コラム
メディア環境研究所
DXの加速で激変するメディア環境 マインドセットのアップデートが勝負の鍵 大阪芸術大学教授 榊原廣氏が考えるこれからのメディアビジネス
2023年9月には、「メディア定点調査2023」に加えて新たに立ち上げた「スクリーン利用実態調査」を公開しました。デジタル化によって大きく変化したメディア環境をスクリーンという視点から捉えたその調査結果をベースに有識者と今後のメディア環境について考える連載がスタートします。
第1回は、2007〜2010年にメディア環境研究所 所長を務め、現在は大阪芸術大学放送学科教授の榊原廣さんに話を聞きました。
伝送路の違いは、視聴者にもスポンサーにも関係ない
――榊原さんは2010年まで、メディア環境研究所の所長として「メディア定点調査」を立ち上げるなど、メディア環境の変化を見てこられました。新調査「スクリーン利用実態調査」の結果をみて、どう思いましたか?
すごく納得感がありました。学生と一緒に過ごしていると、毎日がグループインタビューや観察調査をやっているようなものです。そこで気づいたことや、学生のレポートに書かれていることを裏付けるような調査結果ですね。ただ、結果よりも現実の学生の方がもっと進んでいるし、尖っていると感じました。
――今回の調査結果の中で、特に印象に残った点はありますか?
Connected TVは、想像以上にインパクトがあったと思います。もちろん「テレビがインターネットに繋がると、リアルタイム視聴は少しずつ侵食されていくだろう」と予想はしていました。
ただ、当初はまだ録画視聴の概念が残っていたので、本当の怖さに気がついていなかった。それがあっという間にConnected TVの普及率は6割に達し、いま販売されているテレビの大半を占めています。
学生から聞いた話で決定的だなと思ったのは、「生放送で見たい番組以外は、オンデマンドの方がいい」ということ。録画視聴ではなく、オンデマンドで引っ張ってこられるならそれでいい、と。
――「スクリーン利用実態調査」の結果からは、リアルタイムのテレビ番組がテレビのスクリーンに加えてスマホやパソコンなどのスクリーンからも見られている、テレビのスクリーンではテレビ番組のみならず見逃し配信サービスや無料・有料動画などが見られているなど、テレビが多様化していることが見えてきます。
アメリカはいま、録画視聴ではなくほぼオンデマンドです。「放送か、インターネットか」という伝送路のことは全く気にしていません。
アメリカの分類は、「有料」⇔「(広告付きで)無料」、「オンデマンド」⇔「リニア」の4象限になっています。それはテレビ局とかインターネット企業とかは関係なく、4象限のどこで商売をやっていくのか、ということですね。
アメリカも、少し前まではサブスクリプションのオンデマンドサービスが伸びていました。でも、最近は揺り戻しがあって、サブスクの解約が進んでいます。
代わりにいま伸びているのが、インターネットでリアルタイム、広告付きという「FAST(Free Ad-Supported Streaming TV)」と呼ばれている形式。結局、みんな「広告付きで無料」でいい、と戻ってきているようです。
アメリカ人は「お金を払うか、払わないか」「オンデマンドか、リアルタイムか」という選択肢の中で、たまたま良いと思ったものを選んでいる。日本も、若者はすでにそういう気持ちで使い分けている気がします。
――「広告付きで無料」だと、日本ではTVerがあります。
TVerはかなり浸透してきましたね。「見逃しは1~2週間程度しか見られない」「すべての番組が見られるわけではない」「インターフェイスに改善の余地がある」といった課題はありますが、そこが修正されれば大きく変わるのではないかと思っています。
もしリモコンにTVerのボタンが普通につくようになったら、みんなそこから見るのではないでしょうか。いわゆる地上波放送はTVerから入って、オンデマンドかリアルタイムかを使い分ける。そうすると、チャンネルや編成という概念はなくなるのではと思います。
伝送路を前提に考えるのは、視聴者にとってはあまり関係ないし、スポンサー目線でも関係なくなっているのではないでしょうか。
メディアの存在意義は、信頼できる情報を流し続けること
――「メディア定点調査」は2006年からスタートしました。調査を開始するに当たって、意識した点はありますか?
最初に思っていたのは、「時系列調査はシンプルに役に立つし、見えてくるものがあるだろう」ということです。難しいことを聞くのではなく、当たり前のことを聞き、時系列で経年変化を見る。「あなたはテレビを1日何分見ていますか?」という簡単な質問にしたのは、そういう理由なんです。
あと、その頃はワンセグがあったので、「テレビスクリーンで見ているか」「携帯電話で見ているのか」の識別が難しかったですね。それまでテレビはハード/ソフトが同一のものとして語られていたけど、分離しないとやりにくいな、と。
――当時から「テレビ受像機以外でテレビ番組を見る可能性がある」と見通されていたんですね。
そうです。ラジオで例えるならradikoです。radikoをインターネットと捉える人もいれば、ラジオと捉える人もいるでしょう。でも今、多くのリスナーはradikoで聴いているのではないでしょうか。
最終的にはコンテンツ・イズ・ザ・キングなので、「見たいコンテンツを、どのスクリーンを使って見ているのか」という話になると思います。
――ニュースについてはどう捉えていますか?
