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DIRECT_Conversation 「いい会話」が「いいブランド」をつくる
11月に開催されたメディアイノベーションフォーラムのテーマは「DIRECT_ 多接点時代のつながり方」。デジタル化によって私たちの生活やビジネスが多接点時代を迎えようとしている今、コンテンツやコミュニティ、会話の役割はどのようにアップデートされ始めようとしているのでしょうか。多接点時代における「ダイレクト」なつながりに注目し、「会話」「コンテンツ」「コミュニティ」の各テーマにおいてパネルディスカッションが行われました。
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所
メディアイノベーションフォーラム2019「DIRECT_ 多接点時代のつながり方」
パネルディスカッション1
テーマ:DIRECT_Conversation 「いい会話」が「いいブランド」をつくる
パネリスト:
野田耕平
博報堂 テクノロジーR&D戦略局企画部 ビジネスデベロップメントディレクター
石井忠典
博報堂DYメディアパートナーズ ラジオ局 オーディオビジネス開発部 部長
永松範之
デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社 イノベーション統括本部研究開発局 局長
モデレーター:
メディア環境研究所 上席研究員 野田絵美
■「会話」をめぐる取り組みの最前線
野田絵美(以下、野田絵)
スマートスピーカーの登場やIoTの進化に伴い、スクリーンだけでなく家電や自動車など様々なメディアにおいて企業と生活者が会話をする機会が増えていきます。そこではどのような会話をつくっていくべきなのでしょうか。最先端の会話づくりに取り組む3人にお話しいただきます。まずは、みなさまそれぞれの現在の取り組みについて教えてください。
野田耕平(以下、野田耕)
私はこれまで音声ニュース一斉配信システム、展示車両据付の音声AI接客アプリ、音声AIナビによる行き先提案/送客サービスを開発してきました。そこで活用したのが、スタンフォード大学のイノベーションに関するプログラムで学んだ、デザインシンキングとイノベーションプロセスの手法です。
この手法においても「会話」は重要です。まず、生活者にインタビューをし、どんな生活でこのサービスを使っているか、どんな課題があるかをあぶり出し言語化します。それに対するソリューションをプロトタイプの形でつくり、また会話する。テストを経て、最終的にどんなパートナーがいてどんなコストがかかりどんな収益を得るかというビジネスモデルキャンパスをつくり、MVP、いわば最小限で実行できるプロダクトをつくり、またフィードバックを受ける。再度ユーザーを観察し、インタビューする…というサイクルを繰り返します。軸足となるユーザー課題は変えずにピボットし、プロトタイプを頻繁に変えていくやり方です。(図1)
(図1)
たとえば音声AIの接客アプリ開発では、展示車両にQ&Aに対応する音声アプリを搭載したのですが、もとは無人接客による業務負荷軽減、アンケート取得が目的でした。これにより、音声だとデバイスフリーなので子どもでも高齢者でも使いやすいことや、その車にどんなペルソナを設定すべきか――性別、年齢、性格などの設計が大事だということがわかりました。また、AIが「一緒に写真撮ろうよ」と言って撮影すると、それを人に見せたいという動機が生まれるので「写真を送るからメールアドレス教えて」という形でメールアドレスをスムーズに取得できるなど、会話だけで充分ユーザーがエンゲージしてくれるという気づきがありました。
また現在まさに開発途中の音声AIナビによる行き先案内/送客サービスでは、音声AIで操作できるナビアプリに、行き先の提案機能を実装しました。「コンビニに行きたい」と言えば、コンビニブランドを提案するとか、「あの店ではおにぎりが20円割引だ」とか何通りかのシナリオを作成。そこを目的地に設定してもらえたら課金するという実験をしました。するとカテゴリー検索をした時の目的地設定率は46%、「お昼なのでそろそろランチどうですか」などの時間別提案による設定率は6%、いずれもユーザー離脱率は0%という結果でした。ここからわかったのは、音声AIは両手が使えなかったり集中力が途切れていたりするときにユーザーを助けるツールとして有効だということ。また「行き先を決めてほしい」というユーザーのインサイトが強いことがわかっているので、お昼時とか割引とか、決めるきっかけがあればブランドを選択してくれる。積極的な提案が効果的という学びがありました。
このサービスを進化させるにあたり、今後は「カンバセーショナルAI」と「ポッドキャスト」のテクノロジーを活用させたいです。「カンバセーショナルAI」では、たとえば「明日の3時にリマインドセットして」と話しかければ「了解、セットしました」というように会話で作業してくれます。「ポッドキャスト」は、実はいまアメリカでの広告収益が上がり続けているので、「ポッドキャスト」のコンテンツを車内で聴いてもらうことで新しい接点をつくれるのではないかと思っています。
野田絵
コンビニの例のように、明確な店舗までは決めきれていないのを誰かに決めてほしいというインサイトをとらえ、ユーザーの曖昧な要求に先回りして提案してあげられるか。ここに大きなチャンスがありそうですね。
石井
私からはなぜ「音声コミュニケーション」が注目されるかという話をさせてください。以前マイクロソフトのトップが「プラットフォームとしての会話」というテーマで話していたのは、「1日のコミュニケーション手段のなかで一番使っているのはしゃべることだ」と。早くて楽で感情も乗せて伝えることができ、入力装置としては最適で、人にやさしい究極のインターフェイスであるということでした。2020年には全世界で検索の半数は音声になるとさえ言われています。音声の強みは、文字入力よりも圧倒的に早いスピード、声紋などから個人を識別できること、手がふさがっていても使える利便性、高齢者でも使いやすいということ…と、いろいろありますが、もっとも重要なのは、音声情報はSOV100%と言われていて、情報提供者と需要者が1対1の関係になりやすく、ブランドエクスペリエンスを高める力があることだと考えています。(図2)
(図2)
視覚だとテレビを見ながらSNSも見ることが可能ですが、聞くときは一つの情報しか認識できないので、たとえばラジオの場合パーソナリティとリスナーの絆を作りやすく、ラジオ通販で買われた商品の返品率が低いなどといったことにつながります。またポッドキャストの場合は能動的に聞くメディアであり、かつパーソナリティが喋る形になっているので、より広告に親近感を得やすく、高いエンゲージメントを示すデータも出ています。
音声コミュニケーションが近年注目を集めている背景には、Googleが提唱するアンビエントコンピューティングという考え方があります。これは、家でも運転中でも、どんなシーンでもストレスなくコンピューターにアクセスできる状態のこと。言い換えれば人が住む周辺環境そのものがコンピューターに溶け込んでいて、コンピューターの方から僕らにアクセスしてきて、向こうから情報がやってくるような世界観です。すでに音声アシスタント機能がついたワイヤレスイヤフォンもどんどん発売されてきていますが、将来的に新しいメールを自動で届けてくれたり、店の前を通りかかればそこの情報を教えてくれたりと、音声インターフェイスが非常に重要になってくるのです。
一方で音声広告はインターネット広告のように画面をクリックすることができないのでレスポンスが取れず、一方通行になってしまうという欠点があります。そこで博報堂DYメディアパートナーズは、今年初め、インタラクティブ音声広告システムの技術を持つアメリカの会社に出資し、パートナーシップ契約を結びました。これにより音声広告が双方向になり、リスナーの反応がとれるようになります。たとえば最新のゲームアプリが発売されれば、「ダウンロードしますか?」「もちろん、いますぐお願い」「かしこまりました、ダウンロードページに移動します」といったやり取りが可能になる。このように会話が繰り返し蓄積されたデータからAIが学習し、より反応率が高い広告を出すことも可能になります。
野田絵
音声の力を使って1対1の会話から親近感を向上させたり信頼関係を築いたりしながら、ブランドとの関係を深めることができるのは面白いですね。
永松
私はテクノロジー視点から、会話テックがどう進化していくかをお話します。まず基礎となっているのが、自然言語認識という形でテキストを正しく認識する技術。これと、声を正しく認識する音声認識技術をベースとし、音声をテキスト化、言語化して活用するという流れになっています。その後、さらに人手で、認識された音声をカスタマーサポートの人が対応するか、スマートスピーカーで自動対応するかにつながっていきます。(図3)
(図3)
また最近は音声作成技術も進化しており、たとえばDescriptという音声作成機能では、自分の声をもとに音声を作ることができ、自分の代わりに話をしてくれることも可能です。Baidu Mapは最近、家族や恋人の声を学習させてその声でナビゲーションしてもらえるカスタマイズ音声ナビ機能を発表したところです。この技術のもとになっているのが、GAN(敵対的生成ネットワーク)というディープラーニングの手法の一つ。50個の言葉を使って声を学習させ、数分で、特にチューニングなしでそこそこの再現性を実現できる。試しに僕の声を学習させてみたので聴いてください。(学習して再現した機械音声が流れる)
野田絵
なるほど。少し棒読みな感じで、まだリアルな人の音声というところにまでは到達していないようですね(笑)。
永松
そうですね。ただポイントは、このスピードで、低コストでここまでの音声を作れるようになってきたということ。より身近な人の声で音声をカスタマイズできれば、より深いエンゲージメントが可能になります。
