レポート
セミナー・フォーラム
ブロックチェーン・コミュニティ・メディア【メディアイノベーションフォーラム2018】
ブロックチェーンをコミュニティ運営に利用し、経済価値以外の価値を交換できるようにすることで、コミュニティの発展に寄与している事例が、徐々に増えてきています。最新の事例ではブロックチェーン、コミュニティ、メディアがどのように関連しているのでしょうか。
11月6日に開催された博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所による「メディアイノベーションフォーラム2018 Beyond Convenience ~便利の先の価値をつくる~」において「ブロックチェーン・コミュニティ・メディア」と題したプログラムが行われました。スピーカーをTOKYO FM営業推進部長兼メディア・イノベーション戦略部長 杉本昌志氏、ALIS 代表取締役CEO 安昌浩氏、博報堂ブロックチェーン・イニシアティブ 伊藤佑介が、モデレーターをメディア環境研究所 主席研究員 加藤薫が務めました。
加藤:春先からメディアとブロックチェーンを一緒に語るときの、とば口がないかと探ってきたんです。メディアとブロックチェーンは、現在のところは「広告の透明性が」「権利処理に」といった具合に、「マイナスをゼロにするもの」として語られがちです。そうではなくて、ブロックチェーンによって便利のその先が見えるような形を提示できないかと考えています。パネリストの皆さんいかがでしょうか。
伊藤:今年9月に博報堂は、ブロックチェーン技術の活用やトークンコミュニティ形成に関連したビジネスやサービス、ソリューションの開発を支援し、推進していくために、博報堂ブロックチェーン・イニシアティブ(HAKUHODO Blockchain Initiative。以下、HBI)を発足しました。(ご参考:プレスリリース)
ブロックチェーンは、組織ではなく個人がトークンを使って価値を自由に創造し、それを互いに交換したり、所有することを可能とする「生活者をエンパワーメントする技術」で、インターネットに匹敵する革新技術だと捉えています。インターネットが、直接互いに情報をやりとりする限界コストをゼロとし、誰もが自由に情報を交換できるようになった結果、発信した情報を生活者同士で共有できるグループがデジタル空間上に数多く形成されました。一方で、今後はブロックチェーンが、直接互いに価値をやりとりする限界コストをゼロとし、誰もが自由に価値を交換できるようにすることで、共通の価値観をもつ生活者同士が集団的に創造した価値を所有できるコミュニティがデジタル空間上に形成されてくるだろうと考えており、そのコミュニティのことをHBIでは「トークンコミュニティ」と呼んでいます。
一般的にはトークン“エコノミー”という言葉がありますが、これはブロックチェーンによって実装した経済的な価値を付与したトークンによって“商圏”が形成されることを意味しています。しかし、我々HBIはブロックチェーンによって実装されるトークンは経済的な価値に限定されることはなく、感謝価値、称賛価値など生活者が価値を感じるあらゆるものに適用できると考えており、それによって形成されるのは、“商圏”ではなく“共通の価値観を持つ共同体”つまりコミュニティであると捉えて、「トークンコミュニティ」という言葉を独自に提唱しています。
そして、コミュニケーションを生業とする会社として、現在、さまざまな国内外のブロックチェーンベンチャーとコラボレーションしながら、このトークンコミュニティの形成を支援するソリューションやサービスの開発に取り組んでいるところです。
加藤:伊藤さんのお話でも、ブロックチェーンとコミュニティやメディアは関係ありそうだぞ、ということがお分かりいただけたかと思います。伊藤さんに「それを実践している人はいますか」とうかがったところ、安さんのお名前が挙がったため、本日お越しいただきました。安さん、お話いただけますでしょうか。
安:ALISの安です。ALISのビジョンは「信頼の可視化で人の繋がりをなめらかにする」です。ブロックチェーンを使って、非中央集権でそれを成し遂げたいと考えています。そのための一歩として、ALISというサービスのClosedベータ版を公開しています。
ALISは個人が記事を投稿し、それをみんなで評価するソーシャルメディアです。いいねを獲得した記事と、信頼できる記事にいち早くいいねをした人に、報酬としてALISトークンを配布しています。ユーザーごとに信頼スコアがあるため、信頼できる人や目利きの人からいいねをもらうほどALISトークンが多く付与されます。
