4年ごとに開催されているラグビーのワールドカップ(W杯)。2019年は日本がホスト国となり、南アフリカの優勝で幕を閉じました。2015年に日本代表は南アフリカに歴史的勝利を収めたことから、開催前より期待の声も寄せられていました。その声に応えるように、日本代表は初のベスト8に進出。この4年間で、どのような進化を遂げたのでしょう。
博報堂DYグループのデータスタジアム株式会社のアナリスト・小川孝明に、試合のデータ分析をもとに日本代表の躍進を振り返ってもらいました。
1試合あたり100以上の項目で、2000レコードを取得
2003年に「ジャパンラグビートップリーグ」が幕開け、データスタジアムでは2004年から全試合のデータ収集と解析を始めました。4年前は、日本代表の公式データサプライヤーとしてもデータ提供を行いました。
データの取り方は、ラグビー経験者のスタッフが1プレーごとに映像を細かく検証しながら弊社が開発したシステムに入力しています。
基本的にリアルタイムでの取得は困難です。ラグビーはラックなど密集状態が多く、選手の判別が困難なこと、1回のコンタクトで攻撃側と守備側両方のデータを取る必要があることなどが理由です。
他にも、「タックル」のデータひとつとっても、タックルを狙ったのが胸から脚までのどの部位か、それが成功したのか否か、攻撃権が移ったのかなどを細かく見ます。取得項目は100以上、1試合あたりの取得レコード数は2000程度、作業時間は12時間ほど必要です。
タックル成功率と「部位」の変化が顕著だったディフェンス
では、今回の2019年W杯のデータを見ていきましょう。
まず、ディフェンス面でいうと、今大会はタックルを中心にしたディフェンスがうまく機能していました。4年前と比べて、タックルの成功率が上がっています。予選プール4試合平均で85.9%だったのが、91.5%と向上しました(図1)。
■図1 タックルデータ
特徴的なのは「脚へのタックル」が非常に少なくなったことです。4年前が1試合平均で23.3回なのが、3.5回となりました。脚へのタックルは成功すれば確実に足止めできますが、かわされるリスクが高い。今大会は弾き飛ばされる恐れのある上半身へのタックルを果敢に行い、オフロード(タックルされながらパスをするプレー)を防ぐのが狙いだと考えられます。
さらに、誰かが上半身へのタックルを行い、サポート役の選手がタックルアシストを行っていく戦略を意識したのでしょう。タックルアシスト率も31.8%から42.6%へ向上しています。
フォワードの身体的なサイズも4年前よりアップし、体格的に強豪国の選手とも見劣りしなくなったのが、要因のひとつです。かつての日本は、「脚へのタックル」を重視してきましたから、大きく転換したといえそうです。
選手個人単位での「回数」を見ると、タックルではピーター・ラピース・ラブスカフニ選手が顕著な働きをしています。合計49回のタックルを行い、成功率も95.9%と高い(図2)。他にも、ジェームス・ムーア選手、リーチ・マイケル選手、堀江翔太選手、姫野和樹選手も、タックル回数の上位に来ます。特に姫野選手は、今回話題になった「ジャッカル」の回数が22回と、2位のラブスカフニ選手の11回を大きく超え、チームトップでした(図3)。
■図2 「タックル」ランキング
■図3 「ジャッカル」ランキング
また、データから見える功労者として、私はトンプソン・ルーク選手も挙げたいですね。出場時間としては全体の4分の3ほどなのですが、タックル成功率は96.8%(図2)、ラックサポート数も78回とチーム上位。80分あたりの回数にならすと、チームトップの数値でした(図4)。
■図4 「ラックサポート」ランキング
彼は代表からの引退を表明してきましたが、未だ健在だったといえるでしょう。今大会ではジェームス・ムーア選手がタックル数、アシスト数共にチーム上位で、彼の後継者が見つかったといえそうです。
「外への攻撃」を積極的に仕掛けたオフェンス
次にオフェンス面を見ます。明確に違うのは「攻め方」でした。
4年前はパスを出すごとに相手とぶつかり、少しずつ前に進んでいくラグビーを狙っていました。ボールの移動範囲を広げると相手に取られるリスクも高まりますから、「小さくつなぐ」堅実な攻撃をしていたといえます。
