レポート
セミナー・フォーラム
「メディア生活フォーラム2019」パネルディスカッション: 情報の送り手がつくる「メディア満足」とは
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所が主催する「メディア生活フォーラム2019」。令和初開催となった今回のテーマは、「新しい『メディア満足』のつくり方」。情報過多の時代、情報の送り手は、生活者が求める新しい「メディア満足」をどうつくるべきなのか。そのための視点と、情報・コンテンツの届け方について議論しました。
パネリスト
Screenless Media Lab.所長、首都大学東京客員研究員 堀内進之介氏
スターツ出版株式会社 OZmagazine編集長 井上大烈氏
株式会社テレビ東京 ビジネス開発局 ビジネス開発部 長谷川晋介氏
モデレーター
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 新美妙子
■生活者がつくる「メディア満足」 ~1部振り返り~
新美
このパネルディスカッションでは、情報環境における生活のウェルビーングを考えていらっしゃる首都大学東京の堀内先生と、生活者の「メディア満足」をストーリーのあるコンテンツでつくられているOZmagazine 井上編集長、そして「メディア満足」を可視化し、コンテンツを届けているテレビ東京の長谷川さんに登場いただきます。
第一部では生活者の新しい「メディア満足」のつくり方についてご覧いただきました。それに対し、情報の送り手はどのように生活者の「メディア満足」をつくればいいのか?というのが本日のお題です。
まず井上さんには、コンテンツのつくり手としてどのように「メディア満足」をとらえているか、そして長谷川さんには、「メディア満足」をどのように考えながらコンテンツを届けているか、おうかがいできればと思います。
井上
私が編集長を務めるOZmagazineは女性向けのお出かけ情報を掲載している雑誌で、「よりみちで読者を元気に」を媒体としてのミッションに掲げています。いまは情報を点で紹介するよりも、線でつなげたり、面、あるいはイベントなど、立体にして届ける必要があると考えていて、そのための情報選別においては、最大公約数の正解ではなく数値化できない世界観――OZmagazineでいうところの「よりみち」――が大事だと思っています。
僕らは普段ロケハンという形で情報を探しに街に出て、生活者の気分を捕まえるような作業をしていますが、これはある意味、フィールドワークを通してそこにある現象からモデルを見つけるという、文化人類学でいうエスノグラフィーのような作業と言えるかもしれません。「正解が多すぎて何を選べばいいかわからない」といった方に、「よりみち」というちょっと力の抜けた感じで、コンテンツを通して自己肯定の助けができればいいなと思っています。
新美
ありがとうございます。いまの時代、最短ルートで効率を追い求めるだけでは豊かにはなれないと多くの人が気付いていると思いますが、実践するのは難しいですよね。OZmagazineは、乗換案内サービスには出てこないけど、この駅とこの駅は実は近くて、そこを歩いてみるとこんな発見があるよ……といった感じでコンテンツを届けていて、すごくいいなと感じました。編集部の皆さんの実感をとても大事にされていて、「ここ良さそうだな」と感じたらすぐに取材する。その実感を、読者も感じていると思います。
井上
そうですね。第一部での密着調査のインタビューでも「いまの気分を満たしてほしい」といった言葉がありましたが、僕らもちょうど、いまは「気分の時代」であると考えています。たとえば「自然の中でゆっくりしたい」という気持ちは、属性とか地域性に縛られずに誰もが持ち得るもの。それを満たすことをポイントにしてコンテンツをつくっていて、それがある程度うまく届けられているのかもしれませんね。
新美
長谷川さんは、コンテンツをどのように届けるべきだとお考えですか。
長谷川
僕は「テレビ東京ビジネスオンデマンド」という、経済報道番組を月額500円で提供するサービスに携わっていますが、まずニーズをくみ取るため定量的な分析を行っています。たとえば番組ごとの1日の時間別利用を見ると、朝の7時台に「Newsモーニングサテライト」がよく見られています。これは5時45分から7時5分まで放送されている番組ですが、早起きが難しい方が恐らく電車内でアーカイブを見ているのでしょう。そのようなことが定量データから見えてくるので、課題もあきらかとなり次の施策につなげています。
