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マーケティング革新を導くプラットフォームとは?~デジタルマーケティング×ブランディングの実践手法~(博報堂Consulactionセミナーより)
参考 → 博報堂Consulaction HP
博報堂コンサルティング シニアマネジャー 森門 教尊
デジタル技術の進化は、リアルタイムの購買行動や、購買の前提となる意識や価値観をデータとして把握することを可能にしています。また近年では、顧客データをマーケティングに有効に活用することを可能にするDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)を導入する企業も増えています。その一方で、生活者の「生きたデータ」を活用することの難しさも大きな課題となっています。この日のセミナーでは、デジタルマーケティングの方法とブランディングの発想をかけあわせて、より効果的なデータ活用を可能にする考え方が紹介されました。
■ソーシャルメディアの普及と情報ビッグバン
最初にマーケティングの現状を確認しておきたいと思います。
GDPの推移を見ると、1990年代後半から2000年代の中盤まで、日本の経済成長率はほぼ横ばいであったことがわかります。1990年代の停滞を打ち破るために、2000年代初頭に多くの企業がブランディングに着目しました。ブランドが提供する価値を再構築し、自社の存在意義をあらためて確認しようとしたわけです。
もう一つ、2000年代中盤に起きた大きな出来事として「情報ビッグバン」を挙げることができます。2015年の1年間に生み出された情報は、人類がこれまでに生み出した情報量の総和を超えたと言われています。以後、情報量の増大は留まることを知りません。
情報量増大の大きな要因の一つがソーシャルメディアの普及です。2005年以降に登場した様々なソーシャルメディアは、今やごく当たり前の情報のインフラになっています。ソーシャルメディアをマーケティングに活用する技術もこの10年ほどの間に爆発的に普及しました。例えば、行動履歴データを用いたマーケティングなどは、その技術によって可能になったものです。
■「デジタル×ブランディング」という方法論
90年代以降、情報環境はPCインターネットからスマートフォン、タブレット端末、ウェアラブル端末と進化してきました。
センシング技術による行動データの取得・可視化なども可能になっています。
そのような技術の進化と情報量の増加にともなって、人々の情報消費行動も、一方向的な情報の受信から、能動的な情報検索、キュレーションサービスを活用した情報選択、さらにはレコメンデーションによって最適化された情報の活用へと変化しています。
デジタル技術の進化は生活者の暮らしを一変させました。それによって、企業のマーケティングのあり方も変化を余儀なくされています。
企業がメッセージや商品の世界観を提示し、機能的価値、情緒的価値を生み出すのが従来のブランディングの方法論でした。
これは、他社の商品やサービスとのスペック差を訴求する競争であり、「提供価値」による差別化であったと言えます。それに対し、多様なテーマを提示し、それに対する生活者の共感を引き出すのがブランディングの新しい方法論です。これは、「体験価値」によるブランドの活性化と言っていいでしょう。この変化をもたらしたのがデジタル技術です。
私たちは、マーケティングのデジタルシフトに、これまで培ってきた「ブランディング発想」を組み込んだご提案を続けています。
「デジタル×ブランディング」。それが、私たちが提唱する方法論です。
■「顧客囲い込み」を重視する従来のモデル
これまでの生活者へのアプローチは、「未顧客→潜在顧客→見込み顧客→顧客→ロイヤルカスタマー」と徐々に対象を絞り込んでいくモデルでした。
このモデルでは、売上への貢献が高いロイヤルカスタマーをどれだけ囲い込むかが最終的に重視されます。
なぜ、このようなアプローチが行われてきたのでしょうか。端的に言えば「効率がいいから」です。
新規顧客獲得には、既存顧客を維持する5倍以上のコストがかかると言われています。
したがって、次々に新規顧客を獲得するよりも、すでに獲得した顧客を徐々に育成していく方法のほうが効率がいいわけです。また、そのほうが収益面でも安定することになります。
企業の利益の80%は20%の既存顧客から生み出されるというのが定説だからです。顧客の囲い込みに成功すれば、利益を安定的に得ることができわけです。
従来のアプローチにおけるデータ把握方法は以下のようなものです。
●未顧客(商品やサービスに対するニーズがまだない層)
…………………消費者調査などをもとに「量」を獲得する。
●潜在顧客(ニーズはあるが、自社の商品やサービスにまだ着目していない層)
…………………ウェブ上の視聴行動データ(第三者データ)を獲得する。
●見込み顧客(自社の商品やサービスに興味・関心がある層)
…………………自社サイトへのアクセスログなどを把握・分析する。
●顧客(自社の商品やサービスを購入した層)
