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DIRECT_Community 「地域発 生活者と企業でアップデートするコミュニティ」【メディアイノベーションフォーラム2019】
11月に開催されたメディアイノベーションフォーラムのテーマは「DIRECT_ 多接点時代のつながり方」。デジタル化によって私たちの生活やビジネスが多接点時代を迎えようとしている今、コンテンツやコミュニティ、会話の役割はどのようにアップデートされ始めようとしているのでしょうか。多接点時代における「ダイレクト」なつながりに注目し、「会話」「コンテンツ」「コミュニティ」の各テーマにおいてパネルディスカッションが行われました。
パネルディスカッション3
テーマ:DIRECT_Community 「地域発 生活者と企業でアップデートするコミュニティ」
パネリスト:
井関隆行
西日本新聞社 経営企画局 新メディア戦略室 兼 西日本新聞メディアラボ クロスメディア報道部
鷹觜愛郎
博報堂クリエイティブセンタークリエイティブディレクター
東北博報堂エグゼクティブクリエイティブディレクター Local.Biz代表
モデレーター:
メディア環境研究所 上席研究員 新美妙子
■生活にダイレクトに作用するコミュニティとは
新美
本パネルディスカッションのテーマは「DIRECT_Community」です。私達が考えるDIRECTなCommunityとは、「自分ひとりではなかなかできなかったことができる」、「行くだけ、買うだけといった、ちょっと何かをするだけで参加可能な仕組みである」、「生活者が企業と共に実行できる」という生活に直接作用するコミュニティです。今日は、仕事を通じてDIRECTなCommunityに関わっていらっしゃるお二人にご登壇いただいています。まず鷹觜さんにお話いただくのは「働くひとの西宇和みかん」についてです。D2Cというと、米国の事例のようにアパレルや化粧品といった業界を思い浮かべますが、今日ご紹介する日本版D2Cは一次産業です。詳しく教えてください。
鷹觜
地域の広告やメディアにおいて、これからどんなマネタイズのビジネスモデルがつくれるかのヒントとして、僕なりに試行錯誤して作ってきたことについてお話します。僕は東北出身で、東日本大震災のときに「浜のミサンガ」というプロジェクトを立ち上げ、浜のお母さんたちが漁網で編むミサンガを、地域のメディアと協力してネットで受注販売し、SNSで広めました。震災で仕事を失った浜のお母さんの仕事を作る取り組みとして、1億2000万の売り上げは寄付ではなくお給料としてお戻ししました。その後、須田和博さんと立ち上げた「スダラボ」では、画像認識の技術を使って、青森の「田んぼアート」の風景をスマホで撮るだけでECサイトに遷移してお米が購入できる仕組みをつくりました。
そしてここ2年ほど温めてきたのが、「働くひとの西宇和みかん」です。西宇和は日本一のみかんの産地である愛媛県の中でも本当にいいみかんが取れるエリアです。そこのブランディングの一環で今年つくったのが、「オフィスに直接みかんが届く」という商品。言うまでもないですが、基本的に農産品は産地で収穫されるとJAを経由して市場に出荷され、そこで値段がつけられ仲買に競り落とされる。仲買は小売のオーダーに合わせて小分けにして配送・陳列して、それをお客様が買うというモデルです。
これは移動距離が長く、非常に時間がかかるのでベストな時に食べてもらうのが難しいのです。産地から直接生活者に一番いい状態で届けられればそれに越したことはないと思うのです。60兆円規模で日本一大きな産業と言われる食品でも、ネット流通はまだ2%程度です。だから、地域の一次産品にはこれからD2Cの大きな可能性があると思います。
