コラム
メディア環境研究所
メディア環境研究所×朝日新聞社 対談 「生活者との新たなつながり」~期待されるこれからのメディアの役割~
コロナ禍によって生活・ビジネス・社会が大きな転換期を迎える中、メディアと生活者のつながり方はどう変わるのか。また、これからのメディアの役割とは。メディア環境研究所がメディア企業や得意先企業の方々にお話を伺い、これからのメディアと生活者とのあり方を探る対談企画。2020年12月実施のメディア環境研究所ウェビナーで発表した、「地域アクション」をベースに、株式会社朝日新聞社の松下智彦氏と、メディア環境研究所の新美妙子が、新しい生活者とのつながりについて考えていきます。
■ デジタルで広がる「地域アクション」
新美
コロナ禍でデジタル化が加速する中、メディアと生活者の関係を単なる“つながり”から“絆”に変えていくためのひとつの鍵が「地域アクション」だと私たちは考えています。松下さんには昨年12月実施のウェビナーにもご登壇いただき意見交換させていただきましたが、今回はその地域アクションについて、またメディアが情報源から行動源になるということについて、自由な発想でお話できたらと思います。
松下
私は2012年からデジタル事業部門で本社事業のデジタル化に取り組んできました。新聞社の場合、これまでお客さまとの接点は主に紙の新聞が中心でしたが、デジタル化によって直接つながれるようになっただけでなく、よりお客さまの理解を深めることが可能になったと感じています。その中で、事業をどう作って、情報をどう届けていくか考え続けてきたわけですが、2020年はコロナ禍によってそうした問いを改めて一気に突き付けられることになった一年でした。
新美
昨年12月のウェビナーでは、地域アクションにおける4つのポイント――生活者と「同じ目線に立つ」、地域の未来や目標に向かって「旗を掲げる」、人を感じさせるコンテンツや仕組みなど「人感をつくる」、メディア「自らが行動する」――をご紹介したのですが、そもそも全国メディアである朝日新聞社が地域をどう捉えているのかは気になるところです。コロナ禍でデジタル化が進み、物理的な距離がオンラインでも埋められるようになってきたことは、地域アクションにもプラスに作用すると思いますが、実際どう感じていらっしゃいますか。
松下
私自身、関西の地方都市出身ということもあり、以前から首都圏や関西圏での地方への視線の薄さみたいなものは感じていました。そういう視点もあり、地域において役割が大きいと思うのは、やはり地方のテレビ局やラジオ局、新聞社といった地域メディアです。地域アクションにおける4つのポイントの最後の「自ら行動する」というのは本当に共感するところで、特に地域に根差したメディアのほうが生活者に近いし、実際に動けるし、リアリティーもある。全国メディアが入る余地のない領域だとも思います。とはいえ、全国メディアにも地方総局や地域とつながった販売店網もあって、ラストワンマイルを確かに担っているという側面もある。デジタル化によって生活者が世界のどのメディアの情報にも触れられるようになったことで、全国紙としても、ローカルにはないメディアとしてどういう在り方が望ましいのか…それを問われる新たな局面を迎えていると思います。
地域への貢献という点でも、これまでのようにどーんと情報を流すだけではない、「コミュニティ」や「トライブ」といった生活者同士のつながりに寄り添いながら、情報を多面的に届けることができるようになったと感じています。たとえば昨年は、コロナ禍を契機に予定していたリアルイベントを非接触型のオンライン化したところ、結果的に海外も含めたさまざまな地域の方々とも接点ができました。これまで私たちのメディアに接してこられなかったお客さまも多くいらっしゃったのですが、そういう方々の思いや期待も感じられるようになりました。今後私たちはそうしたお客さまの反応を、どう地域アクションに活かしていけるかを考えていかねばならないと思っています。
新美
やはりコロナ禍をきっかけに生活が急激にデジタル化したことで生活者とメディアのつながりも大きく変化しているのでしょうね。
松下
変化には2つのパターンがあります。購読期間の長い年配のお客さまを中心にオンライン利用が増えたのは発見でした。また、これまであまり接点を持てなかった若年層のお客さまともどんどんつながれるようになってきたことも大きな変化だと捉えています。どちらも一次情報を持つ取材記者や編集者とつながりたいと思う読者が結構いるということは大きな発見で、今後も多いに可能性があることだと感じています。