…………………自社の会員データなど個人が特定できるデータを把握・分析する。
●ロイヤルカスタマー(自社の商品やサービスを継続的に購入している層)
…………………購買・ポイント履歴などのデータを把握し、アップセル、クロスセルを狙う。
■「Deadデータ」から「Aliveデータ」へ
このような従来のアプローチ方法を大きく変えようとしているのがDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)です。
DMPには、自社の顧客データを活用した統合情報管理プラットフォームである「プライベートDMPと、第三者データを活用した広告配信プラットフォームである「パブリックDMP」があります。日本でも数年前から大手企業を中心にプライベートDMPの導入が始まり、中堅企業でも導入が検討されるケースが増えています。
もっとも、現在のプライベートDMP活用は、従来の顧客アプローチの発想に基づいている場合が少なくありません。
つまり、顧客を次のステップに育成し、最終的にロイヤルカスタマーとして囲い込もうという発想です。
顧客の獲得と囲い込みを目指す結果、DMP活用は「データを使った熱心な売り込み」、ときによっては「生活者へのストーカー行為」となってしまっているケースがあります。
例えば、一生活者としてこんな体験をしたことはないでしょうか。
「もう持っている商品を何度もリコメンドされる」
「同じバナー広告が何度も表示される」
「間違ってクリックしたページから繰り返し情報が届く」
「必要のないメルマガがたくさん送られてくる」──。
このようなことが頻繁に起こると、せっかく獲得した顧客も逃げて行ってしまいます。
立派な建物を建てても、人がいなければそこは「廃墟」になります。
DMPをどれだけ活用しても、そこにあるデータに命が通っていなければ、そのDMPは廃墟と同じになってしまうのです。
重要なのは、命の通っていない「Deadデータ」を活性化させて、「Aliveデータ」にすることです。
そのためには、データの「深度」と「鮮度」を生み出す仕組みが必要になります。
鍵は、ブランド体験を通じた生活者同士の「結びつき」であり、そこで常に更新される「関係性」です。
■企業ではなく「ファン」が主役になる
企業のマーケティング活動では、「短期的な売上目標の達成」と「ブランド構築」との均衡をいかに図るかが常に課題とされてきました。
これを解決する有効な方法は、「マーケティングのデジタル化によって販売効率向上を実現すること」と「ブランディングの発想を活用して体験価値を増幅すること」、すなわち「購買行動」と「体験価値」を掛け算することです。
体験価値を増幅させるには、ブランドコンセプトに賛同する「ファン」を核に、ユーザー同士がブランド体験を通じて結びつき、ユーザーの関係性によって活性化し続けるプラットフォームを作ることが有効になります。生活者がテーマに応じてゆるやかにつながり、ユーザーが新たなユーザーを自発的に創造してくれるような「ブランドを体験する場」を設ける。
それによって、一企業の枠組みを越えた一種の生態系が生まれる。その中でブランドはますます強固になっていく──。それが目指されるべきシナリオです。
これまでの生活者へのアプローチはあくまでも企業が主体であり、企業がターゲット顧客のニーズを把握して、購買のステップを効率的に進めていくといったものでした。
これからは、「ファン」を核にしてユーザーがゆるやかに結びつきながらブランド体験が増幅していくような「場」を創ることが必要になます。
それは企業ではなくファンが主役になるアプローチと言ってもいいでしょう。
それはまた、過去の購買履歴にすがる「Deadデータ」から、活性化した「場」を基盤とする「Aliveデータ」にマーケティングの主軸が移ることを意味します。
■プラットフォーム構築の4つのポイント
では、そのようなプラットフォームを構築するにはどうすればいいのでしょうか。旅客輸送サービスを手掛けるA社のケーススタディを見ながら、それを説明していきたいと思います。
A社の事業の柱は、これまで地域密着型サービスでした。
しかし、長期的に同地域での旅客人口は減少を辿るという予測があります。本格的な市場の縮小に備えて新たな事業の柱を確立しなければなりません。
その際、自社のブランドや施設・通信環境などのインフラを積極的に活用しながら、新たな顧客価値の創出に繋がるサービスを開発することが同社の課題でした。求められた要件は、以下のようなものです。
●システムやハードの整備だけでなく、事業のビジョンからコンテンツまでを通貫する「プラットフォーム」が必要。
●そのプラットフォーム上で独自のコンテンツを生み出し、そのコンテンツを活用したビジネスを展開したい。
●中長期的に、プラットフォームをローコストで運営していくことを目指したい。
さて、最適なプラットフォームを構築し、課題を解決していくために必要なことは、プラットフォームの全体像を一枚の「絵」として描くことです。その絵は、「自社の活用可能資源」を底辺とし、「コンテンツ」「体験テーマ」をその上に積み重ねたような構造になるでしょう。
