レポート
アドテック東京
成長著しいモデル企業が実践するファンづくり【アドテック東京2019レポート】
REPORT

マーケティングとテクノロジーに関するカンファレンス「ad:tech東京2019」において、『成長著しいモデル企業が実践するファンづくり』というタイトルでセッションが行われました。スピーカーとして横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部 本部長 林裕幸氏、電通デジタル CRMグループマネージャー 伊勢亜祐子氏、Minimal – Bean to Bar Chocolate – 代表山下貴嗣氏(株式会社Bace代表取締)、ONESTORY代表取締役社長 大類知樹が登壇、アライドアーキテクツ株式会社 CPO 村岡弥真人氏がモデレーターを務めました。

■それぞれの事業を支えるそれぞれのファンの姿

村岡
最近マーケティング業界で「ファン」がバズワードになっていますが、すでにいるファンをどう活用し施策につなぐかという文脈が多いのではないでしょうか。ただ肝心なのはファンをどう定義し、どうつくり、どうビジネスにつなげるかという根本の部分だと思います。まずは、その辺りの現状からお話いただけますか?

大類
博報堂DYグループの社内ベンチャー企業として立ち上げたのが「ONESTORY」です。中核事業はDINING OUTという期間限定の野外レストラン事業で、食を軸に、そのエリアの自然、文化、歴史、伝統、産業などを織り込んだ地域のB級じゃなくて、「A級」表現として発信していくことを目指しています。
先日、石川県の輪島で行ったDINING OUTは、金蔵(かなくら)という日本の原風景のようなエリアの棚田の真ん中を舞台に、2日間開催したんです。輪島ですから、器も、この日のために隈研吾さんとオリジナルでつくった輪島塗だし、地元に伝わる無形文化財の和太鼓、御陣乗太鼓を演出で取り入れたりと、お客さんに五感全部で“輪島”を体験してもらいました。

全国どんなエリアでも、DINING OUTの世界観、地域の表現に触れたいというお客様をファンととらえていて、毎回来てくれる方も含めその数が広がっています。地域創生の発想から始まったこともあり、キッチンやサービス、イベント運営など関わってくれる人の8割以上を地元から募ります。彼らと半年~1年かけて準備し、たった2日間のイベントに挑みます。世界中の観光やガストロノミーを熟知されたレベルの高いお客様に向き合うことで、自分たちの土地のプライドを持ち直すということが意図だったりするので、参加してくれるお客様はその最後の一押しをしてくれるとても重要な存在です。そういう意味で、お客様も我々の仲間という側面を持っています。

輪島の場合は、宿泊費込みの参加費として約20万円と高額ですが、それでもすぐ予約は埋まります。現地集合・現地解散なんで、そこまでの交通費を合わせると、さらに高額になります。お金を払ってでも地域創生に加わりたい、その現場を目撃したいという人、それが僕らのファンでありお客様なんですね。僕らは、そんなお客様に向けて、強烈な地域体験を、地元と一緒に創造し、それに共感してくれたお客様がまた別の友人を連れてきてくれるという循環ができていて、席の半分以上はそうしたお客様ネットワークで埋まります。なので、集客のためのプロモーションコストはほぼゼロです。
ファンづくりの秘訣が何かあるとすれば、僕らの場合、来た人が強烈な地域体験に触れて、涙が出てしまうくらい感動するような体験を創造することこそが、結果的にファンづくりそのものになっているのかもしれません。

村岡
僕も広告をやっているので、獲得単価とか考えると大変だなと思ってしまいますが、DINING OUTではお客様がお金も払ってくれて新規のお客様も連れてきてくれるのがすごいですね。

山下
僕は「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」というクラフトチョコレートブランドを経営しており、店舗を東京に5カ所構えています。世界中の農園に行き良質なカカオ豆を探してきて、チョコレートを職人の手仕事で造っています。ワインのようにストーリーのあるチョコレートを楽しむ、そのシーンをつくる、ある意味“共犯者”としてのファンづくりを進めています。

僕らは実際に赤道直下のジャングルのような場所に赴き、カカオを買ってくる。これをただのチョコレート屋の話ではなく、「山下という人がわざわざジャングルまで行ってカカオ買ってきてつくってるチョコなんだ」という風に仮に覚えていただけたら、すでにファンに一歩近づいていることになる。まずチョコレートを食べていただいた方をお客様と定義するなら、その中で、何かひとつでも自分の言葉でうちのことを口コミしてくれる人が僕らにとってのファンということになります。

普通、小売店は回転率を重視しますし、試食は原価があがるので出さない事が多い。うちは逆で、試食は食べ放題で、どれだけお客様が長く滞在してくれたかを見ます。いろんな種類のチョコレートを試食することでカカオの産地によって味が変わることを知ってほしいから、「食べ比べ」を大事にしているんです。一通り食べてもらったら、店員が情報を補足する。ウェブでも、送料無料で初心者向けにリコメンドしているのは、食べ比べできるトライアルセットです。イベントやワークショップも必ず「食べ比べ」から入るなど、すべての入り口、導線を共通して設計しています。

