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フィジカル世界とデジタルが溶け合う「リアリティ融合」が始まった! @メ環研プレミアムフォーラム2023夏
コロナ禍を経てオンライン配信やリモートワークが定着し、メタバースで過ごす時間やChatGPTをはじめとする生成AI技術も生活に浸透してきました。今、メディアは単なる「見聞きするだけのもの」を超えた存在になりつつあります。
2023年7月4日、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所によるフォーラム「膨張するメディアリアリティ」が開催されました。レポート第1弾では、アンケートによる意識調査から、デジタルの空間や存在が生活者の中でリアリティを増していく現状を分析した、山本泰士グループマネージャー兼上席研究員によるプレゼンテーションの内容をお伝えします。
加速度的に変化するメディア環境
2022年、メ環研フォーラムでは、2040年のメディア環境を予想。「見る、聞く」だけでなく「毎日を過ごす生きる空間、生きる基盤」へと変化するメディア環境を提言しました。それから1年。いま、予想よりも早く、大きな変化が起きようとしています。
Apple Vision ProやMeta Quest 3などさらに進化したAR・VR機器が発表され普及の戸口に立とうとしており、グローバルで約4億人の登録者を獲得したメタバースSNS「ZEPETO」のようにヘッドセットなしで体験できるメタバースも登場。多様な自己を実現する相棒となる、生成系AIも急速に普及しています。
「メディアが単に見聞きするだけの存在ではなく、毎日を過ごす生きる空間、生きる基盤になっていく」という予想は、2040年を待たずに実現しつつあるのです。
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 山本泰士上席研究員
こうした急速なデジタル技術の普及による生活意識の変化を捉えるため、15~69歳の男女3400サンプルを対象にインターネットで調査を行いました。
その結果から見えてきたのは「生活者がデジタルの空間・デジタルの存在・デジタルの行動に対して、今まで以上に強いリアリティを感じ始めている」という現実です。詳しく見ていきましょう。
高まるデジタル/オンラインのサービス利用経験率
コロナ禍を経て、デジタル/オンラインサービスの利用経験率は大きく変化しました。オンラインビデオ通話ツールの利用やYouTuberの動画投稿・配信を見るという行動は、若年層を中心に全年代へ普及しました。
60代でも、4人に1人がYouTuberの動画や配信を見ており、オンライン空間やそこで活躍する人々の存在は非常に身近なものになったと言えるでしょう。
ChatGPTなどの先端技術が若年層以外にも普及
ChatGPTの利用も普及しています。20代で約3割、20代で2割。50代・60代でも1割前後がすでに利用していると回答しました。
総務省の調査によると、60代の1割に技術が普及するまでの期間は、LINEで約3年、スマートフォンの個人所有で約5年かかったと言われています。それと比べると、2022年11月に公開されたばかりのChatGPTの普及速度は驚くべきものと言えるでしょう。
画像生成AIの利用やVTuberの動画や配信の視聴経験については、40代以上はいずれも1割以下という結果になりましたが、ChatGPTの利用やYouTuberの視聴と同じく若年層を起点に今後普及していくと考えられます。
膨張する「リアリティ」の意識
こうした技術やサービスが普及する中で、生活者の「リアリティ」に対する感覚も変わりつつあります。
「オンラインの集まりに『つなぐ』『アクセスする』ではなく『行く』と言ってしまう」人の割合は、10代で4割を超え、50代・60代でも1割近く。デジタル空間に対して、実際に移動したり訪れたりする場所のようなリアリティを感じはじめていることがわかります。
さらに「アイコンやアバターで認識していて、名前がパッと出てこない人がいる」「久しぶりに対面で会っても、SNSで日々見かけているので久しぶりの感じがしない」という意識は、各年代で2~4割ほどかたが「あてはまる」と回答しました。
デジタル上の存在に対して、実在の人と混同するほどのリアリティが生まれ、両者の差をあいまいに感じる人たちが現れはじめているのです。
出会う・学ぶ・稼ぐもデジタルへ
デジタル環境が変化する中で、生活者がデジタルの空間、存在、行動に対して強いリアリティを感じはじめていることが分かりました。
ではこれから普及するであろうメタバースやバーチャルヒューマン、対話型AIといった技術やサービスが生み出す新たな空間、行動に生活者はどの程度リアリティを感じられるのでしょうか?
