コラム
メディア環境研究所
メディア環境研究所×静岡新聞社 対談「生活者との新たなつながり」~期待されるこれからのメディアの役割~
メディア環境研究所がメディア企業や得意先企業の方々にお話を伺い、これからのメディアと生活者とのあり方を探る対談企画。本稿では、生活者との直接のつながりから個人の悩みや疑問を社会課題として解決するJOD(ジャーナリズムオンデマンド)の取り組みの一環として、2020年5月から「NEXT特捜隊」を主宰している静岡新聞社に注目。株式会社静岡新聞社の松本直之氏に、デジタルで生活者とつながることで生まれた変化や、生活者の期待をどう受け止め、今後どのような存在となっていきたいかなどについて、定量調査やデプスインタビューの結果と合わせて、メディア環境研究所の新美妙子が伺います。
■“情報源”から“行動源”へ ~個人が気軽に社会貢献できるプラットフォームになる~
新美
生活者とLINEなどで直接つながり、個人の悩みや疑問を地域課題として報道し解決するオンデマンド調査報道、通称JOD(ジャーナリズムオンデマンド)の取り組みは、もともと2018年に西日本新聞社の活動「あなたの特命取材班」がきっかけで生まれ、いまや全国のメディア各社に広がりつつあります。静岡新聞社でも、2020年5月より「NEXT特捜隊」をスタートさせ、生活者との直接のつながりから生まれるメディアの新しい可能性を探っています。そして、2021年に静岡新聞社の全面的なご協力の元、メディア環境研究所が実施した定量調査とデプスインタビューの結果からは、3割強が「地域や社会をよくしたい」という理由で「NEXT特捜隊」アカウントをフォロー。自分の意見を届け、地域や社会に貢献したいというモチベーションを持つ生活者の姿が見えてきました。松本さんは今回の調査結果についてどうお感じですか。
松本
3割を超える方々が「NEXT特捜隊」を通じて「社会をよくしたい」「貢献したい」という思いを抱いてくださっていることに驚いたと同時に、少しほっとしました。あえて大上段に振りかぶってJODの価値について唱えることはしてきませんでしたが、読者の皆さんの中に存在するニーズを満たせるのではないかと期待はしていました。アンケートに対するレスポンスの速さや、びっしりと記入してある自由記入欄を見ると、読者の方々の高い参加意欲や熱意を感じますね。
新美
調査結果からは、「地域に対する関心が増した」といった心理的変化や「何事も丁寧に行動するようになった」など行動面での変化も見えてきました。さらにデプスインタビューでは、「地域のために何かしたい」「自分たちにもっと行動のチャンスがほしい」といった声もありました。私たちメディア環境研究所は、これからの生活者とメディアの関係はもっとフラットになっていき、その結果、生活者はメディアに対し「情報源」としてだけではなく、行動を促し後押ししてくれるような「行動源」としての役割も求めていくと考えているのですが、その証左となるような結果だったと思います。松本さんご自身は「NEXT特捜隊」が生活者の行動を促しているような実感はありますか。
松本
私たちは記事を発信するにあたって、読者が自分ごととして情報を受け取り、その人の中で何かが動き、行動や感動につながるようなものにしたいといつも思っています。ただ、新聞紙面やウェブサイトでの従来型の一方通行の発信ではそれを実感できる機会があまりありませんでした。「NEXT特捜隊」を始めてからは、取材の過程で情報提供者と継続的にやり取りをしたり、掲載後に直接リアクションをいただいたりすることが増え、より近い関係性ができつつあります。「情報を発信する」という、アウトプットとしてやっていることは以前と同じですが、それが読者の心を動かしていることを実感できるようになりましたね。
新美
実際に記事になったものから、読者と社会が動いていった例もあるのですよね。
松本
はい。ひとつは遠州鉄道浜北駅前にあるバス停を取り上げた記事の事例です。同じ駅前に名称の異なる3つのバス停が存在していて、知らない人にとっては非常にわかりにくい状況でした。それを問題視する声はすでにあって、役所やバス会社に要望を出すという個別の動きはあったようですが、そのままになっていました。2020年、「NEXT特捜隊」に疑問が寄せられて、記者が各関係先を取材。これまでの経緯や背景とともに、名称が変更される予定はないことを報じました。それから1年が過ぎた頃、同じ投稿者の方から「事態が動いた」と連絡をいただきました。早速取材をしたところ、3つのバス停が同じ「浜北駅」を冠した名称に統一されることがわかりました。驚いたのは、投稿くださった方は、最初に取材をした記者が別の支局に異動していることも認識したうえで、この情報を同じ記者に伝えようとしてくださったこと。記者と読者のつながりができていることに、感銘を受けました。「NEXT特捜隊」で報じたことがバス停の名称を変えることに直接つながったとは言い切れませんが、地元に長く存在していた議論を、誰もが見られるところに上げたことは、何かしらのきっかけになったのではないかと考えています。