トークンエコノミーには2つ大事なことがあると思っています。ひとつ目は価値と報酬が連動しているところです。ALISの場合は優れた記事を書いたり見つけたりするのが価値で、それに報酬が連動しています。ふたつ目は、中央管理の主体がいなくてもエコノミーが成長していくということです。
株式会社の場合、どうしても株主の利益がゴールになってしまいます。その場合、ユーザーや従業員には価値があるサービスでも、ビジネスとして成長しないからサービスを閉じよう、ということが起きてしまいます。一方、トークンエコノミーは、投資家とユーザーと従業員のゴールが「コミュニティの価値を上げること」で一致しているため、凄く活発にコミュニティが動きます。
コミュニティ内の繋がり方も重要
加藤:安さん、伊藤さんとお話していて面白いと思ったのは、何らかの作業をした人に価値が発生するということです。単なるポイントを付与するということではなく、価値を還元することができる。この点はブロックチェーンを介在させたコミュニティをつくるうえで大きな柱になると思いました。
次のテーマですが、「これからのコミュニティにおけるメディア企業やコンテンツの役割とは?」です。本日杉本さんをお呼びしたのは、メディア企業の方からみたご意見をおうかがいするためです。ラジオは、番組やパーソナリティにコミュニティができています。杉本さんはビジネスとアカデミックの絶妙なバランスを持っている方なので、お話をおうかがいできればと思いました。
杉本:ブロックチェーンで分散が進んでいったとしても、何かコアになるものがありそうだなと皆さん感じていらっしゃると思います。本日はコミュニティとブロックチェーンについてヒントになるものをお話できればと考えています。
「あ、安部礼司」という番組を2006年からやっています。内容は、平均的サラリーマンを中心として巻き起こるラジオドラマです。イベントも定期的に開催しており、沢山のファンが集まります。
朝の情報番組「クロノス」では、早朝からの生放送にもかかわらず、Ginza Sony Parkに新設したサテライトスタジオからのオンエアに、多数のリスナーが集まりました。今日のキーノートに絡めていえば、リアルで動いて会うのは摩擦が最大化しているにも関わらず、何故多くの人が集まるのでしょうか。
こういうことを考えていて、ラジオとブロックチェーンは似ているところがあるなと思いました。ラジオはコンテクストを共有します。仕事や家事中の「ながら聴取」で時制を共有し、コンテンツを通じて合意を得ます。これは、ブロックチェーンにおける、正確性の保証や唯一性の合意などの前提と共通するように思います。
加藤:ブロックチェーンは分散化すると言われますが、そうだとしても真ん中が必要になる、ということですね。
杉本:よくエコーチェンバー現象と言われるように、ある価値観を共有するコミュニティでは参加者の声がどんどん認められて強められた結果、逆に煮詰まって考えが浅くなりやすいということが起こるんです。それをどう解決するかという課題があります。
解決のヒントになるのが、マーク・グラノベッターが提唱している「弱い紐帯の強さ」です。一般的なコミュニティが図の左のようになっているとしたら、弱い紐帯は右のようになっています。線が長く伸びている分、遠くの知恵との出会いがあります。これは、イノベーションの前提でもあります。
ただ、日本人はSNSで繋がった人への信頼度は12.6%というデータがあり(出典:総務省 情報通信白書平成30年版)、アメリカの64.4%等と比べ、信頼へのハードルがあります。弱い紐帯の優れた点を生かしながら、コミュニティの信頼性をどう担保できるかが課題ですが、ここに、トークンコミュニティの強みが生きてくるように感じます。
伊藤:私も受験生の時によくラジオを聴きながら勉強していましたが、パーソナリティの方の価値観にリスナーが共感して番組に参加するといったように、確かにラジオには共通の価値観をもった生活者のコミュニティが存在していますね。そこに、ブロックチェーンで実装したトークンを使って、リスナーが番組に共感している価値を互いに交換できるようしたら、さらに盛り上がると思います。
加藤:積極的に参加しているリスナーが信頼できる、みたいな感じになるのでしょうか。
安:貢献した人に自動的にトークンを渡してということはできると思いますね。優れたリスナーとしての勲章をもらったら、それが残り続けたり。ブロックチェーン上では個人にデータが溜まっていくので、誰にも侵されませんし。
杉本:ブロックチェーンなどが登場した現在の状況で、メディアは何ができるのかということが問われていると思います。これまでメディア側が情報を持って一方的に配信するという、情報の非対称性に依拠したビジネスをしてきましたが、情報の価値は相対的に下がってきています。たとえば、この「ストラクチャル・ホール」の図のように、コミュニティを超えて繋がれる素、種を提供するような、トランザクションを最適化する役割を担うのも一つではないかと思っています。