もう一つ気になっているキーワードにボイスマーケティングというものがあります。声を使っていかに多くの人に対してブランドを広げ、つながり、注文や購入をしてもらうかということです。また音声検索も増えていけば、音声検索最適化といった対応の必要性も言われています。視覚であれば検索結果を一覧できますが、音声の場合はいかに最適な検索結果を絞り込んで出すかが問われるわけです。そこに自分たちのブランドに関するキーワードをきちんと表示できるかということの重要性も高まっています。あとは、チャットボットの延長線のような形でのカンバセーショナルAI。ただ、声だけで会話を実現するのは難しいので、声や表情、ジェスチャーなども認識できるような機能も含めた開発研究が進んでいます。
■音声AIでより効果的なブランド体験をつくっていく
野田絵
では「いいブランド体験」につながる「いい会話」は、どうやって作っていけばいいのでしょうか。
石井
ゴールは、ブランドのエンゲージメントを高めファンを増やすこと。もう一つは商品やサービス開発、改良のために会話データを蓄積し、PDCAを回すことにあります。
野田耕
ロサンゼルスでのポッドキャスターが集まるミーティングで言われていたのは、入り口の広告は「produced by〇〇〇」くらいにして、番組終了後にポッドキャスターがストーリーテリング的に商品について語るという広告が一番効果的だという話がありました。シーンに合わせて、うざくない形でスパッと伝える。説明が必要なら端的に答える。そのシナリオのつくり込みが非常に重要で、そのためにも蓄積したデータを使いリコメンド精度を上げることが鍵となります。
野田絵
いかに絆を作り、いいブランド体験につなげるかという視点では、会話は何をどう工夫すべきでしょうか?
永松
ブランドのイメージや印象をよくするとか、ファンを増やすという意味で、キャラクター付けが重要かなと思います。ブランドイメージをほうふつとさせる声、話し方などをちゃんと考えるべきでしょうね。最近は声の性別を選べたりしますし、ブランドが契約している俳優の声を使うなどでブランドエンゲージメントを深めることもできそうです。あとは、SNS上なのかテレビなのかなど、場所やシーンに応じた会話の仕方も重要だと思います。
野田絵
確かに忙しく家事をしているときに悠長に話されると嫌でしょうし、カジュアルなのかかしこまったトーンがいいのかなど、ブランドによって話し方も考えなければいけないでしょうね。それからカーナビの例で、店舗情報よりも「いまなら20円引き」という情報提示、声掛けが効くというのが印象的でした。
野田耕
きっかけが欲しいというインサイトが非常に強いからでしょうね。ただやりたいのは、データをきちんと蓄積して、その人が肉好きなら焼き肉屋を提案したり、体重を気にしていたら糖質オフメニューをすすめたりといったこと。それによってもっとコンバージョンは上がるのではないかと思います。
永松
そうですね。ウェブだと画面ですべて完結できますが、音声の場合は自由な発話が可能な分すべてを想定して作ることは難しいので、これまで以上にPDCAを回しながら作っていくことになるでしょうね。
野田絵
ありがとうございます。では最後に一言ずつ、感想をお願いします。
野田耕
いまはシナリオベースのAIですが、自由自在に会話できるようになればまた研究のしがいがあります。インプットとアウトプットでもっとも精度が高いカンバセーショナルAIだと、すでに9割くらいのQ&Aの正答率が出ています。シンギュラリティの入り口であるとすら思いますね。AIに仕事を奪われるのではなく、AIと共生し、どういうサービスでどういう便利な世の中をつくっていくのかを考えていきたいです。
石井
人間の会話を全部データ化できたら人類最大のビッグデータになると言われています。「はい」「いいえ」だけでも様々なパターンがあるので、そのあたりのニュアンスも含めてデータ化していけば、あらゆるマーケティングに応用できるようになると思います。間もなくやってくるその世界に向けて、ビジネス開発をしていきたいですね。
永松
いまはまだ、指示に返答するとか、ナビゲーションしてもらうという主従の関係があって、対等な「真の会話」は行われていません。今後AIに「空気を読む力」が備わってくれば、より会話らしい会話が可能になるのだと思います。そういった点がどう技術的に実現されて行くのか、期待しています。
野田絵
ありがとうございました。
■プロフィール
野田 耕平
博報堂 テクノロジーR&D戦略局企画部 ビジネスデベロップメントディレクター
石井 忠典
博報堂DYメディアパートナーズ ラジオ局 オーディオビジネス開発部 部長
永松 範之
デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社 イノベーション統括本部研究開発局 局長
野田 絵美
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員