新美
小さなことかもしれないけれど、多くの人が違和感を持っていて、でもなかなか変化が生まれなかったこと。「NEXT特捜隊」の記事を見て要望を上げる人が増え、地域の問題として認識されたのかもしれませんね。
松本
他には、静岡駅南口にある点字ブロックについての情報提供も一例として挙げられます。バスの乗降口の位置と点字ブロックの位置がずれていて、それに従っていくとロータリー内に誘導してしまうことになるというものです。幸い事故は起きていませんでしたが「これは危険だ」ということで取材に着手しました。すると、さまざまな事情からバス停そのものが仮設の状態のまま10年以上利用されていて、そもそも点字ブロックの整備に不備があったということがわかり報道したところ、静岡市の反応は早く、報道後1週間もたたないうちに正しい場所に点字ブロックが整備されました。この市の対応についても、最初の情報提供者からの連絡で知りました。提供した情報の行方を気にし続けてくださっていた読者と記者との関係性がまるで“同志”のように感じられた事例でした。
新美
面白いですね。自分がちょっと動いたことで世の中は変わるという実感が持てると、当人はもちろん周囲の人も、きっと「自分も地域のために一歩を踏み出せるんじゃないか」と思える。日頃感じているほんの少しの違和感を投げかけるだけで身の回りが改善されるという感覚を、読者の方が持ち始めているのは大きいですね。
松本
「NEXT特捜隊」に連絡すれば受け止めてもらえるかもしれない、と思ってもらえているとしたら嬉しいですね。これまでなら電話やファクス、ハガキでしたが、いまはLINEやメールでもっと気軽に連絡できる。いただいた連絡に私たちが応答し、記事にし、結果的に何らかの変化につながることで、“同志”の信頼関係のようなものが生まれているのかもしれません。
新美
スタートしてまだ2年も経っていない状況でここまでの反応が得られているのですね。地元の方には、もともと静岡新聞社に対する信頼感、心理的距離の近さがあったと思いますが、「NEXT特捜隊」によってさらに近くなったということが調査結果からも見えています。(図1)
図1
また、静岡に住んでいない県外の方々にも、静岡の地域に貢献したいという声がありました。LINEやメールでつながりやすくなっているのですね。
松本
「NEXT特捜隊」が始まって以来、私たちはLINEで発信するときも、「静岡新聞です」ではなく各個人の名前を名乗ってから書き始めるように心掛けています。メディアとしてというよりも、その中で働く個人であることを示し、人と人、あなたと私の関係を望んでいました。それが読者の方にも伝わっているのかもしれません。
新美
読者の方々同士のコミュニティをつくるという発想はありましたか。
松本
それはないですね。読者の方と私たちは個別につながることはあっても、おそらく読者の方同士は特につながりたいとは思っていないのではないか、という仮説を持って取り組んできました。特に若年層に顕著ですが、無理をしない程度に、でも、何かしら地域とつながっていたい、貢献したいという感覚があるようです。私たちは2020年に、静岡新聞社のビジョンを捉え直す「イノベーションリポート」を作成したのですが、その過程で行った社内外の調査を通しても、いまの読者、生活者の考え方の変化を感じるところがあって、JODのようなメディアの手法、在り方が今後は求められるのだろうなと感じていました。生活者それぞれが気軽な社会貢献をするためのプラットフォームというか、そのベースになるということ。これはコミュニティづくりとは少し違う考え方ですね。
新美
なるほど。そのニーズに応える一つの形が「NEXT特捜隊」だったのですね。
■ “集”から“個”に向けて ~よりフラットに地域と読者がつながる接点であり続ける~
新美
ほかにはどんな取り組みを始めましたか。
松本
「ふるさとメディア あなたの静岡新聞」という有料ニュースサービスを2021年3月に始めました。いわゆるマスメディア的な発信ではなく、受け手一人ひとりをイメージしてコンテンツを届けるという発想で組み立てています。
