レポート
アドテック東京
デジタル広告の課題を解決するために ──広告業界の健全な発展を目指す「アドバタイザー宣言」
2019年11月に開催された「アドテック東京2019」の前日、広告主の団体である日本アドバタイザーズ協会(JAA)は、「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」を発表しました。その宣言がつくられた背景と内容、そして宣言がもつ重要性について、博報堂DYメディアパートナーズ代表取締役社長の矢嶋弘毅が、広告主、メディアの皆さんとともにアドテック東京のセッションで語り合いました。
山口有希子氏
パナソニック
コネクティッドソリューションズ社 常務
エンタープライズマーケティング本部 本部長
日本アドバタイザーズ協会 デジタルメディア運営委員会 委員長
小出 誠氏
資生堂ジャパン
メディア統括部エグゼクティブマネージャー
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 常務理事
宮澤 弦氏
ヤフー
取締役常務執行役員
矢嶋弘毅
博報堂DYメディアパートナーズ
代表取締役社長
広告主、メディア、ユーザーが納得できる形を
山口
デジタル広告は現在、アドフラウド、ビューアビリティ、ブランドセーフティなど、さまざまな課題を抱えています。JAAは、これらの課題を解決し、生活者のよりよいデジタル体験と広告業界の健全な発展を実現するための「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言」を発表しました。まずはその概要について、取りまとめ役の一人である小出さんに話していただきます。
小出
世界広告主連盟(WFA)は、デジタル広告の課題を解決するための「グローバルメディアチャーター」を昨年発表しています。「アドバタイザー宣言」はそれを参照しながらつくった、いわば日本版メディアチャーターです。「宣言」は以下の8つの項目によって構成されています。
デジタル広告の課題に対する アドバタイザー宣言
1. アドフラウドへの断固たる対応
2. 厳格なブランドセーフティの担保
3. 高いビューアビリティの確保
4. 第三者によるメディアの検証と測定の推奨
5. サプライチェーンの透明化
6. ウォールドガーデンへの対応
7. データの透明性の向上
8. ユーザーエクスペリエンスの向上
さらに、「8大原則を実現するために、アドバタイザーが持つべき倫理観」という広告主を対象とした文言を最後に加えています。これはグローバルメディアチャーターにはない日本独自の要素です。
山口
メディア/プラットフォーマーと広告会社、それぞれの立場から、この宣言に対する意見をお聞かせください。
宮澤
インターネット広告はユーザーと広告主の両方がハッピーでなければ成立しません。しかし、現在のところ必ずしもそうはなっていない。だからこそこのような宣言が必要とされたのだと思います。この宣言で謳われている内容についてメディア/プラットフォーマーも積極的に対応しなければならないし、それを行動で示さなければならないと考えています。これまで広告業界で当たり前と考えられてきたことが、当たり前ではなくなっている。それが顕在化したのが2019年でした。2019年はインターネット広告の節目の年と言っていいと思います。
矢嶋
宣言に挙げられている課題は、まさしく広告会社である私たちの課題でもあります。広告会社の役割は、広告主、メディア、ユーザーの三者が納得できる広告の形をつくることです。最近では、ユーザーがメディアになったり、広告主がユーザーになったりするなど、それぞれのポジショニングが複雑になっています。その中で、いかにデジタル広告の課題を解決し、いかに三者に満足していただけるバランスをつくるか。広告会社に課せられた役割はますます大きくなっていると感じます。
課題解決のための適正なコストシェア
山口
「アドバタイザー宣言」を行動に移すために必要なこととは何でしょうか。お考えをお聞かせください。
宮澤
「宣言」に挙げられた課題を解決するためには、ある程度の投資が必要だと思います。私たちはこれまで、メディアとしてのポリシーを定義し、それを守るための取り組みを続けてきました。その取り組みをさらに強化するために「トラスト&セーフティ本部」を設置しました。現在、およそ200人がその本部で働いています。
私たちは上場企業なので、売上を伸ばして成長していかなければなりませんが、一方では社会の公器であるメディアとしての責任も果たしていかなければなりません。そのバランスを取ることが大切だと考えています。
山口
メディア側の取り組みによって、アドフラウドをゼロにすることは可能でしょうか。
宮澤
もちろん、ゼロにすることを目指しています。しかし、新しい技術は次々に現われるし、不正の手口も常に進化しています。ヤフーの歴史は、スパムや不正行為との闘いの歴史でもありました。この20年以上の間続けてきた努力をこれからも続けていくしかないと思っています。
矢嶋