村岡
マーケティングの域を超えたブランドづくりの話ですね。ブランド戦略の初めからファンを想定し、そこから事業をグロースしていく。その肝にブランドがある印象です。

山下
僕らは産地で選ぶクラフトチョコレートという新しい市場をつくろうとしている。それには強烈なファンが不可欠で、そのために、「これが好き、嫌い」といった感情が動くような体験を最重視し、それとセットにコミュニケーションをとっていかないとだめだと考えています。
非常にラッキーだったのは、Bean to barという豆からつくるチョコレートのブームが来たとき、先駆者としてメディアでたくさん取り上げられたんですね。そのとき媒体ごとに意識したのは、どういう切り口なら一番その読者が興味を持つか。結果的にどんな切り口であれ、「食べ比べ」の部分が普遍的に評価されることがわかり、全部の導線をそれに統一しました。ある意味最初からPR戦略、メッセージングのABテストができたのは良かったかもしれません。僕自身1年間店頭で接客しながら、反応が良くても買われないとか、話が響くけど商品としてはだめだなとか、検証しました。

村岡
最近はやりのD2Cにも絡むお話ですね、ありがとうございます。


私は横浜DeNAベイスターズにおいて、長らく課題だった集客について、また事業をどう伸ばしていくかに主に取り組んでいます。
2020年のグランドオープンに向け増築・改修工事中ですが、現在約3万2000人入る横浜スタジアムという箱がファンで満員になることによって、イベントや選手のプレーが体験として高まる。1万人しかいない状態とは体験としてまったく変わってくるので、ファンが担う役割は大きいと考えています。
ベイスターズファンと一言で言っても、球団でもさまざまな定義がありますが、ここでは球場に来て体験を一緒になってつくり上げてくれる人をファンと定義できればと思います。スポーツ観戦全般に言えますが、初心者が最初に球場に行くハードルは非常に高くて、チケットの買い方がわからないとか、どの席がいいのかわからないとか、ユニフォームを着ていないとダメなんじゃないかとか……いろいろと障壁があることがリサーチの中からわかっています。

リファラルは我々にとっても重要ですが、「面白いから行ってみてよ」という口コミだけだとおそらくチケットは買わない。とにかく一度連れてきてもらうことが必要で、たとえばすでにファンの方がチケットを3枚持っていて、初めての人を1人連れてくるといった形が効きます。家族や友人がファンであることで影響を受けて自分もファンになるというケースが圧倒的に多いですね。
ちなみに我々が想定する顧客のペルソナはアクティブサラリーマンと呼んでいる層です。平日横浜で18時から試合開始となると、スタジアムのそばで働く方々が来やすい。土日は子連れや若者層が入ってくれますが、本拠地での70試合を埋めるとなるとサラリーマンの獲得が不可欠となります。また、誰かに誘われるなどして来てくれた新規の方には、スタジアムで圧倒的な体験価値を感じてもらい、次は自分でチケットを購入して行ってみようと思ってもらうことを意識しています。

村岡
こういう方は連れてきやすいとか、リファラルを生みやすい施策などはありますか?

山下
チョコレートは通常9割くらいが女性客ですが、僕らの場合4~5割が男性客です。男性はうんちくを知りたい人が多いので、意図的に、美味しさと裏のストーリーをセットにして持ち帰ってもらうようにしました。すると自慢げに友だちを連れてきて、スタッフかのように「食べ比べできるから全部食べてみなよ」とやってくださる。そういう新しい男性ファンをいかに呼び込むかはすごく大事にしています。

大類
我々の場合、地元の歴史を勉強し、地元の人たちにヒアリングし……という風に、地域をどう表現するかの検討に最長2年かけることもあります。それを一つのストーリーとして最終的にお客様にプレゼンテーションするという形で、結局天候不順などでリハーサル通りにいかないことも多いんですが、それも含めた一期一会の体験にファンがついてくれています。またサービススタッフはすべて地元の人なので、お客様とマニュアルにはない触れ合いをするなかでその土地の良さを自然と「自慢」してしまうこともある。それが、お客様に「来てよかった」「この土地を好きになった」と思ってもらえることにつながっています。そうした計算外のこと、ある意味、アクシデントに一番喜んでくれるのが我々のファンだったりする。再現性はないですが、そうしたことを求めているお客様が多いから成り立つ事業かもしれません。再現性がないことの再現性はありますね(笑)。

■辛抱しながら、仲間としてのファンと共にブランドをつくっていく

村岡
会場からの質問で、社内で「ファン」「体験」という言葉を整理する場がないです、というものがありました。このあたり、どのように言語化されていますか。

山下
スタッフ教育で必ず伝えているのが「自分の言葉で語りなさい」ということです。マニュアルはなく、パーソナルストーリーと一緒にリコメンドしたり、お客様から教わったことで面白かったことをまた別のお客様に教えてあげるとか、自分の体験をベースとした接客を大事にしている。そうした熱量を乗せた言葉、気持ちをこめた言葉があって初めてお客様に伝わると思っています。スタッフに商品に対する愛情があるかがすごく大事になるので、採用面接のときには「なぜここで働きたいか」という部分を重要視して見るようにしています。