安:コミュニティを超えてトークンを交換することも、インセンティブの設計次第で可能だと思います。違うコミュニティとトークンを交換することに対する報酬を大きくしたり。
杉本:線が伸びれば伸びるほど、遠くの知と繋がって、新しい価値が出てきますよね。
加藤:番組や地域のコミュニティが結びついてということですよね。ローカルのメディアや企業が結びつく場合のヒントにもなりますね。
杉本:作家・村上春樹さんがDJを務める「村上RADIO」という番組にかかわらせてもらったのですが、多くの方に「え!村上春樹がラジオ?」、「村上さんの声ってこんな?!」、「春樹さんの選曲スゴい!」というような、「?」や「!」、いわゆるセレンディピティ(予期せぬ幸運)を感じてもらえたと思うんです。メディアの役割として、このようなセレンディピティを提供することで、コミュニティのコアをつくったり、ストラクチャル・ホールが繋がる機会を設けることがあるかなと。ラジオは本当に少人数でつくっているのですが、これが発端のコミュニティだと思うし、ブロックチェーンへと繋がるところかなと思います。
コミュニティは参加人数が増えると熱が下がる
加藤:次のテーマは「コミュニティにはマネージャーが必要になるのではないか」ということです。コミュニティ運用のコツなどに着目している方がいらっしゃれば、お話いただきたいと思います。
安:コミュニティは参加する人数が増えていくと一人ひとりの熱量が相対的に下がっていくという課題があります。どんなに共通の価値観があっても、熱量を維持するのは難しいと実感しています。特にネット上では、熱が冷めるのが凄く早い。
ALISの中にあるコミュニティの数は現在1万6000です。こんなに数が多いのには理由があって、全体のコミュニティの人数が増えたとしても、熱量が維持できるような10〜20人の単位のコミュニティが発生します。価値観を共有する大きなコミュニティにいながらも、適切なサイズのコミュニティに属することで後者でのコミュニティメンバー間でのやりとりが活発化するためです。
加藤:いかに自分ごとにするか、ということですね。そういったことをコーディネートするためのマネージャーが介在する必要がある、と。
伊藤:コミュニティ全体の参加人数や個々の参加者の熱量といったお話がでましたが、そのようなコミュニティ全体のコンディションやそれを形成する個々の生活者のパワーを、グラフ理論をベースとしたネットワーク分析を活用して、統計的に解析する「トークンコミュニティ・アナライザー」というサービスをHBIで開発して、実はまさに昨日リリースを出したばかりです。
このサービスを使うと、コミュニティ全体の活性度、形成度、成熟度、密度、拡大度や、それを形成する個々の生活者の伝播力、拡散力、影響力、求心力、訴求力などを、HBIが独自に開発した統計指標で定量的に把握、評価できるため、コミュニティをコーディネートするマネージャーが抱える「今の自分のコミュニティの状態がどうなっているか分からない」という悩みにも応えられると思います。
加藤:では最後に皆さんから一言ずつお願いします。
伊藤:HBIではトークンコミュニティの形成を支援するソリューションやサービスを開発しているので、自社のサービスや商品のコミュニティを新たに立ち上げたり、今あるコミュニティを活性化するような取り組みにみなさんと一緒にチャレンジできればと考えています。
安:今までは価値がないと思われていたものに、価値が出てきたということだと捉えています。
杉本:コミュニティも組織の一部である以上、エントロピー増大の法則もはたらいて、熱が下がっていきますよね。その熱を戻すために、メディアとしてできることがあるだろうなと思いました。
【関連情報】
★ブランドの価値を生活者の感情に届かせるには【メディアイノベーションフォーラム2018】
★「便利」を超え、リアルな買物・街のときめきを作るには【メディアイノベーションフォーラム2018】
★Beyond Convenience 便利の価値をつくる【メディアイノベーションフォーラム2018】
★【セミナーレポート】企業とユーザーの接点が変わる、サービスも変わる ~イノベーションサロンVol.1~
■プロフィール
杉本昌志
エフエム東京
営業推進部長兼メディア・イノベーション戦略部長
安昌浩
ALIS 代表取締役CEO
伊藤佑介
博報堂ブロックチェーン・イニシアティブ
加藤薫
博報堂DYメディアパートナーズ
メディア環境研究所 主席研究員