たとえば以前より新聞社では就職活動をテーマにした取材や特集、また学生向けのイベントを展開していますが、2020年5月に記者や専門家、就職活動中の学生が語り合うオンラインイベントで記者サロン「コロナと就活」という取り組みを行ったところ、約1,000人のお客さまにご参加いただきました。コロナ禍で将来に不安を抱える就活生が多い中、多くの方がコメントに参加しさまざまな議論が広がりました。新聞記者が全ての解答を持っているわけではなく、みなで課題について語ったのですが、まずはそのような場をつくれたことがよかったと感じています。小中学生が参加した、国会と暮らしとのつながりを考える回では、小学5年生が「コロナで国の借金が増えて、この国は大丈夫ですか」とストレートに質問してきたり(笑)そうしたやり取り自体が大事だと思いました。
もちろんメディアはファクトを伝えることが最大の役割ですが、その先へも行かなくてはならない。熱量を持ったユーザーとつながり、接点をもつことが、その新しいきっかけになるような気がしました。
新美
面白いですね。リアルでもともとファンだった人たちがそのままデジタルに移行するケースもあれば、新聞と接点が薄いと思われていた若い世代が、実は記者と接点を持ちたいという潜在的なニーズを持っていたり。それがデジタルにより障壁が減って、新しい接点がどんどん生まれ、生活者と同じ目線に立てるようになった。
松下
そうですね、たとえば年配の熱心なお客さまは、時折紙面について電話をかけてこられます。多くが答えを求めているわけではなく、記事や社会の出来事への純粋な感想だったりする。自分の思いを語りたい、伝えたいのだと感じています。その世代に向けたReライフプロジェクトでは演奏会や試写会、読者会議などを実施していますが、人に会いたい、話したい、という思いがイベント参加の原点にあるような気がします。そういう意味でも、メディアがやるべきことは、コンテンツを軸に地域の中で生活者が互いにつながるきっかけとなり、それを次のアクションにも結び付けることだと思います。コロナ禍でさまざまなメディアがつながり方を模索していますが、いまは本当にメディアが試されている時だし、チャンスだと思っています。
■ メディアは旗を掲げて、自ら行動する
新美
情報発信だけではなく、場をつくるというメディアの役割もデジタルで拡張されたわけですね。私たちが地域とのつながりについて行った生活者へのインタビューでは、地域とつながりたいという欲求がある一方、人間関係が面倒くさいという両方の気持ちがうかがえました。そのバランスが結構難しいところだと思うのですが、メディアという第三者が介在することによって、参加者も安心してつながれるのかもしれませんね。
松下
そうですね。私たちはさまざまなテーマで集まる場をつくってきました。その中でも長く取材を続け、場をつくってきたのが教育で、新聞社がこれからもお客さまや地域のみなさまとつながれる大きなテーマと捉えています。
新美
コロナ禍で教育環境が一変して、何が正解かわからない中で新聞社は頼れる存在だろうと思います。
それから、朝日新聞社は早くからSDGsにも取り組まれてきましたね。
松下
メディアとして旗を掲げるという視点では、SDGsはその柱の一つと考えています。私たちはSDGsの17のゴールについて、生活者のみなさんと一緒に深掘りして考えていくことが社員一人一人のテーマと捉えています。さらにSDGsが掲げる課題は、多くの企業のソリューションを掛け合わせた方が解決の可能性も大きく、未来のビジネスをつくるきっかけにもなると思います。個人的にも、さまざまな地域の課題や企業やNGOの取り組みに接し、私たちも課題解決に向けてメディア企業として行動していかなければと思っています。
新美
SDGsは世の中の当たり前になりつつありますが、果たしてそれが自分の生活で本当に実行できているのか心もとない中で、メディアがそのプロセスを示してくれるのはすごく意味があると思います。
■羅針盤として先を照らし、読者とともに「考える軸」をつくっていく
新美
コロナ禍によってメディアとして何が変化しましたか。
松下