大類
僕らは言語化していないけど、感覚的にはつかんでいるんだと思います。毎回地元の人8割でつくるイベントなので、彼らにどれだけ、彼らも気づいていなかった地元のすばらしさ、かっこよさをわかってもらえるか――地元のプライドに火を付けるのが僕らの最大の役割だと思っていて、そのためのメソッドはたまってきています。一旦それに火が付けば、DINING OUTの方程式を超えたとしても別に大丈夫。山下さんの言うように、地元の人が自分の言葉で「僕らの地元すごいでしょ」と語ってもらうことが大事で、それに触れたい人がファンとして来てくれる。その環境をつくり出すために僕らはさまざまなノウハウを駆使しているという感じです。

村岡
従業員全員がどこを向いているのかが重要なんですね。


我々の場合、チームが勝ったり負けたりするなかで、変化するファンの感情にどう寄り添えるかを考えています。ホームランなど、みんなで盛り上がりたい瞬間ならこういう演出をすべきだとか、勝った試合後ならSNSでこういう情報発信したら喜ばれるだろうとか。グッズショップやフードの店員、警備員などタッチポイントも非常に多いので、彼らもプラスもマイナスも含めたファンの体験、感情を意識し、適切に対応することを意識しています。

村岡
ありがとうございます。最後に、ファンや体験って時間やお金がかかるイメージがあって、いつ儲かるのか読みにくい。伊勢さんいかがでしょう。

伊勢
ファンの定義にもよりますが、CRM的に言うと優良顧客=ファンの場合と、そうなり得ない場合もあります。優良顧客はお金を落としてくれるお客様、ライフタイムバリューが長いお客様となりますが、事業主やクライアント企業の話をうかがうと一概にファンを定義できないですよね。皆さんの話に共通項があるとすれば、事業主側がすごく熱量を持って何かを発信する、あるいは商品、ブランドに対して熱を持っている。それに対して共感する人がついてくるというのがファンの定義かなと思います。一方で、「ビジネスが回るまでにどれくらい辛抱したか」という点で言うと、ファンの定義次第になる。

ファンの定義が売り上げにつながるケースであればKPIを立てやすいが、「ついてくる人はついてきて」というようなケースで考えると、そこはブランドづくりの一環として、お金ではない部分として考える必要があるのかなと思います。なので、辛抱できる期間は業種業態によって変わってくるのではないかと。

村岡
おっしゃる通りだと思います。ブランドづくりって経営だと思いますが、「ファンは売り上がるのか」「どれくらい辛抱したか」という点に対してはどう思いますか?

大類
確かに経営者の立場では、毎回胃が痛いです(笑)。広告会社として「地域の表現としてこういうやり方どうですか」というのを世に問いたいというのが最初にありましたが、地域を知れば知るほど、どう表現すればいいか非常に悩ましい。ある程度の方法論を確立できたのは5回目くらいのときで、それまでは毎回悩みました。
ビジネスモデルとしては、地元の自治会が三分の一、協賛社が三分の一、参加してくださるお客様が三分の一ずつ負担していただいて、成立しています。ビジネスとして一応採算とれていますが、間違いなく大きな儲けにはなりません(笑)。

山下
僕はまだ辛抱中かもしれません。チョコレートはキャッシュのビジネスなので、PLとか短期的に売り上げを追うものと、赤になったとしても絶対にやり続けるというのを分けて考えています。感謝祭みたいなイベントは持ち出しが多いのが事実ですが、絶対必要だと考えています。


スタジアムをいっぱいにするというのがKPIのひとつで、2016年以降は座席稼働率が90%を超えるようになったのですが、増席を続けることで自分たちでよりハードルを上げていきました。なのでまだ辛抱の最中ですね。あとは永続的に横浜に球団を残すためにも、特に子どもたちを中心に新規のファンをどんどんつくっていかなくてはならないわけですが、人口の問題、プロ野球の人気度の問題もあって状況はアゲインスト。そこでも辛抱が続きそうですね。

村岡
お客様も一緒にビジネスを拡大していく仲間ととらえ、想いやブランドづくりなど、目に見えない大切な部分を皆と一緒につくっていくということが今後必要なのかもしれません。今日はありがとうございました。

 

◆プロフィール

林 裕幸
横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部 本部長

 

伊勢 亜祐子
電通デジタル CRMグループマネージャー

 

山下 貴嗣
Minimal – Bean to Bar Chocolate – 代表
(株式会社Bace代表取締)

 

大類 知樹
ONESTORY代表取締役社長

 

村岡 弥真人
アライドアーキテクツ株式会社 CPO

 

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