「メディア満足」を高めるために必要なことは2つあると考えていて、1つは既存の価値観に合わせた「メディア満足」。「Newsモーニングサテライト」は放送と同時にサイマル配信もして、リアルタイムで追っかけ再生ができるようにしました。この番組で扱うマーケット情報は鮮度が非常に短いので、配信が1時間遅くてもユーザーの不満につながります。コンテンツが生活者に与える意味をきちんと考えた結果、導き出したやり方です。
2つ目は、新しい価値の創出による「メディア満足」です。番組で流れなかったインタビュー映像などが見られるコンテンツを用意したり、おすすめ映像を出したりしたところビューが伸びた。新しい発見を提供することで、ファンを増やせているのではないかと思っています。
新美
生活者にとってスマホは一番無防備になるデバイスですから、生活者の素直な欲求がデータとなって出てくる。それをしっかりくみ取るということですね。
長谷川
やはりデータ分析は有効だと思います。最近はデータを取るたびに新しい発見があり、それに対して施策を打っています。正しいかどうかはまだわかりませんが、ABテストをしながら、少しずつ生活者がどういう気持ちで見ているかも探っているところです。
新美
堀内さんはこれまでのお話を聞いていかがですか。
堀内
第一部では、多くの人が、自分たちの注意力を分散させて情報に接していて、それにどれほどの意味があるかに疑問を持ち始めているという話でした。ここで“情報過多”という言葉が使われていましたが、これは「情報のアジェンダが多様にある」という意味ではなく、みんなが関心を持ち話題になるトピックには注目が集まるものの、それ以外のテーマはほとんど見向きもされない状況――いわば情報が「べき乗則」に従っているんですよね。
OZmagazineは、「よりみち」というコンセプトでそこを多様化させる努力をされているし、長谷川さんに見せていただいたデータからは、ある一定の時間帯に、同じテーマに、まさにべき乗則的に注目が集まっているということがわかりましたね。
「無料の情報だけでは不十分だと感じ始めている」という調査結果もありましたが、まさに「情報の量より質を求めたい」ということでしょう。それから調査映像で、保険をかけて本当に自分が満足できる情報だけを探るというシーンと、それまで知らなかった情報に出会えるという満足を求めるシーンがあり、「満足する」という意味の振れ幅は結構あるなと感じました。
新美
そうですね。メディアコンテンツの時間をより良いものにするというのは当然として、もう少し、生活者の一日をいい時間にするといった視点も必要な時代になったのかなと思いました。
■情報の送り手がつくる「メディア満足」とは?
新美
次に、新しい「メディア満足」というのをどのように捉えていらっしゃるか、長谷川さんからうかがえますか。
長谷川
僕らの「ビジネスオンデマンド」は、いわゆる自己学習のために使われているケースが多いんですね。なので、そういう気持ちになる瞬間をとらえるのが、非常に大事なのかなと思っています。たとえばジムのランニングマシンで汗を流しながら「ガイアの夜明け」を見られれば、すごくコスパがいいと感じる方は多いのではないでしょうか。そんな風に、生活のどんなシーンと組み合わせると刺さるかを考えたりもしています。
新美
調査映像で料理中に海外ドラマを流していた方も、その時間をちょっと特別なものにしたいという気持ちがあったわけですよね。コストに見合った価値というだけではなくて、そのときの気分をどう高めてくれるかというのも大事なんでしょうね。
長谷川
そうですね。実は「ビジネスオンデマンド」のユーザーに好きなスポーツは何かを聞くと、走るのが好きな人が圧倒的に多かったんです。意識の高い人は体をつくるのも好きなんでしょう。勉強しながら体もつくれる時間というのは、満足度が高いのではないかと思います。
新美
堀内さんはどうですか。
堀内
僕らが考えるのは、人間がどれくらいの情報を同時に処理することができるのか?ということ。そして人間は実は「ながら」がとても苦手であると、実験などから分かっています。「ながら」は注意を向ける先を常にスイッチさせている状態なので、全体のパフォーマンスは下がってしまうんですよね。注意を分散させない方法を考えることも重要だとは思います。
新美
なるほど。井上さんはこれからどんな風にコンテンツを伝えていこうとお考えですか。
井上
OZmagazineは2年前に、日々の記録を付けられる地図付きの手帳「よりみちノート」をつくりました。最短距離を効率よく移動することはコンピューターに任せて、「よりみち」を通して新しい予期せぬ出会いをしてほしいという思いが根本にあります。