コロナ禍によって生まれた、お客さまや生活者との接点の変化が、これまでのような一方的な情報発信が多いマスメディアの姿勢に、少し変化をもたらしたと感じています。報道機関として情報を届けることはもちろんですが、全社的にさまざまな課題解決に向けたラストワンマイルを考え始めたことは変化の兆しです。グローバル化や多様化、技術革新など、コロナ以前からメディアが抱えていた課題に、改めて向き合い動き始めた印象です。社内でも、これまでのやり方の踏襲ではなく、若い社員を中心に働きやすい環境を自分でつくるような志向が強くなっています。こうした変化については、コロナ禍が収束しても考えていかなくてはならないと思います。生活者に寄り添って一緒に考え、伝えていく。少し先を照らす羅針盤のような存在であるために、あともう一歩、私たちも踏み込まなくてはならないと思っています。
新美
このような時代に、メディアは生活者と同じ目線に立ちつつ何らかの旗を掲げていく必要がありますが、どう考えていらっしゃいますか。
松下
生活者と同じ目線に立つことは、これからのメディアにとってとても必要なことだと思います。先ほどご紹介した記者サロンやReライフプロジェクトなどメディアとしてテーマを掲げてお客さまと一緒に考える場がすでにありますが、朝日新聞社ではテーマ別に読者コミュニティを重視したバーティカルメディアも展開しており、自分の得意分野で生活者とつながっていきたいと考える編集記者も存在しています。
新美
なるほど。確かに新聞社としての論調は必要ですし、紙面には限りがある。でも実は記者それぞれに考えがあって、強みがある。いままでなかなか出せなかった“人感”を出すことで、生活者とのつながりが強くなって、絆になっていくかもしれませんね。
最後に、メディアが行動源になっていくことについてはどう思われますか。情報過多の世の中で単なる情報は流れていってしまうけれど、生活者が志をもって行動を起こすようなきっかけづくりに、メディアは大いに貢献できると思うのですが。
松下
先ほど一次情報を持つ取材記者や編集者と接点を持ちたいという生活者の潜在的なニーズに改めて気づかされたと言いましたが、メディアはお客さまや生活者のみなさんから共感いただけるストーリーを作り、支持いただけるビジョンを打ち出すことが必要だと思います。その共感が生活者の行動を生み出すきっかけをつくることになるのではと思います。
新美
2021年はコロナ禍がまだ続くと思うのですが、メディアは、どんな気分や空気をつくっていくべきでしょうか。
松下
繰り返しになりますが、コロナ禍だからこそ、改めてメディアはファクトに基づくニュースを提供し、少し先を照らす羅針盤のような存在になることだと思います。そこからメディアがお客さまとの体験価値をどうつくっていくか。メディアの未来にテクノロジーは欠かせませんが、テクノロジーが先行してその先にいらっしゃる生活者のみなさまを忘れてはいけない。多様な考え方、生き方に寄り添い、人々をつないでいくような存在でなければと思います。そのためにも、メディアとして掲げるべきテーマを読者のみなさんと一緒に考え、軸をつくるという点を、もっと強化しなくてはいけないと思います。そこをきっちり掲げられるメディアは、きっと生活者との対話が続いていくと思いますし、その土壌はできあがりつつあると思います。
新美
生活者を巻き込んでそれが実現できたら素晴らしいですね。今日はありがとうございました!
松下智彦
株式会社朝日新聞社 総合プロデュース本部 デジタル・ソリューション部次長
2001年に朝日新聞社に入社。新聞広告営業を経て2012年よりデジタル事業部門にてデジタル広告のセールスを担当。本社事業のデジタル化や事業創出に携わる。特に会員データの分析・利活用に注力。認知拡大~見込顧客開発に貢献できる商品の開発やスポンサードコンテンツの運用体制を整備。
新美妙子
メディア環境研究所 上席研究員
1989年博報堂入社。メディアプラナー、メディアマーケターとしてメディアの価値研究、新聞広告効果測定の業界標準プラットフォーム構築などに従事。2013年4月より現職。メディア定点調査や各種定性調査など生活者のメディア行動を研究している。「広告ビジネスに関わる人のメディアガイド2015」(宣伝会議) 編集長。
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