報道やジャーナリズムには、記者の存在がものすごく大事です。テレビ局は記者が少ないし、インターネットはもっといない。
新聞に強みがあると思うのは、この「記者がいる」という点です。そこは新聞が頑張らなくてはならないポイントでしょう。
――なるほど。ただ、ジャーナリズムを支える新聞記者たちが頑張っても、いまその情報がインターネット上で「無料」で見られる状態で、それだけでよいと考える人も少なくありません。デジタル化が進んでいく中で、新聞はどう生きていけばいいのでしょうか?
ウォール・ストリート・ジャーナルの日本版はネットでも読めますが、有料です。日本の新聞社も、改めてそういう戦略を持ってやっていくべきではないでしょうか。日本経済新聞が電子版で成功しているのは、専門性があるということと、かなり粘り強くやってきたからだと思います。
一方で、ジャーナリスティックな番組がインターネット上にもどんどん出てきています。それらは総合的な編集をしていないし、自分たちで一次情報を取ってきているわけではない。けれど、面白い。新聞社にも、そういう新しい発信に挑む姿勢が必要ではないでしょうか。 テレビ局も同様です。メディアの元々の存在意義は信頼できる情報を流し続けることでしょう。テレビ局も新聞社も、ニュースをきちんと作っていくべきだと考えます。
ストレートニュースより解説や提言を
――今後のニュースのあり方について、どう考えていますか?
ジャーナリズムには、3つの階層があります。
それは、
・どこで何が起きたかという「事実(ストレートニュース)」
・どうして起きたのかという「解説」
・どうしたらいいのかという「提言」
です。
ストレートニュースに関しては、新聞やテレビはインターネットのスピードにかなわないでしょう。ところが日本のジャーナリズムは、ストレートニュースを追いかけていますよね。話題になるし、テレビでいえば視聴率も取れるので、映像として映えるニュースが前面に出てきてしまう。
解説と提言は有識者しか話せないので、しばらくは残るでしょう。でも、日本のメディアは、この解説と提言が薄い気がしています。
――新聞もテレビも、ストレートニュースが中心になっていて解説や提言が少ない、と。
とある日本の新聞記者が、修行のためにアメリカの新聞社へ研修に行きました。そこで大きい事件が発生したので「取材に行ってきます」と言ったら、デスクから次のように叱られたそうです。
「ストレートニュースは専門のスタッフがいるから、任せておけばいい。それよりも、どうして事件が起きたのかという調査報道をしなければならない。それがあなたの仕事なんだ」
アメリカではストレートニュースで事実を伝えて、こういう理由で起きたと解説して、最後に提言をくっつける。それがジャーナリズムの本質なんです。
しかし、日本では衝撃映像が多くなりがちだと思います。日本のテレビにも解説番組はあるものの、まだ少し薄い気がしています。メディアはもっと「解説」と「提言」に力を入れるべきではないでしょうか。
最適解よりも「大きな幅がある中での真ん中」という見せ方
――コロナ禍を経て、生活者は“なんとなく”のメディア生活を見直して、自分の気分に合ったメディア・コンテンツを選り好みするようになったと捉えています。「偏らず、バランスよく、総合的な統一見解での情報発信」は生活者にとって曖昧な情報になってしまっている可能性があると考えています。
確かに、学生からは「テレビで言っていることって、いつもみんな一緒」「なんとなく誘導されている気がする」という意見をよく聞きますね。
大学の授業では、学生からの意見や感想をまとめて、翌週にフィードバックをしています。そうすると、「こんな考え方をしている人がいるとは思っていませんでした」というコメントが学生からくるんです。同じ授業で同じ話を聞いているはずなのに、人によって捉え方が全然違う。みんな、それを面白がります。
つまり、自分とは異なる意見や感想を面白がる素養はあるわけです。その面白い見せ方がメディアに足りない要素かもしれません。
――いまはSNS上の「不特定多数のみんな」から自分と異なる意見や感想を得ていますが、メディアにはもっとできることがありそうですよね。例えば、「あなたの好きな意見は○○ですが、他にこんな意見もありますよ」とメディア側から提示する仕組みとか。
例えば、生成AIを使えばそれが可能になるかもしれません。「このテーマについてどう思うか、レポートを書きなさい。ただし反対の意見も述べて」と指示すれば、反対意見が出てくる。収れんして最適解を出すのではなく、「右と左で大きな幅がある中での、真ん中である」という見せ方ができると、もっと面白いものができるはずです。
多様な情報を提供する、というメディアの役割については、まだまだ期待をしたいところです。
2023年10月2日インタビュー実施
聞き手:メディア環境研究所 新美妙子
編集協力:村中貴士+有限会社ノオト
榊原 廣(Kou Sakakibara)
大阪芸術大学放送学科教授。博報堂および博報堂DYメディアパートナーズにおいて、マーケティング、デジタルプロモーション、メディアプロデュース、ビジネス開発等に従事。2007〜2010年に「メディア環境研究所」所長を務める。共著に『金融意識革命』『図解でわかるインターネットマーケティング』、著書に『パワポづかいへの警告』『企画力の教科書』『プレゼンのプロが教える 伝わる技術』。近著に『TV放送、最後の10年』(2023年8月)。
新美妙子
メディア環境研究所 上席研究員
1989年博報堂入社。メディアプラナー、メディアマーケターとしてメディアの価値研究、新聞広告効果測定の業界標準プラットフォーム構築などに従事。2013年4月より現職。メディア定点調査や各種定性調査など生活者のメディア行動を研究している。「広告ビジネスに関わる人のメディアガイド2015」(宣伝会議) 編集長。
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