OZmagazineはその予期せぬ出会いの可能性を提示しつつ、誌面以外のところにも余白はたくさんあることを、一貫して伝え続けたい。それが結果的に、効率と正解ばかりを求める世の中でちょっとしたゆとりになれているのではないかと思います。
そんな風に、「なぜ自分たちがいまこの情報を発信しているのか」も伝えることで、受け手は「だからこの情報はいまの私の気分を満たしてくれるんだ」と捉えやすくなるかもしれません。
新美
調査で出会った方にOZmagazineの読者もいて、OZmagazineのことを「届ける人の顔が見えている雑誌だ」と評されていました。
井上
一応読者のボリュームゾーンは30代女性ですが、そうした属性よりも、いまは気分が大事だと思っています。「ちょっと疲れていて癒されたい」という気分で見れば、年齢性別問わずすべての人がターゲットだと考えられる。本当に顔が見えているかはわかりませんが、実際、フィードバックなどを通してそういう気持ちが確実にあるというのを掴みながらやっています。
新美
これからやりたいことはありますか。
井上
おでかけで街も人も元気にするというのがミッションなので、人が街に出かける仕組みづくりや、街をフィールドにし、何度も足を運ぶことで面白いことができるような取り組みを構想しています。具体化までは時間がかかりそうですが。
新美
街と生活者をつなぐという形で、メディアの送り手として満足をつくろうとされているんですね。堀内さんいかがですか。
堀内
そうした、コンテンツをつくる方々の努力がありつつ、僕らは僕らで、情報環境のあり方そのものも、つくりかえないといけないと感じています。第一部では従来のメディアを使う時間は変わらず、それにデジタルデバイスを使う時間が上乗せされている状態、つまり生活者の時間を食い合ってはいないということがわかった。
これはビジネスとしてはいいかもしれませんが、生活者にとっては同じ情報がサーキットのように回されていて、情報が生活者の注意力を消費しているとも言えますよね。テレビでもデジタルでも同じものを見て、マイナーチェンジされた情報ばかりが劇場的に回っている状態。これをなんとかしなくては、本当の意味での満足にはつながらないし、何か新しい行動を促すということにもつながらない気がします。
調査映像でも、「無駄に時間を過ごしてしまっているのが怖い」というコメントがありました。本当だったら何か意味のあることができたかもしれないのに、ただ時間だけを過ごしてしまったという感覚だと思います。そう考えると、大事なのは、「よりみちノート」のように何かを始めるきっかけ、動機付けを与えることではないでしょうか。そういう環境をどうつくっていけるかは、興味深いし、大事なテーマだと思います。僕らScreenless Media Lab.では、そこに音声情報みたいなものも包括できないかと考えています。
新美
情報が多すぎると多くの生活者が感じているなかで、井上さん、長谷川さんはウェルビーングということを考えてよりよい生活のためにコンテンツを発信されています。一方で堀内さんがおっしゃるように、デバイスやサービスの増加によって24時間がメディア生活になってしまったとき、その環境をどう整えていくかも考えなければいけないと。
堀内
そういうことだと思います。広告会社の役割は大きいですね(笑)。
新美
そういうことでしょうか。わかりました(笑)。
接触時間400分時代のいま、生活者は新しい「メディア満足」をつくろうとしており、いままでのコンテンツのつくり方、届け方だけでは有効ではなくなってきています。生活者のよりよい時間にしたいという思いに対して、我々は生活自体をどうつくっていってあげられるかが、これからの鍵になると思います。
本日はありがとうございました。
■プロフィール
堀内 進之介
Screenless Media Lab.所長、首都大学東京客員研究員
井上 大烈
スターツ出版株式会社 OZmagazine編集長
長谷川 晋介
株式会社テレビ東京 ビジネス開発局 ビジネス開発部
新美 妙子
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
1989年博報堂入社。メディアプラナー、メディアマーケターとしてメディアの価値研究、新聞広告効果測定の業界標準プラットフォーム構築などに従事。2013年4月より現職。メディア定点調査や各種定性調査など生活者のメディア行動を研究している。「広告ビジネスに関わる人のメディアガイド2015」(宣伝会議) 編集長。
【関連情報】
★「メディア生活フォーラム2019」:新しい「メディア満足」のつくり方 接触400分時代のメディア意識と行動