さらにその上にあるのは、「サービスコンセプト」と「ビジョン」です。独自のプラットフォームを作るには、ビジョンとコンセプトが欠かせません。その絵をもとにプラットフォームを構築していくことになります。その順序は、以下のようになります。
①「場」を定義する(ブランドコンセプト規定)
②ユーザー体験を見える化する
③ユーザーの育成シナリオを創る
④プラットフォームが成長・発展するロードマップを描く
A社では、
①については、移動時間を「学び」の時間と位置付ける「教育ステーションプラットフォーム」であると規定しました。
②については、プラットフォームを構成する機能やコンテンツなどのリソースを棚卸し、ブランドを体験する「場」として見える化しました。
③については、ユーザーとユーザーがどのように結びつき、関係性を深めていくか、さらにそれがどうブランド体験の増幅につながっていくかをシナリオ化しました。
④については、交通を起点に「学び」の楽しさを発見してもらい、それが地域コミュニティの中で集合知となってそこから新たなビジネスが生まれることが目指されました。
さらに、同社が目指す社会や市場の未来図を具体的なイメージとして表現する作業も行いました。
■小さく始めて、大きく育てる
さて、デジタルマーケティングによる販売効率の向上とブランディングの掛け算をしていくにあたって考えられる課題や問題点は、以下のようなものです。
●システム導入のイニシャルコストがかかる。
●キャンペーンやプロモーションで獲得できた顧客データが「Deadデータ」になっている。
●購買行動データだけではその背景にある生活者意識が読めない。
●データを解析しても、それが有効なアクションにつながらない。
●データ解析やオペレーションに手間が掛かり、アクション効果検証が不十分になってしまう。
●既存顧客向けのキャンペーンやプロモーションのアイデアが枯渇し、コストも高くなってしまっている。
これらの課題を解決するには、以下のような要素や取り組みが必要になります。
①デジタルマーケティング構想を立案する力
ブランディング発想でデジタルマーケティング戦略を構築し、それに基づいた企画・施策を開発し、さらに施策後の分析までを一貫して実施する。
②行動データ×意識データ
生活者の「行動」と「意識」をデータとしてシングルソース化し、分析の上、ターゲティング広告配信などを行う。それを可能にする博報堂グループのソリューションに「Querida」がある。
③アクション施策を改善するためのPDCAサイクルを作る
マーケティング活動のKPIを設計し、施策改善のPDCAサイクルを回す。
④ファンコミュニティによる体験価値増幅
例えば、「商品をどう買わせるか」ではなく、「買った後にどう楽しんでもらうか」を目指したコミュニティを作り、企業とユーザーとが一体となって商品の価値を高めていく。
デジタルマーケティングを推進していくにあたって最も重要なのはスモールスタート、つまり「小さく始める」ことです。まずは実施範囲を限定した上で、アジャイル型で取り組みをはじめ、実績を積み上げながら取り組みの全体を拡張していくことが大切です。
■マーケティングとコンサルティングのスキルを掛け合わせたサービス
博報堂コンサルティングの強みは、広告ビジネスの中で培われてきたマーケティングノウハウと戦略コンサルティングファームのスキルを掛け合わせたハイブリッドなサービスを提供できる点にあります。
企業視点と顧客視点の両方を備えていること、デジタルマーケティングの最上流からのお手伝いができることなども、大きな特色と言えます。
「大きなデータ」を手に入れて安心するのではなく、「生きたデータ」を活用できるようになること。
「Dead」 から「Alive」へとデータ活用の軸足を移していくこと──。
これから多くの企業にとって必要となるその取り組みを、私たちは力強くサポートしていきたいと思います。
講師プロフィール
森門 教尊(もりかど のりたか)
株式会社博報堂コンサルティング シニアマネジャー
国際基督教大学教養学部卒業。外資系コンサルティングファームを経て、博報堂に入社。
博報堂ブランドコンサルティングの立ち上げに参画。
成熟産業における事業変革モデル創造・中長期成長ビジョン戦略立案やブランド再生を支援。
その後はデジタル戦略からウェブサイト構築までを一貫して扱う博報堂ネットプリズムに参画。
現在はブランディングの視点から事業変革プログラム/プラットフォーム構築等に携わる。
<著作・論文>
「図解ブランドマネジメント」 (共著:日本能率協会マネジメントセンター)
「サービスブランディング ―『おもてなし』を仕組みに変える」(共著:ダイヤモンド社)
「ブランドマーケティングの再創造」 (監訳:東洋経済新報社)
日本産業広告協会 「企業ウェブサイトにおけるメディア価値向上の考え方」
月刊BtoBコミュニケーション 「BtoB企業におけるブランド構築の方法論」
月刊BtoBコミュニケーション 「企業におけるブランディングの新潮流」