ただ、今大会は積極的に外側へ大きく振り、そこへ松島幸太朗選手など優秀なランナーを配置し、積極的に進めていく戦術に変わりました。実際に、松島選手はキャリー距離が440mとチームトップ、大会全体で見てもトップクラスです(図5)。特筆すべきは出場時間が短かった福岡堅樹選手の277mで、80分あたりの距離に換算するとチームトップです。
■図5 キャリー距離
このように、能力の高いランナーを使う「外への攻撃」は、4試合平均で8.1%から19.6%と、大きく向上しています(図6)。ラック周辺への攻撃も、88.6%から78.2%と減少したところからも見て取れます。パスだけでなくキックの回数も増えており、グラウンドを大きく使うようなラグビーを戦略的に選んでいたといえるでしょう。
■図6 オフェンスデータ
今回は選手の選考から、ボールをよく触るバックスの選手、背番号でいう10、12、13の中央部分に、パスの技術が高い「スタンドオフ」の経験者を起用していたのが特徴的です。積極的にボールをパスする作戦が表れているといえます。
ただ、この戦略の変化でいえば、4年前の日本は世界的に見ても特殊な攻め方をしており、今大会からは世界で主流となった戦術に則っています。世界的にディフェンスが整備され、単にアタックするだけではラインを抜けないため、キックで陣形を乱すことで突破を試みているのです。
データから見る、南アフリカ戦の敗戦要因
敗れてしまったベスト8の南アフリカ戦を検証すると、ボールキャリーの平均距離が予選プール4試合平均の752mと比較すると444mと大幅に減少し、特に試合後半で激減していました。予選プールまでは試合後半に全体的な数値が伸びる傾向にあったことを思うと、この試合は疲労の蓄積もあり、後半で体力切れを起こしたのだろうと想像できます。
オフロードパスも日本は11回成功、相手を外すタックルブレイクの数もあるのですが、最終的にディフェンスラインを突破した「ラインブレイク」は南アフリカのほうが多かった(図7)。つまり、日本は攻め込むけれど、最終ラインを突破できなかったのです。
■図7 南アフリカ戦データ
もっとも、前半まで日本のラグビーが想定以上に良く、南アフリカも焦りがあったのだと思います。シンビン(※退場処分)が出たことで、日本が良い形でアタックでき、押し込む時間も長かったんです。その勢いを断ち切り、後半は南アフリカが巻き返してきた強さを感じましたね。
ただ、前後半の内容に差が出た結果は、必然だったともいえるかもしれません。南アフリカ代表は決勝トーナメントからの試合を想定し、選手のプレー時間も平均的になるように出場時間を調整していました。日本代表はスターティングメンバーをそれほど変えずに、全力で予選プールを戦ってきましたから、疲れや怪我も出てきていた。選手の平均値を高め、チーム全体での戦いを考えていくことで、ベスト8以上の戦績も望めるかもしれません。
今後は「キック」が勝敗の決め手になっていく?
W杯を振り返ると、データから見ても「キックの重要性」が年々上がっていると感じました。キックをどれだけキープできるか、競れる位置に蹴れるのかといった技術面の向上だけでなく、スタンドオフだけでなく他のポジションでも確実なキックができる必要が出てきています。
データで見ても、高く蹴り上げてキャッチした後からのプレーを狙う「ハイパント」の数も、4年前からで相当増えていますからね。
日本ラグビーは歴史的に見ても、良いウイングの選手を輩出してきました。いかにウイングへボールを出すか、という「逆算のラグビー」ができると今後は面白いのではないかと、個人的には思っています。
■プロフィール
小川孝明
データスタジアム株式会社 アナリスト
2008年入社。メディア向けのラグビーデータ分析・提供業務に従事し、データ活用に関する講演などにも登壇する。他にチーム向けの営業やサポートも担当している。
<関連情報>
★SMBC日本シリーズ2018データ分析 ~福岡ソフトバンクホークスと広島東洋カープの勝因と敗因~
★データで振り返ると新たな発見が -2018FIFAワールドカップ ロシア大会-