課題解決のためには、コストがかかるという面があります。広告会社である私たちも、新しいシステムを導入し、ブラックリストを購入し、サイトパトロールをするといった努力を日々続けています。そのために人手もコストもかけています。もともと、運用型広告は予約型広告に比べてコストがかかるわけですが、デジタルメディアが増え続け、対応しなければならない課題が多くなればなるほど、コストも増えていきます。そのコストを業界全体で適正にシェアする方法を考えていく必要があると思います。その点で、「宣言」の5つ目の「サプライチェーンの透明化」は非常に重要な課題であると言えます。
山口
広告取引の透明性の点で、日本は中国に次いで世界でワースト2位という評価が出ています。透明化は広告主側の課題でもありますよね。
小出
透明化がなかなか進んでいないことの背景には、運用型広告の登場で広告のパラダイムが大きく変わったことがあると私は考えています。広告がどこに出ているのか、どのように出ているのか、それに対して誰が責任を持っているのか──。その3点が、マス広告の時代と比べて非常にわかりにくくなっています。問題は、その「わかりにくさ」を企業の経営者が必ずしも理解していないということです。マス広告とは異なるデジタル広告の構造を経営者に理解してもらうことが、透明性確保のためには必須であると思います。
広告業界全体のデジタルトランスフォーメーション
山口
「宣言」の6番目にあるウォールドガーデンとは、プラットフォーマーがデータを一方的にため込むことです。この問題について、宮澤さんにご意見を伺いたいと思います。
宮澤
ヤフーはビッグデータをためています。データを蓄積し、ユーザーIDに紐づけていかないと、一人ひとりに適したメッセージを出すことができないからです。それはすなわち、ユーザー体験を向上させることができないという考え方です。
そのデータは広告主には一切提供していません。データは「生き物」であり、その考え方や管理方法は社会や時代の要請に合わせて常にアップデートしていくことが必要です。実際に先日プライバシーポリシーの一部を改訂しました。ウォールドガーデンについても、今後は新しいポリシーが求められると思います。常に最適なあり方を模索し、必要があれば変えていく。そんな姿勢をぶらさないようにしたいと考えています。
山口
広告会社とメディアのそれぞれの立場から広告主への要望はありますか。
矢嶋
先ほど申し上げた三者に、私たち広告会社を加えた四者。デジタル広告に関わるそのすべてのプレーヤーにとって最適なデジタル広告のあり方について一緒に考える機会を今以上に増やしていければいいと思います。それからもう一点、広告主、メディア、広告会社が一緒になってデジタル広告の商慣習をグローバルスタンダードに近づけていく取り組みも欠かせないと考えています。
宮澤
生活者は、モノやサービスを価格だけで選んでいるわけではありません。しかし、インターネット広告は、ある意味で価格がすべてになってしまっている。この状況を変えていく必要があると私は考えています。価格競争に陥ると、よりよいメディアをつくるための投資ができず、ユーザーのメリットも向上しないという悪循環に陥ります。メディア側は、広告取引の透明性を高め、広告の効果を最大化する環境をつくる努力をする。広告主の皆さまにはそれを評価していただき、価格だけを基準としない広告出稿のあり方を考えていただく。そんなパートナーシップがつくれれば理想的だと思います。
山口
「宣言」に関する今後の活動について、小出さんからお話しください。
小出
JAA、日本広告業協会(JAAA)、日本インタラクティブ広告協会(JIAA)の3団体で、2020年中に新しい広告取引の基準と、それを監査・認証する仕組みをつくりたいと考えています。具体的には仮称ですが、「JICDAQ」という名称の枠組みを立ち上げる予定です。これによって、しっかりした取り組みをしているメディアに広告が集まり、広告の単価が適正化することにもなると思います。
山口
最後に、矢嶋さんから結びの言葉をいただけますでしょうか。
矢嶋
私自身、デジタル広告に関わって25年になります。はじめの頃は、インターネットの広告の価値を認めてもらうのはとてもたいへんでした。しかし今や、マス広告も含め、すべての広告が何らかの形でデジタル化する時代になっています。それにともなって、広告業界全体のデジタルトランスフォーメーションが求められています。デジタル時代にふさわしいルール、世界基準に則ったルールをつくっていかなければなりません。今日がまさにそのスタートとなると思います。ぜひ、これからも一緒に取り組みを進めていきましょう。
◆プロフィール
山口 有希子
パナソニック
コネクティッドソリューションズ社 常務
エンタープライズマーケティング本部 本部長
日本アドバタイザーズ協会 デジタルメディア運営委員会 委員長
小出 誠
資生堂ジャパン
メディア統括部エグゼクティブマネージャー
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 常務理事
宮澤 弦
ヤフー
取締役常務執行役員
矢嶋 弘毅
博報堂DYメディアパートナーズ
代表取締役社長
★本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました