。政府の施策ですが、モールやレストラン、様々なお店に入る前に、このQRコードをスキャンしないといけません。目的は、誰がどこにいるかという行動記録を取ることと、モールの中の混雑状況を管理するためです。使い方はすごく簡単です。専用アプリは必要なく、スマホでQRコードをスキャンしたら、一回だけスマホの電話番号を入れて終わりです。次回以降はスキャンしてチェックインというボタンを押すだけ。外に出て買い物に行きたい場合、皆必ずこれをやる必要があります。当然デジタルリテラシーも上がり、QRコードにももっと慣れるようになると思います。
冨永: 自分の居場所とか、プライバシー情報を取られるのではと思いますが、それは気にならないのですか。
Dee: もし感染者が出て、ちょうど私がその辺にいたら、連絡が来る方が安心。今はプライバシーよりは自分の健康が一番大事です。
タイでは、元々家族を一番大切にしているので、普段から皆で一緒に過ごすことが多い。そのため、ステイホームになっても一人暮らしで寂しい思いなどしないで済んでいる。
冨永: タイ人にとって家族が一番大切だということですが、家族との関係で価値観など、何か変わったことはありましたか?
Dee: その辺はあまり変わっていないです。そもそも家族と同居している人が多いので、一緒にいる時間が長くなるだけ。変わったとすれば、あまり良くない例ですが、普段は同居しているので、平日(昼間)はあまり会わない。でもステイホームの期間だと毎日一緒にいるのでケンカが多くなったのではないかと思います。自分の経験としてもそうですし、オフィスの人達もいろいろと文句を言ったりしています。
伊藤: 日本のように「改めて家族の絆が再発見できた」とか、「家族と何かをすることが楽しい」みたいな感じは少ないようです。元来タイは家族の絆が強く、夜も飲みに行く頻度が少なく、家でご飯を食べるのが一般的。もともと一緒にいる時間も長いからです。
冨永: それでは、友達や、会社の同僚と会えなくなったことで何か変化はありましたか?
Dee: コミュニケーションは前より少なくなったかもしれません。ステイホームで家にいるため、ハプニングが無く、新型コロナウイルスの話題以外では話すこともあまりない。あるとしたら、今日はスーパーマーケットに出かけたけどこういう状態でしたという情報共有、ニュースの共有などです。元々飲み会カルチャーが無いので、Zoomで集まって話すことはありますが、飲むことはしません。すると、話す時間が長くならない。Facebook上で「今日はZoomのおしゃべり会をした」という投稿は見かけますが、頻繁にやっているというよりは「やってみた」という感じです。
林: 最近、芸能人やインフルエンサー、ファッションブランドの広報が友達を誘ってオンライン女子会トークを開いて、インスタライブなどでコラボ配信するといったSNSのやり方が増えているようなのですが、タイではそういった新しいSNS配信などは、何かありませんか。
Dee: コラボレーションは見かけませんが、最近生まれてきたのがTikTokカルチャーです。TikTokは、新型コロナウイルスの前は本当に始まったばかりで、メインユーザーはは10代の子供たちばかりでした。他の世代は、TikTokの名前を知っている程度でしたが、新型コロナウイルスの影響でステイホームになり、やることが無いので、特にセレブを中心にTikTokでコンテンツを作るようになったのです。セレブがトレンドのスターターとして始めると、一般人も「自分たちでもやってみたい」となり、急に大きなブームになっています。オフィスの人達、主に若い子たちはやっています。
冨永: なるほど。20代くらいの感じですか?
Dee: そうですね、30代はコンテンツを作って投稿したりはせず、面白いから見ているだけという人多いです。私も、作らないけれどほぼ毎日見ています。
伊藤: 日本だとステイホームで心細い思いをしている単身世帯が多かったことで、KOL(※Key Opinion Leader:専門性、影響力の高いオピニオンリーダー、インフルエンサー)とか芸能人が「私と一緒にご飯食べよう」という感じで、お互いの孤独感を解消するためにYouTubeやインスタライブをしたりするのだけれど、タイではこういった「一人ぼっちの寂しさを満たすコンテンツ」が増えていたりするのかな?
Dee: タイは独りの生活があまり無いです。新型コロナウイルスのロックダウンがアナウンスされた時も、(一人暮らしでも)多くの人が故郷に帰りました。一人だと怖いから、とにかく家族と一緒に住もうという考えになります。なので、この国では一人暮らしで寂しいという話はあまり聞きません。
■プロフィール
伊藤 祐子
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) マネージングディレクター
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、トイレタリー、自動車、飲料、食品、教育など幅広いクライアントを担当。生活者を深く見つめるインサイト発掘起点でのコミュニケーションデザインに加え、DMPを活用した業務も多数実施。また、「働く女性」を研究対象とした社内シンクタンク機関「キャリジョ研」を発足し、社内外に女性マーケティングに関するナレッジを提供している。2018年4月に博報堂生活総合研究所アセアン(タイ・バンコク)に着任、2020年4月より現職。
Prompohn Supataravanich (Dee)
博報堂生活総研アセアン(HILL ASEAN) シニアストラテジックプラニングスーパーバイザー
立命館アジアパシフィック大学卒。タイ語、日本語、英語のスキルを活かし、大学卒業後は日本での勤務や、日系企業のタイ拠点での勤務を経験。2014年に博報堂グループのPRODUCTS Bangkok に入社、2017年から現職。トイレタリー、自動車、化粧品などのブランドマーケティングやデータマーケティングに従事。
博報堂生活総研アセアンホームページ:http://hillasean.com/
冨永 直基
メディア環境研究所 主席研究員
1984年博報堂入社。以来様々な業種の商品・サービスのマーケティングリサーチ/プラニングに従事しつつ、2003-2012年博報堂フォーサイト/イノベーションラボ(コンサルタント)、2004-2005年生活総研(研究員)業務にも取り組む。2013年からの博報堂中部支社MD局を経て現職。 著書は「亜州未来図2010~4つのシナリオ」(共著、阪急コミュニケーションズ、2003)「黒リッチってなんですか?」(共著、集英社、2007) 「未来洞察のための思考法」(共著、勁草書房、2016)
林 柚稘
メディア環境研究所 研究員
物流会社の営業企画職を経て2018年10月より現職。