みかん農家さんからよく聞いていたのが、「昔は皆、5キロ10キロの段ボールでみかんを買ってくれたけど、いまは1キロの袋入りでもなかなか食べてもらえない」という話。2、3世帯で暮らしていた時代と異なり、いまは単身世帯が中心ですから、1キロでもちょっと多いなと感じますよね。そこで、大人数の人が一緒に過ごす場、昔のお茶の間に代わる場として「オフィス」を思いつきました。会社の部やチームは10~20人単位で毎日約8時間というかなりの時間を共にしているので、そこに資料のサイズを意識したA4サイズの段ボールでお届けできたらと考えたのです。さらに栄養士の方と相談して、「会議」「休憩」「デスクワーク」と届けるシーンに応じてみかんの選別を変えました。通常なら市場に出荷するときはサイズが大きくて甘いものが一番高くて、糖度が減っていけば価格が下がるのですが、たとえばデスクワーク中なら、糖度がそこまで高くないものの方が逆に適しているといった工夫です。視点を変えることによって新たな価値をつくることができました。
もう一つ、オフィスに届けることで職場の方が会話をしながら食べていただくことが可能になります。それをソーシャルメディアで発信してくれたりもする。今までのマスの流通、マスの情報とは異なる新しい販路の設定が今後いろいろできるのではないかと思っています。
新美
オフィスでコミュニケーションが生まれ、食べることで健康にも作用するような取り組みですよね。続いて井関さんの取り組みについて詳しく教えていただけますか。
井関
西日本新聞社は創業142年を迎え、福岡を中心とした九州エリアで新聞を発行していますが、2018年に社会部の年間企画として立ち上げたのが「あなたの特命取材班」(通称:あな特)です。マスコットの「あなとくちゃん」が福岡、九州の生活者に「暮らしの中で疑問に思っていることや地域で困っていることはありませんか」と呼びかけ、集まった疑問や困り事を記者が調査・取材して解決するというものです。当初1年間の予定だったこの課題解決型の調査報道企画は反響が大きく、継続して行っています。2019年11月現在、8000件の調査依頼があり、これまで300本以上が記事化されました。1万3000人いる「あな特通信員」と呼ばれる方々は福岡、九州に限らず日本全国にいて、LINEで直接つながっています。
暮らしの疑問や地域の困り事、不正の内部告発まで、かつてはハガキや電話で新聞社に寄せられていた情報がLINEでダイレクトに送られてきて、それを記者が取材し報道するのですが、西日本新聞の紙面とWebはもちろんのこと、外部のポータルに積極的に配信することによって累積ページビュー(PV)は2.5億PVと、全国で読まれています。一例をご紹介すると、中学生から「学校で日焼け止めを塗ったら先生に怒られる」という情報が寄せられた時には、多方面に調査・取材して、日焼け止めを塗った方がいいという医者の見解や、自宅で塗ってくるなら校則違反にならないといった意見を複数の角度から報じました。掲載された記事を読んだ中学生から「これからも新聞を楽しみにしている」といったメッセージが届くなど、非常に嬉しいコミュニケーションができています。
「あな特」の精神は、新聞社がずっとやってきた読者が「知るべきである」、読者に「知らせたい」という報道に加えて、読者の「知りたい」に応えることにあります。実は西日本新聞社は、創刊時に「西南戦争がどうなっているか調べてきてくれないか」というニーズから始まった新聞なのです。ハガキや電話からLINEへとツールこそ変化していますが、我々のDNAとやっていることはずっと変わらないと思っています。ハガキや電話で新聞社に連絡するのと比べ、「あな特」のLINEキャラクターの「あなとくちゃん」がいるので、家族や友人と同じような距離感で疑問や困り事を投げかけやすくなっていると思います。
新美
日頃コミュニケーションツールとして使っているLINEで新聞社とつながると、距離的なハードルも心理的なハードルも下がりますし、個人の相談事が新聞社を通じて地域課題となり、それを解決することで地域社会がよくなるという作用が起こっていると感じます。生活者の疑問や悩みに新聞社が取材力でこたえる「あなたの特命取材班」のコミュニティで、新聞社の取材に生活者が協力するという新たな取り組みも始まっているそうですね?
井関
「あな特通信員」の方々に、こちらから「〇〇について情報提供していただけませんか?」と我々の取材に協力してほしいと投げかけたことに対して情報が寄せられて報道に至るという取材協力の取り組みが生まれています。「生活者から新聞社に」ではなく、「新聞社から生活者に」という、これまでと逆向きの矢印ですね。記者と「あな特通信員」がダイレクトにつながって、同じ目線で共に報道を作るコミュニティが生まれていると言えます。そして、このコミュニティは九州だけではなく、全国に広がっています。デジタルで全国に記事を展開して「あな特通信員」もWebによって全国で増えていく中で、我々が調査・報道できないエリアをカバーするために、他の地方紙さんへ声をかけてできたのが「Journalism On Demand(通称:JOD)パートナーシップ協定」です。生活者からの調査依頼を受け調査報道に取り組むローカルメディアの連携として、全国のソリューションジャーナリズムとして広がっていっています。「JODパートナー」参加社同士で連携し、エリア外の内容のフォロー、ノウハウや記事の交換などを行っています。
■日本版D2Cが社会にもたらす作用とは/「メディアと生活者のコミュニティ」に企業連携の可能性は
新美
JODが全国に広がることで、社会への作用がより一層大きくなりますね。
続いて鷹觜さん、一次産業のコミュニケーションと流通の仕組みを一気に変える日本版D2Cである「西宇和みかん」の取り組みを通じてどのような生活者との関係を目指しているのかその仕組みづくりについてお話いただきたいのですが。
鷹觜
多くの一次産業では、たとえば曲がったキュウリなどははじいて品質を均一にそろえるということをしてきましたが、実際の農産物は個性あるものが育っていて、収穫されています。デジタルの機能を使えば、その個性をきちんと分けた形で、少量多品種で、必要としている方に多接点で届けることが可能になります。その場合、西宇和みかんの事例のようにみかんを栄養士さんと選別し直すとか、詰め方や仕分け方、届け方を変えるだけで新しい商品を生むことができます。これまで価値のなかったものでも、いわば化粧まわしを変えるだけで、価値を上げることができるのです。そういう大きなモデルチェンジが起こりつつあると感じています。
それから、みかんのトップ産地である西宇和でも生産量が減り続けているという問題や、農業・漁業の現場は高齢化していて、いい物があっても育てきれず、届けられない場所も出てくることなど、生産現場の課題は数えきれないほどあります。そのような課題に対して、生活者はただ商品を消費するという存在になるのではなく、生産者と共に生産物の成長を一緒に喜べるような仕組みをつくることによって、収穫を、1年を通して楽しめるようにする。そうすることで、全国に育ての親を増やすことができ、農業の継承を農家だけの問題から解放し、課題を一緒に解決するような時代になるのではないかと思います。生産者がファンと直接つながり、多接点での交流をつくることで、これまで持っていなかったお客様情報をダイレクトに産地で持つことができます。地域の生産地が顧客データを持つことが常識になることで、一極集中型ではなく、多極交易型のビジネスモデルの未来を築けるのではないかと思います。
新美
生活者が生産者と一緒に農産品の育ちを見守り、それを楽しみにできるコミュニティというのは、緩やかなつながりでありながらも一次産業のモデルチェンジまで起こしつつあるのですね。鷹觜さんにお話いただいた一次産業のD2Cや井関さんにお話しいただいた「あな特」の取り組みに共通するのは、生活者とダイレクトにつながることで、新たなコミュニケーションが生まれるということと、モノや情報の流通が大きく変わるということですね。これまでスーパーでみかんを見ても手に取らなかった人もオフィスにあれば食べてみようと思うとか、SNSでつながることで、気軽に新聞社に相談しようと思うとか、コミュニケーションの変化がアクションにつながって生活に直接作用するということです。
最後に、井関さんには、「あな特」のコミュニティへの企業参加の可能性について、鷹觜さんには「全国のさまざまな地域で課題に取り組むなかで、首都圏ではどのようにコミュニティを作っていくべきか」をお話いただけますか?
井関
メディアの主要な役割は報じることですが、「あな特」のニュースが社会課題の解決につながった事例も出てきています。たとえば、高速バスに障がい者の優先席がないという調査依頼を受けて報道したもの。するとそれを受けて長崎のバス会社が優先席を作ってくれたという、実際に企業のアクションを促した事例があります。また「隣の家のベランダからタバコの煙が流れてきて困る」という主婦からのメールがあったのですが、民法では裁きようがないことがわかりました。これを配信したところ400万PVを記録し、福岡の主婦の悩みが実は全国的な悩みであることがわかったのです。ただ、我々は、紙面とWebによって多くの人に知らせるところまではできるのですが、その先の解決の部分、事業としての収益性・継続性をもって課題解決を実現する仕組みづくりまでを担うことには限界があると感じています。ジャーナリズムは不可侵であるという前提は絶対に外せませんが、そこに企業の皆さんとの連携の可能性があると考えています。
新美
地域で解決しなければならない課題は地域の新聞社が報じるとしても、その次の具体的に解決する部分については企業が地域の取り組みとしてやっていくのはありますね。
井関
そうですね。よく記者から聞こえてくるのは、「こんなことに皆さんが困っているとは気づきもしなかった」ということ。ある意味でこれはニーズであり、シーズであると捉えられ、企業の皆さんと連携してアクションすべきところだと思います。「地域づくりの先頭に立つ」ということを経営理念として掲げている西日本新聞社なのでなおさら、報じて終わりではだめなんだと。その先を地域の企業の皆さんと一緒にやっていくことも我々の役割だと考えています。将来像としては「相談相手といえば?」という問いに対して、友人や行政、相談所などと並ぶ選択肢として西日本新聞があるような未来を目指したい。もっと言うと、生きがいやコミュニティ貢献の場を探すときにも西日本新聞がその選択肢のひとつになりたいですね。
新美
いろいろな存在として生活者に寄り添っていき、パートナーとなっていきたいということですね。鷹觜さん、首都圏ではどのようにコミュニティを作っていくべきでしょうか。
鷹觜
みかんの事例で言うと、「働くひとのみかん」の試みを出荷1カ月前に始めたことでインターネット上でもかなりPRができ、初荷ですでに昨年より20円ほど高い値段で取引が決まりました。首都圏でも、ちゃんとした情報を得て、これを応援したい、これを食べてみたいという気持ちになれば、長年続いてきている売り場での価格表示だけで購入する、何十円の違いだけで選ばれる、という流れを変えていけるような気がします。そして希少なものになればなるほど、つながっていることによる安心感も得られる。安心の見える化は、食べ物の一番の基準ですので、これからは「産地と直接つながっていられる」という安心感、信頼感こそが、新しい接点づくりの鍵になると思います。
今後も、地域に軸足を置いた、つくり手やモノが生まれる現場にもう一度ちゃんと価値が戻るような活動をしたいですね。生活者との接点がダイレクトになることによって中間のマージンをどこに移行させるのか、そのお金を次に向けてどう役立てていくのかについてもちゃんと考えて発信していく。そうすることで、ファンがファミリーになる未来が生まれるのではないかと思います。
新美
お2人の話を通して、緩やかな連帯感と軽やかな機動力で生活者との関係を築いて、生活者がちょっとやってみようと思ってやったことが、社会の大きな動きにつながっていくダイレクトなコミュニティが生まれていることを感じました。そして、そのコミュニティの形も生活者からの作用によって自由自在に変化しているという、まさに生活者と共にアップデートするコミュニティでした。今日はありがとうございました。
■プロフィール
井関 隆行
西日本新聞社 経営企画局 新メディア戦略室 兼 西日本新聞メディアラボ クロスメディア報道部
鷹觜 愛郎
博報堂クリエイティブセンタークリエイティブディレクター
東北博報堂エグゼクティブクリエイティブディレクター Local.Biz代表
新美 妙子
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
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