新美
具体的にどんな提供価値を想定されているのでしょうか。
松本
以前、西日本新聞社の「あなたの特命取材班」は読者にとってお手紙のように受け取られているという話を、新美さんたちがされた調査結果から知りました。私たちの「あなたの静岡新聞」も、心を込めたお便りのように日々のニュースをお届けしたいと思っています。社会、政治、経済といった従来型の枠は思い切って外して、編集長がこれだけは読んでほしいという話をセレクトしたり、深掘りしたりして、私たち編集者のコメントとともに届ける。それぞれのニュースの背景の理解を助けるキュレーションページも日替わりで用意しています。編集者が、当日自分が扱ったニュースの中から特に印象的だった記事などを取り上げ、ユーザーに語り掛ける音声サービスも展開しています。これはまさに「声のお便り」というイメージで編集者全員が制作に携わっています。
新美
「あなたの…」という名称からも、マスメディアだけどマスではないところを目指していることがわかります。
「あなたの静岡新聞」では、「NEXT特捜隊」のように自分が参加できている感覚や、同志のような信頼関係を築くための仕掛けはありますか。
松本
いままでよりもさらに「ローカル」を追求したコンテンツづくりを心掛けています。静岡新聞本紙とは異なるオリジナルの記事も少しずつ増やしているところです。たとえば身近にある変わった自動販売機を紹介し、設置した人の思いなどを掘り下げていくシリーズや、コロナ禍で奮闘する個人経営のお店を紹介する連載企画などがあります。将来的には「NEXT特捜隊」よりもさらに一歩踏み込んだコミュニケーションが、読者、ユーザーとできるといいなと考えていて、オンラインサロンをはじめ、さまざまな構想があります。
新美
「NEXT特捜隊」は県外からフォローしている方もいましたが、同じようなスタンスでしょうか。
松本
そうですね。たとえば、関東に住んでいるが、親が静岡出身だから静岡には特別な愛着を抱いているという読者の方がいらっしゃいました。熱海の土石流被災地に思いを寄せ、静岡新聞の記事を求めて読むようになり「あなたの静岡新聞」にたどり着いたという方もいらっしゃいました。県外の方ともつながれる可能性は大いにあるのだなと思いました。
新美
ここで自分の想いが実現できるかもしれない、自分が役に立てることがあるかもしれない、と認識してもらうことが鍵かもしれませんね。
松本
生活者との双方向のやり取りを通して、より課題を明確にし、それを誰もが見える形にすることで解決策も見えてくる…。昔から新聞がやってきたことではありますが、LINEやメール、「あなたの静岡新聞」をはじめとしたウェブサービスというツールを通してより気軽に、同じ立場でフラットにつながり、静岡新聞社が発信する情報や静岡新聞社そのものが読者にとって、なくてはならない存在になれたらいいですね。
新美
「地域をよりよくし続けたい。生活者にとって頼れる存在であり、場所でありたい。」これが静岡新聞社の目指すところですね。
松本
「あなたの静岡新聞」は静岡新聞のデジタルサービス1号機の位置付けで、これから2号機、3号機も生んでいけたらと思っています。電子版のパターンを複数つくり、それぞれの読者に深く細く刺さる形を用意していく。印刷版と合わせて全体がチームとなって、ひとつの静岡新聞という存在になれるといいなと思っています。
新美
地域とつながる新しい姿が見えました。今日はありがとうございました!
松本直之
株式会社静岡新聞社 編集局未来戦略チーム チーム長(部長)兼TEAM NEXT編集委員会事務局長
1999年に静岡新聞社に入社。東部総局編集報道部、松崎支局長、東京支社編集部、社会部などで新聞記者を務めた後、編集局デジタル編集部(現・未来戦略チーム)へ。新聞紙面向けコンテンツのウェブ最適化、多メディア配信を担当。2021年、サブスクリプション型ローカルメディア〈あなたの静岡新聞〉をローンチ。コンテンツ制作、プロモーションを統括する。
新美妙子
メディア環境研究所 上席研究員
1989年博報堂入社。メディアプラナー、メディアマーケターとしてメディアの価値研究、新聞広告効果測定の業界標準プラットフォーム構築などに従事。2013年4月より現職。メディア定点調査や各種定性調査など生活者のメディア行動を研究している。「広告ビジネスに関わる人のメディアガイド2015」(宣伝会議) 編集長。
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