今回、「オンライン空間で1日のほとんどを過ごしている」「バーチャルヒューマンの存在を、人と同じように認める」「AIを上司として働く」などの、新技術が生み出すであろう先進的な行動を生活者に提示。行動に対してリアリティを感じられるかどうかを、「自分がやることを想像できますか」という質問によって調査しました。
現在すでによく行われている行動と、先進的な行動を並べたときに見えてくる興味深い結果からご紹介しましょう。
有名人よりキャラクターに恋をする
まずは、恋愛対象のリアリティが変わり始めた、ということです。15~29歳の若年層においては、「テレビやネットの有名人に恋をする(39.5%)」よりも、「架空のキャラクターに恋をする(43.0%)」ほうが「自分がやることを想像できる」というのです。
バーチャルシンガーの初音ミクと実在男性の結婚というニュースをご覧になったことがある方もいるかもしれません。架空のキャラクターに惹かれるセクシャリティ「フィクトセクシャル」やそれに伴う結婚のようなアクションも、今や特殊なものではなくなりつつあると認識する必要がありそうです。
知らない人と仲良くなるなら、居酒屋よりもSNS?
続いて、人との出会い方について。15~29歳では「居酒屋や旅先等で、知らない人と仲良くなる」には43.0%、「オンライン上で仲良くなっても本名や職業を知らないままでいる」には61.7%が、「自分がやることを想像できる」と回答しました。これは30代~40代でも同じ傾向が見られました。
40代より下の世代にとっては、居酒屋や旅先というリアルな場での経験よりも、オンライン上で見知らぬまま仲良くなる方が想像しやすいようです。
勉強や仕事までデジタルで完結する時代
では次に若年層だけでなく世の中の3人に1人以上が「リアリティを感じられる」と答えた項目を見ていきます。
「AIにわからないことを質問・相談する(45.0%)」「AIに自分に合いそうなものやコンテンツ、人をお薦めしてもらう(35.7%)」といった項目には、日常の中でAIを受け入れていくことのリアリティが表れています。
勉強や仕事の方法についても、「オンラインのみで、仕事をしたり、授業を受ける(40.4%)」「オンライン上ですべてが完結する職や副業などで収入を得る(32.0%)」などに高い共感が示されました。
山本:AIを日常生活に受け入れながら、フィジカルが当たり前だった「学ぶ」「稼ぐ」「旅する」などをデジタル空間で行うことに、多くの人がリアリティを感じはじめているのです。
フィジカルとデジタルの「リアリティ融合」
このように生活者のリアリティ感覚が変化し始める中で、未来に起こりそうなことを見てみましょう。そこでテクノロジー導入と価値観変化が先行する若年層に注目し、全体平均との差分が15pt以上ある項目を抽出しました。
「配信者やYouTuberの配信をつけっぱなしにしている(59.0%)」「遠くにいる恋人、友人や家族と通話しっぱなしにする(53.0%)」「オンライン空間で1日のほとんどを過ごしている(52.9%)」といった回答からは、日常空間がデジタルと地続きとなることを過半数が受け入れている姿が見えてきます。
「オンライン空間でデジタルの服やアクセサリーなどを買う(44.2%)」や「性別・年齢・種族など、なりたい自分にデジタル上でなる(46.3%)」といった回答からは、デジタル上でなりたい自分になり、そのためのアイテムもデジタルで買うことが現実的な選択肢になることが伝わってきます。いわば「自己実現の場」がデジタルにも広がりつつあるのです。
また、「配信者やYouTuberを自分の友人のように大切に思う(41.7%)」「バーチャルヒューマンの存在を人と同じように認める(38.4%)」など、架空の存在にリアルな人格を認め、共生していくことにも理解が進んでいるようです。これは共に生きる存在へのリアリティがデジタルにも広がりつつあるといえるでしょう。
これらの変化は、若年層の一部ではなく、すでに4割を超える多くの人々のリアリティになりつつあります。今後彼らを先行者として全世代へ広がっていく可能性も十分にあるでしょう。デジタル技術の普及とともに一気に社会のあり方を変えていく可能性も考えられます。
山本:これまでフィジカルな世界で行われてきたことがデジタルに延長され、生活者がリアリティを感じて受容する。こうした『リアリティ融合』とも呼ぶべき価値観が生まれ、さらに広がろうとしています。
こうした変化は今後のメディアコンテンツや社会のあり方、生活者のコミュニケーションに大きな影響を与えるはずです。では、この変化にどのように対応すればいいのでしょうか。そのヒントを探るため、すでにリアリティ融合が進んでいる生活者を観察し、学びながら、備える必要があるのではないでしょうか。「一部の人」と偏見、先入観を持たず、すでにデジタルとフィジカルとを融合させている生活者を見に行きましょう。
(編集協力=淺野義弘+鬼頭佳代/ノオト)
登壇者プロフィール
山本 泰士
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー兼上席研究員
2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとしてコミュニケーションプラニングを担当。11年から生活総合研究所で生活者の未来洞察に従事。15年より買物研究所、20年に所長。複雑化する情報・購買環境下における買物インサイトを洞察。21年よりメディア環境研究所へ異動。メディア・コミュニティ・コマースの際がなくなる時代のメディア環境について問題意識を持ちながら洞察と発信を行っている。著書に「なぜそれが買われるか?〜情報爆発時代に選ばれる商品の法則(朝日新書)」等